決戦 前編
【お久しぶりです、蒼さん。
まさかここまで来るとは思いもしませんでした】
目の前にいる巨大艦からの呼びかけに間違いはないだろう。
なんといっても自分の事をそのように呼ぶ奴は一人しかいない。
かつて自分の部下であり従属艦でもあった夏冬ただ一人だ。
(敵の次元振動による直接の呼びかけだ。
……なんだその顔は。
私は通信システムへの介入は許してないぞ)
「存じ上げてますよ。
貴女がそんなヘマをするような人工知能じゃないことぐらい。
こちらの声は聞こえてるんですかね?」
蒼はシートベルトを締めなおすと、椅子に深く腰掛けた。
こちらを覗いている敵の砲門は大小あわせても百を軽く超えるだろう。
【聞こえてますよ。
貴女の息遣い、心臓の音、血液の駆け巡る音。
全て手に取るように聞こえています】
「えぇ……。
そこまで分かられるのはプライベート的にあまり好きじゃないですよ」
《ネメシエル》に目配せし、不明な敵の分析を行うよう指示する。
了解、と脳に直接呼びかけた《ネメシエル》は、すぐに夏冬のいる艦の分析を開始した。
(スキャン完了まで凡そ三分。
すまない。
いかんせん対象が大きすぎる)
「仕方ありませんよ。
あの巨大さですからね」
夏冬にはばれないように脳内での会話に切り替える。
「出来るだけ早くお願いすることに代わりはないですけどね」
(ああ。
分かってるよ)
【どうです?
この戦いが絶望だって分かりませんか?
そもそもさっきの戦闘だってわざと貴女だけ抜けてこれるように道をあけてあげたんですよ?
惚れちゃいませんか?
優しさに】
言い方。
まるで自分が穴を開けてあげたから貴女はここまで来れたんですよ、とでも言いたいのだろうか。
「なるほど、通りで。
、私以外の艦全員が相手として持っていかれるわけですよ」
先ほど蒼以外の《超極兵器級》を全て艦隊から引き剥がしていった刺客。
夏冬が仕組んだのだとしたらぴったり納得がいく。
「いつもの貴方なら全力で蟻を踏み潰しにいきますもんね。
わざと数を減らして私一隻にするなんてことしないと思っていました」
蒼はわざとごそごそ動くと椅子の横に設置してある箱からチョコレートを取り出した。
包み紙を開けて中身を口に入れる。
いつもは甘ったるいコグレチョコレートが今は少し苦く感じる。
事実夏冬が手を抜かなければ蒼も今頃は姉妹達と同じような場所で殴り合っていたことだろう。
【よくわかっているじゃないですかぁ。
嬉しい限りですよ。
ならばここからどのような行動に出るかもわかるんじゃないですか?】
「さぁ。
さっぱり見当もつきませんよ」
蒼は内心舌打ちする。
お前のことなど知るわけもない。
心底本当はどうでもいいのだ。
「残念ながらそういうわけにも行かないんですよ。
そこまで全知全能ってわけでもないので。
あくまで私は兵器なんですから」
【それもそうですね。
こいつぁ、失礼しました。
まあ賢い蒼さんならわかるでしょう?
この艦――《センスウェム》にタイマンで勝てないって】
夏冬にはどうやら本当に全てが見えているらしい。
「そんなわけないじゃないですか。
私を沈めたいならば世界中の艦隊を差し向けなければ不可能ですよ」
【それでも、沈まなかったくせに。
よくいいますよ】
「運も実力のうちってやつですよ」
そこまで喋ったとき《ネメシエル》が蒼の視界に情報を割り込ませてきた。
(――スキャン完了。
敵諸データを視界に反映する)
スキャンが完了し、視界に敵の兵装位置や重要区画予想地点が表示されはじめた。
敵の艦がまるでレントゲンのように透過して重要区画とそうでもない場所とに分けられる。
敵艦を撃沈へと追い込めるような主要区画は想像以上に船体の奥深くへと押し込められており装甲も当然分厚い。
装甲の厚さは約八百センチもあり、突き破るのはほぼほぼ不可能なレベルだ。
更に兵装および艦橋部分にも強靭すぎる装甲が張り巡らされていた。
容易に破壊するなど口が裂けても言えるような代物ではないようだ。
「まぁ、装甲の分厚さなんてベルカの“光波共震砲”にかかれば融解させて――」
(これを突き破るのは中々に骨が折れるがな。
主砲を使うしか思い付かないな)
「この際出し惜しみは無しです。
初っぱなから副砲もガンガン使っていきますよ」
(了解した。
副砲展開、システムにエネルギーを回しておく)
夏冬の乗る何隻もの軍艦が合体したその姿は軍艦というよりかは要塞に近い。
全方位へと攻撃を放てるよう設計された兵装郡は上下共に死角がない。
測定された全長は約三十五キロ。
総重量凡そ百億トンにもなる。
搭載兵装の種類はとても多く、リスト状になって視界の横を流れていく。
「こんなの鉄の化け物じゃないですか。
艦とかそんなレベルじゃないですよ」
データを見て、蒼は少し唇をきつく絞める。
口に出さずと夏冬にばれるため、脳波で《ネメシエル》と会話を再開する。
【おや?
