万星煌中
(前方的艦隊!!
数なおも増大中!!)
レーダーを埋め尽くすほどの敵艦は空をも埋め尽くす勢いで蒼達の前に展開を始めた。
平べったい甲板を側面にも持つ空母のような艦からは次々と尖った艦載機が飛び立ち、巣を刺激された蜂のように向かってくる。
艦載機にはコックピットのようなものは見えず、人が乗るような所も見受けられない。
小さな逆進翼が四枚、X状態についており、翼には追加武装にも見えるミサイルや光学兵器の類が取り付けられていた。
『敵の数がどんどん増えていきやがる!
さっさとどうにかして数を減らしていかねぇとこっちがもたねぇぞ!』
まるで蛆のようにどこからともなく湧き出てくる敵はすぐにこちらの数を凌駕した。
その様子を見たシグナエの巡洋艦が我慢できない素振りで蒼へと攻撃をせかす。
「ですね。
先手必勝です。
全艦攻撃を開始してください!」
意見は蒼も同じだった。
前方を食い破り、敵の旗艦へと総攻撃を加えるこの作戦に戦略など無い。
ただただ純粋な力のぶつかり合いだ。
『了解!』
『了解した』
ヒクセスの戦艦が向かってくる敵へと攻撃を開始した。
放たれた一発に呼応されたかのように敵の艦隊全てをゆるく光が包み込む。
群れを攻撃された狼がターゲットを絞り込んだような光景だ。
すぐに倍以上の砲火が蒼達の艦隊へと向けて飛翔する。
『糞みたいな弾幕だな!!』
『こんな猛攻久しぶりだぞ!!』
「戦艦は前に出て盾に。
駆逐や巡洋艦を守ってあげてください!
全艦、前方へ火力を集中!
敵のはらわたを食いちぎってやりますよ!
《ネメシエル》、攻撃開始!」
(“三百六十センチ六連装光波共震砲”攻撃を開始。
ったく、もう少し砲門があればよかったんだがなぁ)
「前方に六十門も向けれることが出来たら十分でしょうに……」
『大天使クラースの名の元に!
撃滅、成敗!』
『《超極兵器級》の力を見せなきゃ真黒兄貴に怒られるわぁ。
それだけは勘弁やねぇ』
『ですわね。
《ニジェントパエル》、全火力を敵に集中!
敵艦隊を撃滅致しますことよ!』
お互いノーガード小細工なしの殴りあいが本格的に幕を開けた。
《ネメシエル》や《ニジェントパエル》等の《超極兵器級》から放たれるオレンジ色の光が敵の艦載機を蹴散らし、敵艦へとダメージを与える。
小さな艦は一撃で消し飛び落ちていくが大型艦はそうはいかない。
何発も耐え、果敢に反撃を叩き込んでくる。
敵の表面には薄いバリアの役目を果たすと思われる次元断層が観測されたが、ベルカの《超極兵器級》の放つ攻撃エネルギーの方がどうやら勝っているらしい。
『被弾!
被弾した!!』
『下がれ!!
無駄に前に出て死ぬんじゃない!』
しかしながら一方的な戦いが繰り広げられるはずもなく、センスウェム艦隊も蒼達の連合艦隊の戦力をじっくりと削いでいく。
外周を担当していた駆逐艦が被弾。
バリアを貫通され、機関に直撃を受けたのか炎をあげて高度が下がっていく。
『撃て!!
撃ちまくれ!!!』
『あの量だ!
目をつぶっていても当たるぞ!!』
『敵艦載機が来るぞ!
