終戦
《ネメシエル》を含む五隻の時空を歪めるほどのエネルギーがオレンジに光る砲門から解き放たれた。
まるで恒星の持つ全てのパワーを注ぎ込んだような強い光は、落下してくる《センスウェム》を包み込む。
光は《センスウェム》にぶつかった瞬間一瞬だけたじろぎ、押されているように見えた。
だが、高温に耐えきれなくなった《センスウェム》の艦首部分が融解すると勢いを直ぐに取り戻した。
それが《センスウェム》の崩壊が始まる合図だった。
融けた艦首部分から《センスウェム》の船内に入り込んだ光はエネルギーの限り内部を焼き払い、次々と物質を蒸発させていく。
まだ船体にくっついて残っていた幾つかの《方舟》も、そこに眠る何百万もの命を消し炭へと変えていく。
この惑星を包囲する宇宙艦隊を指揮する人工知能も、メモリの中に眠った母なる別の惑星の記憶も。
かつて星の海を渡っていた遥かな記録さえも。
溶け落ちた鋼鉄は融解し、液体となった直後に気体となる。
気体になり、空気中で一気に膨張すると、それが爆発となってさらに船体を粉々に四散させていく。
やがて爆発がバイタルパートにまで達すると、ますます崩壊のスピードは上がっていく。
一番分厚いため、長時間熱に耐えていた装甲もやがて限界を迎える。
薙ぎ払われ、中に作られていた小さな町にも荒れ狂った光は進入した。
かつてそこで暮らしていた人々の形跡を、まだ辛うじて生きていた植物や小型動物も消し去っていく。
「終わりましたね……。
これで全部でしょうね、夏冬」
ひとつの大きな星が落ちてくるような光景を眺め、蒼はそっと呟いた。
大きく四つに別れた《センスウェム》の船体は更に爆発を起こし、バラバラになった破片が黒煙を引いて海面へと堕ちていく。
その大質量の三分の二は蒸発した。
辛うじて残った部位が、海面に落ち大きな白い水柱を屹立させた。
高さは五百メートルにも昇り、粘度の高い海水のためか中々消えはしない。
しかし、その水柱が無くなる頃には、海面は全て飲み込み、大きな物は残ってはいなかった。
巨大な戦艦の、大きな運命を背負った敵ながら立派な最後だった。
「終わりましたね……。
これで、全て……」
蒼はぐったりと椅子に背中を預けた。
張りつめていた精神の糸がぷつりと切れ、溜まっていた疲れがドクドクと、全身に流れ出していく。
じんわりと体が熱を帯びるのを感じる。
疲れに身を任せ、蒼は帽子をとると髪の毛を二度かきあげた。
長い髪の先が、さらさらと胸にまで落ちてくる。
あれだけ激しく戦ったというのにまだ髪の毛からはシャンプーのいい香りが鼻にまとわりついた。
(蒼副長。
早速だが、世界中の軍司令部から通信が入って来たぞ。
どれもこれも話をしたいようでテレビ電話での会話を所望してきている)
疲れに身を任せ続けたかったが世界がそうはさせなかった。
続々と届く着信が《ネメシエル》の通知欄に蓄積されていくのが見える。
帽子を被り直し、蒼は苦々しく笑った。
「あー……。
全部セウジョウに転送しましょう。
そう言うのは柄に会いませんから。
それに私はいまどちらかと言えばこちらが聞きたいですし……」
蒼は生き残った艦隊全員に通信を繋いだ。
繋がった瞬間、艦橋内部を埋め尽くすほどの歓声が轟いた。
(やったー!!!
やったぞ!!!)
(俺達の勝利だ!!!
ざまぁみやがれ!!!!)
(《センスウェム》が俺達の《鋼死蝶》に勝てるわけないだろ!!!
イヤッホーー!!!!)
(聞こえるかこの歓声が!!!
なに!?聞こえない!?
すぐわかる嘘をつくな!!
聞こえないならそっちまで聞かせにいくぞ!!!)
(英雄の誕生の瞬間だな!!
おい、写真とれよ!!!
後に高く売れるからな!!!)
(歴史の作られた瞬間だ!!
何て時に立ち会えたんだ俺は!)
次から次へと沸き上がる艦隊からの歓声。
蒼は珍しく心からにこりと笑い、勝利した実感に胸を撫で下ろした。
「――ね?
こちらの方を聞きた方がよっぽどましです。
外交とかそう言うのはマックスに任せるのが一番ですよ」
(……だな。
全部セウジョウに回しておくぞ。
きっとあまりの量に目を回すだろうな)
《ネメシエル》が、低く喉を鳴らす。
(世界の英雄の誕生!!
敵巨大戦艦撃沈!!
明日の朝刊が楽しみだなぁ?
きっと俺達も掲載されるに決まってる!)
(バカかお前。
こういうのはあの《鋼死蝶》しか載らないんだよ)
(これは歴史に名前が残るな?)
