本当の友
「なんともまぁ……。
寂しすぎる出撃だな」
マックスは蒼にぽそりと話しかけた。
マックスの横に立っている副司令も同意するように空を扇ぐ。
「ごめんなさいねぇ~……。
私達が不甲斐ないせいで……」
どんよりした空気を消し飛ばすほどの轟音をたてて《ネメシエル》の横の桟橋から《超極兵器級》の最後の一隻が飛び立っていく。
すぐにステルスモードを起動した、《ルフトハナムリエル》のエンジン音は静かになる。
艦尾から伸びる紫色の光も消え、探知される術をひとつ、またひとつと消していく。
巨大さゆえに目視だけはどうしようも無いが。
主翼に太陽光を鈍く反射させ、《ルフトハナムリエル》は軽く翼を振った。
蒼はそれを確認すると《ネメシエル》の艦橋へと乗り込むための準備をはじめる。
「出撃の合図です。
いかなけりゃいけません」
セウジョウの水位は《超極兵器級》の三隻がいなくなったせいか、少し下がっているように見受けられた。
今回の作戦に参加する数少ない従属艦の《アルズス》を含む三隻は一時間ほど前に警戒も含めて先にセウジョウを出発していた。
今のセウジョウの港に残っているのは《ネメシエル》一隻のみ。
港を見渡してマックスは困ったように軽くはにかんだ。
「これで本当のすっからかん、だな。
セウジョウ程の規模の港が空になるなんてよっぽどのことがないと珍しいよな。
今のうちに清掃員でも雇って隅々まで掃除しておくか?
ははっ、なんてな」
マックスのつまらない冗談でもこの空気が軽くなることは無い。
むしろ重みが増したというものだ。
ふぅ、と鼻から息を吐いてマックスは自分の胸ポケットに入ったタバコを探した。
ポケットから箱は出てきたものの、空だったためかすぐに箱を握り潰しゴミ箱へ投げ入れる。
「――本当はもっと仰々しく全てを始めたかったんだがなぁ。
パレードの音楽を鳴らして、大勢で見送って……。
ベルカの国旗も振ってさぁ。
だが、味方も揃わないこんな現状ではどうしようも…………」
蒼はマックスの言葉を聞きながらも淡々と準備を進めていく。
軍帽の中に長い髪を束ね、深々と大きな帽子を被った。
帽子正面に刻み込まれた超空制圧艦隊の紋章がマックスを睨み付ける。
蒼にではなく、マックスは超空制圧艦隊に謝っているような錯覚に陥る。
「……すまない。
完全に自分の実力不足だ」
放っておくといつまでも謝り続けると考えた蒼は一度支度をやめる。
申し訳なさそうに頭を軽く項垂れさせたマックスの手を取り、蒼は口を開いた。
「ベルカの旧国名を背負う私としてはそりゃ素晴らしい見送りを想像していましたよ。
あちこちで歓声が沸きあがるようなそんな。
――でも仕方のないことですよ。
今、世界中が混乱に飲み込まれているんでしょうし。
私はあなたの、この国の軍艦です。
ひとつひとつ私達は命じられた事を、出来ることをやるだけの話ですよ」
手を離して、蒼はぴっちりと軍服のファスナーを閉めた。
「この作戦の成功確率を基地の人工知能に計算してもらった。
蒼、俺がたてた作戦だが……。
成功確率は一パーセントにも満たない。
今からでも遅くはない。
全艦呼び戻して味方が揃ってからでも――」
怖気づいたようにマックスは蒼の手をまた握り締める。
その手を振り払い蒼はぴしゃりと言いのけた。
「何を言っているんですか。
残り二十四時間からもう八時間が経過しているんです。
あっという間に時間は経ってしまうものなんですよ?
何より夏冬を止めなければならないんですよ?
