第33話 鍛冶カウンターの親父
「鍛冶カウンターの親父は、武器のメンテナンスは誰の依頼でも請け負うが、武器の特注については気に入った者からしか受けない」
「え」
鍛冶カウンターに向かいながら、マリウッツさんに聞かされた衝撃的な話。
今それを言うの!?
私、親父さんとはほとんど面識がないんですけど!?
「大丈夫だ。お前なら気に入られる。この俺が認めているんだからな」
「えっ、あ、ありがとうございます……?」
あんぐりと口を開けていると、マリウッツさんが励ましてくれた。
え、急に認めているなんて言われると反応に困るのですが。とりあえず開いた口を閉じてマリウッツさんの後に続く。
そうこうしている間に、鍛冶カウンターに到着した。
鍛冶カウンターと魔物解体カウンターは隣接しているものの、互いの仕事の邪魔にならないよう少し距離が離れている。とはいえ、同じ空間に位置しているので、魔物解体カウンターでは、私たちに気づいたドルドさんが目を見開いている。
「ピィッ!」
「あっ」
いつもの場所だと分かったらしく、ピィちゃんが飛び出して行って魔物解体カウンター内の定位置であるカゴの中へとダイブしてしまった。
ピィちゃんも疲れたよね。ゆっくり休んでもらおう。
用事が済んだら、ドルドさんたちにもしっかり無事を報告しないとね。
「後で顔を出します」と身振り手振りで伝えると、ドルドさんはニカッと笑って頷いてくれた。カウンターの中ではローランさんとナイルさんが一生懸命魔物の山を解体しているので、私も早く復帰しなくては。
「親父。今いけるか?」
カァン、カァン、と金属を打つ音が響くカウンターの中に向かって、マリウッツさんが身を乗り出して声をかける。しばらくカァン、カァン、と一定リズムの音が続き、やがてのそりとカウンターに1人の男性が顔を出した。
その人は、鍛冶職人のガンドゥさん。【鍛冶】の【天恵】を授かったドワーフ族で、1人で鍛冶カウンターを切り盛りしている。頭に黒のバンダナを巻き、茶色い髪の毛と繋がるほどたっぷりの口髭を蓄えている。
私の胸ほどの身長だけど、むき出しの腕は丸太のように太い。相当に鍛え抜かれた身体をしている。
「マリウッツか。何の用だ」
ガンドゥさんはチラリと私を一瞥すると、マリウッツさんに重厚な声で用件を尋ねた。
「親父に鍛えてほしい道具がある。こいつの魔物解体用のナイフを作ってくれ」
マリウッツさんが親指でグイッと私を指差したので、慌てて頭を下げてここぞとばかりに挨拶をする。
「魔物解体カウンター所属のサチです。よろしくお願いします!」
「知っとるわい。一度挨拶をした。それに、お前さんの評判はここまでよく聴こえとる」
え? と顔を上げると、ガンドゥさんは真っ直ぐに私を見ていた。
値踏みするわけでもなく、ただ真っ直ぐに。
「随分と腕のいい解体師のようじゃのう。それで、どんなナイフが欲しい?」
これは、もしかしなくてもナイフを作ってくれるってこと?
チラッとマリウッツさんを見上げると、フッと笑みを浮かべて頷いてくれた。
「あ、ありがとうございます! えっと、これから経験を積んで、もっと高ランクの魔物の解体ができるようになりたいと思っているので、どんな魔物の肉をも断てる切れ味が良くて丈夫なナイフが欲しいです! あ、できれば軽めだと助かります」
「よく切れ、丈夫で、軽いナイフか。ふん、簡単に言いよるわい」
ガンドゥさんは肩をすくめつつもその瞳はギラリと光を宿している。
「それで。マリウッツ、お前がいるということは、素材は用意してあるのじゃろう?」
「親父にはお見通しか。ああ、サチとクエストに出て採取してきた」
「ほう、お前が自ら誰かと組んでクエストにな……随分と気にかけているようじゃな」
「親父もだろう」
「まあな。ここからもその娘の頑張りはよく見えとるからな」
マリウッツさんとガンドゥさんは顔を見合わせてニヤリと笑った。
ガンドゥさんは寡黙な印象があったんだけど、どうやらマリウッツさんとは随分と気の置けない仲らしい。
「サチ、素材を」
「はい!」
そこでようやく素材を出すように言われたので、慌てて袋の中からオリハルコンを取り出した。心の中の「ジャジャーン!」という効果音付きで。
照明の光を浴びて虹色に輝く美しい鉱石を前に、ガンドゥさんは目をまんまるに見開いて引き寄せられるように歩み寄った。
「おい、おい……まさかオリハルコンを持ってくるとは!」
慌ててルーペを取り出して片目に付け、まじまじとオリハルコンを観察している。手で表面の質感を確認し、恐る恐る持ち上げては重さの確認をしていた。
「間違いねえ。オリハルコンじゃわい。それもかなりの上物じゃぞ。どこで手に入れた?」
「マルニ鉱山の甲冑亀の甲羅だ」
