決戦 後中編
「《ネメシエル》、相手の情報演算はどこで行われているのか特定できますか?」
(やってやれないことはないが……。
特定してどうするんだ?)
「こうなりゃ直接息の根を止めてやるまでですよ。
夏冬の頭を砲でぶち抜いてやるだけです」
目の前に浮かぶ異形の宇宙戦艦のどこかに夏冬はいる。
それは間違いない。
どこにいくら攻撃を叩き込んでも平気な顔をできる軍艦があるものですか。
あるとしたらそれはもはや人工物などではありませんよ。
「神とでも言えばいいんですかね」
(ん?
まぁ、"旧人類"の遺物だしな。
そういう風に見て取ることもできるな)
苦笑いをして、目の前の《センスウェム》へ目をやる。
《ネメシエル》の主砲を喰らってなおほぼ無傷。
それどころかベールを脱いで新しい船体が出てくるなど。
「バカにするにもほどがありますよ……。
一体どうしろっていうんですか、夏冬」
主砲を使ってもなお轟沈しない艦なんて。
蒼は軽々と主砲を使った己を恥じ、敵の頑丈さに敬服を示す。
今まで行っていた攻撃を無効にするほどの相手の変化は蒼の思考回路を完全に固まらせてしまった。
攻撃さえすれば相手は沈むと思っていた。
しかし実際はどうだ。
相手はまだ余力を残し、こっちはボロボロ。
頼りの"イージス"も再起動を繰り返したせいで穴だらけ。
もう一つの"強制消滅光装甲"はほぼ無傷なものの、ミサイルの雨には対抗できない。
「完全に打ち止めじゃないですか。
どうにかするにしても手段が……」
(相手の中心部を潰すしかないってわけだ。
さっき蒼副長が言った通りにな)
「つまり……。
私達が攻撃しているのは"殻"だったってだけだと思うんです。
ヤドカリの殻をいくら破壊してもヤドカリは死なないですからね。
それと同じことだと思います。
ただ、ヤドカリと同じなのは殻を壊せば本体が出てくるってことですよ。
そしてその本体は情報処理システム。
奴の頭脳を潰さなければ、恐らくほぼ無限にずっと動き続けると予想できます」
深く椅子に腰掛け、蒼はやれやれとため息を吐き出す。
床に落ちて転がっていたボールペンを右手に持ち、ポケットに差し込む。
かぶっていた帽子を取り、描かれた制圧艦隊のマークを指でなぞる。
中将という大層な身分を示すマークの冷たさが指を伝う。
(まるでシグナエ連邦の連続人形みたいな構造だな。
いくら開けても中からそれよりも小さな人形が出てくる奴だ)
「いい得てますね。
その通りの構造をしてるんでしょう。
なら、中心にある人形を叩き壊せばいいだけの話です。
でもその方法が……」
ちら、と横に目をやると燃えて使い物にならなくなった《ニーロカット》が目に入る。
なん十発のミサイルの攻撃を食らい、鉄屑になってしまった"旧人類"の戦艦。
敵ミサイルに対し、盾として使われた《ニーロカット》は今や《ネメシエル》の舷側にぶら下がっているだけの足手まといだ。
攻撃が出来るわけでもなく、自らの力で動けるわけでもない。
まさに鉄屑が張り付いているのだ。
「!!
いいことを思いついてしまいました」
(いいこと?)