味方を待っている暇なんてありません。
それこそ奴等の母船が活動を本格的にはじめたらこの星自体どうなるのか分からないんですから」
センスウェムが告げた二十四時間から八時間が経過していた。
全チャンネルで味方への協力を要請したにも関わらず返事はひとつとして返ってきていない。
全世界が混乱に陥った今、治安維持のために駆り出されたのか――。
混乱の隙を生じてセンスウェムの地上艦隊に撃滅されたのか。
残っている味方の状況すらセウジョウは把握できていないのが現状だ。
連合軍本部は壊滅し、もはや残された最大の基地はセウジョウ。
連合軍司令部は連合軍本部と共に壊滅している今、最大の権力を握っているのはマックスだ。
しかしそのマックスの呼びかけにすら返事が返ってきていないところを見ると味方は本当にセウジョウにいた十にも満たない艦だけとなるだろう。
この事実こそが蒼達の間に流れていた重く、苦しい空気の元凶だ。
艦橋に乗り込むためのタラップに足をかける。
作戦の成功確率はほぼゼロ。
その意味が分からない蒼ではなかったが無駄死ににするつもりは毛頭なかった。
相手艦にダメージを与えることができればこっちのものだと踏んでいた。
修復するよりもはやく何度も攻撃を叩き込めるようにすればいいのだから。
簡単なことですよ。
あとに続く味方のため、贄になるだけの話です。
「やるしかないんですよ。
私達は兵器。
国のため、人の為に尽くすことができればこそなんですから」
最早自分に言い聞かせるように小さな声で呟いた。
タラップにかけた足を一歩ずつ前に出す。
「蒼、これを持っていきなさいな」
後ろから追いかけてきた副司令が
「これは?」
「お守りよ。
貴女の武運を祈るための、ね。
気休めにしかならないかもしれないけど……ないよりマシでしょ?」
蒼に差し出したのは青色の空のように綺麗なお守りだった。
真っ青な布に水色で武運向上の文字が縫い付けてある。
「きっと、帰ってきますよ。
ありがとうです」
大人しく受けとるとすぐに胸ポケットにしまいこむ。
振り返って二人の姿を、セウジョウの匂いを目に、全身に焼き付ける。
「……行ってきますよ。
マックス、副司令。
もし私達がいなくなったとしても⌛は稼げるはずです。
そこから味方による攻撃で何としてもあいつを……。
お願いしますよ」
空の遥か遠くに見えるのはセンスウェムの旗艦だ。
《ネメシエル》の二十倍よりも大きな姿は地上からでもはっきりと見える。
その姿に一瞥をくれ、蒼は艦橋の扉に手をついてもう一度振り返ろうとする心を食い止めた。
「後の事は任せておけ。
必ず、センスウェムを滅ぼしてみせるさ。
約束する。
必ずだ」
「はいな。
よろしくですよ」
このセウジョウの地面を践むことが出来るのも……。
いや。
そんな事は考えない方がいいに決まってますよね。
頭の端を過った嫌な思考をすぐに追い出す。
「行ってきます」
しんみりとした空気が嫌いな蒼はそんな空気になる前にそそくさとセウジョウを出発する事にした。
いつまでもここにいたらマックスも副司令も泣いてしまうだろうから。
「貴女の武運を祈っているわよ。
帰ってきたら……みんなでパーティーしましょう?」
とってつけたような提案をしてきた副司令。
蒼は振り返らないで口を動かした。
「必ずですよ。
プリンとコグレチョコは大量に置いてくださいね?」
「ああ、たっぷり作って待っている。
行ってこい蒼。
夏冬の奴に解らせてやれ。
二度とバカなことをしないようにな」
「了解です。
任せてくださいですよ」
もう振り返らない。
一気に艦橋へと入り、寄り道することなくいつもの座席に座った。
蒼の体温を検知した《ネメシエル》がスリープモードを解除し、艦橋内部に電気を灯す。
(……もう出撃の時間か。
事実上これが最後の出撃になるのか?)
《ネメシエル》の言葉に蒼はうんざりとした表情を浮かべた。
マックスと副司令から逃げてきた矢先に自分の艦にまで言われると思っても見なかったのだ。
最後、最後、とどいつもこいつもうるさいですね。
そんなに最後にしたいんですかね。
「なんですか《ネメシエル》まで。
これが最後な訳ないじゃないですか。
帰ってくればまたどーーーせ出撃の嵐ですよ。
休んでる暇なんてないですよ?」
シートベルトを締め、先に“レリエルシステム”を起動する準備に入る。
椅子に深々と座り、床からせり上がってきた端末に両腕を突っ込む。
(ははっ、そりゃそうだな。
勝つつもりで行かなきゃ話にならないからな。
気持ちで負けてちゃ、勝てるものも勝てないしな)
「です。
はじめから気分で負けていたら意味ないんですよ。
やることやってから沈んでやればいいんですよ」
《ネメシエル》の中にたった一つだけ用意された椅子は今日もやさしく暖かく蒼を迎えてくれた。
“レリエルシステム”を通じて《ネメシエル》と一体になっていく感覚はまるでぬるま湯に浸かっていく感覚に似ている。
(沈んじゃダメだろ……。
必ず生きて帰るんだから)
「こ、言葉のあやですよ!