(この時は永久に語り継がれる証となる。
大天使クラースの名の元に)
(つっかれたー……。
もうおうち帰って寝ますわよ……)
(真白姉ぇ、ブラジャーが透けとらん?
気のせい?)
(見せてますのよ)
(見せるな)
(案外終わってみたら余裕だったっすね。
疲れたっすけど……。
え、二度とごめんっすよこんなの。
命がいくつあっても足りないっす)
(せやね。
しっかしほんま、疲れたわ……)
消えた水柱の周辺にはまだ白い泡と、幾つもの異物が浮かんでいる。
その異物に外部カメラのフォーカスを合わせ、拡大してみる。
写真のような物が、木の入れ物に引っ掛かり浮かんでいた。
「家族、でしょうかね?
あの艦の中で何万人も生きていたんでしょうか」
写真には三十ぐらいの男女とまだ小さい子供が何人か写っていた。
間違いなく、家族写真の類いだろう。
(さぁ、な。
私がスキャンした時にはそのような痕跡はあったが……。
もう確かめようがないのはたしかだな。
ただ、間違いなく艦の中に生命反応は無かった。
《方舟》は別だが。
そこは安心してくれて構わない)
鳴り響き続ける歓声のボリュームを落とし、《ネメシエル》は静かに答えた。
蒼はポリポリと鼻の頭を掻き、《ネメシエル》のスキャンデータベースを覗き込む。
「別に何万人死のうが私は構わないんですけど……。
万が一それを苦痛に思う艦がいたらなぁ、と思っただけです」
データベースにも生命反応については何も残っていない。
切り離された《方舟》については生命反応を検知してはいるがそれくらいだ。
切り離されていない《方舟》から生命反応は出ているものの、蒼はあまり気にも留めず画面を閉じた。
「命令ならば何億人でも殺して見せますよ。
それが私達、《超極兵器級》なんですから」
国のためならば。
命令とあらば。
言い訳なんて幾らでも作り出せる。
(とても正義とは思えない言葉で笑ってしまうよ。
しかしまぁ、その通りだな。
我々は兵器な訳だからな)
「正義ではないですけどね。
あっちにはあっちなりの正義があったんでしょうし。
まぁ知りたくもないですけど。
勝者のみが正義ってことですから。
……この話はここまでにしましょう。
もっと大切なことがあるはずです」
再びボリュームを上げる。
(《鋼死蝶》!!)
(《鋼死蝶》!!!)
(《鋼死蝶》!!!!)
いつの間にか始まっていた《鋼死蝶》コール。
聞いていだんだん恥ずかしくなってきた蒼は、一度艦隊を宥めることにした。
締めの言葉をそろそろ送らなくてはいけない。
「みなさん。
落ち着いてください、そして聞いてください。
何も特別なことなんて言えませんけど……。
まず、私に着いてきてくれてありがとうございました。
我々は勝利しました。
まだ、実感が沸きませんが勝ったんです。
作戦を終了しましょう。
これより、各員の母港へ帰投してください。
本当に、お疲れさまでした」
蒼が話終わるとまた歓声が上がった。
冷めぬ興奮が、艦隊に残っていた。
(ああ、これ解散まで時間がかかる奴だな。
私達は自力では動けないレベルだし付き合うしかないぞ蒼副長)
「まぁ、いいですよ。
今日ぐらいは。
私もなんだか惜しい気持ちですから……」
(へぇ?
珍しいじゃないか)
その言葉に蒼は軽く鼻で笑って見せた。
バカにしているわけではない。
ただ、自分の中の嬉しいと言う気持ちが抑えきれなかっただけなのだ。
それを露骨に表すのも恥ずかしくて、その結果鼻で笑って誤魔化した。
「私達は兵器ですからね。
戦場で勝つのが嬉しいのは当たり前のことですよ。
まぁ、兵器じゃなくても勝つのは嬉しいものに決まってますけどね」
(ああ、それに関しては間違いないな。
人間だろうが勝つのが嫌いな奴はいないだろう)
「そうですよ。
もっと楽しんでください」
雲がひとつもない蒼天を見上げる。
その空の遥か彼方。
重力が無い世界。
いつか、その世界を……。
(そうか……そうだな。
《陽天楼》の私も嬉しいくらいだからな)
「《ネメシエル》……。
基地に帰ったらしばらく休みましょう。
修理するのに今度は二週間コースですよこれ」
(やるせないな。
壊れてないところを探す方が難しいぐらいだからな。
やれやれ、また暇に打ちひしがれなきゃいけないわけか)
「ため息しか出ませんね。
まぁでも私達には修理と修繕が必要ですからね」
蒼はまた帽子をとると横の机の上に置く。
コップ一杯の水を《ネメシエル》に注文し、冷蔵庫にまで歩くと中からプリンを取り出した。
コグレのチョコレートと一緒に入っているこのプリンも当然マックスのお手製だ。
プリンを持ったまま席に帰って来た蒼だったが気がつけば艦隊内無線では大きな話が決まろうとしていた。
(つまり、《鋼死蝶》が全員に酒と飯を奢る。
これでみんな異論はないな?)
