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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
天空斜光
50/81

初めての経験

 静かに全ては始まっていた。

はじめは水滴のように静かだった。

だが、時間と共に海全体に波紋は広がっていった。

気が付いたときには波紋は津波となり、世界を呑み込んでいた。

津波は混乱を引き起こし、正常な判断力を奪い去る。


「状況の確認を急げ!

 何が起こっているんだ!」


 コグレ基地から帰って来たセウジョウには多数の情報が入り乱れていた。

なんといっても世界規模で起こっていたベルカ帝国戦争の講話を結ぶため選ばれた中立国、ワズラオが文字通り地図から消えたのだから。

中立国ワズラオは面積凡そ四万平方キロメートルの小さな島国だ。

大シーリング海に浮かぶ交通の要所となっている。

これで戦争が終わる、とヒクセスもベルカも安堵した矢先のことだった。

ワズラオの存在していた海域には何千メートルもの深さの巨大なブルーホールが一つぽっかりと出来上がっており、その周辺は爆発の威力による時空の螺曲がりによって絶えず雨が降っている。

近づこうとする小型艦船はそこを避けなければ暴風雨で撃墜される恐れがあるほどの荒れっぷりだ。

 それだけでなくそこの周辺の時空の螺曲がりによりあらゆる電波までも空間ごと曲げられてしまい、海域丸々電子機器の調子が狂うジャミング地域へと姿を変えてしまったのだ。

こんなことが出来るほど爆発的な威力を持つ兵器はヒクセスではない。

シグナエですらそんなもの持っていないだろう。

未知ともいえるテクノロジーによりワズラオは消し去られてしまったといっても過言ではない。

ただちに世界連合軍が集められ、全ての元凶だと考えられる対シグナエ戦闘への切り替えが行われる。

ベルカの各所を支配していた世界連合軍は一旦自国に戻っていったのだった。

交通の要所として発達していたワズラオと共に約百万人の人口と、ベルカ、ヒクセスをはじめとするシグナエを除いた数々の政府関係者も同時に消え去ってしまった。

ロバートと天帝陛下等、各国首脳陣は条約を結ぶ際ワズラオにいなかった為無事だった。

痛手は優秀な部下の死だけですんだ。

しかしどの国も感じていただろう。

新しい戦争が始まる、と。

しかもそれは新しい戦争ではない。

ベルカ帝国戦争の続きになると。


『どうも、世界中のみなさん。

 私達は“Snswem”。 

 センスウェム、と呼んでくださいませ。

 これからの世界を、“新人類”の貴殿方を支配する者です。

 どうぞよろしくお願いします。

 我々の目的は、この世界の統合です。

 世界の統合の為ならどんな犠牲も仕方がない、と考えています』


テレビ画面に映っている人間、蒼は忘れようがない。

夏冬、その人だったのだから。

センスウェムとかいう組織に魂を売り、祖国を裏切った憎い存在。

この基地を出ていってから歳をいくつかとったような気がする。


「夏冬……貴方は必ず私が……」


 蒼は次目の前に姿を現したら《ネメシエル》の業火で消し飛ばす事を胸の奥底で誓ったのだった。

全人類に喧嘩を売ったような発言は、ワズラオが蒸発してぴったり一週間後全世界のテレビに姿を現したのだった。


『この世界は我々“旧人類”のものです。

 あなた達のように“新人類”がずっと支配していていい星ではありません』


 夏冬はにっこり笑う。

言葉と裏腹の表情はとても不釣り合いで不気味なものだ。

なにより蒼はその夏冬の背景に気が行ってしまう。

いつか、フェンリアの《タングテン》に乗った時に見た《ラングル級》とほとんど同じに見えるがどこか違っていた。


『よって、星を返してもらいたく考えています。

 我々の考えにはシグナエ連邦をはじめとする数々の国に承認されました。

 ベルカ帝国にはまず足掛かりになってもらいたかったのですが……仕方がありません。

 ですから、今度は我々があなた達を潰しにかかります。

 いいですね?』


 この宣言を合図にするように第三次にシグナエ側で戦った国は次々と世界連合を脱退。