総員対空戦闘用意!』
敵艦隊の中心にいる大型艦を守るように小型艦が前線へと押し出され、敵艦載機が我先にと向かってくる。
独特の羽虫のような飛行音が分厚い装甲を通り越して蒼の耳にも入ってくるような気がして思わず眉をしかめた。
「弾幕を張りますよ。
《ネメシエル》迎撃システム起動。
第三、第四艦橋に迎撃を委託。
全艦隊へデータの同期を行ってください。
速やかに弾道の最適化を実行。
攻撃開始」
『落ちやがれ、蝿め!』
艦隊の周囲に築かれた対空弾幕はカーテンのように敵艦載機の前に立ちはだかった。
カーテンに接触した敵艦載機はすぐに炎をあげ、爆発炎上する。
弾幕のカーテンを潜り抜ける頃にはその数は十分の一以下にまで減ってしまっていた。
潜り抜けることに成功した艦載機は《ネメシエル》や、周辺の大型艦へと腹に抱えたロケット弾を発射する。
「“強制消滅光装甲”フルパワー起動。
うざったい蝿共ですねぇ……」
“イージス”ともうひとつの《ネメシエル》を守る“強制消滅光装甲”が起動し、ロケット弾を蒸発させる。
しかし、ベルカ以外の艦艇へと放たれたロケット弾は本領を発揮した。
砲撃を塞ぐバリアの間からねじ込まれたロケット弾は先端を装甲にめり込ませるとすかさず信管を作動させた。
起爆と同時に空気が震え、衝撃波が《ネメシエル》や《アイティスニジエル》の船体を揺らす。
ロケット弾を喰らった船は起爆部分を中心にごっそりと削り取られてしまっていた。
「結構強力な弾頭を積んでるみたいですね。
核燃料かそれとも……」
母艦へと帰ろうとする艦載機を逃がさずに全機撃墜する。
「キリがないですね。
全艦、小型艦の驚異度を考えるとほぼ無視か確実です」
多国籍の艦隊は何とか大型艦を削り取ろうと中央へと攻撃を集中する。
『対《超極兵器》ミサイル用意!
敵のど真ん中へぶつけるぞ!』
「なんか今厄介なミサイルの名前が聞こえたような気がしましたね……」
(ああ……)
『対《超極兵器》ミサイル発射!』
ヒクセスの戦艦の甲板が左右に開き、厳重な装甲の下からミサイル発射口が開く。
ぽっかりと開いた口から噴煙が飛び出し、次にミサイルが放たれた。
ミサイルは通常のものよりも二回りほど大きく、黄色に塗られた弾頭が太陽の光にきらりと反射する。
白い噴煙を残してミサイルは迎撃の光を潜り抜け敵の中央付近で起爆した。
空間をねじ曲げるほどのエネルギーが起爆地点を中心に広がり、ほんの一瞬空に穴が開いた。
どこまでも真っ黒なその穴に食らいつかれた敵艦隊が文字通り食い千切られる。
爆発に巻き込まれた敵戦艦は体制を建て直せずにゆらりと揺れると落下していく。
『三隻撃沈!
ヒクセスの力!思い知ったか!!
決してヒクセスが弱い訳じゃないんだからな!!』
「えげつない兵器を見てしまったような気がしますよ」
『ヒャッホー!!』
落ちていく敵の数は多いがそれよりも増援の方が勝っているのだろう。
一向に敵の数が減る気配がない。
『ダメだ!
落ちる!!』
『嫌だぁあああああああ!!!!』
『機関に損傷!
航行不能!!』
広がるのは味方の被害もだ。
五隻余りが自身を守るバリアを無効化され、船体を抜かれてしまっていた。
海へとなす術なく落ちる友軍を計算にいれ、蒼は既に若干の焦りを感じていた。
「さっさと数を減らさないと……!」
撃ちすぎで真っ赤になった“光波共震砲”からゆらりと陽炎が昇り、冷却のための排熱板が砲身から開く。
敵からの攻撃が《ネメシエル》へと集中しはじめた。
(っく、“イージス”過負荷率二十パーセント。
何気に厳しいぞ!)
『蒼!
あんたは前に出るんやない!
最後の切り札やで!』
朱が《ネメシエル》を庇うように前に出る。
「こんなところで……こんなところで終わってたまるもんですか!」
『ヤバいですわねぇ……。
このままだと流石に持ちこたえられませんわよ……!』
真白ですら弱音を吐く。
『《鋼死蝶》!
ここは任せてもらおうかぁ!!』
《ネメシエル》の真横にピタリとつけ、低い声でシグナエの《天端兵器級》が唸った。
全長三千二百メートル。
総重量六千万トンにも昇る巨艦の両舷にはそれだけで戦艦を超える大きさの砲が連装、合計四門でくっついていた。
砲門は鈍い赤色でマーキングしてあり、五百センチを超える砲門はただただ圧巻にして圧倒的。
火力に全てのパラメーターを振ったような艦だ。
『《鋼死蝶》の舷側装甲をぶち抜くためだけに作られた俺様の砲の威力!
