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第44話 隣国へ渡る条件 ◆アルフレッド視点

「え! ど、どうしてですか?」


 神妙な表情で人差し指を立てたマスターは、物分かりの悪い僕を咎めるでもなく諭すように教えてくれる。


「いいか、アル。サチの【天恵(ギフト)】は稀有かつ強力なものだ。隣国に赴いていつものように力を披露してみろ。俺たちのように驚いて済めばいいが、どうにかサチを手に入れようと画策する者が出てくるかもしれない。考えてもみろ。ただでさえ魔物の解体に手が回っていないんだ、凄腕の解体師を手に入れたいと血迷ってもおかしくはないだろう」


「あ……」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。

 彼女はきっと魔物解体カウンターの救世主になれる。始まりはそんな単純なものだった。けれど、今の彼女は経験を多く積み、能力スキルレベルも上がっている。

 今や常人ならざる力の持ち主なのだ。

 彼女の【天恵(ギフト)】に価値を見出す者がいてもなんらおかしくはない。


 当たり前のようにギルドで笑って過ごしてくれているから、そんなことにも気がつかなかった。


「ようやく理解したようだな。現に評判を聞きつけた隣国の使いが来ている。サラマンダーの一件のこともある。サチがいずれ生きた魔物の解体までできるとなると話は変わってくる。国が囲おうと動き出してもおかしくはない」


 きっと僕の顔は真っ青になっていることだろう。

 平和で温かな日々に胡座をかいていたのかもしれない。サチさんを召喚したあの場にいた僕は、彼女を守る義務があるというのに。


 いや、それはただの建前だ。


 僕が、僕自身が彼女の笑顔を守りたいと、そう心から願っているのだ。


「とにかく人目に触れないようにサチ専用の作業場所を用意させろ。俺から向こうのギルドマスターに話せる範囲で事情を説明しておこう。それと、話を聞くに、サチは一度クエストに出たことがあるようだな。それなら、ギルドに冒険者登録をしておくといいだろう」


 マスターの提言に、僕はパッと顔を上げた。光明が差した気分だ。


「なるほど! 確かにこれから国境を越えるとなると、サチさんの身分を証明するものが重要になりますね。冒険者カードは異世界から来たサチさんの身分証明書にもなる上、ドーラン王国ギルドの庇護下にあることの証明にもなるというわけですね」


 そう言うと、マスターはニカッと真っ白な歯を見せて笑った。


「ああ、そうだ。ようやく頭が回ってきたようだな。とにかく、今すぐに発行しろ。発行出来次第通信機を使って隣国の使者を呼ぶといい。大事なうちの面々を派遣するんだ、それぐらい待ってもらわねえとな!」


 先ほどまでのピリッと肌を指すような威圧感を引っ込めて、いつもの豪胆なマスターに戻った。この人は普段はただの気のいいおじさんだけれど、ここぞという時に纏うオーラが並外れている。これで全盛期を過ぎているというのだから恐ろしい。


「すぐに発行の手続きを……」


 慌てて立ちあがろうとする僕を、マスターが手を上げて制する。無言で着席を促され、渋々腰を降ろした。


「まあ、待て。2つ目の条件を伝えていないだろう」


「ああ……! すみません、気が急いてしまいました」


「気にするな。それで、2つ目の条件だが……護衛を必ず連れていくこと」


 2本の指を立てるマスターに、僕は前のめりになって答える。


「そ、それは僕が……!」


 けれど、首を左右に振られてしまう。


「だめだ。お前はまだ血が怖いのだろう? もしもの時にぶっ倒れているようじゃあ護衛は務まらん。聞けばマリウッツとクエストに出たことがあるようだし、俺から正式にマリウッツに依頼しよう。依頼がなくとも付いていくと聞いているがな。体裁を整えることも大切だ」


