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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
天蒼無雲
65/81

決戦前々夜

 マックスが直接乗り込んだ話し合いからあっという間に四日が経過した。


「うげー今日もですか。

 これ私いるんですかねぇ……」


(いるさ。

 とても大事な役目だぞ?)


 自分の今日の行動表とスケジュールがメモされたスケジュール帳を開き蒼はしかめっ面をした。

大破した《ネメシエル》の修理は順調に終わりに近づいていた。

それに伴い蒼のやることのない退屈な時間も終わりを迎え、日々修理の成果を確認する作業に巻き込まれるようになっていた。

どうやら今日も作業を行うらしく、偶然朝早く起きたことを感謝しつつ第五乾ドックに足はゆっくりながらも向かっていた。

朝の八時半にドッグ内に学校のような厳かなチャイムが鳴る。

始業の合図だ。

聞いたとたんに座って缶コーヒーを飲んでいた若者や、おじさんが現場監督の元へと集まっていく。


「みなさん、おはよう!!

 さて、今日はメインの第四砲搭の修繕に取り掛かるぞ。

 状況だが……。

 ご覧の通り基部の歪みが酷い。

 丸ごと引っこ抜いて取り替えるぞ。

 砲塔の歪みは矯正できないだろうからな。

 作業自体は午前十一時から二時間程度で行えるはずだ。

 新しい部品は本日午前十時までに貨物バース十三番に来る。

 甲西重工に頼んだ特注品だ。

 高中、お前が荷受けをしろ、壊すなよ。

 作業は午後五時までに終わらせるぞ!

 そこから先は点検、“核”による試運転だ。

 終了は午後六時を予定している。

 それでは作業を開始するぞ!」


 このようにあちこちで決められた担当地区がありその地区ごとに現場監督がいる。

基本修理はAIを搭載した機械クレーンで行われるが、細かいところはやはり人の手が重要だ。

仕上げに関しては今も昔も変わらず、これからも変わらないだろう。


「本当に私いるんですかね……。

 終わるまで別のところにいても別に問題ないような気がするんですが。

 終わる時にだけ来ればよくないです?」


(まぁそういうな。

 そこにいるだけで価値があるものってあるだろう?)


「そうですけど……。

 少なくともあの朝礼を聞くと午後五時ぐらいまで私は必要ないと思うんですけど」


(まぁまぁ。

 自分の愛すべき艦が直っていくのを見るのも悪くはないだろう?

 そもそも蒼副長がぶっ壊したわけだしな)


 クレーン制御室から少し離れた休憩室で蒼は新しく買ったジュースを片手に椅子に座ってぼんやりと作業を眺めていた。

窓ガラスにこびりついた煤は黒く、既に視界自体はあまりよくない。

黒みがかかったガラスを通してみる作業風景はなんというか単調だ。

あくびが出るほど退屈している蒼の相手をうんざりしたような声のトーンで相手をする《ネメシエル》。


(何より直してくれているんだ。

 それを退屈などと言っては“核”としての自覚がだな――)


「お説教は今は別にいらないですからね。

 だってー……仕方ないじゃないですか。

 やる事がないっていうのは暇なものなんですよ。

 貴女みたいにONとOFFがころころ切り替わるもんじゃないんですから」


蒼は飲み終えた缶を捨て、立ち上がるとドアを開けて誰もいないことを確認する。


(何をするつもりだ?)


「小腹がすいたんですよ。

 だから食堂でプリンを食べに行くんです」


(はぁー……。

 蒼副長、私はなんというかもう……。

 ただただ情けないというか……)


「小腹が空いては戦は出来ないんですよ。

 ベルカの諺にもこんな言葉があるんですからここはお腹を満たすのが適切なんです」


(《ヴォルニーエル》が見たら泣くなぁ)


