第34話 戻ってきた日常
「サチさん!」
「あ! アルフレッドさんっ! ぐええっ」
クエストから戻って1日お休みをもらい、すっかり元気になった私は魔物解体カウンターに戻ってきていた。
ドルドさんにはマリウッツさんと投擲訓練の話をした後に、カウンターに寄って報告がてら話をした。まずは無事に戻ったことを大いに喜んでくれて、私の話に驚き目を見開いていた。
甲冑亀の甲羅の話とか、オリハルコンを持ち帰った話とかね。
その日は結局アルフレッドさんとは会えなかったので、私はピィちゃんを連れて自室に引き上げたのだけど。
いざ出勤してみたら、鬼の形相をしたアルフレッドさんが魔物解体カウンターに襲来してきたので驚いた。
慌ててカウンターの外に出てお出迎えしたところ、ガバッと勢いよく抱き締められてしまって今に至る。
アルフレッドさんったら、優しそうな風貌をしているけれど、実はガッチリ引き締まった身体をしているんだよね。腕の力もまあ強い。つまり、力一杯抱きしめられている私は昇天寸前というわけだ。
「おいおい! サチを絞め殺す気か!?」
「はっ! すみません! サチさん!? サチさーん!」
「はぁっ、はぁっ……あれ、おじいちゃんは……?」
「危ねえ、戻ってきたようだな」
なんか綺麗なお花畑でおじいちゃんが手を振っていたような……
あれ、もしかして私あっちにいっちゃうところだった!?
ハッと我に帰ると、目の前にこれでもかと眉を下げたアルフレッドさんのドアップが。
「ぎゃあっ!」
「ああ、よかった。本当にすみません。サチさんのことが心配で心配で、夜も眠れないぐらいだったものですから」
そう言うアルフレッドさんの目の下にはくっきりとクマができていた。
う……昨日は疲れが出たのと帰ってきて安心したからか、ほぼ1日寝ちゃったんだよね。せめて生存報告だけでもしておけばよかった。
「ご報告が遅れてすみません。こうして無事に戻りましたので、今日からはしっかり眠ってくださいね」
「ええ。いい夢が見れそうです」
ふにゃりと笑うアルフレッドさんに良心が痛む。真っ先に報告に行けばよかった。
「それで、無事に目的は達成できたようですね」
「はい! マリウッツさんのおかげで、とっても快適な旅路でした!」
私が満面の笑みで答えると、ピシッとアルフレッドさんの笑顔が固まった。
「おいおいサチ。ここであいつの名前を出すのは酷ってもんだぜ」
ドルドさんまで憐れんだ表情でアルフレッドさんの肩を叩いている。
え、なんで。
「あ、そうだ。この腕輪もしっかり付けてましたよ! お守りみたいで心強かったです。お陰様で魔物ともあまり出会いませんでした! ありがとうございました」
アルフレッドさんに会ったら返さなきゃと思ってポケットに忍ばせていた魔除けの腕輪を取り出す。感謝の気持ちを込めてお返ししようと差し出すと、アルフレッドさんはジッと腕輪を見つめてから私の手を押し返した。
「いえ、こちらはサチさんが持っていてください。また街の外に出る機会があるかもしれません。万一の時のために持っていてください」
「え、でも……分かりました。ありがたく頂戴しますね」
私はアルフレッドさんに見えるように、左手に腕輪を嵌めた。
「ええ、ありがとうございます。それで、今日から仕事復帰でしょうか?」
アルフレッドさんがそう言ったところで、ナイルさんとローランが会話に参加してきた。
「そうっす! サチさんが無事戻ってきてくれて嬉しいっす! 聞いてくださいよ! ドルドさんったら仕事の鬼なんっすよ! いつもっすけど!」
「魔物の数が落ち着いているとはいえ、サチさんなしではやっぱり厳しかったんですよ。それにやっぱり男だけだとむさ苦しくって」
食い気味に嘆くナイルさんに、やつれた様子のローランさん。
何も変わった様子のない2人になんだか安心する。
2人には悪いけど、この数日でめちゃくちゃ勤勉になってたら逆にびっくりだもんね。
「カーッ! 情けねぇ! おう、サチ。しばらくはこいつらに多めに魔物を回すからな。お前は少しずつ感覚を取り戻せばいいぞ。肉屋や武具屋がサチに頼みたい仕事があるって言ってたからな、そっちを優先してくれや」
ドルドさんの言葉に、悲鳴をあげるのはもちろんナイルさんとローランさんだ。
「ええっ!? ひどいっす!」
「そうですぜい! これでも頑張ってるんですから!」
「……ぷっ。あははっ!」
いつも通りの光景に、私は思わず吹き出してしまった。
日常が戻って来たんだと嬉しくなってしまったのだ。
本当に、こうして戻ってこれる場所があるって幸せだなあ……
涙を滲ませて笑う私を、他のみんなが驚いた様子で見ている。
目を瞬きながら顔を合わせ、「ガハハ!」とドルドさんが笑い、ナイルさんやローランさん、アルフレッドさんまで笑い出した。
「よし! 今日から魔物解体カウンター、フルメンバーで営業再開だ! 気張っていくぞ!」
「おー!」
ドルドさんの掛け声にみんなで元気よく返事をし、魔物解体カウンターの持ち場に戻る。ナイフが完成するまでは、引き続き予備のナイフを使わせてもらう。
作業台に向き合うと、戻って来たなという実感が深まる。
今日からまた頑張ろう。
私はそう気合を入れて腕まくりをした。