「うう……」


 ごもっともすぎてぐうの音も出ない。

 マリウッツ殿が同行することは決定事項ではあったが、マスター直々の依頼となると重みが変わってくる。それも、サチさんの護衛としてとなると尚更だ。


 無意識のうちに爪が食い込むほどに拳を握り込んでいた。


「それに加えてお前が同行しろ。隣国の状況を把握しておくことも大切だ」


「……分かりました」


 僕は、固く握りしめていた拳の力を緩めると、今度こそ勢いよく立ち上がった。


「2つの条件について理解しました。では、急いで冒険者登録をしてきます。ドルドさん、サチさんをお借りしますね」


「おう。作業が必要な魔物はさっきサチが全部解体しちまったからな。遠慮なく連れて行け!」


 ドルドさんの了承も得たので、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、急いでサチさんの元へと向かった。


「サチさん! すみません、少しついてきてくれますか?」


「え? あ、はい!」


 理由も言わない僕に、二つ返事で承諾してくれるのは、培った信頼関係があるからこそだと思いたい。

 と、ふと視線を感じて周りを見渡すと、カウンターの上のカゴの中で、ピィちゃんさんが怪訝な顔をしてこちらを見てくる。ちょうどいい。ピィちゃんさんも登録しておくのがいいだろう。


「ピィちゃんさんも一緒に来てくれますか?」


「ピィ」


 仕方ない、とでも言いたげにのそりと立ち上がったピィちゃんさんは、グッと凝りを解すように翼を広げて僕の肩に飛び乗った。


「さ、こちらです」


 サチさんを連れて行ったのは、事務カウンター。

 ギルドへの冒険者登録や保険の加入、クエスト依頼の管理などを担っている。


「サチさん、説明もせずにすみません。国境を越えるにあたり、サチさんの身分証明書を作っておきましょう。正確には冒険者ではないのですが、クエスト経験もありますし、持っていて損をすることはありませんので」


 簡単に説明を済ませると、僕はカウンターに置かれている紙とペンを取り出した。


 冒険者登録に必要な情報は少ない。

 名前、出身地、【天恵(ギフト)】。

 事情があって冒険者になった人もいるはずなので、個人の情報には深く立ち入らないのがギルドの掟なのだ。


「出身地はどうしたらいいですか?」


 名前と【天恵(ギフト)】の名称をサラサラ記入したサチさんは、出身地の項目を前にペンを止めた。


「ああ、そうですね……王都サラディンと書いておきましょう」


「分かりました」


 サラサラッと残りを書き込むと、サチさんは事務カウンターに書類を差し出した。


「はい、確かに受領しました。カードの発行まで2時間ほどかかります。それまでお待ちくださいませ」


 事務カウンターの職員がニコリと笑みを浮かべて書類を受け取ってくれた。


「事情があって早めに必要だから、急ぎでお願いしますね」


「ええ、サブマスターがわざわざいらっしゃるのですから、そうだろうと思っておりましたよ」


 こうして僕の後押しもあり、1時間半ほどでサチさんの冒険者カードが完成した。


「ふわあ……これが、私の」


 冒険者カードを受け取ったサチさんは目をキラキラと輝かせていて、月にも負けない夜空の一等星のようだ。


 冒険者カードは半透明の丈夫な材料でできており、曲げても折れず、火や水にも強い作りになっている。カードに印字されているものはもちろん名前、出身地、【天恵(ギフト)】。そして今回は『従魔』の欄にピィちゃんさんを登録した。これでピィちゃんさんが無害な魔物だという証明にもなる。


「へへ。ピィちゃんのことも、ありがとうございます。この子、付いていくって聞かなくて……こうして私のお友達だって証明できるのはありがたいです」


 サチさんは、自らの身の安全や保証よりも、ピィちゃんさんのことを優先して考えている。彼女は本当に、優しくて、人のために動けて、心の豊かな女性だ。


「そろそろ出発ですよね。私、部屋から荷物取ってきます!」


 サチさんは、冒険者カードを大事そうに懐にしまい、部屋に続く階段へと駆けていってしまった。


「さて、僕もネッドさんに連絡を入れないと――」


 サチさんを見送ってから、僕は執務室の机の中に保管している通信機を取りに向かった。

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