特と味わいやがれ!!』
案の定前に出た《天端兵器級》はその異様さ故に敵の攻撃を一身に引き受けることとなった。
バリアを展開していたとしても、その許容量をすぐに超えてしまうだろう。
「あまり前に出すぎると……!」
心配する蒼をよそに《天端兵器級》は豪語した。
『いいから見ときな!』
エネルギーの伝わった《天端兵器級》の巨大砲塔が鈍く起動する。
つい先ほどまで眠っていた獣が無理やり叩き起こされた際の不機嫌さが伝わるようだ。
まるで全員が蛇に見すくめられた蛙のような感覚が空気を、場を呑み込んだ。
『安心しな。
俺の砲は貴様をぶち抜くために作られたが貴様を撃つわけじゃない』
砲が睨むのは蒼達の《超極兵器級》ではなく、敵の大艦隊だ。
異様過ぎるその艦影に敵の攻撃が更に《天端兵器級》に集中していく。
「敵の攻撃が集中しすぎです!
全員で援護しますよ!」
『離れてろ!
危ないから!』
「しかし……」
『邪魔になるだけ!
ターゲットロックオン……!!!
食らえ!!』
有無を言わす暇も与えずに《天端兵器級》は四門の砲を敵へとぶっ放していた。
張り詰めた緊張を、鼓膜を破くような轟音と共に放たれたのはビームやレーザーといった近代主流になっていたものではない。
「またえらく酔狂な物を……」
もっと大昔からずっと存在していた鉄の塊――砲弾だった。
巨大な砲門のマズルフラッシュは強大で反動が艦を数メートルも後進させたぐらいだ。
剛速球で放たれた砲弾はまっすぐに敵艦隊のど真ん中へと突っ込んでいく。
そして戦艦を何隻か砕いた所で起爆した。
ヒクセスのミサイル等比べ物にならないほどの高温が発せられ、巻き起こった爆発が敵艦隊を中央からかち割った。
一気に発せられた熱量は次の瞬間には冷やされ、一瞬にして空気中の水を凝固させる。
キノコ雲が出現し、膨れ上がっていた衝撃波が今度は蒼達の艦隊を襲った。
ある程度の距離があったから被害はほぼゼロで済んだものの、あと何百メートルか近ければ確実に何隻かの駆逐艦は持っていかれいたような衝撃。
カメラ越しにも顔が熱くなるような熱量が発せられた。
なにより同じ砲弾が四発も放たれていたのだ。
四つ全く同じような爆発が敵艦隊から沸き起こった。
『何をぼさっとしてやがる!
今だ!
全艦隊を前進させろ!!
敵艦隊の中央を突破するぞ!』
《天端兵器級》の言葉にはっ、とした蒼は全艦隊へと直ちに全速前進を命じた。
ぽっかりと開いた敵艦隊の包囲網を逃す手は無い。
全艦隊が全速力で開いた敵艦隊の穴に飛び込み、包囲網を潜り抜けていく。
『イィィイヤッホォオオオオオオオー!!!
まさかここまで上手くいくとはなぁ!!』
『ざまぁみやがれ!!
なにがセンスウェムだ!!
怖くもなんともねぇや!!』
包囲網を突破できたことに味方艦隊は沸いていた。
『蒼先輩、何とかなったっすね!
これで少しまた敵との距離をつめる事が出来たはずっすよ!』
「だといいんですけどね……。
全艦追撃してくる敵には適当に攻撃をして受け流しておいてください。
相手にしたら終わりです。
基本無視して全速前進。
このまま一気に敵の旗艦を叩きますよ!」
蒼達を追いかけて敵艦隊が次々と追いかけてくるがスピードを決して緩ませることは無い。
適当に反撃を行いつつ、艦隊はただただ上昇を続けた。
宇宙空間、敵の旗艦への道はまだまだ長い。
やがて敵艦隊は追撃を諦めたのか、徐々にその数を減らしていった。
「何とか逃げ切ったみたいですね。
それか敵味方識別信号で判別がつかなくなったのかもしれませんが……」
マックスのくれたお土産は見事に効果を発揮していた。
『せやなぁ。
逃げることで一生懸命やったから全然気がつかへんかったけどいつの間にか爆発する高度超えとるしなぁ』
『これも大天使クラースの加護といえる。
安寧に感謝すべき』
いつもならば何らかの理由で爆発、墜落する高度に全艦が達していたが一隻たりとも欠けることは無かった。
それどころか周りに見える敵艦隊すら蒼達に攻撃してこない。
「完全に敵なのか味方なのかの判断がセンスウェムにはついていないのでしょうか」
逆にそれが不気味で蒼は心配そうに《ネメシエル》へと話しかけていた。
(私からは何ともだな。
センスウェムになったことがない身だからな)
「周りの敵艦隊が攻撃してこないのが逆に恐ろしいですね。
攻撃してきて欲しいわけじゃないですが」
『案外簡単に終わりそうだな。
このままあいつらが状況の区別がつかないまま放っておいてくれればの話しだが』
『案外“旧人類”ってーのもポンコツなのかもしれねぇよな。
こんなに近くにいる敵が認識できねぇっていうんだかうわああぁぁぁぁ!!!!』
先ほどまでの艦隊とは比べ物にならないほどのエネルギーをまとったレーザーが味方戦艦の一隻を叩き落とした。
展開していたバリアすら意味が無いほどのエネルギーと攻撃力は直撃した戦艦を跡形も無いほどに蒸発させていた。
「とか言ってたらきましたね!
