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第35話 ナイフの完成

 日中は肉屋さんの依頼で魔物肉をミンチ肉にして、防具屋さんの頼みで魔物の骨を加工しやすい大きさに切って、夕暮れ時には続々と持ち込まれる魔物の解体に専念した。


 私がクエストに出ていたことは思ったよりも話題になっていたようで、顔見知りの冒険者たちから「おかえり!」「無事で何より」とたくさん声をかけられた。むず痒いけれど嬉しくて、私は仕事で彼らに応えられるように張り切って解体に励んだ。


 休日は約束通りマリウッツさんにナイフの投擲の訓練を受けた。

 夏の終盤とはいえ日が高くなると暑くてたまらないので、訓練は午前中に行われている。

 まずは近距離から練習して、目標は10メートル離れた位置から的のど真ん中を射抜くこと。3メートルから開始しているけど、これが意外と難しい。


「違う。手首をもっと返すんだ」

「力任せに投げるな」

「的をよく見ろ」


 薄々予想はしてたけど、マリウッツさんはスパルタだった。

 あまり無茶をすると仕事に差し支えるので、決まって1時間。きっちり時間を測って訓練に励んだ。

 ナイフの持ち方、手首のスナップの利かせ方、身体の捻り方などなど、懇切丁寧に指導を受けた私は、少しずつ真っ直ぐにナイフを投げられるようになってきた。


 休みの日の午後は、アンと休みが合えば一緒に買い物やカフェに出かけ、合わなければギルドの書庫で本を借りて自室や公園のベンチで読書に勤しんだり、ピィちゃんと遊んだりして過ごした。


 そんな日々が2週間ほど過ぎた頃、魔物解体カウンターにマリウッツさんが顔を出した。


「ガンドゥから連絡があった。ナイフができたそうだ」


「本当ですか!」


「おう、できたか! こっちは気にするな。行ってこい」


「はい!」


 快く送り出してくれたドルドさんに断りを入れ、私はマリウッツさんと共にお隣の鍛冶カウンターを訪れた。


 ガンドゥさんは、他の依頼にかかる時間以外の全ての時間を私のナイフに費やしてくれていた。毎日カァン、カァンと小槌を打つ音が耳に心地よくて、今か今かと完成を待ち侘びていた。


「ガンドゥさーん!」


 ワクワクした気持ちが抑えきれずにカウンターから工房に声をかけると、ゴーグルをつけたガンドゥさんが現れた。


「来たか。最高の一振りが打ち上がったぞい」


 ゴーグルを外したガンドゥさんの顔には疲労の色が滲んでいた。けれど、それ以上に充足感や達成感に満ちた表情をしている。


 工房の奥から丁寧にガンドゥさんが取り出したのは、縦長の木箱だった。

 カウンターにそっと置かれた木箱の蓋を、ゆっくりとガンドゥさんが開ける。


「わぁ……」


 現れたのは、黄橙色と銀色が混じり合ったような不思議な色をしたナイフ。刃渡は30センチほどで、持ち手はつるりと磨き上げられた木でできている。


「握ってみてくれるかのう」


「は、はい……」


 私はドキドキと高鳴る胸を押さえながら、吸い寄せられるように柄に手を伸ばした。

 ギュッと握ると、驚くほどに手に馴染む。隙間なく吸い付いてくるようで、ナイフと一体化したように錯覚するほどである。


「軽い……」


 恐る恐る持ち上げると、ナイフは見た目よりもずっと軽かった。


「軽いじゃろう。強度を落とさずに軽量化するのが大変じゃったわい」


 フーッと肩をトントン叩きながらも、ガンドゥさんは満足げに目を和ませている。


「ありがとうございます……! すごく手に馴染みます。まるでナイフとひとつになったみたい」


 ナイフを掲げて照明に照らす。

 表、裏、と何度も向きを変えてひたすらに眺める。ドキドキと、胸の高鳴りが止まらない。


 嬉しい……

 自分の足で素材を採ってきたこともあって、たった今対面したばかりだというのに、すっかりこのナイフに愛着を抱いてしまった。


 と、そこで私は肝心なことを思い出した。


「あ! そうだ、お勘定……あの、このナイフ……お、おお、おいくらでしょうか?」


 素材は自前なので、必要なのは加工料だけ。

 マリウッツさんにはそう言われているけれど、これだけの仕事だもの。

 加工料だってかなりの額になるんじゃ……

 お値段を問う声が震えてしまった。


「そうじゃのう……金貨8枚、といったところかのう」


 金貨8枚!?

 街の武器屋で見かけた特注ナイフは大金貨が何枚も必要だと書かれていたので、驚きのお値打ち価格である。


「や、安過ぎませんか!? ガンドゥさんの素晴らしい仕事に見合う金額を請求してください!」


 もしや、私の懐事情を心配しての値段設定だったら申し訳なさすぎる。

 しっかりと正当な金額を掲示していただかないと。


「ワシが金貨8枚と言ったら金貨8枚じゃ。それ以上は受け取らん。逆にこれほど素晴らしい一振りを打たせてもらえたことに感謝しとるぐらいじゃわい。で、どっちなんじゃ? 払えるのか? 払えんのか?」


「は、払えます! すぐに持ってきます!」


 私はガンドゥさんの優しさと気遣いを噛み締めながら、丁寧にナイフを木箱に戻すと、急いで自室にお金を取りに行った。

 この日のために無駄遣いせずにコツコツ貯めていた貯金箱代わりの袋から、金貨を8枚数えて取り出す。

 灯籠草(とうろうそう)の収入も足りなかった時のために手をつけずに取ってあったけれど、解体カウンターで稼いだ自分のお給金で支払いたいもんね。


 金貨を大事に抱えて真っ直ぐに鍛冶カウンターに戻ると、ガンドゥさんの前に8枚並べて見せた。


「ふむ。金貨8枚、確かに受け取った。持っていけ」


「ありがとうございます!」


 私は深々とガンドゥさんに頭を下げて、木箱に入ったナイフを胸に抱いた。


「いいナイフに仕上がってよかったな」


 隣で見守ってくれていたマリウッツさんも、どこか嬉しそうに見える。


「はい、マリウッツさんとガンドゥさんのおかげです」


 マリウッツさんが、素材を自分で採ればいいとクエストに同行してくれなければオリハルコンは手に入らなかった。

 ガンドゥさんが居なければ、こんなに魅力的なナイフは仕上がらなかった。


 これは、2人の想いも込められたナイフだ。

 大事に、大切に使おう。


「サチ」


「はい」


 ギュッと胸に木箱を抱き締めていると、不意にマリウッツさんに名前を呼ばれた。


「そのナイフでの解体第一号は、俺の持ち込む魔物にしてくれないか」


「え? もちろんです!」


 確かに、初めてこのナイフで【解体】の【天恵(ギフト)】を使うなら、マリウッツさんが仕留めた魔物がいい。


 私が快諾すると、マリウッツさんは「すぐに調達してくるから待っていろ」と言って足速にギルドを出ていってしまった。


「……え? 今から取りに行ったの!?」


 あまりの行動力に、私は呆然とその背中を見送ることしかできなかった。


 そしてもっと驚くことに、マリウッツさんはほんの1時間ほどでホーンブルを5頭仕留めて魔物解体カウンターに持って来たのだった。

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