「泣きませんよ。

 兵器なんですから。

 真黒兄様なら……いや。

 あの人もきっと泣かないですよ」


 《ネメシエル》の嘆きを無視して小走りで蒼はドッグから一番近い第三食堂にたどり着いた。

入り口のすぐ側に設置された食券でプリンを選択するとすぐに横の取り出し口からお盆にのったプリンが二つ出てくる。


「うーん、いい感じに冷えてますね。

 やっぱり労働の楽しみはこの時の為にあるようなものです」


(そうか。

 まぁここ何日かはその労働をちゃんとしていないようにも見えるが――)


「ん?」


(いや、なんでもない……。

 気にしなくていいぞ)


 つるん、甘くほろりと口の中でとろけるプリン。

それをスプーンで掬い取り何度も口に運ぶ作業は同じ作業といえど至高のものだ。

十秒が一時間に思えるほど長い幸せなその時間を蒼は何よりも愛している。


「んー、本当にコグレのプリンは最高ですね。

 とにかく味が濃いです。

 手が止まらないですからね。

 掘り進めた後に出てくるカラメルソースのこれまた濃厚なこと……」


 甘いものは兵器すら笑顔にする。

コグレプリンの説明文と共に載っているのはマックスの堂々とした姿だ。

自分自身も大好き、とか日々役に立つ名言とかがフリースペースに記入されている。


「んまい。

 次!」


(もう少し落ち着いて食べれないのか)


「それは無理な相談ですね」


1つ目を綺麗にたいらげ、二つ目に取りかかる。

カップの上に巻いているフィルムをはがし、スプーンを差し込む。


「蒼!

 いいことが分かった!

 敵の本拠地をとうとう突き止めたぞ!」


プリンに夢中になっていたら当然気がつかない。

ドタバタと慌しい足音がこちらへと聞こえてくるのは当然蒼には聞こえていなかった。

いきなり話しかけられて蒼はただただびっくりした。


「うふぇい!

 びっくりしたじゃないですか!

 びっくりしすぎて心臓落とすかと思いましたよ。

 な、なんですか!?」


蒼は思わず手に持っていたプリンを落としそうになった。


「どんな驚き方だ……。

 まぁいい、聞こえてなかったのか?

 もう一度いうぞ!

 敵の本拠地が分かったんだ!」


「敵拠点の場所が分かった!?

 本当ですか、マックス!」


今度はプリンを倒しそうになった。

慌てて傾いたプリンの容器を片手で直す。

容器から抜け落ちた金属のスプーンが大きな金属音を立ててお盆に横たわる。


「…………。

 まぁスプーンなんてどうでもいいです。

 それよりもマックス、本当ですか?」


新しいスプーンを篭から取り出してプリンに刺す。


「ああ。

 敵の本拠地が分かった今、本格的にどう責めるか考えなけりゃいけない。

 蒼、お前のデータの分析の結果が正しければ……だがな。

 まぁなんせ敵の本拠地は空のまた上にあるわけだからな」


マックスはどうだ、と胸を張って敵の居場所を蒼に教えた。

蒼は少し考える。

今まで聞いたことの余り無い表現だったからだ。


「空のまた上というと……宇宙?ですか。

 はじめからそういってくださいよ紛らわしい。

 なんかとっさに想像がつかないですね」


「なんだ反応が薄いな。

 その通りだ。

 宇宙、ということになるな。

 細かいことは司令室で話そう。

 来てくれ」


催促してくるマックスに蒼は人差し指を立て、少し待ってくれと告げる。


「プリン食べてからですよ」


(なんともまぁ情けない……)


「うるさいです」




     ※




「本拠地が宇宙ってまた……。

 ものすごい話になってきましたね。

 ということは、あいつらは宇宙人だったってことになるんですかね?」


「いや。

 どっちかといえば我々の起源、といったほうが正しいだろうな。

 薄々気がついてはいたが……。

 そうすれば“新人類”や“旧人類”という呼び方にも納得がいく。

 俺達は“旧人類”の末裔だろうな。

 俺がお前達に前に話しただろう?

