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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
宙天蒼波
57/81

未知なる兵器との遭遇

 《超極兵器級》である《ネメシエル》は全てを見ていた。

真っ白の部屋の中で横たわる蒼の頭には機械のようなものが取り付けられ、“レリエルシステム”の修復のためにドクターブラドが治療を行っていた。

その治療を受けている手前、メモリーに保存した記憶を再読み込みして蒼の脳へと送ってあげる。

《ネメシエル》はそっと呟く。


(大したものだよ、蒼副長は……。

 私がお前だったら……きっと《ウヅルキ》にやられていただろう。

 流石、としか言えないな)


蒼と《ネメシエル》は記憶を共有している。

共にあったこととして処理できる。

それが“レリエルシステム”なのだから。


(だから今だけは休んでくれ蒼副長。

 私が全てを補うから……だから……)


その声は母のように優しくゆっくりと蒼の頭の中にまで響き渡っていた。




     ※




凡そ三日前。


(蒼副長……。

 私達は勝ったんだなあの……化け物に……)


 内部に潜り込んだ《アルズス》によって爆発し、身体中から炎を出して墜落していく《天端兵器級》を眺めながら《ネメシエル》は蒼に話しかけていた。

ふかふかの椅子でぐったりとして動かない蒼は疲労から来る眠気で意識が飛びそうになっていたが何とか堪えている。

何度か自分の頬を叩いて眠気を吹き飛ばし、蒼は臨戦態勢を保つ。

何かあったとしてもすぐに動けるように、だ。


「ですね……。

 あー本当に眠いですよ私これ……。

 《ネメシエル》が眠くなって私が眠くなくなればいいんですよ……」


(そんな無茶な……)


苦笑いする《ネメシエル》だったが、蒼は椅子から立ち上がって体操をはじめる。

《ネメシエル》の艦首はボロボロで、その他の兵装も大半がやられてしまっていたが戦えないわけではなかった。

沈み行く《天端兵器級》のスピードがはやくなる。

春秋が中で暴れているのだ。


【こ……れで終わっ……と思……よ《鋼死蝶》!

 貴……必…………嫁になる…………きなん…………!】


「それは………」


切れ切れの通信と、《天端兵器級》の状態は一致している。

映像もいまやクリアではなく画面には大きなノイズが走ってしまっていた。


【嫁に…………れ!!】


「見苦しいですね……。

 負けたんですから認めてくださいよ……」


【嫌…………!!!

 貪欲…………俺……………………】


 まるで火山の頂上のように敵の艦橋のあるてっぺんがオレンジ色のレーザーにより突き破られる。

《アルズス》が《天端兵器級》の頭から出てこようとしているのだ。

再びオレンジの光が《天端兵器級》の頂上から見えると、装甲を突き破って《アルズス》の艦首が現れた。

すぐに砲と艦橋構造物が現れ、艦尾の主翼を率いて《アルズス》全体が飛び出た。


「春秋、よくやりました。

 私が無理をしただけあるというものです」


『当たり前っすよ!

 何て言っても俺は《アルズス》っすから!

