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第30話 亀の甲羅は宝の山

「わあ……」


 スズランのような可愛い花をつけた植物があちこちに咲いている。

 花はほんのりと青白い光を放っている。壁も淡い緑色の光を発していて、松明なしでも辺りの様子が窺える。


光苔(ひかりごけ)か。それに灯籠草(とうろうそう)がこんなに……」


 灯籠草(とうろうそう)

 確か、花の蜜がどんな状態異常にも効くって本で読んだことがある。

 珍しいことに生息地は一定ではなく、どこに咲くかが分からない特異な花で、探すのにかなり苦労すると言われている。


「これは持って帰らない手はないな」


「はいっ!」


 マリウッツさんが引き続き周囲を警戒し、私が素早く根っこから掘り返して灯籠草(とうろうそう)を採取していく。傷まないように鉄鉱石を入れている袋とは別の袋にそっと詰め込む。予備を持ってきておいてよかった。


 私が一生懸命採取している側で、ピィちゃんはツンツンと鼻で灯籠草(とうろうそう)の花を揺らして遊んでいる。突くたびに、ポウッと光を強めるのでそれが楽しいみたい。


「これほど光苔(ひかりごけ)が生えているということは、こいつを主食とする魔物が近くにいるかもしれん」


「え?」


「凶暴な魔物ではないから、こちらから刺激をしなければ大丈夫だ。むしろ、是非御目見したいぐらいなんだが……」


「え?」


 袋いっぱいに灯籠草(とうろうそう)を詰め終わった私は、マリウッツさんの言葉にピシリと固まる。


 この人、魔物に会いたいって言った!? 正気なの!?


 絶句する私をよそに、マリウッツさんは目を細めて壁を覆う光苔(ひかりごけ)を辿っていく。とりあえずそそくさとマリウッツさんの背後に隠れて安全を確保しながら、私も同じくマリウッツさんの視線を追う。


「ひっ」


 視線を巡らせていると、洞窟のずっと奥で、何かが蠢いた。


 光苔(ひかりごけ)灯籠草(とうろうそう)に照らされて、漆黒の影が地面に不気味に伸びている。それも、1頭どころの話ではない。モゾモゾと光苔(ひかりごけ)を食しているらしいそれらは、群れで行動しているようだ。


 得体の知れない巨大な影がゆらゆらと波打っていて、足元から恐怖が這い上がってくる感覚に襲われる。嫌だ、怖い……!


 ドクドクと心臓が嫌な音を立て始めたその時、ギュッと手を強く握られた。


「安心しろ。お前もよく知っている甲冑亀だ」


「あ……」


 ゆっくりと顔を上げると、仄かな明かりに照らされたマリウッツさんが微笑みかけてくれていた。


 ――剣を握れないから、両手を塞ぎたくないって言ってたのに。


 私が怯えていることに気付いて、躊躇うことなく手を差し伸べてくれた。


 洞窟の冷気で冷えていた指先が、触れ合う場所からじんわり熱を取り戻していく。


「……ありがとうございます。落ち着きました」


「そうか」


 お礼を言うと、マリウッツさんはそっと手を離してしまった。温かなぬくもりに包まれていた場所がヒヤリとした外気に晒されて急激に寂しさをもたらした。


「甲冑亀は比較的穏やかで臆病な魔物だ。こちらから刺激しない限りは襲ってこないだろう。もう少し近くで確認したい。静かに近付くぞ」


「は、はい……」


 私は未だに灯籠草(とうろうそう)をつついて遊んでいるピィちゃんを抱き上げて肩に乗せ、マリウッツさんの服の裾に掴まらせてもらいながら慎重に足を運んだ。


 マリウッツさんがゆっくりと松明を高く掲げて歩き、ようやく甲冑亀の姿を視認できる距離まで近づいた。


 ザッと見たところ、10頭ほどの甲冑亀が群れを成して壁に生える光苔(ひかりごけ)を食べている。


 その姿を見て、私は違和感を抱かずにはいられなかった。


「あの、甲冑亀はEランクですし、私も解体したことがあります。ですが……」


 窺うように見上げると、マリウッツさんは私の言わんとすることを察してくれたらしく、大きく頷いた。


「ああ。どうやら普通の甲冑亀ではないようだ」


 そう。どう見ても、よく見かける甲冑亀よりもサイズが大きい。

 目算だけど、ひとまわりは大きいように見える。


 甲冑亀の甲羅は硬くて丈夫なのに軽量で、私の装備にも使われているように防具に欠かせない素材である。大抵はこの場所のような洞窟や、水辺に近い砂地に生息している。


「知っているか? 鉱山に住処を置く甲冑亀には、他の土地を住処にするものにはない特徴がある」


「特徴?」


 マリウッツさんは、獲物を狙う目をして口角を上げた。とてつもない美形が凄むと中々に怖い。


「甲羅をよく見てみろ」


「うーん……あっ!」


 目を凝らしてよく見ると、明らかに私の知る甲冑亀の甲羅とは違っていた。

 通常の甲冑亀の甲羅は、元いた世界の陸亀のような形状をしている。けれど、今目の前にいる甲冑亀たちの甲羅は、なんというか、もっと凸凹している。何かが甲羅に付いているような……生えているような……そんな印象を受ける。


「あれは鉱石だ」


「へぇ……鉱石かぁ……えっ!? 鉱石!?」


 サラッと教えられた回答に、思わず目を剥く。


「そうだ。この辺りには奴らの主食である光苔(ひかりごけ)が山ほどある。食べて吸収したものが甲羅を成長させる栄養素となる。見ろ、奴らの甲羅が僅かに光を放っているだろう」