 そのときの仮説がどうやら正しかったみたいだ」


マックスは紙を出すと簡単に円を描いて見せた。


「これが俺達の住んでいる星。

 惑星セルトリウスだ。

 やつらの本拠地はこの星の何処かではない。

 この星の外側にあったのだ。

 まぁ予想はついていたがな」


「最後の一言のおかげですごく小物感が漂いますね」


「やかましい」


先程描いた円の周りにマックスはもう一つ円を描き足す。

その円の縁に四角の物体をいくつかまた描き足した。


「通りで連合軍全員で探しても見つからないはずですよ。

 そもそも宇宙という概念をあいつらは知らないんじゃないです?」


「ああ、可能性はあるだろうな。

 というか、そうだろうな。

 俺達も別にそこまで詳しいわけじゃないからな。

 歴史とかどうしてそうなったのかなんてまったく分からん。

 仮説を立てることが少し出来るぐらいだ。

 そんなことは戦争が終わった後に学者がやることさ。

 今は奴らのことだ。

 月のように奴等の本拠地は星を回っているようだ。

 スピードはとても早く、《ネメシエル》と言えど追い付けないだろうな」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!

 そもそも宇宙って……。

 どうやってあいつらは宇宙に基地を作ったって言うんですか?

 謎の爆発事故があるというのに宇宙にまで行くのは無理なんじゃないです?」 


「うーん、どうやって作られたのかとかはよく分からんが……。

 前にも言っただろう、はじめからそこにあった、と。

 それ以外に表現のしようがない。

 だが謎の爆発事故については大丈夫だ。

 あれは爆発事故なんかじゃなかったのさ。

 ずっと前に鹵獲してもらった敵の兵器があっただろう?

 敵味方識別番号をそのまま攻撃に参加する艦に割り当てる」


 どこか生命体のような姿をしたあの兵器の事だろう。

センスウェムが作り出した兵器ならば味方の信号は撃たない。

つまりセンスウェムの兵器のふりをするということか。


「爆発事故についてだが……《宇宙巡航要塞艦》、覚えているか?

 宇宙から狙撃することが出来る“旧人類”の遺産だ。

 あれほどの精度を持ってすればいくら高速で動き回ろうが攻撃することが出来る。

 まさか攻撃だなんて誰も思い付かなかっただろうしなぁ。

 実際俺も《宇宙巡航要塞艦》が無けりゃ信じれなかったさ。

 謎の爆発事故はそれと同型艦か、それに準ずる艦が行ったのだと俺は考えている。

 あくまでも仮説だがな。

 さてと、この情報を連合軍本部に突きつけてやるぞ!

 そうすれば嫌でも援軍を送らざるを得ないだろうからな!」


作戦を立案しようと、立ち上がったマックスだったが、その体はまるで氷のように固まった。


「?

 マックス?」


 急に固まって動かなくなったマックスを見て蒼は首をかしげた。

急速冷凍されたように顔面まで真っ白になってしまっている。

目は蒼を見ており、浮かべられた表情は驚愕ただ一色だった。


「何ですかまるで人を化け物みたいな目で見てきて。

 まあ確かに私は敵からは化け物みたいに――」


「あ、蒼……。

 後ろだ、後ろを見てみろ」


「後ろ?