「亀の甲羅じゃと? ったく、その話は追々詳しく聞かせい。さて、お前さん……サチって言ったかのう。ちょっくら手を貸してみせい」
マリウッツさんの返答に素っ頓狂な声をあげたガンドゥさんは、話を切り上げると、改めて私に向き合った。
「はい」
私は言われた通り、両手を上に向けて差し出した。
ガンドゥさんは、「触るぞ」と一言断りを入れてから私の両手を握った。
「ふむ、指の腹や手のひらの皮は少し硬くなっているな。日々懸命に仕事をしている美しい手じゃわい。手に触れりゃ、そいつが真摯に自らの職務に向き合っているかは容易に分かる」
私の手に触れてしみじみと述べるガンドゥさんに、じわりと胸が温かくなる。
傷だって、豆だってできている決して綺麗だとは言えない手。アンや他の女の子と比べると、可愛くない手。
仕事柄仕方ないと言い聞かせていたけれど、やっぱりコンプレックスを抱いていた私。
でも、ガンドゥさんはそんな私の手を『美しい』と言ってくれた。
私の生き様を認めてくれたようで、無性に嬉しくて、喉の奥が詰まってしまう。
ガンドゥさんは敬うように私の手のひらに触れ、最後に握手をするようにギュッと手を握った。
「ワシの名にかけて、お前さんの手に合うナイフを作ると約束しよう。オリハルコンは鍛えるのに数日、いや数週間はかかる。鍛え上がったら知らせるから、時間をくれるかのう?」
「っ! もちろんです! よろしくお願いします!」
「久々に腕がなる依頼じゃわい。それじゃあ、こいつは預かるぞ」
ガンドゥさんはオリハルコンを両手で大事に持ち上げると、奥の工房へと消えていった。
これであとは出来上がりを待つだけ。
3日間に渡るクエストが、これでひと段落ついたというわけだ。
「どんなナイフが出来上がるのか、今から楽しみです」
「ああ、そうだな。ナイフといえば、その腰に差している小型ナイフはまさか護身用のつもりだったのか? クエスト中、一度も使ったところを見なかったが」
「あ……はい、一応」
マリウッツさんに指さされたナイフに視線を落とす。
そこには護身用にと身につけていた小型ナイフが2本、綺麗なままぶら下がっている。
「はぁ……そんなリーチの短い得物で魔物に対抗することはできない。刃が魔物に届く時には喉元を噛み切られている。少し付き合え」
「えっ、ちょっと!?」
さて、用事も済んだしドルドさんのところに顔を出すか、と考えていたのに、マリウッツさんに腕を掴まれて鍛冶カウンターと魔物解体カウンターの間にある扉から外に連れ出された。
そして連れていかれたのは、ギルドの裏手に所在する冒険者向けの訓練場だった。
剣の稽古や魔法の訓練、【天恵】の使用など、自由に使っていい場所になっている。私には縁のない場所だから、足を踏み入れるのは初めてなんだけど。
的や障害物が点在していて、チラホラと冒険者が訓練している姿が見える。
こんな感じなんだ、と感心しながら周囲を見回していると、訓練場の一角にある的の前でマリウッツさんは足を止めた。
徐に差し出した手に、慌てて腰の小型ナイフを1つ乗せる。
「いいか。お前の場合、魔物と正面から戦うのは得策ではない。その小型ナイフは戦闘ではなく、逃走時間を確保するために使え。切り付けるのではなく、こうしてな」
マリウッツさんはヒョイッと小型ナイフを宙に投げた。小型ナイフはクルクル弧を描いて、再び手の中へと吸い込まれるように落ちていく。パシッと小型ナイフを受け取ったマリウッツさんは、勢いよく腕を振り抜いて的を目がけて投げつけた。
カァン!
小気味よい音がして、的の中心に突き刺さったナイフがビィィンと揺れた。
「す、すご……」
駆け寄って刺さった位置を確認すると、見事にど真ん中。本当この人何でもできるよね。
「非戦闘員なら、小型ナイフは投擲で使うのが最善だ。切っ先に毒を塗ればかなりの時間を稼げる。額を狙うことができれば仕留めることもできるかもしれん。またクエストに出る時のために、俺が訓練をつけてやろうか?」
「え!? 訓練ですか!?」
まさかの申し出に思わず聞き返してしまう。
それに、なんて言った? またクエストに出る時のため?
今回きりじゃないの!? 私またクエストに出る予定があるの!? 初耳なんですが!?
「そうだ。身を守る術があるに越したことはないだろう。それに、投擲技術が何かの役に立つかもしれんしな」
確かに、マリウッツさんの言うこともごもっともかもしれない。
この世界に私の常識は通用しない。
万一のために備えておくことも必要なのでは?
「よ、よろしくお願いします……!」
こうして無事にクエストから生還した私は、どういうわけかマリウッツさんの投擲訓練を受けることになったのだった。なぜ。




