世界を一つに 後編
(艦外気温、凡そ五百度にまで急加熱。
艦内に熱風が吹き込んでいやがる)
「隔壁閉鎖。
まぁあと三十分持てばいいんですよ持てば。
そこから先はどうにかしてくれますよ……みんなが」
(了解、隔壁を閉鎖。
……珍しいじゃないか。
他人に任せるなんて)
「任せるというか……。
どう見ても任せても大丈夫な人しかいないじゃないですか」
蒼は艦内ダメージ表示を見て眉をかしげ、指を頬に当てつつ小さく息を吐いた。
《センスウェム》との闘いのおかげで《ネメシエル》はボロボロだ。
空気の断熱圧縮で生じた炎が艦を覆っていく。
何とか薄いイージスを張っているものの、艦が炎に包まれる様子は見ていて気持ちのいいものではない。
「ダメージコントロール。
状況に応じて応急修理ドローンを向かわせてください。
船体が最低限活動できるギリギリさえ動けばいいんです」
だらしない格好をやめ、椅子に深く腰掛け直す。
「これ、ガラス割れたりしませんよね」
(大丈夫だ。
元々とても分厚いガラスだからな。
それはさておき……。
大気圏内に行ったとしてギリギリ受けるぐらいのエンジン出力しか残っていない。
主砲を使うとしたらまず浮いていられないが……。
どうするつもりだ、蒼副長)
下部光スラスターの損傷も激しい。
主翼も凡そ四割近く損傷している。
「そのことはマックスに報告済みです。
言われた通りのことを私達はやるだけですよ。
兵器がそこから先の事を考える必要はないです」
蒼はそうぼやきながら自分の上空を見上げた。
まだ宇宙とも呼べる範囲、《ネメシエル》の上空七千メートル離れた場所にいる巨大な塊。
質量凡そ三億トンにも上る鋼鉄の要塞、《センスウェム》。
悪魔はその巨体を地表へと横たえるために今堕ちてきている。
巨体ゆえに行動が遅い。
その間にマックスが指示を出して迎撃準備を整える手筈になっている。
(それはそうだが……)
何か口惜しそうにもごもごする《ネメシエル》だったが蒼は無視する。
話した所で無駄だ。
「もう少しスピード出ませんか?
間に合わないかもしれませんよ」
(これが限界だ。
更にスピードを出すとなるとエンジンが本当に燃え尽きてしまう。
ここでエンジンがぶっ壊れたら困るだろう?)
蒼は答えを返さずに自分の艦に蓄積されたダメージを見る。
主砲を展開するための甲板機構はひしゃげてしまっている。
うまく作動させるために修理ドローンを向かわせている。
舷側装甲の奥にしまい込まれた展開機構は正常に起動するようだ。
艦首から舷側半ばにまで到達する排熱のための装置はほぼ異常なし。
「温存しておいてよかったかもしれませんね。
主砲がぶっ壊れてしまっていたらこういうことは出来なかったでしょうから」
(いい方向に取るな。
逆にダメージを抑えれていたかもしれないぞ)
「そうきますか。
全く、貴女は……」
『蒼、聞いているか?
そろそろ目標地点に到達する頃だと思う。
高度九千付近に《超極兵器級》を集めておいた。
それと可能な限りの味方艦もな。
どうだ?』
「どうだ?、って言われましても……。
ああ、見つけました。
よくもまぁ、こんだけ生き残りましたね。
流石です、みんな。
信じていてよかったですよ」
『ああ。
まったくだな」
遥か眼下に黒い粒のような艦と、大きな艦影が浮かぶ。
大きい艦影は《超極兵器級》や《超常兵器級》だろう。
その周りにいるのが通常艦、だ。
形も様々で、ヒクセスの艦もシグナエの艦もいる。
『待ちくたびれましてよ、蒼』
こちらの姿もあちらから見ることが出来たのだろう。
真白が退屈そうにあくびをして見せた。
「はは……。
真白姉様、あいからわずほぼ無傷ですね……」
白に近い色で塗られた船体は先程見たダメージ表示通りほとんど損傷していない。
『当たり前じゃないですの。
あの程度で私めを止めれると思ったら大間違いでしてよ』
『時の刻は待ってはくれぬ。
安寧と悠久の時を経て、なお其方は――』
「よくわからないですけど藍姉様がめっちゃ怒ってるのは分かりました」
『あたいもそれしかわからん。
それだけわかればもはや十分かもしれへんな』
朱が、賑やかに笑う。
『しかしまぁ、よく勝ちましたわね。
あんな化け物相手に』
「あいつ以上に私が化け物だった。
それだけのことですよ」
『ヒューッ!