 幽霊でもあるまいし……。

 まーた訳の分からない……ひっ!?」


 振り向いて瞳に映った光景には蒼も流石に驚いた。

驚いて後退りした拍子に机にぶつかり、何本かのペンを落としてしまったぐらいだ。

カラカラ、とプラスチックの転がる軽い音はすぐに蒼の口から絞り出された言葉に上書きされてしまう。


「なんで――!?」


 心拍数が一気に上がり、落ち着こうと冷静になればなるほど思考回路がこんがらがっていく。

とっさには信じられないような出来事が司令室にて起こった。

司令室の中にいつの間にか夏冬が立っていたのだ。

先程まで司令室にいたのはマックスと蒼の二人だけ。

ドアが開いたわけでも、窓が開いた訳でもない。

マックスが一角をほぼ個人用として使っているとはいえ、ここはセウジョウの頭脳だ。

当然壁には分厚い装甲が施されており、“イージス”が何重にも張り巡らせてある。

《ネメシエル》並みの強度を誇るこの司令室にドアも窓も開けずに入ってくること自体が最早あり得ない。

だからこそ、マックスも蒼も尋常ではないほど驚いたのだ。


「夏冬、あなた――!」


蒼はレーザー銃を腰から抜き、その行動に勇気付けられたマックスの二つの銃口が夏冬を左右から挟み込む。

引き金を引けば確実に夏冬の頭は何万度もの光に焼き抜かれる。

命はこちらの手の内にあるというのに挟み込まれている本人は至って涼しい顔だ。


「まったく、物騒ですねぇ貴方達は。

 せっかく親善大使としてこうやって来てるのにひどいもんだ。

 それにしてもお久しぶりですね、マックス司令官」


「挨拶はどうでもいい。

どうやって入ってきた?」


夏冬はごそごそとポケットに手を突っ込み、飴を取り出すと口の中に入れた。

眠そうに欠伸をして、蒼ににっこりと笑顔を見せ付ける。

「どこからもなにも……。

普通に入ってきたんですよ、普通にね」


「普通に?

 窓もドアも開いていない。

 お前が入ってくることなんて当然出来るわけがないんだが?」


マックスを半ば押しのけるようにして今度は蒼が夏冬の前に立ち、立て続けに質問を投げ込んだ。


「用件はなんですか?

 あなたのことですからきっと何か言いたくて来たんじゃないです?」


 銃を握る手に自然と力が入る。

《ウヅルキ》で殺しておけばここでこうして驚くことも無かったのに。

返答しだいではここで殺す。

今ここで殺す。


「………………」


「黙っているつもりですか?

 ならば……」


「さっきも言ったんですけどね。

 親善大使だって。

 蒼さん、ちゃんと話は聞いてもらえないと困りますねぇー。

 本当にただの親善大使ですよ。

 いってしまえば貴方達とお話がしたかっただけなんですから」


レーザー銃の引き金にかかった人差し指に力を入れる。

《ウヅルキ》で殺せなかった分をここで取り戻す。

そうでなければきっと夏冬はもっとセンスウェムの駒として連合を追い詰めていくだろう。


「蒼、よせ。

 こいつはただのホログラムだ」


はっ、と気がついたのは蒼ではなくマックスだった。

蒼の銃を上から押さえ、諭す。


「よく分かりましたね。

 偽造だとばれないように質量まで持たせたというのに。

 まぁいい蒼さんを騙せただけ満足ですね」


夏冬はそういうとネタバラシというように自分からわざと姿を崩して見せた。


「それで?

 だから何しに来たって言うんですか」


「我々のボスからの通達ですよ。

 貴方達連合へ向けてのね。

 今変わりますんで」


夏冬の姿が足元から頭の先まで崩れ、再構築される。

今度表示されたのはセンスウェムのマークの入った仮面を付けた一人の人間だった。

その声は男とも女ともどちらとも分からない機械音声で、不気味に耳に入ってくる。

まるで歯車同士が軋み合うような、そんな機械音声だ。


「これは我々センスウェムからの最後通牒だ。

 連合軍の“新人類”へと告げる。

 今すぐに連合軍を解散し、我々に星の全てを委ねよ。

 この星は貴様らにはふさわしくない。

 我々“旧人類”が星の支配者なのだ」


「私が見たときと姿が変わっている……?」


センスウェムのボスは蒼が《ウヅルキ》で戦ったときに見たときと比べ、姿が変わっていた。

身長や体重は同じかもしれないがはじめに感じた違和感は拭い去れない。


「今すぐに連合軍本部へと連絡を取れ、マックスとやら。

 そして武装解除に応じよ。

 黙って我々支配者を受け入れろ」


仮面の男の前にマックスは立ちはだかると腕を組んだ。


「それは出来ないな。

 考えなくとも分かるだろう?

 急に沸いてきて、自分が神にでもなったつもりか?」


サングラスの奥の目は仮面の男を見つめてはいない。

仮面の男の後ろにいる別の存在の何かを見つめているようだった。


「神になったつもり……?

