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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第六章 想いの在り処(ありか)

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 何度も、何度もついばんだ。小さく柔らかいそれに同じもので触れているだけで、ぞくぞくとしたものが腰からせりあがってくる。

 すぐに、もっと、もっとと渇きを覚え、舌で唇の間をなぞり、分け入って、彼女の舌を絡め取った。

 ざらりと表面同士を重ね合わせれば、ん、と彼女が鼻から抜けた声をもらす。いっさいの抵抗はなく、求めれば求めるだけ、素直に従って同じ動作を返してきた。そうして、お互いに気持ちのいい、感じるところを探しては、舌を動かした。どちらの唾液ともわからなくなったものを啜り、私たちはしばらく、夢中で貪るようにキスをした。

 そのうち、呼吸もままならない激しさに息があがってきて、彼女が苦しそうに喘いだのを機に、私は唇を離した。

「エディアルド?」

 腕の中で、彼女が熱に浮かされた顔をして、少し舌足らずに私の名を呼ぶ。その声も表情も、劣情を刺激する。これ以上はと思うのに、でも離し難くて、私はたまらずに、それらが見えないように彼女の頭を抱き込んだ。

 この人が身を任せてくれて喜びを感じるほどに、胸の内に重苦しく浮かんでくるものがあった。この人を得るならば、その前に、どうしてもやっておかなければならないことがある。それをおろそかにしてはならないと思った。

「……どうか、しばらくこの城を出ることをお許しください。どうしても、しなければならないことがあるのです」

「私の傍を離れるというの?」

「すぐに戻ります。用事が済めば」

 主は頭を振って、私の手から抜け出した。顔を上げて、しっかりと私の視線を捕らえる。

「それは、内容如何によるわね。どんな用事なのか、教えてちょうだい」

 彼女の吐く息が首にあたり、甘い疼きが生まれた。溜息と一緒に視線をそらし、わきあがってくるものを堪えて答える。

「……私は、祖父と約束しました。彼の築いたものを、すべて継ぐと」

「私の傍を離れるつもりだったのね」

「あなたを守る力が欲しかったのです」

「それだけ?」

 何を聞かれたのかわからず、視線を戻した。主は蠱惑的なまなざしでひたりと見つめていた。

「ねえ、それだけ? 当主として血を残すために、私はいずれ誰かと結婚しなければならなかったわ。あなたはそれで、平気だった?」

 平気だったはずがない。どこの誰とも、いつ現れるとも知れない男相手に、ひどく嫉妬していた。だが、それがこの人の幸せならと、自分を納得させようとしていたのだ。

 しかし、そんなことを正直に言えようか。男の嫉妬など、みっともないだけだ。私が黙っていると、主はさらに追い討ちをかけてきた。

「そうね、私が望むなら、誰とでも結婚させてくれるって、あなた言っていたものね。私が他の男のものになったって、ぜんぜんかまわなかったんだわ」

「サリーナ様」

 あまりの言い様に、思わず咎めるように呼んだ。彼女は、つんと顎をそらした。それで、やっと気付いた。この人は、あの発言を怒っているのだ。

 ……ああ、いや、違う。傷つけてしまったのか。

 彼女の硬い表情を間近でよく見ているうちに、そう思った。だから怒って、意地の悪いことを言っているのだろう。

 ならば、しかたなかった。私のなけなしの面子などに、こだわっている場合ではなかった。この人の痛みを和らげ、この怒りを解ける可能性があるのなら。

「……そうです。あなたが他の男の腕に抱かれるのを見るのが、耐え難かった。私は、あなたの前から逃げ出す理由を探していました」

「ずっと傍にいるって、約束してたのに」

「申し訳ありません」

 その時急に、それまで澄ましきって、居丈高な調子で話していた彼女の顔が、泣きそうに歪んだ。それと一緒に、背中に当てられた手に、ぎゅっと力がこもる。

「すごく、すごく恐かったのよ。いつか、あなたじゃない人に抱かれなきゃいけないのかって」

「……サリーナ様」

「あなたのものになりたい。……あなたのものにして」

 彼女は頑なに横を向いたままで、搾り出すように言葉を口にした。

 こちらを向いて、もっと甘い声で言ってくれたら、どれほど可愛いだろう。だが、そうして欲しいとは思わなかった。なぜなら、私は知っている。この人が目を合わせないのは、心からの願いを言う時なのだ。

 心が震えた。その意地っ張りさも、気高さも。大胆さも、臆病さも。この人が愛しくてならなかった。

 だいたい、愛する女性にここまで言わせておいて応えないなど、男の風上にも置けない。他の何をおいても、この人の想いに、応えずにはいられなかった。

「こちらを向いてください」

 彼女に懇願する。瞳だけが動き、けれどそれも、視線が合うと、すぐに躊躇うように伏せられる。

「私を見てください」

 重ねて言えば、ようやく不安げなまなざしが戻ってきた。

「本当に、いいんですか?」

「まだ聞くの!? これ以上、何を言えというの!?」

 私を睨んで、悲鳴のように彼女が叫んだ。

「そうではありません。……途中で、嫌だと言っても、遅いんですよ?」

「言わないもの! 言うもんですか!」

 威勢よく食って掛かってくる彼女に、私は喉の奥で笑った。

「でしたら、ここで、このままいいですか? あなたのすべてを、余さずよく見たい」

 彼女は、一瞬、虚を衝かれた顔をしたが、迷った末に、上目遣いで恥ずかしげに頷いた。

 私はゆっくりと彼女を横たえ、再び彼女にキスをした。


 事の後。

 うとうとし始めた彼女を、綿入れの掛け布でくるんで抱き上げた。毛足の長い敷物の上とはいえ、硬い床の上で眠れば、きっと朝には体が痛くなってしまうだろう。

 ベッドに下ろすと、彼女は寝惚けつつも目を覚まして、どこにもいかないでと、首に腕を巻きつけてきた。

 引かれるままに、私も同じベッドに滑り込んだ。そのまま抱き寄せれば、安心したのか、腕がゆるみ、それをはずさせて、寒くないように布団の下に押し込んだ。

 彼女は無意識にだろう、居心地のいい場所をさがして、しばらくもぞもぞと動いていたが、そのうち満足気に溜息を吐き出して、おとなしくなった。

「エディアルド、あのね……」

 彼女がぽそぽそと私の名を呼んだ。寝言だろうかと微笑ましく思って、それに耳を澄ます。

「……おじい様はわかってくれているわ。私、彼と賭けをしたの……」

 祖父がなんだって? 彼と何をしたと?

 いや、それよりも前に、それは夢の中でなのか、それとも現実なのか、どちらのことなのだろう?

「サリーナ様?」

 呼びかけてみたが、最早すうすうと寝息をたてている。

 私は途方に暮れた。彼女が今しがた口にしたものが現実のことととしても、国中に私の噂をばら撒き、その評価を一変させてしまったような人が、祖父を相手に何をやらかしたのか、想像もつかない。

 ……まったく本当に、いつもいつもこの人は、次から次へと、

「目が離せない人だ」

 私は彼女の額に口付けを落とした。そして、面倒なことは明日にまわすとして、とりあえずは、思いもよらず手にできた想い人と、穏やかな眠りを共にすることにした。

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