どうしたんですか。
黙り込んでしまいましたねぇ?】
夏冬のねっとりした煽りをスルーし、蒼は解析されたデータを再び見据えた。
「艦や要塞というか……。
もはや小惑星といっても過言じゃないじゃないですか」
蒼は頭を押さえ、背もたれに腰をつけた。
いつの間にかかいていた汗を服をパタパタして乾かそうとする。
(艦ではないことは確かだな。
自分で動くための推進器が回りには見受けられない。
合体した段階で推進部分は内部に収納されるのだと考えられる。
またスキャン時に不明空間場所も多数検知した。
とても信じられないかもしれないが……。
構造的に居住区……と思われる。
酸素濾過装着や、水循環装置など生命維持に必要な――)
「居住区?
また何を言い出しているんですか……。
そんなものがあの艦にあってたまるもんですか」
客船でもあるまいしなぜ居住区が戦闘艦の中にあるというのか。
全くもって下らない。
(理由は不明だが――)
「どうでもいいですよ。
あいつを沈めてしまえばいいんですから」
もう一度目の前の敵をじっくりと観察してやる。
窓のような構造物は中央に直下たつ艦橋にしか無く、まるで摩天楼のようにいくつもの設備が艦橋の回りに聳えていた。
艦橋自体すらどこか宇宙的で、空気抵抗を考えられてなのか流線型に近い構造になっている。
表面を覆う装甲は特殊な成分なのか宇宙の暗さの中でも太陽光を反射して鈍く光っていた。
艦橋の横にはなにか赤色の円に矢が刺さったような、奇妙な識別紋章も描かれている。
また、舷側には白いペンキのようなもので何やら書いてある。
場所的にあの艦の名前だろうが今まで見た事が無い文字だ。
甲板に並ぶ兵装はどれもこれも不思議な形をしており、SF映画に出てきそうな形をしている。
技術にして凡そ百年以上は差がありそうだ。
「《ネメシエル》。
エネルギーが集中しているのはどの区画か分かりますか?
きっとそこに夏冬もいると思うので」
当てもなく攻撃しても意味がない。
おそらく削り負けるのは《ネメシエル》の方だ。
(待て、今スキャンする。
――スキャン完了。
視界に表示する)
主要区画の奥深くに敵艦のエネルギーは向かっていた。
おそらく艦の性能を維持するのに必要な何かがそこにあるのだろう。
「ということはここさえ破壊してしまえば私達の勝利ですね。
きっとこの艦は性能を失うはずなので」
(そういうことになるな。
もっとも機関部なのかどうかは分からないがな」
「バイタルパートに間違いないなら別に構いませんよ」
もう少し《ネメシエル》の船体が小型ならば敵艦のあちこちに存在している隙間にもぐりこんで好き放題できそうだったものの、今の四キロにも迫る全長ではそれも不可能だ。
春秋と交代するべきでしたかね。
今更になって自分の判断ミスだと感じる。
【あなたのことだからきっとこの艦の性能を探っているのでしょうけど……。
まず不可能ですよ。
この艦が沈むなんてことはありえないわけで】
「くだらないお喋りももう終わりにしますか。
いい加減に決着をつけましょうよ。
貴方の力が通るのか。
私の力が通るのか。
正直私は人類の存続なんてどうでもいい。
貴方と決着を付けたいだけですからね」
【面白い人ですね、蒼さん。
《ネメシエル》がこの艦に勝てるとでも?】
「そういうのはやってみなけりゃわからないんですよ!