全艦ブレイク!
後は各々の判断で逃げて――」
《ネメシエル》の進路を変えた蒼は息を呑んだ。
いつの間にかセンスウェムの艦隊が蒼達の目の前にいたのだ。
距離は凡そ八十キロ。
もはや目と鼻の先といっても過言ではない。
完全に油断していた自分に舌打ちし、蒼は大空を見上げた。
そして再び息を呑んだ。
「全艦気をつけてください!
センスウェムの旗艦がもう私達の真上に来ています!」
大空を鋼鉄で覆い尽くすほどの大きさの艦がいつの間にか蒼達の直上に来ていた。
距離は凡そ百五十キロにもなるが大きさゆえにもうぶつかりそうな距離にいるような錯覚に陥る。
『あと百五十キロ以上あるっていうのに!
なんだこの圧迫感は!』
『あの距離から狙い撃ち出来るわけがねぇ!
さっきのはただの偶然だ!!!
いまはとにかく距離をつめることだけに集中しろ!』
センスウェムの旗艦からいくつものレーザーの雨が降り注ぐ。
(八時の方向より敵艦隊接近!
攻撃を開始してきたぞ!)
「すぐに回避を!
全艦隊六時の――」
(六時方向にも敵艦隊!
数は三十!)
「っち!
ならば三時に――」
《ネメシエル》が言うよりも早く蒼は三時方向に映った敵艦隊の群れがレーダーに反応するのを見てしまった。
「囲まれた――!?」
あわててレーダーを確認する。
まだ十一時の方向が開いていた。
「全艦十一時方向へ!
敵の包囲網が完成する前に突破します!」
《ネメシエル》が先頭となり十一時方向へと突撃する。
すぐにその意図に気が付いた敵艦隊が前に立ちはだかろうとするが《ネメシエル》の砲撃をはじめとした味方艦隊の砲撃によりその策略は失敗に終わる。
だが三隻ほどは逃げ切れずに敵艦隊に囲まれてしまった。
『俺達のことはいい!
先を急げ《鋼死蝶》!!』
『たった六十隻ごとき楽勝だ!
いいから行け!!!』
『早くいかねぇと貴様を撃つぞ!
無駄にするつもりか!!!』
「――ごめんなさい。
全艦逃げ切りますよ!」
『謝るんじゃねぇ!
これは俺達の偽善だ!』
迫ってくる敵の追撃を後部主砲で相手しながらしんがりを勤める《アイティスニジエル》と《ニジェントパエル》。
蒼が先頭を《ネメシエル》で走る。
既に艦隊行動が不能なほど味方艦はぐちゃぐちゃな数の減らされ方をしていた。
残りは二十八隻と集まってくれていた数の半分ほどにまで減ってしまっていた。
「敵は私達が敵だと分かっていたのにあえて攻撃をしてこなかっただけみたいですね。
この罠のためだけだと思いたいですが――」
夏冬ですからね、と続ける言葉を言おうとしてやめる。
ここでモチベーションを下げるような事を言ったとしても意味が無いからだ。
《ネメシエル》の舷側を掠めるようにして敵旗艦から極太レーザーが放たれる。
船体ごと回転させて艦橋を斜線軸からずらす。
《ネメシエル》を外した極太レーザーは《ネメシエル》の真横にいた駆逐艦を掠めると後ろから追いかけてくる敵艦隊へと突っ込んでいった。
「もはや味方の被害も関係なしですか、夏冬。
何が何でも私を沈めたいみたいですね」
五隻ほど巻き込んで轟沈させた先ほどのレーザーを尻目に、蒼は無線で命令する。
「追っ手の相手はしなくてもいいです!
とにかく前進してください」
『了解!
っくそ、だがあいつら確実に俺達よりも早いぞ!』
なおも追いすがってくる敵艦隊の必死さの理由は味方の重巡洋艦が分析した。
『敵旗艦まであと百キロを切った!