 もっと蒼先輩は俺に頼っていいんすよ!?』


「何いってんですか全く……。

 あなたに頼むくらいなら自分でどうにかしますよ」


無事に生還を遂げた《アルズス》は《ネメシエル》の側に寄り添うように続いた。


『ひどいっすよ……ぐすっ………』


「あーもー……。

 ちゃんと次からも頼むのでよろしくお願いしますよ?」


『承ったっすよ!』


 《天端兵器級》の脆い部分から溶岩のように炎と共に爆発によって部品が吹き飛び、炎が高くにまで昇る。

ここから見える小さな欠片ひとつでも実際は乗用車よりも大きく重い。

その破片はあちらこちらへ薔薇の花弁が散るように広がって弧を描き落ちていく。

弾薬庫か何かに引火したのか今までで一番の爆発が起こる。

爆発による空気の震えは《ネメシエル》を揺らすと上空の雲全てを一気に蒸発させた。

爆発の衝撃は《天端兵器級》の船体に裂け目を作り上げる。

耳に残るような悲鳴をあげて真ん中から真っ二つにへし折れた船体が浮力を維持することが出来ずにさらに高度を落とし始めた。

辛うじて前部と後部を繋いでいたケーブルや装甲もまるでパスタのように簡単に千切れ、パンのように柔らかく曲がりねじ切られていく。

裂目や穴という穴から燃えている黒煙を吐き出し、落ちていく船体はもうなんの力も持ってはいなかった。

《ネメシエル》の何倍も大きな船体は空がそのまま落ちていくようにも見せるほど圧巻で、悲しいものだった。

大きさのためかすぐに地響きをたて、大気圏に届くほどの距離にまで土煙を吹き上げた船体が地下深くにまで突き刺さる。

下にあった廃墟の街を押し潰し、その船体はまるで二本の塔として屹立する。

発生した地震がこの場所を中心として一地方を震度五にもなる大きさで揺らすほど大きなエネルギーが拡散されていった。


「次は……私ですかね」


その様子は哀れみを含ませると共に悲しみを蒼に呼び込む。

一歩間違えれば《ネメシエル》もすぐにああなってしまうのだから。


『それ、決め台詞なんすか?』


そんな蒼の気持ちを知ってか、春秋が茶々をいれる。


「違いますよ、何言ってるんですか。

 ただ、そう思ってしまうだけですよ。

 何言ってるんですか全く……」


『少し動揺してるっすか?

二回同じ事を言ってるっすよ?』


「うるさいですよ。

 《ネメシエル》、進路をシグナエの首都に固定してください。

 最大速力で向かいますよ」


(了解した。

 両舷最大船速、全速前進!)


 《天端兵器級》の先端は雲にまで届くような塔となり、鈍く冬の空の光を照り返している。

まだ黒煙が出て、炎のが止まらない《天端兵器級》はきっとこのまま焼け落ちていくのだ。


「……………………。

 明日は我が身、ですか…………」


『それも決め台詞っすか?』


「春秋うるさいですよ。

 何回言わせるんですか」


(なんか、後の世に鉱山として利用されそうだな、ああいうの。

 そう思わないか蒼副長)


何処の世紀末世界の話ですかね。

《ネメシエル》の冗談は本当に分かりにくい。


「まぁ、いいんじゃないですか?

 そんなことより作戦第一段階は終了ですね。

 よくやりました」


まだまだ溢れ出てくる眠気をこらえ、あくびを噛み殺す。

蒼はまた椅子に戻り“レリエルシステム”に体と脳を繋いだ。

体操も終わり、《ネメシエル》の淹れたお茶を飲む。


「これで嫁に行かなくてすみました。

 春秋には後で何か奢ってあげますか……」


(それがいい。

 じゃないと――ん?

 ……蒼副長、通信が入ってるぞ。

 今繋ぐから聞いてあげてくれ)


 通信をかけてきたのはシグナエの首都制圧のために向けられた地上部隊だ。

本来は空の大艦隊も助けにいく手はずだったのが、ほとんどが沈んでしまっている今助けに行けるのは《ネメシエル》と《アルズス》だけだ。

敵艦隊の姿や形はレーダーにも無かった為、また《天端兵器級》と戦う羽目にはならないだろう、と蒼は予想して通信を受け取った。


「支援求む、とかだったらどうしま……ふぁぁぁ……どうしまふか」


蒼は眠気に押し負けそうだった。

うまく舌が回らない。

ぼんやりした頭では何も考えられない。

お茶を飲んで眠気を冷まそうとしていたがこれはダメなようだ。


「窓開けてください、《ネメシエル》。

 空気が………温かいのがダメなんです……」


マシンガンのように飛び出すあくびはゆっくり確実に蒼の意識を奪い去っていく。

様々な眠気対策をこうじているうちに地上部隊からの通信が勝手に流れ出していた。


『基地司令も聞こえているか?

