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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
平和終戦
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勲章

 蒼達を待っていてくれた運転手はすっかり待ちくたびれた表情を浮かべていた。

口には半分ほど灰になってシナシナになったタバコを咥え、ゆっくりと煙を昇らせている。

背にしているのは全長七メートル、総重量六トンのベルカの一般的な輸送車だ。

タバコを持つ左腕にはベルカの"核"の証拠である"曲菱形"の紋章が光っていた。


「すいませんお待たせして」


 部屋から出たくないとぐずる藍を引きずり出す為の時間がなければもっと早く出発できていた。

その藍はまだ眠そうに自分の部屋の方角を眺めている。

こういう事にまるで興味がないのだろう。


「いんや、かまわねぇっすよ。

 貴女達、“英雄”を待つのは苦痛でもねぇ。

 何より軍の最高機密に会えるわけっすからねぇ、へへっ。

 何より美人ぞろいだ」


うっすら笑いながら運転手は携帯灰皿にタバコを捨てる。

そして後ろのドアを開け、どうぞと手で中に入るように促した。


「あらあら。

 有難いお言葉ですわね。

 お待たせして申し訳ありませんわ、運転手さん」


軽くいなした真白だったが、朱は何かが気にくわなかったのか運転手に噛みつく。


「“英雄”やて?

 そう言うのは戦場に長くいて、死ななかった奴らの過信や。

 ほんまにくだらないことや」


朱が運転手の話をばっさりと切り捨てる。

朱の言葉を受けて少しバツが悪そうな顔をする運転手だった。


「朱姉様、言い過ぎですよ!

 この人はそんなつもり一ミリも――!」


蒼は慌てて朱を諫める。


「あ、ああ。

 そうやな。

 すんませんな、運転手さん……」


慌てて謝罪する朱に、運転手も合わせて頭を下げる。


「へへっ、いや、俺が悪いんだ。

 あまりにも無粋でやんした。

 あんたらは俺達“核”の憧れでもある。

 だから少し浮わついてしもうた。

 ごめんなさい、だな」


 四人全員が乗り込んだのを確認すると、ドアが自動で閉まる。

中はまるでVIPを載せる専用の輸送車かと錯覚するほどに贅沢な作りになっていた。

フカフカの椅子に、小さな冷蔵庫。

更には折り畳み式の小型テーブルまでついている。


「会場まで無事に時間以内に着きますこと?」


「余裕ですで。

 ぶっ飛ばすんで捕まっててくださいよ」


 運転手の左腕が“レリエルシステム”と繋げるために運転席の穴に差し込まれる。

セルが回る音がして、直ぐにエンジンが吹き上がった。

"小型ナクナニア光反動炉"が動き出し、甲高い音がかすかに車内にも飛び込んでくる。


「シートベルトどこやこれ」


「安寧の地に縛り付けるための紐か。

 それはそこにある」


「何処やねん。

 指示語ばっかりで場所を示そうとするのが大間違いやぞ藍姉ぇ!」


「遊んでる場合ですか!?

 只でさえ藍姉様のせいで遅れてるんですけど!?」


「微かな夜の満点の星じゃろ?」


「ダメだ話が通じないです」


二人は後部座席に、もう二人は向き合うように設置された椅子に腰掛けた。


「発車しますんで、しっかり座っていてくださいよ」


ふわりと、輸送車が浮上しメインエンジンに光が入ると窓から見えるセウジョウの光景はあっという間に後ろに流れていった。

《ネメシエル》程のGがかかるかと思ったら思いのほか軽いGで蒼は体に入れていた力を抜く。


「帝都まで約三十分ってところっすわ。

 寝るなり冷蔵庫の中の酒を飲むなり好きにしていてくれよな」


軍専用でもあるこの輸送車は装甲が取り付けられ、万が一のために軽く兵装までくっついている。

乗り心地はお世辞にも快適とは言えないが、哨戒挺程度相手なら逃げ切れるらしい。

輸送車は高度をぐんぐんあげ、厚く展開している雲の中へ飛び込む。


「なにも見えなくなりましたわね」


少し残念そうに真白の口から言葉が漏れた。

窓を覆う装甲の隙間から外を見ていた真白は前を向きなおし、冷蔵庫の中を確認する。


「え、逆に見たいですか?

 空の景色なんて《超極兵器》に乗ればいつでも……」


めぼしいものがなかったのだろう。

真白は冷蔵庫を閉め、椅子に深く腰掛けなおした。


「そこからの景色とここからの景色は違うものですのよ、蒼。

 それが分からないうちはまだまだですわね?」


「うっ、なんかバカにされてます?」


蒼は思わず真白を少しだけ睨んでしまった。


「バカにしてる訳じゃないですわよ?

