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第27話 初めての野営

「今日はここで野営をするぞ」


 陽がすっかり傾いた頃、私たちは目的地であるマルニ山脈の麓の森に辿り着いていた。


 ここまでは順調な道のりだった。

 マリウッツさんは寡黙なので、楽しくお喋りというわけにはいかないけれど、私の質問にはしっかりと答えてくれるし、マリウッツさんとの間に流れる沈黙は不思議と居心地が良い。それに、ピィちゃんが場の空気を和やかにしてくれているのも1つの要因かもしれない。


 ピィちゃんは、私たちから離れすぎない程度に周囲を飛び回っていた。

 最近では、ギルドのマスコットキャラのような扱いを受けているため、ギルド内を自由に飛び回る許可を得ている。しかし、小さいとはいえドラゴンには違いないので、街中では極力姿を見せないように制限してしまっている。

 そんなピィちゃんに、広大な大地や大空を前に興奮するなという方が酷な話だろう。

 すっかりはしゃぎ疲れたようで、今は私のリュックの中で眠っている。


 道中、魔除けの腕輪のおかげか、魔物に遭遇したのはたったの2回。それも、コカトリスやホーンラビットといった見知った魔物であった。


 もちろん低ランクの魔物を相手に後れをとるマリウッツさんではない。

 あ! 魔物! と思った時には太刀が振るわれていて、一瞬のうちに魔物を仕留めてしまった。


 ちょうど食用の魔物だったので、マリウッツさんに背中を任せつつ、私は【解体】を使って今日の分の食糧の調達に成功した。


 というわけで、今夜は肉料理よ!


 何を隠そう、私のリュックには調理に必要な道具が詰められている。

 折りたたみ式のまな板、木の蓋に刃を収納した包丁、小鍋、そして小さな鉄板はフライパン代わりに持ってきた。あとは少しの野菜と、各種調味料も準備済みである。


 どこからか天幕を取り出して、慣れた手つきで野営の準備を始めたマリウッツさんに断りを入れ、私は夕飯の準備に取り掛かることにした。


「……ん? 待って、その大きな天幕はどこから出てきたんですか!?」


 マリウッツさんが、さも当たり前のように作業をしていたから違和感を抱かなかった。いつの間にかふかふかの寝袋も2つセットされている。だから、どこから出てきたの!? めちゃくちゃ荷物少なかったよね!?


 マリウッツさんは、「ああ、そうか。サチは初めて見るのか」と涼しい表情を変えずに腰に下げていた巾着袋を手にした。ちょいちょい、と手招きされたため、急いで駆け寄る。


「これは、魔道具の効果だ。冒険者にとっての必需品とも言える。【圧縮】という【天恵(ギフト)】があってな、その力が込められている。つまり、この天幕も寝袋も、圧縮して手のひらサイズになったものをこの巾着に入れて持ってきたというわけだ」


 なんと、そんな便利な能力が!


 食い気味に色々尋ねると、ややたじろぎながらもマリウッツさんは無知な私に教えてくれた。


 どうやら、【圧縮】の力を自由に付与できる魔道具があるらしい。

 対象物に小さな魔法陣を刻み、そこに触れることで大きさを元に戻したり小さくしたりと自在に変えることができるという。

 大きさは、元のサイズ、圧縮サイズの2通りのみなので、大変使いやすい。

 天幕や寝袋、テントといった野営グッズ、鍋や釜戸といった調理グッズ、その他にも着替えや携帯食にも使えるというのだから驚きだ。


「ちなみに、魔法陣を刻む道具には携帯用もある。かなり高価だが、それがあれば仕留めた魔物に【圧縮】の術式を刻んで簡単に持ち運ぶことができる」


「そ、それはすごいですね……!」


 王都付近で魔物を討伐する冒険者の皆さんは、大抵大きな魔物を数人がかりで担いで魔物解体カウンターに持ち込んでくる。確かに、マリウッツさんのように遠方まで長期間クエストに出る場合、討伐した魔物を王都に運ぶのは非現実的だろう。


「ああ、これのおかげでこの世界の生活はグッと向上した。何せ、これまで持ち帰れなかった魔物から取れる素材や肉が容易に出回るようになったのだからな」


「勉強になります」


 本当に、冒険者は工夫を凝らしてクエストに臨んでいるのね。

 改めて彼らに尊敬の念を抱く。

 仕事に戻ったら、彼らのためにもこれまで以上に頑張ろう。


「だから、お前の荷物が多いと指摘したんだ」


「ああ、なるほど。それなら出立前に教えてくれてもよかったのに」


 必要最低限に留めたものの、地味に重いんですよ、これ。


「そんな時間はなかった」


「確かに」


 マリウッツさんの解説と共に野営の準備も終わったので、今度は私の番である。

 一生懸命運んだ道具たちをズラリと並べ、私は腕まくりをして昼間に仕留めた魔物肉をまな板の上に乗せた。


 よーし、やるわよ!