 こちら、ソムレコフだ。

 敵の抵抗無しに無事に首都に侵入した。

 無事に中央広場にたどり着いたが……嫌な予感がする。

 引き続き調査を続ける』


嫌な予感、という言葉と冷たい空気のお陰で蒼は目が少し覚める。

お茶を《ネメシエル》に返して、通信に食い気味で乗り込む。


「ソムレコフ?

 どう嫌な予感がするんですか?」


黙っていたら確実に蒼は眠るだろう。

自分から話に首を突っ込んでいく。


『蒼先輩が自分から話に入っていくなんて珍しいっすね』


「話してないと寝ますよ私。

 それはいいのですが、首都がどうしてまた?」


『わからん。

 ただ……首都全体が血生臭いんだ』


『これは確かに嫌な予感がするっすね……』


ソムレコフから映像も送られてくる。

シグナエの雪の積もった首都。

しかし、雪は真っ白ではなかった。

どこかどす黒い模様があちらこちらに散らばっている。

中にはずるずると何処かへと引きずられていったような跡もあった。


「うわぁ、なんですかこれ。

 ホラー映画見てる気分ですよ。

 こういうの私苦手です。

 姿が見えないのが薄気味悪すぎます」


『言われてみれば確かにそうっすね。

 映画に似ている……というか事実は小説よりも奇なり……ってことっすかね』


『こちらソムレコフ。

 セウジョウ及び全世界に通信を繋げている。

 どういうことなんだこれは。

 誰か説明してくれ。

 なぜ首都に人がいない?』


あちらこちらソムレコフは見渡すが誰一人として人を見つけれない。

そればかりか人の気配すら全くしない。

不安というよりか不気味な空気に顔をしかめたソムレコフは部下達に命令を下した。


『おい、第二分隊から第六分隊まで分散して首都の中を探索するぞ。

 二名だけ俺についてこい。

 残りは臨戦態勢で待機しろ』


凡そ五十人の分隊が銃の音を立てつつさーっと別れていく。

残りは周辺の探索のために散らばっていく。


「そんなに人の気配はないんですか?」


 《天端兵器級》との戦闘空域からようやく不気味なほど静かな首都上空へ蒼は《ネメシエル》を寄せる。

高度を五百に固定して影を作らないよう首都から少し離れた所に錨を下ろした。


『《ネメシエル》、パンソロジーレーダーでスキャン出来ないか?』


「いいですよ」


《ネメシエル》のレーダーで首都全体をじっくりとスキャンする。

建物の内部まで探ったが人の反応はまるでなきさ。

その代わりに面白いものを見つけた。


「?

 中央広場にこんな大きな山があるんすね。

 シグナエの首都って変わってます。

 私はベルカとヒクセスしか―――」


『ん?

 待ってくれ中央広場……?

 あんなところに山なんてあったか……?』


 走り出したソムレコフ。

中央広場はすぐそこだ。

角を曲がればすぐに半径一キロほどの巨大な広場に出る。

その回りにあるのは政府主要機関だ。


『おいおいなんだよこれ!!!

 なんなんだよこれ!!!』


「っ!

 急に大きい声出さないでくださいよ!