冗談に決まってるじゃないですか!
嫌ですねぇ、《ネメシエル》ったら」
そういいながらも蒼は確実にスイッチを捻ったり、各機器への目配せに余念が無い。
(“レリエルシステム”、接続を確認。
昔に比べたら随分と早くなったじゃないか。
ええ?)
「そりゃほぼ毎日のように乗ってれば慣れるってもんですよ。
はじめての事とか思い出さなくていいですからね先に言っておきますけど」
《ネメシエル》はつまらなそうに小さく舌打ちする。
先を読まれたことに対しての苛立ちらしい。
(思い出話も今はやめておいたほうがよさそうだからな。
全く最後の最後までゆっくりさせてくれないつもりか?)
「だから最後じゃないですって。
……さて、と行きますか。
《ネメシエル》、起動シークェンスを開始してください」
目での機器チェックが終わった蒼は告げる。
号令を発令すると同時に計器類に一気に明りがともった。
数多く存在するメーターが回り始め、ゆっくりと《ネメシエル》と蒼の同化が始まる。
(《ネメシエル》通常モードにて起動する。
主機検査開始一から五まで。
――異常なし、グリーン。
補機検査開始一から。
――異常なし、グリーン。
補助機関始動開始、回転効率五百まで関数上昇。
到達、回転効率ロック。
主機作動開始補助機関回転効率主機に接続開始――コンプリート。
エネルギー流脈拍安定、一二〇を維持。
武装機関一番から起動――コンプリート。
主砲状態検査開始――安定を確認、オールグリーン。
副砲状態検査開始――安定を確認、オールグリーン。
全“三百六十センチ六連装光波共震砲”から“四十ミリ光波機銃”状態検査開始――。
オールグリーン。
“レリエルシステム”拘束解除、パルス全力接続――安定。
“第十二世代超大型艦専用中枢コントロールCPU”との接続開始――)
《ネメシエル》のAIと蒼の脳が繋がり、文字通り《ネメシエル》と一体化する。
蒼の脳内に一気に艦の情報が流れ込み、視界にレーダーの索敵結果や兵装データが並んでいく。
《ネメシエル》の損害状況、主機の回転数、補機の回転数。
《ネメシエル》の全てが一気に表示され蒼の目の前に展開される。
(全兵装“レリエルシステム”と同調開始――オンライン。
区域別遮断防壁装甲シャッター展開、第一種固定。
“自動修復装置”起動、艦内に展開開始。
“自動追尾装置”起動、全兵装へ接続。
“自動標的選択装置”起動、“パンソロジーレーダー”と同調。
“軌道湾曲装置”起動開始艦外へ展開過負荷率ゼロ。
“消滅光波発生装置”起動出力二パーセント。
“パンソロジーレーダー”起動完了、グリーン。
兵装旋回確認、全兵装異常なし。
出航シークェンス終了。
蒼副長、出航できるぞ)
「了解です。
出航ガイドビーコンに従い、出航します。
艦のコントロールの五パーセントをビーコンへ。
安全を確保し次第機関を最大へ。
《ネメシエル》、ガイドビーコンへのアクセスの許可を」
(承認。
ガイドビーコンによる艦の一時的な補佐を受け入れる)
《超空要塞戦艦ネメシエル》の巨体がゆっくりと海水を蹴り、前進を始める。
すぐにスピードが乗り始め、巨体とは思えないスピードで《ネメシエル》の巨体は海面を割り突き進む。
時速八十キロに達したとき、蒼は命令する。
「《ネメシエル》、テイクオフ。
全兵装解放!
エンゲージ!」
(了解!
エンゲージ!)