かっこええやん、蒼!』
『蒼先輩はいつだってかっこいいんす!!』
「あら、春秋。
えらい久しぶりに話した気がしますね」
『そういう風に言われるのはえらいショックっすね……。
もっと一杯話してほしいっすよ』
駄弁っている間に《ネメシエル》は艦隊のど真ん中へたどり着いた。
約二十隻程の艦が優しく此方を迎え入れてくれる。
《ジェフティ》も《アルズス》も無事なようだ。
無事に再会できたことを喜びたい所だが、時間がない。
「指定されたポイントに到達。
《ネメシエル》、準備しましょう。
もう時間がありません」
(了解した。
合体シークェンスを開始するぞ)
「全艦に告げます。
これから、“超光波砲”の起動、発射体勢に入ります。
車線軸を表示しますのでここに入らないように。
必ずここで奴を止めて見せますよ」
『……長男がいないとやっぱり何か締まりませんわね。
真黒、《ヴォルニーエル》の穴埋めは?』
元々《超極兵器級》五隻が初めて揃って撃てるような砲だ。
一隻がすでに失われてしまっている今現在撃てるのかどうかはやってみないとわからない。
マックスは当然そこら辺もしっかり考えていたようで真白の問いかけに《超常兵器級》である《ジェフティ》が答えた。
『拙者が仰せ使わっている。
任せてもらえはしないか?』
『《超常兵器級》かぁ。
まぁ機関出力はリミッターさえ解除すれば大丈夫なはずやしなぁ。
というかやるしかないんだしカバーはあたい達でするのが筋なんと違うの?』
『だな。
永久の眠りで使うことのない大海のごとくいる神々の封じされし――』
「あの、姉様達。
フォーメーションを取ってもらってもいいですか?」
落下まであと十五分を切っている。
グダグダと時間を消費している暇ではない。
五隻はXの字型に移動を完了する。
「コード〇二〇三を起動してください。
接続を開始しますよ。
全艦、合体シークェンスを開始します!」
四隻の舷側装甲が展開されるとその奥に眠っていた太いパイプが《ネメシエル》へと向かう。
それぞれが意志を持っているようにうごめくと《ネメシエル》側にある穴へとその身を差し込む。
パイプは凡そ二メートル前後もある太さで簡単には千切れることのない特別性だ。
『固定パイプ展開を無事に完了。
所定箇所への移動確認。
こっちは問題なさそうやで』
『拙者側にも問題はない。
パイプに亀裂も発生してはいない』
『こちらも問題ありませんわ。
前回使ったときの問題点を技術部はしっかりと直しているみたいですわね』
パイプの接続が確認されると今度は鋼材が他艦より伸びてくる。
鋼材が《ネメシエル》へと差し込まれ、しっかりと位置関係を固定する。
(コード接続完了まであと三秒。
二、一、……完了。
続いて艦位置固定を確認。
"イージス"及び"強制消滅光装甲"の展開を停止する)
ここまでは順調に進んでいる。
蒼は心臓の横を握りしめられるような不安に駆られていた。
何かが起きるような、嫌な予感が頭をよぎる。
「くだらない。
なんで一々心配しなきゃいけないんですか」
誰にも聞かれないようにマイクのスイッチを切って呟いてみる。
そんな蒼の心配を他所に作業は進んでいく。
『敵爆破限界線到達まであと十分。
楽勝だな?』
マックスからの通信にも自信満々に答えてやる。
「ええ。
これならフルパワーまで存分にチャージできますよ。
《センスウェム》の全てを空間ごと消し去ってやりますよ
次のプロセスを実行。
全艦を同期します。
“レリエルコード”の委託を受諾。
全艦との同期を開始」
ガコン、と何かが落ちたような音が蒼の頭の中で響き渡る。
同時に五隻の情報が頭の中へと流れ込んでくる。
《ニジェントパエル》の鼓動。
《ルフトハナムリエル》の興奮。
《アイティスニジエル》の息吹。
《ジェフティ》の感覚。
そして《ネメシエル》の力。
五隻の情報が出そろったとき、すべての艦のエンジンが一度停止する。
(機関同調、起動開始。
全艦、鼓動係数を二百に設定完了。
鼓動上限拘束具を停止。
ぶんまわしてくれ)
一度停止したエンジン音が再び唸り始める。
はじめは五隻バラバラだったがすぐに音が重なり始める。
(鼓動ニュートラルから接続を開始。
チャンバーへエネルギー貯蓄を開始しろ)
鈍い金属音と共に甲高い音が空を支配する。
空気を震わせる衝撃波が周りにいる友軍をビリビリと威圧する。
五隻の舷側にベルカ特有の幾何学模様が強く浮き出す。
「無事に第一プロセスを完了。
第二プロセスへと移行してください」
(ああ。
第二プロセスへと移行。
エネルギー貯蓄率、予定を凌駕。
全艦"超光波砲"の発射形態に移行せよ)
ここまでは順調だったが、その時。
《ネメシエル》の船体ががくんと落ちた。
「……やっぱりダメでした?」
(ああ。
エネルギー不足で浮力を維持出来ない。
第二プロセスへと回すエネルギーを損傷した機関じゃ生み出せない。
いったんプロセスを中断して――)
《ネメシエル》の不安な声を掻き消すように新に通信が飛び込んできた。
蒼達の周りにいる残りの艦からだ。
『心配はいらないぜ!