あいつらが防衛網を展開できるとしたらあと一回が限界のはずだ――!
だからここまで必死になるんだろうよ!!』
『《マルテル》なぜ分かる?』
『重巡洋艦の勘だよ!!』
『そいつぁ頼もしいなぁ!』
シグナエの《天端兵器級》が後ろから追ってくる敵へと砲を向けぶっ放す。
しかし先ほどの攻撃から警戒が厳重になっているのかさっと散開する敵に命中弾は無い。
『うぎゃああ!
やられた!
エンジン被弾!
航行不能!!』
味方艦隊の一隻が被弾。
エンジンをやられ艦隊から解脱したところを集中砲火され、墜ちていく。
『ちくしょう!!
しつこいんだよ!!』
『よせ!
どこへ行くんだ!』
頭に血が昇った味方戦艦の一隻が引き返して迎撃しようと試みる。
だがすぐに集中砲火で船体を穴だらけにされ沈む。
『《鋼死蝶》。
提案があるんだが――聞いてくれ』
また一隻、また一隻と被弾して減っていく味方の我慢は限界に達していた。
「ダメです。
我慢してください。
ここで引き返しても――」
後ろから迫ってくる敵艦隊の数は優に五十を超える。
戦艦を中心として周りには巡洋艦、駆逐艦。
空母の姿はないもののそれでも十分すぎるほどの脅威に実質味方は一隻ずつ食われていた。
『《鋼死蝶》。
拙者達に任せて先へ行かれよ』
「《ジェフティ》まで……。
ここで引き返したところで――」
『構わぬ。
このままただやられるだけでは埒があかぬゆえ。
拙者らがあの艦隊を止め申す。
それとも敵旗艦との決闘にあの数を連れてゆくつもりか?』
「そうですが……」
『このドリル野郎の言うとおりだ!
ここは俺達へ任せてお前ら《超極兵器級》三隻と《アルズス》と《ニヨ》は先へ行け。
《ネメシエル》いいから任せておけ!』
「……分かりました。
よろしくお願いしますよ」
『よっしゃ任せておくがいい!
いくぞお前ら!』
『拙者らは決して沈まぬ。
安心して行かれよ。
勝利の朗報を期待しておるぞ』
『俺様の砲の威力を見ただろう?
大丈夫だ、任せておくがいい!』
《ネメシエル》を含む《超極兵器級》四隻、《アルズス》、《ニヨ》の六隻を除いた艦艇が反転。
あちらはあちらで艦隊を組んで向かってくる敵へと反撃を開始する。
すぐに小さくなっていく味方に小さく敬礼をして蒼達はただただ前へと進んでいく。
敵の最後の防衛網とも思われるラインに蒼達は接触した。
(レーダーに巨大戦艦四隻の接近を確認!
なんて大きさだ……!)
「詳細を、《ネメシエル》」
敵旗艦方面、つまり宇宙から三隻の巨大戦艦の接近を《ネメシエル》が検知した。
“パンソロジーレーダー”に映る艦影は不気味、のただ一言に尽きる。
鋭角でするどい艦首とその上に並ぶ六連装の主砲。
《ネメシエル》にもどこか似たような雰囲気を纏った敵巨大戦艦の姿はいまだに目視できない。
雲を割り、艦首を突っ込む。
(敵戦艦、全長六千二百メートル。
総重量計測不能。
敵の兵装も不明。
見たことがない新型だな。
不明点しかないぞ)
「まぁそれもそうですよね」
真っ白の視界はすぐに終わり、高度一万メートル以上に広がる筋雲を抜けるとその姿はすぐに見ることが出来た。
距離は凡そ六十キロ程度で、舷側にはいままでの敵艦にはない紫色の模様が光っていた。
敵旗艦を守るようにして四隻が単縦陣で接近してきている。
『やれやれ、とうとう幹部クラスのおでましですわね!』
蒼を守るようにして三隻の《超極兵器級》が《ネメシエル》の前に出た。
「お姉様方、何を!?」
『もう時間がないですわ。
目標の二十四時間まであと三時間を切ってますの。
あの三隻は我々が相手を致します。
蒼は私達を盾にしてあの三隻の包囲網を抜けるのですわ!』
「でも!」
食い下がる蒼を朱が叱った。
『ええからはよ行くんや!
センスウェムの旗艦が地上を攻撃を始めたら一瞬や!