舷側の模様が強く光ると共に海面を割って《ネメシエル》の主翼が浮力を生じさせた。
すぐにバルバスバウの目立つ艦首が海中から現れ、続いて下部構造物が姿を現し始める。
水蒸気のように細かく砕かれた海面は白く濁り、蹴り飛ばされた海面は少し高めの波となってセウジョウに波瀾を広げていく。
一番下のアンテナが離水した事を示す離水完了のマークが点灯し、直ちに高度計に蒼の視線は移った。
「エンジン出力最大!
高度を《ルフトハナムリエル》と同じ三千五百に固定」
(了解。
エンジン出力最大。
高度三千五百に固定する)
艦尾から噴出す紫色の光が強くなり、更に強く《ネメシエル》を押し出す。
空気を蹴飛ばし、天をかけていく鋼鉄の塊に太陽が反射する。
遠ざかっていくセウジョウをちらりと視界の端に入れてしまった蒼は少し後悔しつつも、ふと《ネメシエル》に提案する。
「《ネメシエル》、一度だけ汽笛を。
今までしたことないですけどもまぁ……いいでしょう?」
(ああ。
私も同じような事を考えていたよ。
そうだな。
汽笛を五秒間だけ鳴らすぞ)
その言葉が終わらないうちに艦橋にも響くほどの低い音が《ネメシエル》から発せられた。
たった五秒だけ腹に響く程の強さで鳴り響く強い汽笛はセウジョウをゆっくりと覆う。
音が消え、しんとした空気を破るように蒼は口を開いた。
「さあ。
いきましょう《ネメシエル》。
夏冬に引導を私達で渡すんです」
(ああ。
ステルスモードに移行。
一気に作戦開始空域へと移動する)
「了解です。
やってやりましょう」
※
速度を上げ作戦空域で待っている味方に合流するために蒼達は急ぐ。
あともう少しで敵母艦の真下に到達する。
真下に到達するまで低空で侵入し、出来るだけ真下にたどり着いた瞬間一気に九十度艦を立てる。
艦を立てたタイミングでリミッターの外れた機関の出力で宇宙へ、という寸法だ。
当然そんな単純な作戦は相手も理解しているらしく予定の海域にたどり着いた段階でレーダーは真っ赤に染まるほどの量の敵が存在していた。
はじめこそ敵の数を《ネメシエル》に数えさせていたものの、すぐにそのカウントもやめさせて蒼は小さくため息をついた。
「味方がいない上にこの戦力差……。
まぁ端から成功できるとは思っていませんが。
やるときですよね、今こそ。
ここまで生き残っていた理由はここで命を使うためだったからかも知れないですね」
不吉な事を柄でもなく蒼は口から吐き出してしまっていた。
(おいおい。
はじめっから弱気でどうするんだよ。
さっきいったばっかりだろう?)
「ま、そうなんですけどね……」
敵艦隊との距離はおよそ三百キロ。
姿形は見えなくともレーダーのおかげで手に取るように敵の数が分かってしまうのは心苦しい。
三十分もしないうちに先に行った味方と合流に成功する。
『遅いっすよ蒼先輩!』
《アルズス》に乗った春秋が蒼のやるせない気持ちを知らないで話しかけてくる。
「すいません。
少しだけ名残惜しくなってしまって」
『そういう感覚がまだ残ってたんっすね!
以外っすよ』
「春秋、それはどういう意味ですか?」
『あ、いや、うん。
うっす』
「うっす、じゃないですよ」
合計十にも満たない艦隊。
《超極兵器級》が四隻いるとはいえ、この数では……。
誰も口には出さないが既に士気の低下は始まっていた。
『これが見れる最後の景色になるかも知れないんですわよ。
そりゃ少しぐらい名残惜しくもなりますわ』
黙り込んでしまった春秋に真白が蒼のフォローをする。
『そう……っすよね』
『せやかて……。
やらなあかんねん。
ここで少しでも足止め出来なけりゃ終わりなんやでな』
いつもはふざけていた朱の声のトーンは低い。
彼女も彼女なりに分かっているのだ。
「こちら旗艦。
私達の数は少ないです。
作戦の成功確率も決して高いものではありません。
ですがこの数で。
この場所でやり遂げなければならないんです」
無線で味方艦隊にそう呼びかける。
だがその無線の内容に対してみんなの返事はテンションの低いものだった。
当然の結果だった。
『了解していますが……。
しかしこの状況で……』
『旗艦、理解していますが。
正直、今回ばかりは――』
《超極兵器級》で、旗艦を勤めてきた姉妹は何も言わない。
下手な事を言うとそれがまた新たな波紋となり士気を下げる事を恐れているのだろう。
『どうにもなりそうにないっすよ……』
「春秋まで……。
いいですか、この作戦に成功しなければ私達の星は終わりなんですよ?