「あ……本当ですね」


 言われてみれば、本当にうっすらとだけど、甲羅が青白い光を放っている。


「奴らの甲羅は食べたものによって変質する。つまり、光苔(ひかりごけ)の発光成分を吸収して甲羅が光るようになったのだろう。そして、ここは希少な鉱石が未採掘で残っているマルニ鉱山だ。雑食の奴らが光苔(ひかりごけ)が生えた鉱石をたらふく食っている可能性が高い」


 マリウッツさんの説明は、いつも分かりやすいようで回りくどいよね。

 いつものことながら、話の要領を得ない私は黙ってマリウッツさんの言葉の続きを待つ。私が理解していないことを察している様子のマリウッツさんは、「はぁ」とため息を吐いて解説を続けてくれる。


「つまりだな。鉱石を食った甲冑亀の甲羅は、その鉱石に匹敵するということだ。それに、甲冑亀は俊敏ではないからな。特に洞窟で暮らす個体は長時間同じ場所に留まっていることも多い。外敵もいないこの場所でスクスク甲羅を育ててくれたんだ、その純度もかなり高くなっているだろう」


「ということは?」


「わざわざ鉱石を探す必要はない。きっとあの群れの中に立派に育った鉱石付きの甲羅を持つ亀がいるはずだ」


 なんということでしょう。

 私たちの目の前で尚も光苔(ひかりごけ)を食している甲冑亀の甲羅が宝の山だということか。


 感動に打ち震える私は、「ん?」と大事な問題があることに思い至った。


「でも、どうやって採るんですか? あれだけ大きな個体ですし、数も多いです。場所も狭くて戦いにくいでしょうし、攻撃するのは得策ではないと思うのですが」


 そう、「甲羅ちょうだいね」と言って、「はいどうぞ」と貰えるわけがないのだ。捕獲するにしても、如何せん数が多い。もし暴れられて洞窟が崩れでもしたら生還するのは困難だろう。


「問題ない。眠らせればいい」


 マリウッツさんはニヤリと笑うと、巾着袋に手を入れた。

 中から取り出したのは、ゴルフボールほどの大きさの玉。薄暗いから色ははっきりと分からないけど、一体何なのだろう?


「魔物討伐によく使われる眠り玉だ。これを投げつければ入眠作用のある成分が霧散し、身体の大きなものでも数分で深い眠りに落ちる」


 マリウッツさんは私に松明を持つように言うと、グッと大きく振りかぶった。

 そして、見事に甲冑亀の群れのど真ん中に眠り玉を投げ入れる。玉が地面にぶつかった途端、ボフンッと鈍い音がしてモクモクと白い煙が広がり始めた。


「煙を吸うなよ。数時間眠り続けることになるぞ」


「わわっ」


 マリウッツさんに手を引かれ、慌てて後方へと退散する。念の為、布で口を覆って眠り玉の煙を吸わないように気を付ける。


 徐々に、ドサッ、ドサッ、と甲冑亀の巨体が地面に沈む音が聞こえ始める。

 10分ほど様子を見守り、煙が収まったことを確認した私たちは顔を見合わせた。


 甲冑亀の群れに近づくと、見事に全て深い眠りについていた。恐る恐る突いてみても起きる気配はない。


「ん? あいつ……」


 私が眠り玉の効果に感心している間にも、マリウッツさんは甲冑亀をザッと見渡して当たりをつけたらしい。

 素早く他の亀を乗り越えて、お目当ての個体に辿り着く。

 周りを他の亀に囲まれて、守られるように中心にいた個体。


「こいつ。飛び抜けてデカイな……甲羅も随分と硬い。恐らくこいつが群れの長なのだろう」


 マリウッツさんと違ってひらりと甲冑亀を乗り越えることができない私は、えっちらおっちら亀の間を縫うようにしてマリウッツさんの元へと近づく。


「ふぅ。わ……本当ですね。いつも持ち込まれる個体の倍はあるんじゃないでしょうか?」


「松明の火じゃ確証は持てんが、この強度、触り心地……もしや、オリハルコンか?」


「えっ! 探してた鉱石じゃないですか!」


 私のナイフの素材として、ミスリルやオリハルコンが見つかれば万々歳だとクエストに出てきた。まさか、魔物の背中に目的のお宝が付いているなんて思いもよらなかった。


「よし。こいつを回収して洞窟を出るぞ。明るいところで確認したい。仕留めるから離れて目を瞑っていろ」


「わわっ、待ってください!」


 シャラン、と剣を抜いたマリウッツさんに言われ、私は慌てて甲冑亀の間を縫って距離を取る。バッと両手で顔を覆い、その直後、ザシュッ! と剣を振るう音が鼓膜に響いた。


「よし、いいぞ」


 マリウッツさんの合図で目を開けると、甲冑亀の山を乗り越えてこちらに戻ってきたマリウッツさんが涼しい顔をしていた。


 私は息絶えた魔物は数えきれないほど解体してきたけれど、スタンピードの時に襲いかかってきたサラマンダーを除いて、生きた魔物を仕留めるところは見たことがない。トドメを刺すところを見せないでいてくれたのは、そのことを知っているマリウッツさんの配慮なのだろう。


 身軽なところを見ると、巨大な甲冑亀は【圧縮】して保管しているのだろうか。


「洞窟を出よう」


「はい」


「ピュィッ」


 こうして私たちは、十分な戦果を持って、無事に洞窟から外に出ることができたのだった。

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