第37話 能力レベル6
オリハルコン製のナイフを手に入れ、通常業務に戻った私の生活はすっかり日常を取り戻していた。
ナイフの使い心地は最高で、たくさん解体してもあまり疲れなくなった。それもナイフが私の能力を底上げしてくれているからなのかもしれない。単に体力や筋力が付いただけかもだけど。
新たな相棒を手に入れ、私はより一層仕事に精を出した。
能力レベルも上げたいし、Dランク以下はどんどん回してもらって解体しまくる日々。
空いた時間は精肉店の店長さんの頼みで魔物肉を微塵切りにしたり、魚屋のおじさんに頼まれて魚を三枚おろしにしたり、はたまた武具店のオーナーの依頼で魔物の骨を切ったり。あまりに頻度が高くなってきたものだから、痺れを切らしたドルドさんが依頼料を請求するようになった。
「サチは人が良すぎる。断ることを覚えるべきだ」と言われるけど、彼らの依頼が私にとって何の利益も産まないかと言われると、実はそうではない。
【解体】は対象が何であれ、能力を発動することで経験値が得られる。
だから、精肉店や武具店の依頼をこなしても経験値はしっかりいただいている。つまり、お互いにWin-Winの関係だったりするのよね。
おかげさまで、木の葉が赤や黄色に色づき始める頃には、私の能力レベルは無事に6へと上がったのだった。
◇◇◇
「能力レベルアップ、おめでとうございます」
「ありがとうございます! 毎日解体し倒した甲斐があります!」
天の声により、能力レベルアップと解体対象の拡大を告げられた私は、早速アルフレッドさんに【鑑定】を頼みに来た。
【鑑定】のためには手に触れる必要があるため、両手を差し出す。
女の子らしくない指先を恥ずかしく感じた時期もあったけど、ガンドゥさんに美しい仕事人の手だと言ってもらってから、この手を誇るようになった。普通の女の子よりちょっぴり指の皮は厚いけど、毎日仕事を頑張っている証だもんね。恥じらっていては『私』に失礼だもの。
「では、失礼して。【鑑定】」
堂々と手を差し出す私に、どこか嬉しそうに微笑むアルフレッドさんは私の手を取って目を閉じた。
「うん。能力レベルが6に上がって、解体対象がCランクまで拡大しましたね」
解体結果はこうなった。
【天恵】:【解体】
能力レベル:6
解体対象レベル:Fランク、Eランク、Dランク、Cランク
解体対象:魔物、動物、食物、物体
解体速度:C+
解体精度:C+
固有スキル:三枚おろし、骨断ち、微塵切り、血抜き
エクストラスキル
発動条件:命の危機に瀕した時、あるいはそれに付随した状況に陥った時
効果:解体対象レベルを1段階超えてスキルの使用が可能となる
解体対象レベルがCランクまで拡大し、固有スキルに【血抜き】とやらが追加されていた。
Cランクまで解体できるようになったのは素直に嬉しい。Bランク以上なんてスタンピード以降持ち込まれていないので、Cランクまで解体ができれば日頃の魔物解体は全て対応できると言っても過言ではない。多分。
気になるのは【血抜き】だよね。
アルフレッドさんも気になるようで、2人で魔物解体カウンターに向かうことにした。ものは試しと言うもの。
「ドルドさん。こんにちは。すみませんが少し作業台をお借りしてもよろしいでしょうか? あと、未処理の魔物があれば1頭お願いします」
「ん? 構わねえぞ」
アルフレッドさんの申し出に、ドルドさんは快く許可をしてくれた。ナイルさんに指示をして解体前の七色鳥を持って来てくれた。
「血抜きもまだっすけど、いいっすか?」
「ええ。むしろ好都合です」
私とアルフレッドさんは、七色鳥の前に立った。
冒険者の中には、仕留める際に血抜きまでしてきてくれる人もいるけれど、こうして倒したままに持ち込む人もいる。だから、状態によっては部位ごとに切り分ける前に喉元の頸動脈を切って血抜きをする必要がある。
さて、固有スキルとして発現した【血抜き】が、いつも行なっている血抜きとどう違っているのか。
アルフレッドさんに目配せすると、深く頷いてくれたので、私はナイフの切っ先を七色鳥に向けて固有スキルを唱えた。
「【血抜き】!」
いつものように、スキルの発動を受けて身体が動いた。
動いた、んだけど。ナイフの切っ先を七色鳥に軽く刺しただけで終わってしまった。
「んん?」
これだけ? と思ったその時。
『解体対象の【血抜き】が完了。余分な血液を分子レベルに解体、除去しました』
頭の中で響いた天の声。
待って、言っていることが分からない。
隣で固唾を飲んで様子を窺っていたアルフレッドさんが明らかに戸惑っている。
そうだよね。チョンって魔物に触れただけで、はい、終わり! と言われましてもね。
「な、なんか終わったみたいです? 余分な血液を分子レベルに解体したらしいんですけど……」
「分子レベルに解体……!? ま、まさか……サチさん、首を切ってみてください」
「えっ、大丈夫ですか!?」
アルフレッドさんは血が苦手なのに、そんなことをして平気なのか。
私の質問の意図を汲んだアルフレッドさんは、「大丈夫です。やってください」と力強く頷いた。
「で、では……えいっ」
私は言われた通り、七色鳥の喉元にナイフを入れた。
アルフレッドさんが倒れてしまわないかヒヤヒヤしたけれど、驚くべきことに、切り口からは血が1滴も出てこなかった。
「え?」
まさか、そんなはずがない。
え? 分子レベルに解体って、そういうこと?