“旧人類”とかがすぐに地上を闊歩するようになるんやで!?』
『うむ。
大天使クラースも同意見』
『《ニヨ》もそう考える。
早く行く。
《鋼死蝶》』
『蒼先輩、大丈夫っすよ!
あいつらを撃沈するよりも早く先に敵旗艦をぶちのめしてくれれば済む話なんすから。
信じてるっすよ』
《ニヨ》と《アルズス》で一隻の敵巨大戦艦の相手をするなんて……。
敵の攻撃をほぼ前線で受け続けていた《超極兵器級》達。
“イージス”の過負荷率もほぼ限界を向かえ所々に穴が目立つ。
いくらお姉様方とは言え今回ばかりは……。
「無茶ですよ、お姉様達!」
『しつこい。
大丈夫だと言っていますでしょ?
いいからさっさと進むのですわ!!』
『私達を甘く見すぎやで、蒼。
誰だと思ってるんや?』
『大天使クラースの従属だぞ』
『それは藍姉ぇだけやね』
敵巨大戦艦の主砲が攻撃を開始した。
“イージス”で弾きつつ、《アイティスニジエル》が接近戦を挑んでいく。
《アイティスニジエル》に続くように《ニジェントパエル》と《ルフトハナムリエル》も各々の目標へと飛び掛った。
「っ、と!」
右舷から接近してくる敵巨大戦艦の砲撃をかわしつつ反撃を叩き込む。
その巨体ゆえに回避行動がほとんど取れていない。
《ネメシエル》のほうがまだ機動力に勝る程だ。
『あなたの相手は私めですわよ?』
《ネメシエル》と攻撃を加えてくる敵巨大戦艦へと《ニジェントパエル》が砲撃を加える。
光波のオレンジ色の光は弾かれているものの、何発か貫通しダメージを与えているようだ。
『行け蒼!』
『蒼先輩!』
「あとは……あとはよろしくお願いします。
《ネメシエル》、エンジンブースト起動。
一気に距離をつめますよ」
(了解。
エンジンブースト起動まで十秒」
《ネメシエル》の機関音が上がる。
鼓動係数が次第に上昇し、舷側の光が強くなっていく。
「行って来ます」
『負けたら承知しませんわよ』
「負けませんよ」
『それでこそ《ネメシエル》。
それでこそ《陽天楼》ですわ!』
至近距離でのドッグファイトを繰り広げる姉達はどこか楽しそうだった。
自分の《超極兵器級》としての性能を存分に生かせるからか……。
好敵手とも呼べる相手と最後に戦えるからか。
『うぉおおお!!
こっち見てるっすよぉおお!!』
『安心しろ《アルズス》。
こっちも見てる』
『だからなんだっていうんすか!!』
(三、二、一……起動!)
一気にスピードが上がった《ネメシエル》は四隻の隙間を縫うようにして包囲網を突破した。
マッハ二のスピードは一気に先ほどの戦場をあとにする。
艦首に白い雲が一瞬生じ、すぐに船体によってかき消される。
フルスピードの衝撃で蒼は椅子に張り付いて動けず、激しい振動でただただ気持ち悪くなる。
「しんどい……」
(もう少しだ我慢しろ)
敵旗艦との距離は凡そ百キロをすぐに切ると、五十キロ程にまで短縮された。
(エンジンブースト燃焼完了。
蒼外を見てみろ)
「何を呑気な事を……」
こみ上げていた吐き気との戦いでいらだっていた蒼だったが外に目をやるぐらいの余裕はあった。
気が付けばいつの間にか外は真っ暗になっていた。
真っ暗な中に丸い、青い地平線が浮かんでいる。
「これが宇宙ですかね……?」
(さあな。
データにはない。
だが、綺麗じゃないか?)
「はぁ、またそれは……。
センチメンタルな事を言いますね《ネメシエル》?」
星の光はいままで来たことが無い空間にたどり着いた戦艦を祝福してくれているようだった。
ざっくりと外の景色を眺めると蒼は少しだけ目を瞑る。
「夏冬、貴方を沈めるためにはるばるここまで来ましたよ」
目を開き、すぐ前にある敵旗艦だけを視界に捕らえる。
巨大にして最後の敵は目の前にただただ構えていた。
それだけで戦艦よりも大きな主砲が《ネメシエル》へといくつもの砲門を向ける。
「《ネメシエル》、行きますよ。
さっさとしとめてさっさと家に帰りましょう」
(だな)
This story continues
ありがとうございました。
いよいよラストバトルでございます!
長かった物語ももう終わり。
最後までお楽しみくださいませ!