「はい。
《ニーロカット》の有益な使い道ですよ」
(なるほど、そういうことか。
これなら確かに相手を……)
「私の頭の中を勝手に読まないでくださいよ。
でもまぁ、そういう作戦でいきます。
これなら問題ないはずですから」
(了解したぞ。
いつでもこの作戦を始めてくれて結構だ)
蒼は眼下の敵を見下す。
宇宙戦艦に巨大なロボットがくっついているような外見は質の高い子供のおもちゃのようだ。
普通ならば艦橋がある部分に人間の上半身がくっついていると表現すればいいだろうか。
手の平のような、機構も見受けられる。
人間のように五本指ではなく、三本指だが。
唯一破れた腹部に当たる場所からは、腸のようなものが零れていた。
鉄の集合体がそのように認識させるのだろうが、軍艦というよりはまるで生き物のようだ。
《ネメシエル》の主砲クラスにもなる大口径があちらこちらに口を開き、獲物を待ち構えている。
距離凡そ十七キロ。
それだけ離れているというのに敵は視界の半分を埋め尽くすほどの大きさだ。
背後から注ぐ恒星の光がまるで後光のように差し、絶対的な神のような雰囲気すら漂う。
「薄気味悪いですね。
無機物と言うよりはまるで有機生命体のようで……」
(全くだ。
嫌な予感もするしな。
あ、そうだ。
情報演算処理、完了した。
視界に表示するぞ)
緑色のレティクルが、人間でいう所の心臓を示した。
あの艦を操る全ての情報がそこで行われている。
弱点すら人間と同じなんて。
「やっぱり……。
あそこに攻撃をありったけ叩き込みますよ《ネメシエル》。
残っているほぼ全ての砲を向け、攻撃を!」
(全兵装、準備完了。
生存砲台約六十パーセント。
まだ戦えるからな)
【……ん!
こんど………!!】
(や、待て蒼副長。
敵心臓部に高出力のバリア出現を感知。
あんな出力を破れる兵器など存在しないぞ!?)
「いや、ありますよ。
いくら強力とは言え、エネルギー体に強いだけです。
きっと、質量には弱いはずです」
(そう簡単にいくもんか……?)
【で………!
は………える!!】
ぶつぶつと千切れた声が《センスウェム》から流れ出す。
もう夏冬の声には聞こえない。
イカれてしまった音声データがなんとか残ったデータで言葉を発しているような、そんな音。
錆び付き、不協和音を奏でる歯車のようだ。
「バグっているのか何も聞こえませんよ夏冬」
【があああああああああ!!!!!!!!!】
空気が存在しないはずのこの空間ごと、揺らすような声がスピーカーから流れ出す。
「とうとう言葉すら無くしましたか。
バリアに恐れず攻撃を。
案外大したことないかもしれません!」
(敵艦、攻撃を開始した!)
《センスウェム》の単装砲、六門から放たれた“ナハトシュトローム砲”が《ネメシエル》の穴だらけになった“イージス”を貫通し、船体へと着弾する。
「ぐっ……!
前進開始!
《ネメシエル》、相手の心臓を狙うんですよ!
あそこさえ落とせれば……!」
反撃に転じた《ネメシエル》と《アンディ》の砲が吠える。
的確に装甲の薄い《センスウェム》の照準機部分をオレンジと、夜のように黒いレーザーが焼き付くす。
《センスウェム》の砲搭内部から火柱が吹き出し、砲門から炎が溢れ出る。
【ああああああ!!!!!!!】
暴れ出た炎は荒れ狂い、《センスウェム》の艦内を駆け巡る。
高熱の炎は鉄をも溶かし、装甲に穴を開ける。
しかし、たった一つ沈黙させたところで意味はない。
たまたま生じた隙になんとか破壊できただけだ。
「片舷の砲搭さえ潰せば好きに料理できます!
左舷の砲台を沈黙させることに全力を注ぎますよ!
作戦開始前に私達が落ちたら意味もないですからね!
それに――」
引き続き機動力で有利な《ネメシエル》は、回り込むように敵の左へと移動する。
当然それをさせまいと《センスウェム》は抵抗する。
「春秋をはじめとしてまだ仲間が戦っているはずですから。
私達を邪魔するために敵がこないのはまだみんなが戦ってくれているからです。
だからみんなの為に私達は負けるわけにはいきませんからね!」
(その通りだ。
奴を落とすぞ、蒼副長!)
上半身ごと砲台を向け、《ネメシエル》へと砲を放つ。
スラスターを全開にしたまま、浮力を回復させ右へと船体を捻りこむ。
「ぐっ、頑張ってくださいよ《ネメシエル》!
私も頑張りますから!」
(当たり前だ!)
三キロを超える巨体がまるで戦闘機のような機動を描く。
主翼を掠めた敵の砲が照準を定めきれずに右往左往するうちに蒼は攻撃を叩き込む。
「邪魔ですよ!」
まともに攻撃を食らった左舷の砲が爆発、炎上し沈黙する。
「邪魔ものは消えました!