 貴様は勘違いしているぞマックス。

 神になったつもりではない。

 我々は神、名のだ。

 “旧人類”の我々の力を嘗めないほうがいい。

 なぜなら我々は星の海を渡り、そして星を消すことが出来るからだ。

 セルトリウスすら我々は消し飛ばすことが簡単に出来る。

 力の証明と言っては少し足りぬかもしれんが……。

 貴様が奪い去っていたおもちゃ。

 《宇宙航行要塞艦》を返してもらうぞ」


「返す?

 何を言っているんだか。

 もうあの巨大艦はもう既に我々のコントロール下だ。

 貴様の軍を潰すために我々が使っているんだが?」


「センスウェムを恐れるがいい。

 哀れな人の子よ」


「話を――ダメだ。

 消えていく」


 ホログラムがさらっと消える。

今までそこに何かがあったような違和感を感じつつ蒼とマックスは目を合わせた。

ずっと握り締めっぱなしだったレーザー銃を机の上に置き、蒼は近くの椅子を引き寄せると座ろうとした。

突如、司令室の中が警報で覆われる。

オペレーター出した悲鳴は隣の部屋の司令室にまで届いていた。

鳴り響く警報と同時に弾かれたようにマックスは部屋のドアを開けた。

司令室から出てすぐ隣のCICでは大騒ぎが起こっていた。

《宇宙巡航要塞艦》のステータスを表示する画面が全てセンスウェムのマークで覆われ、コントロールを制御するスティックは壊れたおもちゃのようにぐるぐると回っている。

舵や出力を遠隔調整するための機器もエラーの表示を吐き出し、コネクションロスとと書かれた武装管理画面にはノイズが走っていた。


「何事だ!」


事態を飲み込もうとマックスが叫ぶようにして走り回る部下達に問いただす。

そのうちの一人の研究員が顔を真っ青にして口を開いた。


「緊急事態です!

 何者かが――いや、センスウェムが!

 《宇宙巡航要塞艦》のコントロールを乗っ取りました!」


「そんなこと見れば分かる!」


「さらに我々連合の情報をも奪うためにクラッキングを仕掛けてきています!

 阻止するために障壁を五秒で十二万層用意しましたがピコ一秒も持ちませんでした!

 こんな処理速度を持った機械世界中のどこにも――!」

 

「ダメです!

 新障壁もすぐに突破されてしまいました!

 こんなこと初めてです!」


うろうろとあせるだけの研究員にマックスは怒号で指示を飛ばした。


「まだ乗っ取られている途中ならばサーバーの電源を落とせ!

電源ごと引っこ抜けばいい!

 本部とのメインバンクを切断しろ!