 びっくりしたじゃないですか!」


蒼の文句はソムレコフの耳に入っていなかった。


『これ全部……死体なのか……?』


 ソムレコフのカメラに山の正体が写る。

中央広場が血生臭い。

血の臭いで息がつまりそうなソムレコフがハンカチで鼻と口を抑える。

蒼は《ネメシエル》の中にいる自分に感謝した。

空いている窓を閉めるように言って、黙ってソムレコフのカメラ映像を見続ける。


『この山が全部……そうなのか?』


地面のタイルが剥がされ、土に埋められた人もいるだろう。

うっすらと積もっている雪はこの虐殺がつい最近行われたものだと言うことを証明していた。

山の大きさは半径二百メートルの円錐だ。

高さは二十五メートルと少し。

地下の文も含めれば五十メートルは行くだろう。

人数にすればおよそ一万人を軽く超えるはずだ。


『こんな……こんなことって……』


失望に足が挫けそうになったソムレコフの上でセンスウェムの旗がはためいている。

シグナエの旗は血に染まって青色の国旗はさらにその色を濃くしていた。

その上に取り付けられたスピーカーが急に鳴り始め、シグナエの国歌が流れる。


『この……外道どもが!』


放送が終わるよりも前にソムレコフは二人の部下を率いて走り出していた。

大統領府、中央広場を囲む建物の中でも一番大きい建物にこの音楽の発生源はある。

それをここに昔勤めていたソムレコフはよく知っていた。


「ソムレコフ、気を付けてください。

 目標地点に小さな熱源をひとつ探知しました」


ソムレコフは一応友軍のため、《ネメシエル》のレーダーで先の建物全てをスキャンしてあげる。


『小さな熱源だと?』


「はい。

 大きさからして人ではありません。

 とにかく気を付けてください」


『わかった。

 情報提供感謝する』


 ソムレコフはエレベーターを使用せずに、階段を警戒しながら登る。

しかし、一人の敵に会うことなく最上階に辿り着いた。

そこに二人の部下を引き連れたまま、放送室のドアを破る。


『な、だ、大統領……?

 あなたなぜここにいらっしゃるのですか!?』


部下の一人が思わず驚きの言葉を口にする。

ドアの先にいたのはシグナエの大統領その人だった。

黙って銃を向けるソムレコフは何かを感じ取っていた。


『………………』


目の前にいる大統領は何も話さない。

ただ、ソムレコフを見た眼球が不安定な動きをしている。


『大統領……?』


ソムレコフは大統領の側に行き、肩をゆする。

揺すられた大統領の目はもはや虚空を見つめている。


『大統領!

 しっかりしてください!』


ソムレコフはしっかりするように大統領に呼びかける。

しかし反応はない。

返事のように口が開き、中から煙のようなものが立ち昇った。


『っ、まさか!

 全員外に出ろ!

 早く!』


 慌てて外に出た三人のあとを追うように大統領が爆発した。

部屋中のものが焦げ、煙に反応した火災検知器が水を降らせる。

爆発の勢いはそんなに大きいものではなく部屋をひとつ完全に破壊するまでもいかなかった。

ソムレコフが中を覗くと、大統領の部品と思われる物があちこちに散乱している状況が明らかになる。

まだ体の下半身は形を止めており、爆発の威力がそんなに大きいものではないことを示唆している。


『隊長、これって―――』


『わからん。

 だが、シグナエが戦争に進んだのはシグナエの意思だと思っていた が……。

 大統領がアンドロイドなら話は別だな?』


 ソムレコフが見ているのは蒼とその後ろにいるセウジョウのメンツだ。

シグナエには責任がない、と言い逃れするためだろう。

シグナエの国歌も鳴り止み、再び首都を静寂が支配する。

抵抗の意志などどこにも感じられない。


『こちらソムレコフ。 

 現時刻をもって首都奪還成功を報告する。

 犠牲者は数多く出てしまった。

 特に“核”の連中の。

 それを踏まえ、シグナエの国民として感謝したい。

 ありがとう』


雲が晴れ、雪が止んだ。


「首都の奪還は完了ですか。

 それならば私達もそろそろセウジョウに戻りますかね」


『《ネメシエル》、ありがとう。

 安心してここまで来れたのも……』


「何ですかソムレコフ。

 スパイのあなたを送り出したのも一応私なんですよ。

 今更お礼なんてなんか恥ずかしいじゃないですか全く……」


『基地に帰ったらジュースでも奢るぞ。

 まぁ、とにかく詳しくはあとでだな。

 通信終わりだ』


ソムレコフからの通信を一度切断して《ネメシエル》の機関を再び始動させる。

これから帰路につく《ネメシエル》の後ろに《アルズス》が並ぶ。

シグナエの首都を後方遠くにちらりと映るほど離れるのにそう時間はかからなかった。


「私達の真の目標はセンスウェムですね春秋。

 やっぱりそんな事じゃないかなぁ、と思っていましたが……まさか案の定こうなるなんて」


『センスウェムって結局どんな組織なんすかね?