《ネメシエル》今のうちに!」
作戦を実行するためにスピードを出して敵に突っ込む体制に入った時だった。
(右舷より大型質量物体接近!)
「物体!?
そんなものどこに……」
あわてて確認した蒼が見たものは先程までの《センスウェム》の船体。
全長約六百メートル、質量にして百八十万トンもの大質量だった。
《センスウェム》が手に持ったそれをぶん投げてきたのだ。
一瞬にして背筋が凍り、喉が渇く。
ほぼ条件反射で蒼は叫んでいた。
「緊急回避!
上昇!
リミッター全解除!」
(了解!)
主翼より、紫の光を吐き出して《ネメシエル》の船体が上昇する。
空気抵抗も重力もない宇宙。
《センスウェム》の投げた物体はスピードを落とすことも、軌道が変わる素振りもない。
「これは――ギリギリですかね!?」
(いや……。
すまない)
苦笑いした《ネメシエル》の言葉の次に、大型質量物体がぶち当たった衝撃が船体を震わせた。
事前に展開していた“強制消滅光装甲”のお陰であらかた質量は削減できていたものの、全てを消滅させる程にはいかなかった。
約半分ほど残った質量が《ネメシエル》と《アンディ》、《ニーロカット》を揺らす。
「いっ――!
っぐう――!!」
強烈な痛みが蒼の意識を飛ばすギリギリにまで襲い掛かった。
あふれ出る涙により遮られる視界。
艦橋内部の電気という電気が消え、天井に張り巡らされた電線がショートの火花を上げる。
固定されていないありとあらゆる物が吹き飛び、蒼の体もシートベルトを突き破りそうな程揺れた。
「っはぁ……!
そ、損傷は……!?」
(右舷に直撃!
《アンディ》大破!
右舷装甲剥離、機関部が丸出しだ!
まずいぞ蒼副長!)
「なんてこと……!
た、直ちに……機関再起動。
少しでもあいつから……。
あいつから……距離を……と、とってください!」
(わかっている。
再起動し、すぐに後退するぞ!)
痛みで薄らぐ意識の中、蒼は《ネメシエル》に最低限の指令を下し"レリエルシステム"の接続を解く。
限界だった。
コードトリプルナインの影響もあり、蒼の意識はすでに飛びかけていた。
(蒼副長!
すぐに"レリエルシステム"を繋ぎなおせ!
ここで解除するのはまずい!)
「わかって……いますよ……」
飛びそうな意識を何とか歯を食いしばり抑え込む。
閉じそうな瞼を維持でもこじ開け、蒼は腕をシステムへと差し込み接続を行う。
痛みは鈍痛にまで落ち着き、荒れた息を整える。
「距離は……?」
(凡そ二五キロ。
追撃の攻撃もこの距離ならまだ"イージス"で防げる。
体制を整えるぞ蒼副長)
「ええ……。
被害は?」
(右舷装甲剥離。
機関部がむき出しになっている。
それと、《アンディ》なんだが大破。
船体が真っ二つにへし折れてしまっている。
おそらくバイタルパートもダメだろうな。
すぐにでもパージしたい所だが、いかんせん《アンディ》のおかげで
むき出しになった機関部が隠せている所もあるからな。
そこら辺の判断は蒼副長に任せようと思ってな)
「了解です。
後目立った損傷は?」
("強制消滅光装甲"が完全に臨界に達した。
右舷第三艦橋大破。
残りの細かいのはリストにしておくから適当に目を通してくれ)
「航行は?」
(問題なし。
砲もまだ半分は残っている。
まだ戦えるぞ)
「ならいいですよ」
質量の直撃を食らった《アンディ》はその船体を二つに別たれる程の衝撃を受けていた。
バイタルパートに収まっていた機関部はぐちゃぐちゃに分断されている。
さらに砲塔も軸が外れ回転すらできない状態だ。
「もう一度、突撃しますよ。
今度は捻りこむように。
もうあいつは船体を持っていませんからね」
(全速力で突っ込むぞ。
そっから先は蒼副長、頼んだからな)
「任せておいてくださいよ。
私が全て終わらせて見せますよ。
《陽天楼》の名にかけて」
This story continues.
ありがとうございます。
何とかアップできました。
最終決戦も大詰め。
最後の最後までどうかお付き合いくださいませ!