私達は一度亡国の艦隊になっています。
またあの感覚を味わいたいんですか?」
『――分かってるっす。
分かってるっすよそんなこと!
でもなんで敵ばかりだったこの星を救うために俺達が沈まなけりゃならないんすか!
蒼先輩まで!
それが納得いかないんすよ!』
春秋の一言はずっと押さえ込んできていた蒼の本音でもあった。
蒼だけではない。
ベルカの国民の本音でもあるのだろう。
国のお金で建造された《ネメシエル》をどうして世界を救うために差し出さなければならないのか。
世界の危機ならば今まさに復興の真っ最中であるベルカではなく比較的被害の少ないヒクセスやシグナエが軍を提供するべきではないのか、と。
「春秋……。
私もそう思います。
でも今即効で動ける上に、実質世界最強の戦艦は私です。
だからこそ選ばれたんです。
ぐだぐだと御託を述べる場合ではないんですよ。
やるしかないんです」
『分かってるっすよ……。
分かってるっすけど――』
「あなたは本当に私のことが好きなんですね、春秋。
ありがとうですよ」
涙声になってしまった春秋をなだめる。
「だからこそ――」
(蒼副長!
アンノウン急速接近中!
数は十五!)
「こういうときに限って――!
全艦全兵装解放許可!
直ちに迎撃体制に移行してください!」
(敵の尖兵だろう。
さっさと撃破して敵本拠地の攻撃にいくしかないぞ)
「ですね。
全艦、攻撃用意!
指定目標はこちらから指定します!」
『ん?
いや、待て蒼。
あれは――』
その攻撃準備をやめるよう指示したのは朱だった。
言葉通りレーダーに赤色に映っていた十五の敵が一気に味方を示す青色に変わっていく。
『もしかして……』
朱がぼやいた先に敵の旗艦とも思える艦から通信が飛び込んできた。
『お待たせした。
覚えておられるか?
《ニヨ》です、蒼さん』
懐かしい声。
蒼は入ってきた通信にすぐに返事をしていた。
「《ニヨ》!
生きていたんですか?」
『そのとおり!
世界の危機と聞いてはせ参じたです!
今から援護にはいるます!』
不恰好なベルカ語はまさに《ニヨ》だった。
(まさか、《ニヨ》がなぁ……)
ぼやく《ネメシエル》に味方からまたまた通信が入ってきた。
『前方にステルス航行中のヒクセス艦隊を発見!
こちらに向かってきます!』
「直ちに迎撃を――」
『いや、その必要はなさそうですことよ?』
真白の言葉通り、ヒクセス艦隊は味方を示す識別信号を《ネメシエル》へと送ってきたのだった。
『こちらはヒクセス第四、五連合艦隊。
センスウェムの放送を見て君達を待っていた。
《超極兵器級》の四隻の手助けをさせてくれ!
心強い味方も呼んできている!』
ステルス航行中のヒクセス艦隊の後ろに光学迷彩を解除した巨大な艦艇が三隻現れる。
《超装甲戦艦チョコロール級》。
ヒクセスの持つ《超極兵器級》だ。
『ヒクセスの《超極兵器級》まで――!
蒼先輩これだったら!』
『む、少し遅れたか……?』
嬉しそうに話す春秋の《アルズス》の真横にもう一隻、ドリルのイかす一隻の《超常兵器級》が通信と共に現れた。
「《ジェフティ》!
まさかあなたまで!」
『当然。
本当の危機に登場するのがヒーローの務め。
ただそれだけだ』
全艦、合計三十隻前後にまで膨れ上がった味方をセンスウェムの識別装置に組み込む。
登録が完了し、アクセスリンクが正常化する。
(前方二十キロにステルス航行中の《天端兵器》と思われる戦艦三隻を含む艦隊を発見。
合計十八隻でこちらに向かってくる。
おそらくこちらも目視でばれていると思われる。
――攻撃するか?)