 何も分からなさすぎるっすよ』


「そもそも組織なんですかね。

 組織だとしても少し変わっていると思いませんか?

 いくらなんでもシグナエを操るなんて簡単なことじゃないんです


『ますますワケわかんないっすね。

 考えるだけ無駄な気がするっすよ』


「その通りですよ。

 こんな答えのない質問を―――」


『《ネメシエル》!

 上空に巨大エネルギー反応を確認!』


つんざくようなセウジョウオペレーターの声が襲いかかって来ていた眠気を完膚なきまでに叩きのめした。


「っ!?

 《ネメシエル》全力回避!!」


 ほぼ条件反射で回避行動を命じると《ネメシエル》のサイドスラスターが全力で作動し船体を横へと押し出す。

その《ネメシエル》の船体を大きな杭のようなものが掠めた。

かすった所のセラグスコンは溶け落ち、蒸発してしまっている。

セウジョウからの通信がなければ確実に《ネメシエル》はこの攻撃を食らっていたに違いない。


「どこからの攻撃ですか!?」


《ネメシエル》のレーダーにはそんな攻撃が出来る船は映っていなかった。

セウジョウのレーダーが機能している以上、ステルスの心配もない。


(分析完了!

 敵の攻撃は……蒼副長。

 私が壊れたんじゃないぞ?

 どう考えても――)


「いいですから早く言ってください!」


 地面に突き刺さった敵の杭のようなものは爆発などはしないで、地面にクレーターを作り上げていた。

そのクレーターの大きさは一隻の軍艦を一撃で破壊することが出来るエネルギーを持っているという証明にもなる。


(あの攻撃に当たるな蒼副長!

 “強制消滅光装甲”もこれじゃ役に立たないぞ!)


『またエネルギーを検知!

 《ネメシエル》!』


「流石に間に合わないですよ……!」


《ネメシエル》の巨体は攻撃を避けるようには出来ていない。

分厚い装甲も、二種類のバリアも攻撃を受け止めるためだけにある。

はじめの一発はまだなんとかなる範囲だった。

だが、次のもう一発は完全に狙い澄まされておりはじめの一発とは違う。


「無理――!

 《ネメシエル》、急速停止!

 これでせめてバイタル以外に――」


二発目は《ネメシエル》の回避先に合わせるようにして落ちてきたが、エンジンを逆回転させた蒼のとっさの判断が決まっての艦首付近に着弾した。

甲板に張られた装甲を軽く貫通して、その奥にしまいこまれた“ナクナニア光波断撃砲”までも貫通する。


「う、ま、まだなんとかなった方ですかね……?」


『大丈夫っすか!?』


じわりの込み上げる痛みは蒼にとって只の舌打ちの対象だ。

先程の杭は爆発しなかったから、今回も爆発しないと蒼は夛かを括っていたがその予想は外れる。

杭の内部からベルカの“光波共震砲”によく似た性質の光が全面へと放たれたのだ。


「!?」


 そして一気に圧力の高まった主砲室の天井がぶっ飛んだ。

《ネメシエル》の甲板を突き破って分厚い鉄の板を捲り上がらせてキノコ雲と炎が立ち昇る。

バラバラと甲板の部品が周囲に散り、《ネメシエル》が衝撃で震える。

ただでさえ大きなダメージを受けていた艦首にさらにダメージが蓄積される。

既にダメコンが働いているものの、その効果は限りなく薄い。

事故修復装置も働けないほどの損傷は確実に《ネメシエル》を一歩撃沈へと誘う。


「こ、これ……まずいですね……!」


(蒼副長!

 この攻撃の発射地点は宇宙だ!

 そう考えなければ筋が通らない!

 上空に敵艦の反応はなかった!

 それにこんな兵器データベースに存在していない!)


「宇宙……!?

 そんなバカな!?

 宇宙に行くには爆発事故を越えなけりゃ―――」


宇宙を目指す艦が全て爆発する現状。

あの有名な映像が蒼の脳裏に思い浮かぶ。

砕け散った宇宙船の爆発も先程ネメシエルが喰らった爆発と似ているような……?

