第13話 Sランク冒険者
そして初めての丸1日お休みの日がやって来た。
私はアンにお出かけ用のスカートを借りて、王都サラディンの街に繰り出した。
大陸一の広大さを誇る王国だけあり、その王都の賑わいは群を抜いているのだとか。
王城前に大きな広場があり、その広場を中心にして放射線状に通りが延びている。通りにはたくさんの店が立ち並び、広場には露店も多く出店されている。
露店を見ると夏祭りを思い出して少し心が浮つく。
子供の頃、よくおじいちゃんに連れて行って貰ったなあ……
ちなみに私が召喚されたのは王城の外れの魔塔の地下だったとアルフレッドさんに聞いた。
それっぽい塔をじとりと睨みつけ、私は街へと視線を戻した。
「あそこのポテトは塩加減が絶妙なのよね」
「あの店のフルーツ飴はとっても甘くて美味しいの!」
「こっちの雑貨店は品揃えが豊富で可愛いデザインのものを多く扱っているのよ」
「ここのドレスは女の子の憧れ!」
アンは楽しげに目に入ったお勧めのお店を次々と案内してくれる。本当によくお店を知っていて凄いなぁ。
アンの勧めで入ったブティックで、落ち着いた色味のシャツとスカート、そしてちょっぴり大人びたドレスワンピースを買ってしまった。ギルドでは稀に祝いの席が開催されることがあるらしく、その時に備えた一張羅である。
手荒れによく効く軟膏も無事に買うことができ、私は両手一杯に買い物袋を下げてホクホクしている。
そろそろお昼時という頃合いになったので、これまたアンお薦めのオープンテラスのカフェに入った。
「はあぁ。買ったわねえ」
「本当に。おかげさまで欲しかったものはだいたい買えたと思うわ。ありがとう」
「ふふっ、私も楽しかった!」
注文を済ませた私たちは、料理が運ばれてくる間にグッと腕を伸ばして息を吐いた。
今日の戦果を振り返っていると、可愛いランチプレートが運ばれてきた。
ふわふわ卵のオムライス、ドーム型に取られたチキンライス、瑞々しいサラダ、ウインナーはボールピッグの肉が定番らしい。
じっくりそれらを満喫したあと、食後の紅茶で喉を潤していると、アンが「そういえば」とティーカップを置いた。
「昨日は本当にビックリしちゃった!」
昨日……? と記憶の糸を辿り、受付カウンターで凄まれた美麗の冒険者に思い当たる。
「ああ……あの人、何者なの?」
とっても怖かったけど、オーラがあるというか、存在感が凄かった。そしてびっくりするほどカッコよかった。私、面食いじゃないんだけど、思わず見惚れちゃったもんね。
「彼はね、マリウッツ様。この国唯一のSランク冒険者よ!」
「え、Sランク……!?」
冒険者は能力や実績でランク分けされている。けれど、私の知る限り、それはAランクからFランク。Sランクが存在するなんて聞いたことがない。
「そう。稀少な【剣聖】の【天恵】持ちで能力レベルは上限の10。15歳で冒険者になってからずっとソロでクエストをクリアしているの。3年前の20歳の時に、王都に飛来したドラゴンを1人で倒した武勲から特例でSランクを賜った英雄なんだよ!」
凄まじすぎない?
あまりの経歴に私は目を剥いてしまった。
「ビックリするのも仕方ないよ。マリウッツ様は冒険者の広告塔のような人だからねえ。マリウッツ様に憧れて冒険者を志す人もいるぐらいなの! 馴れ合いを好まず、誰も寄せ付けないクールで孤高な感じがまた素敵よね。冒険者の憧れってやつよ」
「はへぇ」
確かに、射殺されるんじゃ? ってほど鋭い目力だったな。只者ではないと思ったけど、そこまで凄い人だったとは。
「でも、大変になるねえ」
「え? なにが?」
しみじみと哀れんだ視線で語るアンの言葉が不穏すぎる。
私は密かに冷や汗をかきつつ言葉の真意を問う。
「ん? 長期のAランククエストを終えたマリウッツ様が帰還したってことは、またしばらく王都に滞在すると思うのね。高ランクの依頼はそうそう出るものじゃないし、確か今回のクエストは半年ぐらいかかったんじゃないかなあ? 流石のマリウッツ様も当面王都で過ごされるはずだわ」
「つ、つまり?」
嫌な予感しかしない。聞きたくない。
「つまり! その辺の魔物なんか一瞬で倒しちゃうマリウッツ様が、大量の魔物を魔物解体カウンターに持ち込むってこと! それも、そこそこのランクの魔物をね。低ランクのクエストは駆け出し冒険者に取っておいてくれる人だからさ」
やっぱり! 聞かなきゃよかった!
「ぐ……忙しくなるってわけね」
マリウッツ様とやらの依頼には私では能力レベルが不足していそうだから、ドルドさんたちがそちらに集中できるよう低ランクを一任される心づもりでいた方が良さそうだ。
(そっかあ……今よりもっと忙しくなるのね……はは……)
私は来たる繁忙期から現実逃避するべく、話題を変えようと通りに目を向けた。
「あ、ねえ。そういえば、赤とか紫の飾り付けがあちこちにされてるけど、お祭りでもあるの?」
私が指差した先には、三角形のガーランドが店から店に交差するようにたくさん吊るされていて、提灯のような飾り付けまである。
「ああ! そっか、サチは知らないよね。1週間後から大収穫祭が始まるの! 初夏になって一気にラディッシュベリーっていう果実が実をつけるの。それが美味しいワインになるのよお。あちこちの商家がこぞってベリー収穫のクエストを発注するの。でもベリーは魔物の好物でもあるから、同時に魔物討伐も活発になるのよね」
大収穫祭! とっても素敵な響き!
それに、なんて言った?
「ワイン!? 大好き!」
こっちの世界に来てからご無沙汰だったけど、やっぱりあるんだよね!
私の目が輝いたことに笑いながら、アンは意地の悪い顔をした。
「マリウッツ様の帰還に加えて、大収穫祭。解体カウンターも忙しくなるわよお」
「うぐ……覚悟しておかなきゃね。でも、美味しいワインのためなら頑張れるわ!」
あはは、と力こぶを作って笑っていた私は1週間後、無事忙殺されることになるのだった。