 ただ、空に何時までも私めという存在がある訳ではない。

 だからこの空にいれる少しの時間を楽しみたい。

 死んだらもう空には昇れない。

 それだけの話ですことよ」


「??」


真白の話はいつも要領を得ない。

蒼の不思議そうな顔が面白かったのか真白はくすりと笑った。






      ※






「だいぶ復旧出来てきているみたいやね」


 朱が会場回りを見渡してぼそりと呟いた。

蒼もそれに同意するような形で小さく頷いて見せる。

戦争がはじまる直前、あの眩しすぎる光によって根こそぎ消えたと思っていたベルカ帝国の帝都は今や活気溢れる首都としての機能を取り戻すための最中にあった。

かつては百五十階を越えるビルが所狭しと並んでいたが、今はそれ程ではないもののビルが幾つか完成していた。

あちらこちらで建造中のビルに空中クレーンが寄り添っている。

電車も無事に復旧が終わったようで、蛇のように長い鉄の塊があちこちを走っていた。

人が生きて、生活しているその姿が蒼にとっては新鮮だった。

資材を積んだトラックが帝都へと入るために長蛇の列を作り、反対車線には空っぽのトラックがこれまた長蛇の列を作っている。

この国の資材が全て帝都を復旧させるために集まってきているのではないかと錯覚すら覚えるレベルだ。


「すごい人……」


藍もその光景を見て複雑な言葉遣いを忘れてしまっていた。

大都会に変わっていく帝都の中心部には緑が生い茂り、都会の騒々しさとは関係ないようにひっそりと佇む一区画がある。

天帝陛下が今現在、住んでいる場所だ。

そこだけは戦争で消し飛ぶ前の場所と少しも変わっていない。


「何処にこれだけの人がいたんですかね……。

 帝都に住む人は皆消え去ったものかと……」


道路は工事で働く人でごった返しており、何とか復旧した電車からは雪崩のように人が溢れ出していた。

電子ネットワークに落ちている情報によればこれでも進捗具合で言えば五パーセント未満だという。


「帝都って、なして移動させへんの?

 同じとこに作るのは非効率やない?」


朱が思い立ったように真白を見た。

真白は何も言わずに蒼に聞くように人差し指を向ける。


「“核”がそれを聞いちゃうんですか。

 えーと、要するにここの土地がベルカ人にとって聖地なんですよ」


「ああー、言われてみれば"家"の授業で聞いたことがあるようなないような」


「基本的に寝てたらしいじゃないですか……。

 まぁいいですよ、そんなこと。

 言ってみれば今の天帝陛下が住んでおられる場所があるじゃないですか?

 あそこの地からベルカの民は産まれてきたとされているんです」


 ベルカ人なら小さい時一度は聞いたことがある。

ベルカの民発祥の場所とそのお話。

大昔、まだこの星に人はいなかった。

植物も、虫の一匹も存在してはいなかった。

あるのは全てを溶かしつくす海と猛毒を含む雨。

少なくとも生物なんてとても生まれるような環境ではなかった。

しかしその星の様子をかわいそうと思った神がいたらしい。

ある時、金属で出来た流れ星がいくつもいくつも星へと降り注いだのだ。

そのうちの一つがベルカ帝国の帝都がある場所へ落ちた。

金属の流れ星の中にはベルカの始まりとなる人々が眠っていた。

流れ星の力により海は美しくなり、雨は無害へと変わっていった。

そして星が美しく、清らかになった時流れ星に眠っていた人々は目を覚ました。

流れ星から出た人々はその土地をベルカ(平和の大地)と呼び、流れ星の落ちたところを……。


「落ちた土地の名前をネメシエル、または陽天楼と。

 そのように言うらしいですよ」


最後だけ含みを持たせて蒼は自信満々に話してやった。

自分の艦に与えられた名前にはこういう理由があるんだぞ、と。


「そういう関係だったんやな。

 まっっったく考えたこともなかったわ、ガハハ」


「そうでしょうね……。

 私の姉様ながらこういう方向には本当に無知というかなんというか……」


蒼はそう呟くと窓の外を眺めた。

もう少しで会場に到着するようで高度が段々と下がってきている。


「あの建物ですわね?

