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第29話 マルニ鉱山

 翌朝、私が目を覚ました時、隣にマリウッツさんの姿はなかった。


「起きたか」


 寝袋にくるまったままむくりと身体を起こして周囲を見回すと、マリウッツさんはすでに活動を開始していたらしく、焚き火用の枝の調達から顔を洗うための水汲みまで済ませてくれていた。私がグースカ寝ている間になんてこと。周囲の警戒までしてくれていて本当に頭が上がらない。おかげでよく眠れました。


「おはようございます……何から何まですみません、ありがとうございます」


「早く目が覚めたついでだ。気にするな」


 蓑虫状態で頭を下げると、マリウッツさんは表情を変えずに焚き火に木の枝を()べた。


「クァァ」


「あ。おはよ、ピィちゃん」


 ちょうどピィちゃんもお目覚めのようなので、寝袋から出て朝ごはんの用意を始める。


 朝食は持参した携帯食のパンと、昨日のスープの残り。

 ちょうど2人とドラゴン1匹で綺麗に食べ切ることができた。


 調理道具をリュックに詰め込み、天幕と寝袋は【圧縮】してマリウッツさんの巾着袋に収納した。腕にはしっかりとアルフレッドさんに貰った魔除けの腕輪を付けている。よし、準備は完了だ。


 今日はいよいよマルニ鉱山に入って、鉱石の採取を開始する。

 貴重な鉱石は、剥き出しの岩肌ではなく、たいてい洞窟の奥深くに眠っている。そのため、まずは洞窟や横穴を探すことになった。


 青々とした木々が生い茂るマルニ山脈の一角で、その一帯だけはゴツゴツとした岩肌に覆われている。土や岩盤が固く、草木が深く根を張ることができないため、マルニ鉱山は遠くからでも目立つ赤土色をしている。山脈の中でそこだけ緑がないため、どこか寂しさを感じさせる。


 私たちは赤土色を目印に獣道を進んでいく。朝露で滑りやすい斜面も、山岳ブーツのおかげで転ばずに進むことができている。マリウッツさんに感謝しなくちゃね。


 そして、太陽が真上に差し掛かった頃、突然視界が開けた。


「鉱山に入ったな」


「はい。着きましたね」


 鬱蒼とした木々の海を抜け、極端に植物が少ない場所に出た。

 赤土色の山肌を見るに、どうやらマルニ鉱山に到着したようだ。


「よし、腹ごしらえをしたら予定通り洞窟を探すぞ」


「はい!」


 お昼はマリウッツさんが持参してくれた携帯食で簡単に済ませることになった。

 ピィちゃんもモサモサと硬い携帯食を懸命に食べてくれている。

 私も早く食べてしまおう。と、袋を裂いて携帯食を取り出す。


「――サチ、伏せろ」


 元いた世界のクッキーバーみたいな形だなぁ。なんて思いながら携帯食に齧り付いたその時、マリウッツさんが鋭く低い声を発した。


 私は携帯食を咥えたまま、サッと腰を落として頭を下げる。

 その直後、背中にぶわりと強い風圧を感じた。


「もういいぞ」


 顔を上げると、マリウッツさんは抜刀した剣を振って刀身についた血を落とし、背中の鞘に剣を収めていた。

 ま、まさか……?

 恐る恐る振り返ると、首が2つついた狼に似た魔物がだらんと舌を垂らしてこと切れていた。


「え、これって……双頭狼じゃないですか!」


 これまでに一度だけ、魔物解体カウンターで見たことがある。

 毛皮がものすごく厚くて、ドルドさん自ら解体をしてくれたCランクの魔物。


 い、いつの間に私の後ろに……?


 全く気配を感じなかった。

 今更ながらサッと身体中の血の気が引く。マリウッツさんが居なかったら、襲われたことも分からないままやられていたに違いない。


「この鉱山にはCランクはざらにいる。双頭狼は群れずに単独で行動する習性があるから、この辺りがこいつの縄張りだったんだろう」


 魔除けの腕輪は、EランクやDランクといった低ランクの魔物の撃退に非常に効果的らしい。けれど、Cランク以上の魔物にはさほど効かない。Cランク以上の魔物は知能も高いので、まやかしは通じない。