(【微塵切り】!)


 私は気合を入れて、頭の中で固有スキル名を唱えた。

 そして、スッと肉の塊に包丁を差し込むと、肉塊は一瞬で均等な大きさのミンチ肉へと姿を変えた。


「ほう。興味深いな」


 精肉店の店長さんにはたまに頼まれて使用するけれど、基本的には魔物解体時には使わないスキルなので、マリウッツさんに見せるのは初めてだもんね。「サチの【天恵(ギフト)】は料理にも応用が利くのか。便利な能力だ」と感心している。


「お肉だけじゃなくて、野菜にも使えるんですよ!」


 得意になった私は、持参したにんじんと玉ねぎもスキルを使って微塵切りにした。

 そして、ミンチ肉、にんじん、玉ねぎ、そして森で採った鳥の卵を混ぜて、塩胡椒を振る。素早く捏ねて形成しながら両手で空気を抜くように叩く。


 火はマリウッツさんが慣れた手つきで起こしてくれたので、木の枝を格子状に組んでその上に鉄板を置いた。鉄板が温まったことを確認して、成形した肉を並べる。


 ジュウジュウと肉汁が弾ける音を聴きながら、続けてコカトリスの肉と野菜のスープをサッと作る。鉄板同様、木の枝を駆使して鍋を吊るして食材に火を通す。


 包丁を使って肉を裏返してしっかりと両面を焼き、中まで火が通ったことを確認するために、プスリと肉に切っ先を差し込む。ジュワッと透き通った肉汁が溢れ出す。うん、しっかり加熱できてる。


 スープも塩胡椒と素材の味を引き出した優しい味に仕上がった。


 木を切り出して作った簡易的な皿に、焼き上がった肉――もうとっくにお分かりだろうが、ハンバーグ――を盛り付けて、持参したソースをかける。スープも木のお椀によそってマリウッツさんに手渡した。


 マリウッツさんは無言で料理を受け取ると、まじまじと観察し、匂いを深く吸い込んだ。

 切り倒した木をベンチのようにして並んで腰掛ける。

 手を合わせてから、木の枝を削ったお箸で早速出来立てをいただく。


「うん、美味しい!」


 よかった。ちゃんと美味しく出来上がっている。

 続けてスープに口をつけ、ホウッと息を吐き出しながら、マリウッツさんの様子を窺う。気に入ってもらえると良いんだけど……


 マリウッツさんは、静かにお箸をハンバーグに沈めると、一口サイズに切り出して口へと運んだ。ゆっくりと咀嚼し、やがて喉が上下した。


「……うまい」


「よかったあ……」


 どうやらお口にあったみたい。

 驚き目を見開きながらも、ものすごい勢いで食べてくれる。


「クエスト中は肉の丸焼きや携帯食が基本だ。こんなにしっかりとした料理を食べられるとは思わなかった」


 そして、あっという間にハンバーグと野菜スープを平らげたマリウッツさんは、満足そうに吐息を漏らした。


「えへへ、これでも一時期は料理人を目指して勉強していたことがありますから。この数日、守っていただくお礼に、せめて美味しい料理をご馳走したかったんです」


 私に何かできることはないかと考えた結果、思いついたのが料理だった。

 何から何までマリウッツさんにお世話になりっぱなしは性に合わないもの。私だって、何か役に立ちたいし、感謝を返したい。


「そうか……」


 パチパチと火の粉を弾けさせる焚き火に照らされて、マリウッツさんの美貌が一際際立っている。


「驚きました?」


「ああ。お前に料理ができるということが今日一番の驚きだ」


「飯抜きにしますよ?」


「……すまん」


 フフフッと思わず笑みを漏らすと、マリウッツさんもフッと笑った。


「ピュィ? スンスン……ピーッ!」


 その時、美味しい匂いに釣られたようで、ピィちゃんが目を覚ました。

 ものすごい勢いでこちらに飛んできて、バサバサ翼をはためかせて「早くくれ」とアピールしてくる。


「んもう。ちゃんとピィちゃんの分も用意してあるから安心して」


 ピィちゃんは雑食らしく、なんでもよく食べる。とりわけ魔物肉が大好物らしく、魔物解体カウンターでもよく余った肉を貰っている。

 避けておいたピィちゃんの分のハンバーグとスープを差し出すと、ガツガツと勢いよく食べ始めた。


「随分食い意地が張っているようだ」


「ええ、成長期ですかね?」


「どうだろうな」


 私とマリウッツさんは、微笑み合いながらピィちゃんの様子を見守っていた。

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