(ないっす。
蒼先輩、ご馳走さまです!)
(ない。
完璧なプランだ!!)
(あるわけないだろ!!!
よっしゃぁぁぁぁ!!!
飲んだくれるぞ!!!!)
(オオー!!!!)
「え、な、なんですかこれは……?」
(全く返事がないと言うのはOKの証拠だ!!
よっしゃ、全員セウジョウへ向けて進路をとれ!!)
「え、ちょっ、えっ?
私はプリンを取りに行っていただけなのに……」
(全速前進!!!)
(オォー!!!!)
※
「まだはしゃいでいるのが聞こえますわね。
全く元気ですこと」
真白が手に持った酒をぐい、と煽った。
すでにベロンベロンに酔っぱらっている春秋も藍も朱も机の上に突っ伏して動かなくなってそう短くない。
セウジョウ基地にある蒼の部屋。
三重の防弾ガラスが開いた窓からは冷たい空気が流れ込んでいるにも関わらず、部屋の中はまだ暑かった。
生き物特有の体温と、シャワー部屋から溢れ出てくる湿気のせいだ。
「ん?
ああ、本当ですね……」
部屋の真ん中にある机の上にはしこたま酒類が積み重ねられ、おつまみになる食品がこれまた大量に用意されていた。
両方とも半分以上無くなっていたものの蒼と真白が飲む分には困らない。
散らかされたおつまみの包装紙の脇には、約三十人に奢った蒼の財布が空っぽのまま机の上に放り出されていた。
「おいおい!
飲みすぎだって!!」
「うるせぇ!
今日ぐらいはうっ……吐きそう……」
「いわんこっちゃない!
早くあっちへ――」
窓の外からはまだ酒とパーティーを楽しむ兵士達の声が聞こえてくる。
兵士も“核”も今夜は関係ない。
やっとのことで戦争が終わったのだ。
はしゃぎ続けたくもなるだろう。
明日には陸の前線からも大量の兵士達が帰ってくる。
それを証拠に輸送艦の“核”達は、勝利な宴会の途中だというのに引っ張り出されていった。
全長二百八十メートルにもなる輸送艦は一隻で三万人もの兵士を運ぶことができる。
また前線に持っていった兵器も回収しなければならないとすると輸送艦の“核”の休まる暇は無いと言うことだ。
「せめて今日くらいはいいですわよ。
今日くらいは。
明日は全員が休みになるって話でしてよ?」
《センスウェム》が堕ちたと同時に全世界の《センスウェム》兵器が停止。
陸を進軍していた数多くの歩行戦車をはじめ、タコのような航空機や、二足歩行する兵士ロボットまで。
それら全てがコンセントが抜けたように緊急停止し、動かなくなったのだ。
真白は机の上に残っているピーナッツを2つ口に運んだ。
そしてすかさずベルカ酒を飲み干す。
「そうなんです?
でもまぁ、いいんじゃないですか今日くらいは」
蒼もその真似をして一気にベルカ酒を飲んだ。
焼けるような熱い感覚が喉元を通りすぎて胃へと堕ちていく。
「ねぇ、蒼」
「はいな?
なんですか、真白姉様」
外から聞こえる笑い声や賑やかな雰囲気が夜風に乗って流れ込む。
その雰囲気とはまるで違う深刻そうな顔を真白はしていた。
「私め達はこのままずっと一緒にいれるのかしらね?」
「何をまた急に言い出すのかと思ったら……。
当たり前じゃないですか、真白姉様」
やれやれ、と蒼は酒を飲む。
流石にそろそろ頭がぼんやりとしてきていた。
頬が、顔が熱い。
「そうですわよね……。
いや、戦争が終わったじゃない?
平和な、世の中なんて私め達からしたら実につまらないですわよね、って」
「……………。
言わんとしてることはわかりますよ」
「流石私めの妹ですこと。
そうですわよ。
きっとすぐに終わりますわよ」
蒼もうっすらと考えてはいた。
今死にゆくこの惑星でも世界は生きようとしている。
手を取り合い、共通の敵に立ち向かった。
しかしその仲良しごっこもそう長くは続かないと。
「でも……。
わかりませんよ?」
「何がですの?」
蒼は少しだけ今回の戦争で人を信じることが出来るようになっていた。
当然信用していた人もいた。
沈んでいったフェンリアや、真黒。
春秋も一度沈みかけている。
しかし、今まで全く信用しなかった味方にも沢山協力してくれた人がいた。
ソムレコフや、二ヨ。
当然敵として沈めた艦もたくさんあった。
しかしそれを経てなお、最後の戦いに参加してくれた艦船達。
それにGOを出してくれた元敵の基地司令達。
「割かし暇になるかもしれません」
「そうだといいですわね……。
たまには休みたいですものね」
This story continues.
ありがとうございます。
もう少しで長い間書かせていただいたこの話も終わりです。
あともう少しだけ。
お付き合いいただけると嬉しいです。