……いやいや! 解体の範疇を超えているでしょう!
「す、素晴らしい……!」
状況を把握したらしいアルフレッドさんは感動で震えちゃってるし。
そりゃそうだよね。余分な血が流れなければ、アルフレッドさんが倒れることもなくなるもんね。
「なんだぁ?」
こちらの様子を窺っていたドルドさんが痺れを切らしたように近づいてきた。
私が事情を説明すると、ドルドさんはあんぐりと口を開けた。
「そりゃ、とんでもねえ。ナイフひと刺しで? こりゃあ、魔物の血の問題も解決じゃねえか」
そう、魔物はツノ、牙、爪、皮、そして肉までほとんど余すことなく活用されている。けれど、魔物の血ばかりは魔物解体カウンターで処理を行なっているのだ。
と言っても、【凝固】の【天恵】を持った人がギルドに所属しているので、その人にいつも後処理をお願いしている。魔物によっては血に毒素が含まれるものもいるため、長期間大量に保管することは好ましくない。
そんなひと手間をかけざるを得なかった魔物の血を解体できるということは、これまでの手間が一切必要なくなるというわけだ。
「ったく、もうサチには驚かされねぇぞと思っていたが、これからもまだまだとんでもないことをしでかしそうだな」
ドルドさんが額に手を当てて笑っている。
ローランさんとナイルさんも事情を聞いていたので、抱き合って喜んでいる。
「ピピィッ!」
賑やかな空気を察知して、魔物解体カウンターの隅で丸くなっていたピィちゃんが飛んできた。
「ピィちゃんさんはお元気そうですね」
「キュアッ!」
アルフレッドさんの問いかけに、元気よく返事をするピィちゃん。
そんなピィちゃんは、作業台の上に置かれたままの七色鳥に視線を移した。
「ピ? ピィピィ!」
「ええっ? 七色鳥が食べたいの? ダメよ。これは魔物解体カウンターに持ち込まれた魔物だもの。持ち込んだ冒険者さんが不要だっていう部位があれば食べてもいいよ」
「ピィィッ!」
ピィちゃんは、翼をバタバタさせて喜びを示す。
最近のピィちゃんの食欲は凄まじい。
魔物解体カウンターで出る魔物肉の切れ端や、余った部位をパクパクと食べ歩いている。廃棄しなくて済むから助かってはいるけれど、食べ過ぎじゃないかなぁ?
「少し大きくなりましたか?」
ほら、アルフレッドさんも苦笑しているじゃない。
「そうなんです。特にお腹がねえ」
「ピィィッッ!!」
「わぁっ! ごめん、ごめんってば!」
お腹が出ていると指摘されたピィちゃんは非常にご立腹だ。
いやいや、最近よく食べるからお腹出てきてるじゃん! 本当のことじゃん!
ピィちゃんは翼でバシバシと私を叩いてくる。もしかしたら気にしていたのかもしれない。ごめんって!
「あはは……まあまあ、落ち着いてください。たくさん食べるのはいいことですよ。魔物が他の魔物を喰らうと、相手の力を吸収してより強くなると言われていますしね。ここには魔物の肉がひっきりなしに持ち込まれてきますから、絶好の餌場とも言えますね。いっぱい食べて成長すれば、きっと強いドラゴンになれますよ」
「ピッ!」
アルフレッドさんに宥められ、ご満悦のピィちゃんはどうにか怒りを収めてくれた。
私からすれば、ピィちゃんはまだまだ幼くて可愛いドラゴンだけど、いつか元の住処に帰る日が来るんだもんね。
一緒にいることが当たり前になってしまったので、来る日の別れに思いを馳せると胸が苦しくなってしまう。でも、ピィちゃんが立派に成長して、自然界に帰る日が来たら、きちんと笑顔で送り出してあげよう。
「仕方ないなあ。後で七色鳥のお肉を買ってきて肉料理を作ってあげるわよ」
「ピーッ!」
すっかり機嫌の直ったピィちゃんは、グルングルンと魔物解体カウンターの天井付近を旋回した。現金なピィちゃんの様子に、私たちは顔を合わせて笑顔を溢す。
今はまだ、みんなで過ごせるこの時間を楽しもう。
「ピィちゃん! おいで!」
「ピュアッ!」
私が両手を広げて呼ぶと、ピィちゃんは嬉しそうに胸に飛び込んできてくれた。
私はピィちゃんを抱き止めると、ギュウッと強く抱きしめた。