 国立多目的会場、でしたっけ?」


「さあ。

 興味ないんで俺も知らないんすよ。

地位も名誉も“核”には必要ない。

命がある理由はただひとつ、この輸送車を動かすためだけなんですから」


窓の外に見えるのは大きな露天ドームの建物だ。

その周りはまだ焼け野原だ。

しかしその焼け野原に、ヒクセスやシグナエ、シーニザー等、数多くの艦が停泊していた。


「降りますよ。

今回はご利用いただき誠にありがとうございました」






      ※






「――広げてきた。

 また、仕組まれた戦争であることを見抜けなかった私達の責任も大きい。

 ヒクセス共和国を代表してベルカ帝国に謝罪を行う。

 この度は誠に申し訳ありませんでした」


「――ということです。

 また、シグナエ連邦もセンスウェムに騙された側であります。

 しかしながらベルカ帝国に及ぼしてしまった戦闘行為の結果を真摯に受け止め

 みすみすとテロリストの口車に乗ってしまったことに謝罪致します」


二人が天帝の両側に立ち、三人で握手をするとメディアが写真を撮るためのフラッシュが瞬いた。

超大国間での冷戦の終結、およびベルカ侵略戦争の終了を象徴するこの写真は後に教科書にも載るほどの有名な一枚となる。

 超大国であるヒクセスとシグナエ両首相の挨拶が終わるとベルカ帝国の元帥でもある天帝が台に立った。

見に来ている一般人や軍人凡そ三万人もの人々から拍手と歓声が上がる。

天帝が手を上げると歓声は止み、静かになった。


「ヒクセス共和国。

 シグナエ連邦。

 両国とも我が国にとって大切な存在です。

 センスウェムに騙されたのは貴殿方だけではない。

 我が国は国土の九十六パーセントを戦争により一時期連合軍により占領されました。

 しかし、数々の軍艦の働きによりセンスウェムの陰謀を暴き出す所か、逆にセンスウェムを滅ぼし たのです。

 そこで勲章を、この場を使って与えるものとします。

 名誉ある勲章でベルカに尽くした武勲艦となるのです。

 名前を呼ぶ艦は前へ出てきてください。

 それでは超空制圧艦隊司令、マックス司令お願いします」


いつものマックスとは全く違い、パリっとしたスーツを身に着けていた。

更に眼鏡はサングラスをやめ、透明のレンズにしている。

いつも知っている基地司令とはまるで別人の様子に椅子に腰かけている“核”全員に緊張が走った。


「まずは超空第四艦隊を率い、相手に屈することなく困難な状況でも戦い抜いたその功績を讃える。

 《超空突撃戦艦ニジェントパエル》前へ!」


真白が立ち上がり、天帝の前まで歩く。

シャキッとしたいつもではとても考えられないその振る舞いに少しだけ笑いそうになる蒼だった。

と同時にものすごいフラッシュが真白を撮るために焚かれる。

軍の中でも極秘に値する"核"、それも《超極兵器級》の"核"が一般人の前に出てくるなど珍しい事だからだ。


「続いて二隻。

 第四艦隊の中枢をなし、敵を撃破し続けた功績を讃える。

 《超空強襲制圧艦ルカリス》及び《超常兵器級制空撃戦艦ジェフティ 》」


淡々と読み上げられていく艦名。

段々と椅子に座っているのが減っていく"核"達。

そして最後に椅子に残っているのは蒼だけとなった。


「いよいよ最後だ。

 ああ、そうだ。

 みんな知っている通りだ。

 超空制圧第一艦隊を率いた武勲艦。

 ヒクセス共和国、シグナエ連邦の《超常兵器級》を何隻も沈め実質ベルカを勝ちに導いた艦。

 俺がまだコグレ基地にいたとき、こいつが来てくれた。

 あの時来てくれなかったら今頃この戦争はどうなっていたかわからない。

 我が国一番の切り札。

 《超空要塞戦艦ネメシエル》、前へ!」


蒼はさっ、と立ち上がり前へと進む。

ど真ん中、わざと開かれている隙間へ滑り込む。

メディアのフラッシュがチカチカとただただ眩しい。


「勲章を授与致します。

 代表、《超空要塞戦艦ネメシエル》。

 受け取ってくれるね?」


「はい、天帝陛下。

 有難く頂きます」


蒼は両手で天帝陛下が差し出した勲章を受け取る。

拍手が会場を包み込んだ。






               This story continues.

ありがとうございます。

戦争ものでよくありがちなエピローグでの勲章授与本当に好き。

やりたかったのでやってみました。


もうそろそろ終わりですね。

あとすこーしだけ。

少しだけお付き合いくださいませ。

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