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よく寝た。そんな感覚と共に目を覚ました。目覚めはいつになく爽やかだった。
しかし、ベッドの脇から私を覗き込んできたのは、可愛い妻ではなく、非常に人相の悪い男だった。私は唖然と男を見返した。よく見知った顔だったが、ここにいるはずのない人物である。その男が口を開く。
「私が誰だかわかるか」
わかると言えばわかるが、そんなはずがない。夢から醒めた夢でも見ているのかと今の状況を疑って、私は不得要領気味に首を傾げた。
すると男は……父によく似た男は、元から凶悪な顔を顰めて、悪鬼の形相となった。これから殺人でも犯しそうな顔つきだ。でも、私には心配している表情だとわかった。幼い頃から、こんな顔に囲まれて育ったのだ。いやでも見分けがつくようになる。
ルドワイヤの男たちは、誰もがこんな面相なのである。だから伝統的に、鎧姿でわざと面覆いを使用しないくらいだ。生まれ持った顔をさらしていた方が威嚇になるからだ。
金髪、碧眼、凶相、筋骨逞しい頑健で大柄な体。それがルドワイヤの男のスタンダードだ。
だが、私は髪の色も目の色も容貌も母に似た。おかげで幼い頃は、同年代の子と並ぶと、まるで他所から拾われてきた女の子のように見えたものだった。子供といえど、ルドワイヤの男子は勇猛な顔つきをしている。それが羨ましくて、母に、どうして兄たちのような顔に生んでくれなかったのかと文句を言ったことがある。
結果は、母を悲しませるなと父に叱られ、兄たちには、おまえの可愛い顔が俺たちは大好きだぞとべたべたに甘やかされ、もっと腹がたって、家出した。行き先は馬小屋だったから、城の敷地からも出なかったわけだが、幼かった私には、それでも大冒険だった。
暖をとるための猫と、父の秘蔵のワインと、食料庫のハムとチーズ。それらを持って藁の中にもぐりこみ、どうしてこんな女々しい顔なんだと、酔っ払って泣きながら眠った。
そんなふうに、顔はずっと私の劣等感だった。王都に来て、王宮の女性たちにもてはやされはしたが、それがなんだというのだろう。私は、尊敬する父や兄たちのようになりたかったのだ。
だが、トリストテニヤに連れてこられ、サリーナに紹介されたとき、この顔でよかったと初めて思った。彼女のあどけない微笑みに、父に似ていたら、ずいぶん怯えさせてしまっただろうと思ったのだ。
サリーナは怯えることなく懐いて私にまとわりついて、私が兄たちにそうだったように、とにかく一緒にいたがった。末っ子でいつも兄たちに面倒を見てもらってばかりいた私は、妹ができたみたいで、彼女に兄貴面できるのが楽しくてしかたなかった……。
けれど、いつからだっただろう。ふとした仕草や表情に、どきりとさせられることが増えていき、彼女は急速にどんどん大人びて、美しくなっていった。まるで、蝶の蛹が羽化するかのようだった。
私は複雑な気持ちでそれを見守ってきた。いったいこの娘は誰を愛するようになり、いつ私から離れていってしまうのかと。いつのまにか芽生えた恋焦がれる思いに、いつしか胸を掻き毟りたくなる日々を過ごすことになった。
私の大切な人。私の命。
「サリーナ、は」
わっと、頭の中に意識を失う前のことが思い浮かぶ。
「サリーナは無事ですか」
私は体を起こした。呆けて父を見ている場合ではなかった。あんな場面で一人にしてしまった。どれほど心細い思いをさせてしまったことか。
ベッドの向こうにある応接セットに、母と祖父が座っていた。母がソファの背にもたれている誰かを揺り動かして起こす。赤味がかった金の髪をしている人。
その人が、急いだ様子で起き上がり、背もたれごしにこちらを見た。目を見開き、次いで微笑む。
「エディアルド!」
運動神経の鈍い彼女は、傍目にはもたもたと、しかし本人はおそらく大急ぎで、ソファをまわって駆けてくる。
走るな、とは言えなかった。必死で、泣きそうに私を求めてくる姿に、胸がぎゅっと痛くなった。
私は掛け布団をはねのけて、床に足を降ろした。飛び込んでくる体を抱きとめる。
「エディアルド。よかった。よかったわ」
彼女は肩を震わせ、涙声で私の胸に顔を埋めた。愛しさがあふれて、私は息もつけなくなった。両腕でじゅうぶん彼女を抱きしめているはずなのに、足りなくてもどかしくて、幸せなのに、苦しくて辛い。もっともっと、彼女を感じたかった。
私は我慢できずに、家族がそこにいるにもかかわらず、彼女の顎に指をかけ、顔を上げさせて、熱烈な口付けで彼女を求めた。