一応様子を見ていたんだがなぁ!?
ダメなら俺達が何とかしてやる!
そう本国からも告げられてるんでなぁ!』
「何とかするっていったいどうやって……」
困惑する蒼達を他所に《ネメシエル》の真上に艦隊移動し始める。
『心配はいらないっすよ。
安心するっす。
艦橋上部には俺が付いてるっすから』
「いや、そうじゃなくてだから……」
《アルズス》が《ネメシエル》の真上へと移動したのを最後に全ての艦の移動が終わった。
『少し痛いかもしれないけど気張ってくださいっすよ。
できるだけ痛くないようにするっすから!』
にっこり笑う春秋とは正反対に蒼は困惑した表情を浮かべた。
「へっ?」
ジャラジャラ、と聞きなれた金属音が真上から響く。
「まさか」
『できるだけ装甲にめり込むようにするんすよ!
じゃないと抜けてしまうっすから!』
「マックス!!
なんてことを提案してるんですかこのクソオヤジ!」
続いて多数の衝撃音と鈍い痛みが蒼へと伝わってきた。
外へと続くカメラを覗く。
《ネメシエル》の舷側、出っ張った部分や艦底に上部の軍艦達から降りてきた錨が突き刺さっていた。
巨大な艦になると艦首と艦尾左右合わせて四本もの錨を突き刺している。
『全員、エンジン全開!
せめて十五分は持たすんすよ!』
「この……。
人でなしのクソ司令官め――。
基地に戻ったら覚えていてくださいよ……!」
怒りより、もはや笑いが蒼の口からは零れていた。
そう来たか。
(あー、蒼?
あの二十隻の機関出力を合計してみたんだが。
何とか私達の重量を支えることが出来そうだ。
第二プロセスへ移行するぞ?)
文字通り一心同体というわけですか。
面白すぎますよ。
「了解。
全艦、変形開始してください!」
『あーあ。
しばらく撃つことがないんだろうなぁと思うと寂しいですことね』
『大天使クラースの力。
恐れんさいよ』
変形は《ニジェントパエル》から始まる。
ブザーが鳴り響くと同時に艦首の縦方向に亀裂が走った。
高出力のエネルギーが船体を伝い、プラズマを付与させながら巨大な船体が左右へと間隔を広げていく。
続いて右下、左下の《アイティスニジエル》の変形が開始した。
こちらも左右に艦首が開き始め、ただただ異形とだけ言える姿を現す。
『拙者にはそのような面白機構はついておらぬゆえ。
期待されるな』
「別に面白機構なわけではないんですけどね。
排熱とかエネルギー伝導の関係上仕方ないってだけですよ」
三隻の艦首が左右に開き切ると今度は上下に開き始める。
四方向へと展開を開始した艦首を固定するために鋼材がまた伸び、ロックを開始する。
完了のブザーが一つなると、今度は内部装甲が展開を開始した。
(エネルギー指方向ライフリング展開開始。
全艦の変形を百パーセントにまで。
特殊回路の生成、全艦の艦首統括システムをスリープモードへ。
引き続きライフリングの屹立を開始)
平行四辺形のような形に装甲が屹立し、歯のように並ぶ。
平行四辺形が立ち上がり終わると今度は円柱のエネルギーライフリングが四つ立ち並ぶ。
ドーナッツのような形をしたライフリングが立ち上がるとゆっくりと右方向へと回転を始める。
四方向に開いた艦首の奥には一つの砲門があり、オレンジ色に光っている。
オレンジ色に光っている構造物の奥へと膨大なエネルギーがため込まれていく。
『第四十二隔壁遮断完了。
自動追尾装置シャットダウンを開始……完了。
続いて自己修復装置の――』
『エネルギーライフリングの検査を開始。
以上なし。
システムオールグリーンを確認、維持する。
ベントを開放。
トリムプラス二完了。
バラストで姿勢制御を続けるよ』
四隻からくる報告を全て《ネメシエル》がまとめ上げる。
回転を始めたライフリングが膨大なエネルギーを目の前の空間へとため込み始める。
『これが大艦隊を消滅させた《超極兵器級》の合体……。
まさか生で見れるとはな』
『まったくだ。
こういうの我らヒクセスに取り入れてもいいんじゃないか?』
『その際はシグナエも一枚噛ませてもらうぞ?