今現在、唯一宇宙にあると言えるのはベルカの《宇宙空間航行観測艦》ぐらいのものだと、本当に蒼はそう信じていた。


【その通りだ《鋼死蝶》ぉ!

 久しぶりだなぁ!】


ぞくり、とするようなトーンと響き。

聞くだけで蒼の中の攻撃本能が高められるのは紛れもない敵だと脳内が認識しているからだ。

ドーパミンが放出され、じくじくと痛んでいた体の痛みを追い出す。

胸の奥から込み上げるどす黒い殺意が駆り立てられ、蒼は名前を呼んでいた。


「《ウヅルキ》!」


【全く哀れなものだなぁ、《鋼死蝶》。

 今の貴様は俺様から逃れられない!

 そして貴様の攻撃は俺様には届かない。

 最高かよこの環境!!】


「ゲスめが……」


(蒼副長さっきの攻撃は流石に危ない!

 次受けたら恐らく致命傷になるだろう)


「そんなこと言っても――!」


黒煙を艦首から流しながら巨体が逃げるためにスピードを上げる。

しかし既に《天端兵器級》戦での無理が周り回って悲鳴をあげていたエンジンの出力ががくんと落ちた。

船足のにぶりに舌打ちする間も無く《アルズス》へと旗艦命令を下した。


「《アルズス》!

 貴女だけでも先に行ってください。

 そして味方に伝えるんです

 この事を、全て記録してください!

 はやく!」


『り、了解っす!!』


 《アルズス》と別れ、《ネメシエル》は咄嗟にセウジョウとは真逆に舵をとった。

このまま宇宙の兵器を下手にセウジョウに近づけて人質を取られたくはない。

《天端兵器級》のダメージがまだ残っている船体にとってこの機動すらきついのか軋む音が強い。

消火が完了した箇所には特殊ベークライトが流し込まれ修復が急がれるが、それもあくまで応急処置に過ぎない。

赤い色のベークライトが破損箇所から流れ、全身から血を流したように見える《ネメシエル》の直上凡そ五十キロの地点に紫の操る兵器がある。


【これで終わりだ!!

 堕ちろ《鋼死蝶》!!!】


放たれた一撃が《ネメシエル》へと一直線に落ちてくる。

杭のような弾丸はスピードを早め、大気圏に突入すると赤く燃え始める。


「流石にこれは避けれないですね。

 はー、紫。

 貴方にだけは沈められたくありませんでしたよ」


赤く燃えた死神を見据え、蒼は最後の悪あがきに出た。

舵を大きく切ると共に艦首を持ち上げ、弾丸に対して正面を向ける。

せめて被弾面積を少なくすると同時に被害の集中してボロボロの艦首に弾丸を当てることで機関にまでダメージが来るのを抑えるためだ。


「くっ、間に合いませんか――!」


しかし、間に合わない。

敵の弾丸のスピードが早すぎる。


【なんだ、何が起こっていやがる!?】


その時、空が光った。

《ネメシエル》へと向かってきていた弾丸が消し飛ぶ。

いや、蒸発したという表現の方が正しい。


「へ?

 な、なぜ……?」


『本当に待たせてしまって申し訳なかったな蒼。

 なんとか起動に成功したんだ』


その声はセウジョウにいるはずの男の声。

いつも無力で自分の不甲斐なさに拳を握りしめることしか出来ていない。

その男がついに敵に向かって攻撃を放った。

蒼を守るためにセウジョウの地下にずっと部下と籠り続けた一人の男の努力がようやく実を結んだのだ。


【なんだ!?

 何が起こってやがるんだ!!】


戸惑う紫の声と反対に重なるマックスの自信に満ち溢れた声。


『《ウヅルキ》。

 ここから先は俺が相手になるぞ』


頼もしさを感じつつも蒼も戸惑いを隠しきれなくて紫に負けないほど狼狽した声を出してしまっていた。


「マックス!

 何でまたあなたが!?

 助かりましたけど!」


(またなんでマックスが?