そっちにも行かれると厄介だ!」


電源を引き抜こうと群がる研究員達だったが当然厳重に電源周りは鉄でカバーがしてあり、さらに露出しているコード部分にもカーボンでコーティングがしてある。

人間の腕力で引きちぎるなど不可能な強度だ。。


「どけ!」


 マックスは壁から消火斧を引っこ抜くと思いっきりコードへと振り下ろした。

火花を上げてちぎれたコードと共にクラッキングを示す警報音が止まる。

事態の沈静化の為にすぐに事故修復プログラムが作動し、クラッキングの発信源を辿るツールが起動する。


「……どのデータが奪われたのかの確認に入れ。

 それとできる限りの復旧だ。

 クラッキング元は結果を待つまでもない。

 どうせ宇宙からだろうよ」


マックスのボヤキと、結果が出るまでにはおよそ十分ほどの差異があったが答えは同じだった。

発信源特定不能と共に大方示された座標はこの惑星上を指していなかった。

この惑星の空を越えたさらにその先の高度。


「夏冬め。

 見事にやってくれたな!」


マックスはディスプレイに映ったままになっているセンスウェムの印を嫌い、ディスプレイを右方向へと捻じ曲げた。


「もはや八つ当たりに近いじゃないですか」


「当たり前だろうが」


いつの間にやら隣に来た蒼がディスプレイを元の向きに戻し、マックスの机の上に散らばってしまった資料を軽く整える。

今頃地下のクーラーが聞いたサーバールームでは機械大好きな副司令が奪われたデータの検索と修復を行っている事だろう。


「してやられたわけだからな。

 八つ当たりしないほうがおかしいってもんだ」


サングラスを外し、マックスは目頭を強く揉んだ。

既に充血してしまっている目を軽くこすり、サングラスについている汚れを袖で拭く。

まだ移り続けるセンスウェムの印を見てせっかく蒼が整えたディスプレイをまた別の方へと向けた。


「やれやれ……。

 ディスプレイに当たっても仕方ないんですから」


「そんなことは分かってる」


マックスを嘲笑うように浮かぶマーク。

そのマークが浮かぶディスプレイが突如として切り替わった。


「マックス!」


蒼が指差し、マックスがいやいやディスプレイを元の向きにまた戻す。

曲げたときにそこかを傷つけたのか、少し端の方が死んでしまっているが映っているのはどこかの都市の航空地図のようだ。


「ん?」


それにすぐ気がついたマックスはディスプレイに鼻がくっつくほど接近した後もう一度サングラスを外して目頭を揉んだ。

映像が切り替わったのはマックスのディスプレイだけではない。

正面にある三枚の巨大ディスプレイのほか、大中のディスプレイ全てが同じ映像を映していた。

どこかの都市の航空地図だ。

規則正しく整備された道路に町並み。

不思議と蒼には見覚えがあった。


「どこかで見たことが……」


口に手を当て少し考える体制に入った蒼だったが研究員の一人がすぐに答えを出した。


「ん?

 これって連合軍本部がある街じゃないか?」


「言われてみれば確かに……」


ベルカが朝ならば今頃向こうは夕方に差し掛かろうという時間だ。

斜めに延びはじめた日光を受け、長く大きな影が逆にスケールを感じさせにくい。

道路にゴマ粒よりも小さく写る車だけが唯一動いているものだ。

ビルの上に立ち並んでいるのは砲塔がより印象的であり、下からしか見たことの無い蒼はとても新鮮な感じを抱いた。

セウジョウの何倍も硬い守りを持つ連合本部を唯一映していないディスプレイがひとつだけ存在していた。

それは兵装の状況をリアルタイムで表示するディスプレイで、すぐに一人の研究員が気がついた。


「司令官!

 《宇宙航行要塞艦》の副砲エネルギー装填率が上がっていきます!

 十パーセント――二十パーセント!

 なおも増大中です!」


「なんだと!?」


後頭部を強く殴りつけられるような衝撃をマックスが襲った。

すぐに椅子を蹴り飛ばす勢いで走り、そのディスプレイの前にたどり着く。


「すぐにこちらから装填をやめさせろ!

 停止信号を送れ!!

 こんなもの食らっちゃ都市ひとつ丸ごと吹き飛ぶぞ!」


操作員が停止信号を送り、強制終了コマンドをも連続で叩きつけるが《宇宙航行要塞艦》のステータスは変わらない。

すぐにエラーを示す表示だけが帰ってくると共にセンスウェムの機械的な笑い声も同時に送られてきた。


「それでダメならばシャットダウンだ!

プログラムを書き換えてあるからこれならば届くはずだ!

 すぐに電源を落とせ!」


「――ダメです!

 受け付けません!」


「くそ!

ならば本部にすぐに緊急避難警報を発令しろ!

 理由なんて面倒なものはどうでもいい!

 すぐに避難するように伝えるんだ!」


「もう既に送っています!

 ですが謎の妨害と先ほどのクラッキングの障害により通信システムにエラーが生じています!

海底ケーブル管理システムそのものが抑えられていてこちらからの信号が相手に届きません!」


「装填率八十パーセントを突破!」

 司令官!」


「ならばモールス信号でもいい!

 何でもいいから本部に連絡を!」


「装填率百パーセント!

 《宇宙航行要塞艦》攻撃形態へ変形!