ベルカの艦は興味深すぎる。
標準でこんな機能を備え付けているんだろうからな』
『おいおい。
てことはどの艦もああやって――』
おしゃべりを開始した外野の通信を絞りただ目の前に集中できるように蒼は精神を統一する。
艦首付近の装甲がめくれ、排熱が始まる。
高熱で生じた陽炎が、船体を覆いゆらゆらと視界を揺らす。
蒼の視界に四隻のステータスが表示され、同期が完全に完了したことを示すコードが現れる。
安定を示すオールグリーンが四隻を示している。
『完全同期を確認。
機関出力、限界値を維持。
《ネメシエル》、やっちゃっていいですわよ』
(オーケーだ。
砲身、変形を開始。
発射管制を全艦に同時委託。
緊急停止システム、オンライン。
プロセスZ開始を最終認証。
行くぞ、蒼副長)
「はいな。
やっちゃってくださいですよ」
四隻の変形後、一番最後に変形するのは砲身の《ネメシエル》だ。
舷側に光の筋が走ると、そこを起点として上下に開き始める。
舷側装甲の奥にしまい込まれていた二基の隠れていた主砲が引っ込み、代わりに六枚のエネルギーライフリングが展開を開始した。
そのライフリングから針のようなアンテナが上下左右四方向へと展開を開始する。
他の艦よりエネルギーを受け取るための役割をするものだ。
続いて、砲門の役割を果たす平行四辺形の"ナクナニア整流板"がこれまた上下左右に二十枚展開する。
最後に上下に分かれた艦首を固定するための鉄橋が四本伸びていく。
(各箇所の隔壁を開放。
艦内回路を変形に対応開始……。
それと同時に機関部出力箇所の移動を確認。
排熱板の展開を開始する)
《ネメシエル》の舷側シャッターが開き、中から排熱板が現れる。
排熱板はまだ冷めているがすぐに赤く、熱くなるだろう。
(第二プロセス完了。
全艦最終プロセスへと移行する。
照準マーカーを表示)
直径二十五キロを覆いつくす緑色の大きな円が現れる。
膨大な威力を誇る"超光波砲"が及ぼす範囲だ。
『来た!
来たぞ!!』
『ああ、とうとう……』
『頼んだぞ、《超極兵器級》……!』
マックスの目にもどうやら《センスウェム》の姿が見えるらしい。
帝都から百キロも離れていないセウジョウにもあの威圧感は伝わるのだ。
示された緑の範囲内へと自ら入ってくるように《センスウェム》がその姿を大きくし始めた。
真っ赤に燃えたまま落ちてくるその船体からはいくつも装甲が剥がれ落ちている。
地上に落ちたらどれもこれも甚大な被害を及ぼすだろう。
だがそれよりも本体だ。
本体さえ消し去ってしまえば……。
("超光波砲"弾倉内正常加圧中。
ライフリング安定を確認。
アンカー射出)
五隻の艦内部にある重力アンカーがしっかりと艦を空間に固定する。
(アンカー確認。
最終安定確認を開始……。
システム、オールグリーン。
トリガーを蒼へ。
いつでも撃てるぞ)
This story continues.
ありがとうございます。
無事に更新できました。
お待たせしてすいません。
いよいよ最後。
後はもう駆け抜けるだけです。
あと少しだけ、お付き合いください。