 何がなんやらわからんぞ)


『すまん、待たせてしまったな。

 思ったより時間がかかってしまった。

 だがこれでやっと日々の恩返しができるってもんだ。

 期待してくれて構わんぞ?』


「本当ですかね?」


送られてきたマックスのデータを《ネメシエル》が分析し、驚いた声を出した。


(こんな大きな軍艦を……操っているのか?

 マックスが!?

 私のような《超極兵器級》でもない……。

 なんだこれは……?)


【《宇宙巡航要塞艦》だと!?

 夏冬ぉ!!

 どうなってやがる!!】


 その大きさは全長八キロを越え、艦首には巨大な六門のレーザーが接続されている。

《ネメシエル》達のような船の形をしているものではなく、どこか生物的な雰囲気がある。

複雑に絡み合った様々な部品と部品が新しい形を作り出していた。

艦橋構造物は船体から主張しすぎない程の大きさでその形は洗練されきっている。

構造は蒼が始めて見るような新しいデザインで軽さと防御を両立させた構造になっていることが見てとれる。

また、翼のようなものが七枚ついており安定性も重視されているようだ。


『これが《宇宙巡航要塞艦》……か。

 奥から力が溢れてくるようだな。

 《ウヅルキ》を潰すことすら簡単に思えるぞ』


マックスから映像も同時に送られてくる。

その映像はこれまた蒼が見たことないような世界だった。

そっと《ネメシエル》に耳打ちし、戦線から離脱を試みる。


「今のうちに逃げますよ。

 可能な限りのスピードで離脱します」


(了解した)


 送られてきた映像には真っ青な弧のものが画面の半分を埋め尽くすほどに映っており、その他の場所には四角や三角の融合した変な形の構造をした人工的なものが沢山映り込んでいた。

その弧が蒼達のいる惑星セルトリウスだということはあとになって理解することになる。

セルトリウスの青さを遮る人工物の動きはどことなく生物を感じさせるが、しっかり空気抵抗を考え抜いた形状は美しい、の一言に尽きた。

どの船もみな、美しさを兼ね揃えつつも力強さを出している。

よく映画などで見るような箱のような宇宙船とはまるで違う。

繊細な彫刻のようなものが彫られている艦も存在していた。

優雅にして可憐な軍艦達はまるで今は眠っているかのように動かない。

二隻だけ、紫の艦とマックスの艦以外は全く動いていないのだ。

そんな大量の軍艦の中でも砲門を向け、こちらへと突っ込んでくる一隻の軍艦がきっと紫の操る艦だ。


【……してやられたな。

 紫、接続を切れ!

 その艦じゃ無理だ!】


【バカいうな!

 この艦の力で負けるわけないだろ!!】


そういって《ネメシエル》に向けられていた砲がマックスの方へと向けられる。

紫の艦は全長四キロ程度でまだこの郡の中では小さな方だ。

それでも《ネメシエル》より大きな船体は目立つ。


【ここで貴様らを叩き潰す!!】


【紫!