 照準は連合軍本部です!」


《ネメシエル》の主砲と同じようなレイアウトの攻撃可能範囲を示すマーカーは丸ごとすっぽりと連合軍本部を覆う。


「まずい!!

 停止信号コマンドCを実行し、強制的にねじ込むんだ!」


「ダメです!

 間に合いません!」


 発射のときは静かに訪れた。

一瞬、ディスプレイが真っ白に塗りつぶされる。

真っ白になったディスプレイはすぐに収まりまた都市の様子を映し出す。

その都市へと青色の一筋の光が一気に伸びていく。

連合軍本部を守っていたはずの“イージス”の展開は見えない。


「ああ……」


誰かが漏らした声にならない声。


「災害規模の衝撃波の発生を確認!

 被害は無いと思われますがこちらにまで到達します!」


「なんという爆発の衝撃だ!

 こんなもの撃ち込まれては星が持たないぞ!」


何千キロも離れた箇所で起こった爆発にもかからずその衝撃はセウジョウにも遅れて伝わってきた。

熱で膨張した空気が震え、ビリビリとした衝撃波が窓ガラスを叩く。

まるで地震直後のような緊迫した雰囲気に全員が静まり返っていた。


「《宇宙航行要塞艦》なんて呼び覚ますべきではなかったんだ……」


「…………」


「私達はなんてことを……」


ディスプレイに映る黒煙は今なお成長を続けていた。

その下では何百万人もの人が灰になった。

何百万人もの人間が生きていた証が、都市が消し飛んだのだ。

そんな事実よりも蒼は気になることがあった。


「これってベルカの帝都を焼き払ったあの光と似ている気が――」


かつて自らが守るべき国の首都を焼き払った光に今の光が似ている気がしたのだ。


「マックス。

 この光私ベルカの帝都を焼き払った光と同じだと……思うんです」


「…………。

もしそれが本当だとするとそもそもこの戦争を始めたのは奴らだということになるぞ……?」


「その可能性は十分にありますからね。

 つい最近姿を現したにしては何かがおかしいとずっと思っていたんです。

 きっと世界戦争自体が奴らの仕組んだものなのかも……」


「ああ……。

 そうかもしれないな」


大事なことを言っているというのにマックスは上の空だ。

事実の重さを認識しきれないのはこの司令室にいる人間全員だろう。

“核”である蒼は別に気にも留めていないが。


「マックス?」


「ああ、聞いている。

 聞いているぞ」


「情けないですね……。

 しっかりしてくださいよ。

これが本当の《宇宙航行要塞艦》の力ってだけですよ。

 いいじゃないですか。

 あるのかないのか分からない本部が無くなった所で別に私達がやる事が変わるわけでもないんですから。

 ただ私達は急ぐべきだと思いますよ?」


まるで現実のように思えない状況の中でも蒼は冷静だった。

むしろマックスに対して落ち込んでいる暇があるのかと、問い詰めたいぐらいだ。


「何を急ぐというんだ?

 今のを見ただろう蒼。

 あんな威力で“副砲”なんだぞ?」


「何を急ぐ――って。

 マックス、どうしたんですか?

 センスウェムの本拠地が分かっているんですから。

 早く作戦を立案し、味方に呼びかけて全員で総攻撃するしかないじゃないですか」


「……ああ。

そうか……そうだな。

 すぐに敵本拠地攻略作戦の準備を進めなければ!

全世界に散っている連合軍を呼び戻すぞ!」


マックスは電話を手にとって耳に当てた。

しかしすぐに苦笑いをして受話器を元に戻す。


「その前に通信システムだけでも復旧させなければな」






               This story continues

ありがとうございます。

すいません、長らくお待たせいたしました。

少し短いですが最終決戦の前々夜、更新です。

無事に物語も終盤ですね。

自分で書いていてなんですが時間が空きすぎて何を書いたのか忘れている気がしてなりません。

同じこと二回説明していたりしたらすごく情けない……。


読んでくださって本当にありがとうございます。

後もう少し。

応援よろしくお願いいたします。

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