《ネメシエル》、エンゲージ!」
後世の“核”にまで語り継がれる一騎打ちが開始された。
“三百六十センチ六連装光波共震砲”を放つよう蒼は《ネメシエル》に命令した。
砲門にエネルギーが送り込まれ、ライフリングがオレンジ色に発光する。
ライフリングの奥にある射出装置に貯まったエネルギーは一定の方向性を持ってピストン状の装置により前方へと押し出される。
その過程で光電子どうしが擦れあい、一気に何十万度という高温を叩き出す。
高温を保ったままライフリングにより軽く回転をかけられた光電子は砲門から飛び出すとそれは空気中の原子とも擦れ、更に高温へと成長する。
プラズマ状態になった光電子は放熱、発熱を繰り返し、オレンジ色の光となって敵艦へと直進した。
【無駄だぁ!!!】
だが当然のようにプラズマビームは展開された敵のバリアによって弾かれてしまう。
通常の駆逐艦クラスなら一撃で撃破できる威力があるというのに。
散り散りになった“光波共震砲”の光は宇宙空間砕け、エネルギーを失い闇に消える。
「そりゃ持ってますよね。
持ってないわけがないですよね」
【当たり前に持っているに決まっているさ!
面白い!!
面白い!!!!
純粋な力のぶつかり合いといきましょうよぉ!!
ねぇ、蒼さん!!】
お返しといわんばかりに敵艦の兵装が《ネメシエル》を睨み付けると、その砲門から数え切れない程のレーザーが飛翔してきた。
青く、澄んだまるで空のような色をしたレーザーは一瞬見惚れてしまうほど美しかったがすぐに蒼は我を取り戻しサイドスラスターを展開する。
「出来る限りあいつの攻撃を受けないようにしないとこっちが負けますよ。
気合を入れてください《ネメシエル》」
(分かっているさ。
全速前進。
敵の攻撃を出来るだけ受けないよう回避行動を行いつつ攻撃を続行する!)
「操作系統補助をよろしくお願いします。
少しでも遅れたらそれが致命傷になりかねません」
(同意。
操作権限および攻撃権限全てを蒼副長へと委託する。
細かいところの補助は任せておけ)
「エネルギーは動力系に出来るだけ多く回してください。
攻撃の際は出来るだけ兵装へ。
こまめにエネルギーの切り替えをするのでそこだけ考慮してください」
(分かっているさ。
戦闘視界に先ほどのデータフィルターを重ねておく。
目標指定の目印にしてくれ)
「機関リミッター第一関門解除。
少し振り回しますよ」
(了解した。
任せておけ)
機関出力が跳ね上がり、機関の振動が《ネメシエル》全体を振るわせた。
先ほどまで《ネメシエル》がいた場所へと敵艦からの攻撃が殺到する。
既に回避行動に移っていたため被弾はしなかったが、そこに存在していたデブリは綺麗に塵も残さずに消えてしまっていた。
「続けて、二番、三番。
五番、八番。
副砲にエネルギー装填開始。
完了次第、随時発射を」
(了解。
エネルギーを兵装に優先的に回す。
副砲の装填完了は三十秒後を想定)
「了解」
砲塔を旋回させ、向けれる全ての兵装を敵艦へと向ける。
攻撃開始と同時に機銃も高角砲郡も全てが敵へと向かって攻撃を再開した。
蒼はフィルターのお陰で見やすくなっている敵の兵装が、ぐいっと砲身をもたげてこちらを睨み付けたのを見つけた。
「機関舷側、右サイドキック!」
(サイドキック開始)
敵艦の発砲と共に舷側のスラスターが起動する。
《ネメシエル》の巨体がスラスター点火と同時に大きな力で押し出され船体が左へとスライドする。
ほぼ舷側を擦るような近さでエネルギー弾が《ネメシエル》の横を掠めていく。
「兵装が大きい分、逆に攻撃タイミングが分かりやすくて助かりますね」
すかさず放たれた敵の攻撃もタイミングをずらして回避する。
【さすが蒼さんだ。
こんなにひらひら交わされるなんて思いもしなかったよ】
「はっ、今更褒められても何も出ませんよ」
【だけど、こういうのはどうかな?】
敵の砲門が開き、まるでバナナの皮のようにいくつにも分かれる。
「何を――」
まるで間抜けな見かけとは違い、今度は敵のレーザーはいくつも細かく別れて《ネメシエル》へと襲い掛かってきた。
「“イージス”全開!