 ダメだ、戻れ!】


『全砲門開け。

 全兵装を選択、標的を指定する。

 各砲、個別に射撃を開始しろ。

 ただし逃がすな』


 突っ込んでくる紫の艦へマックスの巨艦の砲が向けられる。

その数はおよそ二十四門にも及ぶ。

ひとつの口径がもはや《ネメシエル》とは比べ物にならないほど大きい。

およそ十メートルはあるのではないか、というような大きさだ。

その砲が紫の艦へと光を放った。

赤色か、オレンジ色にも似たような色のレーザーが紫の艦へと殺到する。

前面に展開されたバリアのようなものは“イージス”にも似た性質を持つのか、マックスのレーザーの軌道を曲げるが、それでも対処仕切れていないようだった。

それだけ紫の艦とマックスの艦には大きな差があるようだった。

像が蟻を踏み潰すのと同じくらい簡単に事は進んだ。

正面から攻撃を受けた紫の艦は一瞬で蒸発し、その場から消えていた。

塵ひとつ、ゴミひとつも残っていない。

その場に残っているのはエネルギーによりこじ開けられた時空の狭間と異次元空間の切れ目だけだった。

《ネメシエル》が“ナクナニア光波断撃砲”を撃ったあとにも同じような現象が起きるがあそこまで大きな切れ目が出来ることはない。

それほど大きなエネルギーをいとも簡単に放つ《宇宙巡航要塞艦》の力は半端ではない証拠だ。


【はーなんだよやっぱ旧人類の兵器ってのは雑魚なのか?】


【紫、ただ単純にお前の使い方がよくなかっただけだからな。

 一応名誉のために言っておくが】


艦が沈んだというのに紫はつまらなそうに夏冬に愚痴をこぼしはじめた。


『まだ《ネメシエル》とやりあうっていうならこのマックスが相手になるぞ。

 どうするんだ、夏冬?』


夏冬は悩む顔をするがすぐに答えは出てきた。


【流石にこの状況でやりあうのはバカですね。

 今回は撤退させてもらいますよ。

 蒼さん、ではまた会いましょう】


「二度とごめんですよこっちは……」


【《鋼死蝶》!

 次こそお前を沈めてやる!!】


「はいはい。

待っていますよ」




     ※




「全く。

 無茶しかしないんだものね。

 こっちの迷惑も考えてもらえるようにならないもんかね?」


ドクターブラドは嫌味をいいながら蒼の“調整”を行う。

眠っている蒼には当然聞こえていない。


「ふざけてやがる……本当にふざけてやがる……!」


ぶつぶつ呟きながらもブラドは手を止めない。

まるで親を殺されたようにひたすら手を動かして蒼を直していく。


「この《超極兵器級》の“核”というのは完璧だな。

 見れば見るほど惚れ惚れしてしまうなぁ。

 全く、空月――あの女狐がもっと技術を教えてくれれば開発局の局長になれたものを。

 恨みしかないよ、あの女には……。

 おかしいもんだよ」


 ブラドはぶつぶつと呟きながらも蒼の処置を行っていく。

周りに誰もいない、誰も聞くものがいないのに少しその行動は異常に見える。

カプセルのようなものの中に浮かぶ蒼の長い髪の毛はまるで海草のようにゆらゆらと揺れ、口につけられたマスクからは時折泡が溢れ出る。

頭についた装置はその場所を変え、適切な処置を叩き込んでいく。


「そもそもがおかしいんだ。

 “部品”の癖にこんなに高性能で――。

 常にあの女狐は先に行きやがって――。

 許せん。

 本当に許せんぞ」


蒼に対する態度は蒼の事が嫌いだからではない。

むしろ“核”としての完成度がベルカ一の蒼だからこそあの態度なのだ。

それは蒼を作った空月博士への罵倒でもある。

そして空月博士へ敬愛でもあるのだ。


「なんなんだこの“核”は。

 本当にふざけていやがる。

 これでは作り上げる側の人間の方が雑魚ではないか。

 これは部品という類いで纏められない。

 丹具兄妹の出来損ないとは違う。

 優れた光ニューロの処理能力……。

 ふざけてやがる……!」


ブラドがエンターキーを押すとカプセル内部の液体が抜き取られ、蒼の頭から機械が取り外される。

そのまま別の液体にカプセル内部が満たされると蒼は診察台の横にある台座にカプセルごと設置された。

あとは生物の自己修復能力によって目が覚めるのを待つだけだ。


「やれやれ“部品”ちゃん?

 次はそんなにひどくなる前に来ることだな」


ブラドは胸ポケットから一枚の写真を取り出す。

そこに写っているのは女の人が一人と、若いブラドだった。

女の人は空月兄妹と同じ髪の色をしている。

目の色は黒色で、赤い眼鏡をかけている。

髪は長く、蒼よりかは短いもののそれでも胸よりかはある。

またあまり発育がよくない。

どこから見ても大人には見えない。


「空月博士の置き土産……ね。

 全くもってやっかいだよ」




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ありがとうございました。

こういう未知なる超古代文明とか限りなくどきどきしますよね。

私、大好きです。


ではではありがとうございました!

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