 ここ、マルニ鉱山が開拓されずにほぼ自然そのまま残されている理由が、双頭狼を始めとした高ランクの魔物が多く生息しているからなのだ。


「食ったら行くぞ。同じ場所に留まっているのは得策ではない」


「は、はいっ!」


 突然の奇襲に呆然としていた私は、慌てて携帯食を口に押し込み、水でごくりと喉奥へと流し込んだ。



 ◇◇◇


 岩肌に生じた亀裂や横穴を見つけては中を覗き込み、鉱石が見つからないか確認していく。

 中々深い洞窟が見つからず、今の所の戦果はいくつか拾った小ぶりな鉄鉱石のみ、といったところである。


「ピュイ? ピーッ!」


 うーん、そう簡単にはいかないよね。

 と長期戦を覚悟していたら、私の腕に抱かれてゴロゴロと微睡んでいたピィちゃんが、突然耳と翼をピンと立てて辺りを見回し始めた。


「ピィちゃん? どうかしたの?」


「ピ? ピピ、ピィッ!」


 目的のものを見つけたのか、ピィちゃんは一際高く鳴くと、バサリと翼を羽ばたかせて私の腕の中から飛び上がった。


「あ! 待って!」


「お、おい! 勝手な行動はするな! 危険だ!」


 ピィちゃんが真っ直ぐ飛んでいった方向を追いかける。チッと舌打ちをしながらも、私の真後ろをマリウッツさんが追って来てくれる。

 前方からは、「こっちだ」とでも言いたげに「ピィッ」という鳴き声が定期的に聞こえてくる。


 そしてすぐ、私の身長の倍はあろうかという岩が複数個重なりあって並んでいる場所に出た。

 

「すごい……」


 ピィちゃんの声を頼りに、岩の間を縫うように抜けていく。大人1人が辛うじて通れるほどの狭い隙間。リュックを両手で頭上に掲げてピィちゃんの後を追う。マリウッツさんも身を捩らせながら私に続く。


 やがて、岩の波を越えたところに、それはあった。


「……こんなところに洞窟があったのか」


 それも、中を覗き込む限り、随分と深い。


「ピィちゃんが見つけてくれたのね。ありがとう」


 洞窟の入り口で、クルクル旋回をして褒めて欲しそうにしているピィちゃんに声をかけると、ピィちゃんは嬉しそうに鳴きながら私に頬擦りをしに来てくれた。


「せっかく見つけてくれたんだ。入ってみるぞ」


 マリウッツさんは巾着から松明と火打ち石を元のサイズに戻しながら取り出すと、慣れた手つきで火をつけた。


「随分と深そうだ。周囲を警戒しながらゆっくりと進もう」


「は、はいっ」


 私はピィちゃんを腕に抱き直し、松明で行先を照らすマリウッツさんの後ろに続いた。


 山の裂け目のような洞窟は、かなりの高さだ。横幅は私とマリウッツさんが並んで両手を広げられるほどの広さがある。

 洞窟の奥からは足元に絡みつくように冷気が漏れていて、奥に進むほど気温が下がっているように感じる。


 ゆっくり、着実に洞窟を進んでいく。

 そっと振り返ると、すでに入って来た入口は小指の先ほどの大きさになっている。

 歩みを進めていくと、白く眩い光を発する光源はやがて見えなくなってしまった。


「見ろ。そこら中に鉄鉱石が落ちている。それもかなりの大きさだ」


「わ、本当ですね」


 マリウッツさんが足元を照らしてくれたので、素早く転がっていた石を拾う。

 クエストに出るにあたり、ギルドが保管していた主要な鉱石を見せてもらい、更には見分け方まで伝授してもらっていたのでよく分かる。

 間違いなく、鉄鉱石だ。


 マリウッツさんと顔を見合わせ、いくつか素早く持参した手提げ袋に入れた。

 今回のクエストの目標は、私のナイフの素材を採ること。なんだけど、受注した本来のクエストの依頼内容は、鉄鉱石を求めるものだった。

 だから、クエストクリアの判定をもらうためにも鉄鉱石を集めておかなきゃね。


 時折、洞窟の奥から「オォォ…」と風がうねる音なのか、はたまた魔物の唸る声なのか分からない音が響いてくる。その度にビクリと飛び跳ねてはマリウッツさんの服の裾を掴んで呆れられてしまう。


「怖いならもうずっと掴んでいていい。急に掴んだり離したりされる方が気が散る」


「す、すみません」


 お言葉に甘えて、ピィちゃんを片腕で抱きながらもう一方の手でマリウッツさんの背中あたりを控えめに摘む。


「手を繋いでやりたいところだが、両手が塞がっては剣を握れない。それで勘弁してくれ」


「手っ!? い、いえ! これで十分です!」


 サラリと発言された内容に思わずつんのめってマリウッツさんの背中に鼻をぶつけてしまった。「何をしている」とまたため息を吐かれるけど、逆に聞きたい。何故そんなに平然としていられるのか。


「マリウッツさん、私のこと子供だと思ってません?」


「……思っていないが」


「意味深な沈黙!」


「静かにしろ」


「はい」


 ついつい声量が大きくなってしまっていたので、マリウッツさんにビシリと注意されてしまった。元はと言えばあなたが……ブツブツ……


 私はバレないように頬を膨らませつつ、マリウッツさんの後に続く。

 鉄鉱石を見つけては拾ってを繰り返し、いよいよ手提げ袋がいっぱいになってきた。


 洞窟はずっと1本道だ。

 ゆっくり進んでいるとはいえ、随分深くまで来たな……と思っていた矢先、開けた空間に出た。

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