流石にこれは避け切れません!」
左へとスライドした慣性を生かしつつ高速で艦首を敵へと向ける。
そこへ敵のレーザーが降りかかってきた。
いくつもの赤色に光る菱形が敵のレーザーを弾き飛ばす。
「食らいやがれです!」
蒼の視界に表示されていた副砲の効果範囲を現すサークル。
サークル内に敵の重要区画を捕らえたほんの一瞬。
レーザーを掻い潜り、生じた一瞬の敵の隙を突き装填が完了した二種類の“ナクナニア光波放裂砲”と“ナクナニア光波共震拡散砲”の二種類、合計八門がほぼ同時に光を放った。
太いオレンジ色の光は敵艦へと直進し、展開されたバリアを押し破る勢いで突っ込んでいく。
【所詮副砲程度。
無駄なんですよぉ!!】
“三百六十センチ六連装光波共震砲”よりも長く持ちこたえたものの、やはり敵の強靭なバリアを前に副砲の光は砕け散ってしまった。
「っち……。
これで決まれば楽なものを」
叩き込まれてくる反撃を回避しつつ、“イージス”の過負荷率を横目で確認する。
当然全長三キロ強もある船体に全く攻撃を当てれないほど夏冬も雑魚ではない。
確実に蒼の回避行動の先を読み、置きレーザーをしてくるようになっていた。
「弾幕が痛いですね……。
気のせいか段々当ててくるようになっているような……」
(気のせいじゃないだろうな。
確実に当ててくるようになってる。
動きが読まれているわけだ)
「小癪な……。
戦いの中で成長しなくていいんですけどね」
被弾した船体が揺れ、蒼はじっと視界の隅に表示されている“イージス”の状態を確認した。
全体を包み込むようにぶん殴ってくる為か、“イージス”の過負荷率は急激に増えていた。
(“イージス”過負荷率十七パーセントを突破。
このペースは少しまずいな……)
“イージス”の表示から目を離し、再び攻撃目標を指定する。
敵の兵装をロックしてはいるものの展開されているバリアを前に防がれてしまうのがオチだ。
分かっていても副砲へと過剰エネルギーを送り込む。
「そうは言っても――」
副砲をぶっぱなしながら、通常の兵装も叩きつける。
しかしながら敵はびくともしない。
ずいぶんと余裕なのか時折じっくりとこちらを狙い澄ましているようなそぶりも見受けられる。
「こんなのどうやって破れば――!」
毒づいた瞬間、《ネメシエル》の右舷側に被弾の炎が上がった。
ずきりとした痛みが蒼の体を襲う。
それほど損傷は深くないものの、被弾した箇所の装甲版は剥がれ、内部の機器が丸見えになってしまっていた。
損傷箇所には自動的にベークライトが注入され、修理ユニットの応急処置を受ける。
“イージス”の機能性能が落ちてきている証拠だ。
絶え間なく叩きつけられてくる敵の攻撃にジェネレーター出力が影響を受けているのだ。
「いままでこんなことなかったというのに……」
(すぐにジェネレーターを再起動する。
自己解析プログラムも平行で走らせて、敵攻撃によるブレを解消するぞ)
「お願いします。
再起動まで“強制消滅光装甲”だけは残してください」
(了解。
ジェネレーター再起動まで三秒前――。
二、一、ゼロ。
再起動。
“イージス”出力安定作業開始――)
“イージス”の消えた船体に無慈悲にも敵のレーザーは突き刺さる。
“強制消滅光装甲”は実体のない攻撃には全く効果がない。
それでも“イージス”が再起動するまでの十秒間の不安な時間を取り繕うには必要な要因だった。
(“イージス”再起動。
過負荷率十五パーセントから開始)
「“イージス”の過負荷率はまだ残っているはずなのに。
攻撃が貫通してくるなんて……。
かといって被弾を減らそうにも――。
ネメシエル、主砲にもエネルギーを送っておいてくださいね。
何とかしてあの厄介なバリアを破らない限り私達の負けですよ」
(主砲を使うのか。
分かった、準備をしておく。
装填完了まで約三分だ)
目標時間までの残りを示すタイマーが小さく視界の左上に現れる。
「それまで持ちこたえればいいだけなんですから簡単ですね」
(ん?)
「AIに皮肉は通じにくかったですかね」
(いや?
わかっていたさ)
浮かぶデブリをはね除けながら《ネメシエル》の船体ははじめての宇宙空間を駆け巡る。
空と違い気にするものがないのは行動パターンに複数の選択肢を広げた。
飛んでくる敵の攻撃を跳ね返しながら、応酬としてオレンジ色の攻撃をぶつける。
(敵ミサイルを発射!
数は四十二!)
「迎撃体制!
弾幕を張って出来る限りのハードキルを行ってください!」
(了解!
第五、第六艦橋に迎撃を委託。
兵装管制の五パーセントを分割する)
《ネメシエル》の舷側エンジンの上に設置されている艦橋のサブ人工知能が艦長の命令を受け、迎撃体制を整える。
レーダーからの情報を変換し、兵装へと攻撃指示を促す。
「迎撃開始!」
蒼の掛け声と共にずらりとならんだ機銃や高角砲がその砲門を迫り来るミサイルへと向け、攻撃を開始した。
すぐに築き上げられた弾幕は向かってくるミサイルの前に壁として立ちはだかる。
(弾幕内に飛び込んできた!
