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第25話 買い出しでの遭遇

 マリウッツさんとのクエスト参加許可を得たその日のうちに、私は最寄りの冒険者向け装備店に駆け込んだ。


 マリウッツさんが守ってくれるとはいえ、最低限の防備はしておかないと。


 店員に予算を伝え、極力軽くて動きやすいものの中から、最も防御力の高い装備を一式購入した。

 ブラックスパイダーの糸で編まれた長袖のシャツに、甲冑亀という魔物の甲羅を加工した胸当て、肘当て、膝当て。それにマリウッツさんに言われた通り、山岳ブーツも手に入れた。


 あとはカバンかな。何日もかかるなら()()も欲しいよね。あとあと、アンに教えてもらった水と風魔法を駆使したドライシャワーの魔道具! 絶対いる! クエスト中はお風呂に入れないもんね。乙女の必須アイテムだわ。


「サチさん? こんなところで何をしているのですか?」


 走り書きメモを確認しながら、残る道具のチェックしていると、見知った声に呼びかけられた。


「あ、アルフレッドさん! お疲れ様です」


 大きな買い物袋を両手に抱えたアルフレッドさんが、目をまん丸にして私を見ている。丸眼鏡は相変わらず今にもずり落ちてしまいそう。


「あれ? ここは冒険者向けの店なはず……何かご入用だったのですか?」


 ただのギルド職員が必要とするものはこの店にはないはず。そう思っているであろうアルフレッドさんは当惑した様子で首を捻っていた。


「すごい荷物ですね。ギルドに戻るところでしたら1つ持ちますよ? 帰り道にご説明します」


 私は自分の荷物を肩にかけ、アルフレッドさんから紙袋を1つ半ば強引に奪い取ると、先行して店を出た。

 まだ買いたいものは残っているけれど、遅くまで開いている店も教えてもらったので、残りは仕事終わりに買いに行こう。夕飯は露店で済ませてもいいしね。


「そ、それで、どうして冒険者向けの店に?」


 早足で追いついてきたアルフレッドさんと並んで王都の街を歩く。

 道ゆく人が、「あ、サブマスターさん!」「おう! 元気か?」「アルフレッドさーん!」と声をかけていく。

 我らがサブマスは随分と民に慕われているらしい。

 なんだか私まで嬉しくなってしまう。


「実は、今度マリウッツさんとクエストに出ることになったんです。今日はその買い出しに……うわあっ!?」


 上機嫌でさっきの質問に答えたところ、隣を歩いていたアルフレッドさんが買い物袋をバサリと落として中身を散乱させた。細かな装備品が飛び散り、転がっていく。


「あらら」


 私は足元に買い物袋を置いてから慌てて装備品を拾い集める。

 やれやれ、アルフレッドさんったら抜けてるところがあるんだから。


「はい、どうぞ。全部ありますかね?」


「あ、ああっ……! すみません」


 落とされた品々を全て拾い上げて手渡すと、呆然と立ち尽くしていたアルフレッドさんは、ハッと我に返ってペコペコと頭を下げた。


 再び荷物を持って歩き始める。何やら思い詰めた表情で口をつぐんでいたアルフレッドさんは、ギルドが見えてきた頃にようやく口を開いた。


「……驚きました。まさかサチさんがクエストに出るだなんて。想定外です。それも、マリウッツ殿とだなんて……」


「ですよねえ。……ん?」


 …………待って!?

 もし、私を心配したアルフレッドさんがダメだと言ったら、クエストに出ることができなくなるんじゃない!? うわ、あり得る! アルフレッドさんは私の保護監督者のようなものだし、サラマンダーの時もものすごく心配させてしまったもの。

 アルフレッドさんはサブマスターで、マスター不在の今、ギルドの最高権力者だもんね!?

 いくらクエストの準備をしたところで、流石にサブマスターにノーと言われてしまったらそこまでだ。


 ま、まずい。

 私の背中に冷たい汗がツウと流れる。


「わ、私もまさかクエストに出ることになるなんて思いませんでしたよ〜。私、冒険者じゃありませんし。あ、クエスト内容は鉱石の収集なんです! 折れたナイフの代わりを買いたいんですけど、特注となるととても手が出る値段じゃなくて。マリウッツさんに話したら、じゃあ自分で素材を取りに行けばいいんじゃないかって提案してくれて。しかも付いてきてくれるって言うんですから驚きました! いやあ、持つべきものは良き友ですよねえ。マリウッツさんと一緒なら安心ですもん」


 取り繕うようにクエストの目的を話す。我ながらよく回る舌だわ。びっくりするぐらい饒舌になっちゃったから、逆に怪しかったかも。

 あはは、と無理に笑ってみせるも、頬が引き攣っているのが分かる。


「そう、ですか……彼が。僕の知らない間に、随分と親しくなったのですね」


 ドキドキとアルフレッドさんの様子を窺っていたけれど、思った反応と違うな。


「そうですか? ドルドさんにも言われました。マリウッツさんの持ち込む魔物を随分解体しましたし……魔物解体師として信頼を勝ち取れたのだと思います!」


「信頼……ですか」


 荷物を抱えているからガッツポーズをして見せてあげられないので、渾身のドヤ顔を披露した。しかし、まさかのノーリアクションである。行き場を無くしたドヤ顔をどうしてくれよう。


「あ、あっ! 着きました、着きましたよ!」


 何とも居心地の悪いひと時を過ごし、ようやくギルドに辿り着いた。

 視界には捉えていたのに、果てしなく遠く感じた。


 ホッと息を吐いた私は身体で扉を押し開け、近くのテーブルにそっと買い物袋を下ろして自分の分だけ回収する。


 とにかく、アルフレッドさんに何か言われる前にずらかろう。

 そろそろお昼休みも終わっちゃうしね。


「で、では、仕事に戻ります」


「待ってください」


 ペコリと頭を下げて、自分の荷物を抱えてそそくさと退散しようとしたのに、素早く買い物袋をテーブルに置いたアルフレッドさんに待ったをかけられた。


 や、やっぱりダメでしょうか……?


 一体何を言われるのか、内心ビクビクしながら様子を窺っていると、アルフレッドさんは買い物袋に手を突っ込んで、装飾品を1つ取り出した。


「クエストに出る条件として、これを貰ってください」


「これは?」


 ズイッと差し出された手に、反射的にお皿のように両手を差し出す。

 静かに私の手に収められたのは、銀製の腕輪だった。つるりとした触り心地で、中心には水色の綺麗な石が嵌め込まれている。


「これは魔道具。魔除けの腕輪です。高ランクの魔物には効果はありませんが、王都近辺の魔物であればある程度の効果は見込めるかと思います。マリウッツ殿が同伴するので、大丈夫かとは思いますが……必ず無事に帰ること。クエストから戻ったら、いつもの元気な姿を僕に見せにくること。いいですね?」


 アルフレッドさんは腕輪ごと私の両手を包み込むと、真っ直ぐに私の目を見た。

 エメラルド色の澄んだ瞳は、力強い。


「……はい、必ず。身の丈に合わない危険は冒しません。無事に帰ったら、お土産話をたくさん聞いてくださいね」


「ええ。帰りをお待ちしています」


 クエストへの参加許可と魔除けの魔道具をいただいた私は、改めてアルフレッドさんに感謝の気持ちを伝えると、仕事へと戻った。

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