「臨時艦隊の編成で私は少し動けません。
藍姉様お願い出来ませんか?」
蒼は味方編成を弄るためにシステムを開いていた。
一番近くに展開していた藍に攻撃と足止めをお願いする。
『是非もなしじゃね。
任せときんしゃい。。
大天使クラースの名の下に切り伏せてくれるけんね』
藍の操る《ルフトハナムリエル》が新生艦隊を守るように前に出る。
その甲板に並んだ豊富な兵装を敵へと向け、止まる。
《ルフトハナムリエル》の行動に恐れを感じたのか、迅速に敵から通信が《ネメシエル》へと流れ込んできた。
『ま、待て!
こちらシグナエ第四、第六、第七併合艦隊!
センスウェムの放送を聴いて腐った司令部を蹴り飛ばしてきたんだ!
あんたらと共に戦わせてくれ!』
それと同時にヒクセス艦隊の旗艦コードが送られてくる。
承認すると敵味方識別信号の赤色が全て青色へと切り替わった。
『な、なんとか間に合ったか。
こちらシグナエ艦隊、旗艦だ。
ソムレコフ大佐に言われてやってきたんだ。
どうか私達も《鋼死蝶》と共に戦わせて欲しい!』
「まさか……ヒクセスが。
《ネメシエル》こんなことって考えられますか?」
(いや……。
正直私も驚いているよ)
『誠意の証拠として《天端兵器》も連れてきた!
俺達をあんたの艦隊として使ってくれ!』
合計五十隻近くにまで膨れ上がった《ネメシエル》の率いる艦隊。
これだけいれば――。
「全艦、私達の指揮下へ。
作戦を特秘コードで送信します。
すぐに目を通してください」
『了解!』
『了解だ』
『了解だぞ!』
「同時に艦隊の陣形を送信します。
その通りに移動してください」
《ネメシエル》を中心として周りに《超極兵器級》と《天端兵器》が並ぶ。
更にその周りを戦艦と巡洋艦が囲み輪の一番最後を駆逐艦が担当する。
典型的な輪形陣だ。
艦隊を時速五百キロで前進させる。
(蒼副長。
案外諦めないのも大事なのかもしれないな)
「ですね。
少し私も自暴自棄になっていた所があったかもしれないですし……。
でも見てくださいよこの艦隊の姿」
(まさかシグナエまで来るとはなぁ。
予想外だった)
《ネメシエル》をはじめとするベルカの艦艇とシグナエ、ヒクセスの混合艦隊はまさに世界の総力のようにも見える。
全く国によって形の違う軍艦が一糸の乱れなく進軍する様は壮健にして爽快だ。
三十分もしないうちに蒼達の艦隊の前にはセンスウェムの艦隊が姿を現した。
どれもこれも軌道衛星上に浮いているほど巨大ではなかったが全長二百メートルを超えるクラスがごろごろ存在している。
『あれを突破して宇宙……?とやらにまでいかなけりゃならんわけだ。
こりゃまた骨が折れそうなだぜぇ』
『お?
怖気づいたのか、ヒクセスの戦艦が?』
『バカ抜かすんじゃねぇや、こりゃ武者震いってもんよ』
『ならその力存分に発揮してくれよぉ?』
『そっちこそなシグナエの巡洋艦!』
「全艦に告ぐ。
まず、シグナエにヒクセス、シーニザーの皆さんへ。
ありがとうございます。
正直我々ではどうしようも無いところでした」
蒼は全艦通信で全員にお礼を言うためにマイクを握っていた。
「貴方達は昔全員が敵でした。
貴方達の同僚を、同期を私はこの手で何度も沈めてきた事だと思います。
当然恨みも私に持っている人がいるはずです。
でも今だけは、力を貸してくれて感謝しています。
もし私に恨みがあって、どうしても沈めたいのならばこの戦闘が終わってからまた言いに来てください。
そのときは私が自らこの手で沈めてあげますから。
その気が無い人にはこの場を借りてお礼を言いたいです。
本当にありがとう。
センスウェムに、この世界に喧嘩を売った事を後悔させてやりましょう!
行きますよ!
全艦、全兵装解放!
エンゲージ!」
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ありがとうございます。
王道とはいえ私はこういうのが大好きです。
いいですよねぇ。
昨日の敵は今日の友!