逃がしはしない!)
“強制消滅光装甲”も同時に展開しつつ、蒼は《ネメシエル》の船体をミサイルから少し遠ざけるように移動させた。
と同時に副砲台を動かし、狙える副砲で敵を狙い打つ。
迎撃完了のお知らせでもあるミサイル爆発の光が、真っ暗の宇宙空間を炎で染める。
すぐに炎は消え、真っ暗な空間が戻ってくる。
「主砲を甲板に展開してください。
発射まであと……二分ですか。
エネルギー優先を主砲へ。
副砲のエネルギーを少し主砲へと回してください」
(装填短縮。
再計算、装填完了まであと一分四十秒)
ミサイルの迎撃を完了した機銃が新たに発射されたミサイルの迎撃へと向かう。
小さく警戒音が艦橋内部に鳴り響く。
“イージス”の過負荷率が二十五パーセントを超えたのだ。
「くっ…この私が削り負ける……!?」
負ける。
沈む。
墜ちる。
「そんなわけ……ないですよ……」
歯を食い縛っても、蒼は自分の中の闘志が萎え落ちるのを感じた。
圧倒的に巨大な相手を今まで相手にしてきた。
今まで打ち勝ってきた。
だから今回も大丈夫だと思っていた。
背筋を冷たい汗が伝い、手が小さく震える。
「私が負ける――」
認めたくない。
瞳孔が狭まり、動悸が一気に早くなる。
(蒼副長!
何をしている落ち着け!)
「はぁ……はぁ……」
耐えきれず、蒼は大きく息を吐き出す。
過呼吸にも似た症状が体を震わせていた。
「私が……」
(おい!
蒼副長!)
戦闘中にも関わらず、蒼は“レリエルシステム”との接続を行う穴から手を抜いていた。
「私が負けるなんて……ありえないですよ……」
震える右手を左手で押さえ、手の甲に爪を立てる。
鈍い痛みと爆発の衝撃が能を突き刺す。
額からも汗が出て、前髪を伝って膝へと落ちる。
(壊れたんじゃないだろうな!?)
「ふふ……。
《ネメシエル》、私は……」
命令を委託されたサブAIがミサイルの迎撃を行っているが完全に艦の動きが止まってしまっていた。
そこに無慈悲に敵のレーザーが叩き込まれていく。
再起動した“イージス”だったが、隙間から雪崩れ込んできたレーザーは慈悲もなく甲板を凪ぎ払っていく。
ずきりとした被弾の痛みが沸騰した脳をかき混ぜ、冷ました。
「私は……」
冷静に戻った蒼の口からポロリと言葉がこぼれ落ちる。
(蒼副長……?)
震えは止まり、恐怖は変換されて喜びに変わっていく。
人間としての思いより、兵器としての思いが人間を殺したのだ。
自然と蒼の顔は恐怖よりも喜びへと変わっていた。
「私はこれを望んでいたんですよ……。
自分を越える者と正面から殴り合う。
策を凝らして敵を打ち砕こうとするこの時を……!」
(蒼副長!
落ち着け!
闇雲に突っ込んでも打ち負けるだけだぞ!)
「わかっていますよ《ネメシエル》。
わかっていますよ」
大きく息を吸い、血の滲んだ右手を“レリエルシステム”の穴へと入れる。
左手で前髪を押し退け、ずれていた帽子を直す。
目を瞑り、吸った息を吐き出して整える。
「私は《ネメシエル》。
《陽天楼》であり、ベルカの《超極兵器級》」
左手も穴にいれ、蒼はゆっくり目を開く。
「何としてもこいつを沈めますよ《ネメシエル》。
やってやりますよ」
(大丈夫なのか?
むやみに突っ込むなんて事しないとわかっているが……)
「マックスに通信を。
すぐに繋いでください」
一回目の呼び出しの途中ですぐにマックスは応じた。
(どうした!?
一体なんでまた――!?」
「すぐに私の近くに浮かんでいる“旧人類”艦の一隻をクラッキングしてください。
そしてそのコントロールを私に。
いい事を思いつきましたよ」
蒼は近くに浮かぶ数多くの動かない“旧人類”の艦を見て不気味に笑った。
This story continues
お待たせいたしました。
更新です。
圧倒的な力を持つ夏冬。
そこに立ち向かう《超極兵器級》。
はたして蒼の秘策とは――?