世界連合の軍事力は三分の一以上が消え去ってしまった。

その宣言からすぐに何処からともなく戦争の火蓋が切って落とされていた。

第四次世界戦争、と後にまで語り明かされる事になる戦争の始まりだった。




     ※




「OK状況を整理しよう」


セウジョウ基地のある一室。

作戦会議室でマックスは蒼達、“核”を前に口を開いた。

凡そ五十人ほどの“核”は、みんな椅子にしっかりと座り目の前にあるスクリーンを見ていた。


「まず。

 俺達とヒクセスとの同盟は無事に結ばれた。

 一ヶ所に集中しての調印はまたワズラオと同じ危機があったからな。

 データ通信によるテレビ電話でなんとか無事に終わったわけだ」


 マックスはせっかくつけたスクリーンの電源を落とす。

使わないならなんではじめからつけたんですかね。

蒼は少し姿勢を崩すと椅子の背もたれに体重を預けた。


「これより俺達はベルカ軍としてではなく世界連合軍の一員として戦うことになる。

 敵はセンスウェムとかいう組織、及びシグナエ連邦をはじめとした国家連合体だ。

 そしてその組織の狙いは世界の統合、のようだ。

 んー……いや、ほんとまるで古いアニメのようだな」


 マックスはそう言い、口にタバコを挟んだ。

スクリーンの電源をまた改めてつけ直し、ホログラムで全世界の地図が浮かび上がらせる。

ヒクセスをはじめとする味方は青色に光っていた。

西と東で、今世界は綺麗に別れてしまっていることになる。

その境界線は丁度ベルカの目の前に引かれているようだった。


「センスウェム、詳しく調べてみたんだがどうも不思議なものだ。

 大昔から存在しているような、最近出来たような。

 センスウェムの意味は、過去の誤り、だ。

 シグナエ語だな。

 何が誤りなんだか、全く。

 まぁ、当然構成員も全くもって不明。

 どれくらいの規模なのかすら分からん。

 ここまで謎が多いと逆に困ってしまうなぁ」


 マックスは暇をもて余し始めた“核”に顔を洗ってくるように言い、ホログラムの世界地図をくるくると回した。

赤色は敵、青色は味方。

ずっと一人で世界と戦ってきたベルカからすれば味方がいると言うだけでありがたいものだ。


「いいか?

 当面の間、俺達は連合軍だ。

 作戦の指示は上から来るのさ。

 命あるまで待機ってとこだ。

 ああ、それと今日来るお客さんには無礼の無いようにな」


 そんなこんなでだらだらと特に重要なことをマックスは言わないでミーティングは三十分ほどで終わってしまった。

メレニウム、ジアニウムの二人を先頭に《超常兵器級》の“核”と通常艦艇の“核”は部屋から出ていく。

欠伸をしながら出ていく“核”もおり、確実に気が抜けきっている証拠だった。

欠伸を見て不愉快になりつつ、残された蒼はマックスの側に行くと少し心配そうな顔をしてみた。


「ん、蒼。 

 一体どうした?」


「少し、基地内に……。

 お客様が来るのが嫌だなぁって思いまして」


 反論を唱える訳ではい。

とにかく朝からセウジョウは忙しい。

比較的シグナエ連邦が近くにあるベルカ帝国はこの戦争の最前線になるのだ。

連合軍の数多い軍艦を整備するため、ドックは古いものまで開けられ損傷艦艇の修理が急ピッチで進められていた。

古いドックにこびりついた苔などの植物や貝類を削ぎ落とし、新しく塗装する作業まで行われている。

あと一時間もすればヒクセスを筆頭に連合軍の艦隊がやって来るだろう。

そしてセウジョウを事実上の母港とし、中心としてセウジョウが大活躍するに違いない


「……そうだなぁ。

 蒼は人が苦手だったな」


「苦手というか、何と言いますか……。

 あまり好きではないってだけです」


 鋼材を作り出す工場はフル活動し、数々の煙が大空へと吐き出されていく。

まだ、一週間前に終わった戦争の後始末すら終わっていないのに、新たな戦争に突入するのが蒼は心底気に食わないのだ。

やっと掴み取ったつもりだった平和が目の前で霞と消え、その原因は元従属艦など赤っ恥もいいところだ。

再び先の大戦のように国内が焼け野原になってしまうことも蒼は何より嫌だった。


「……それな。

 本当は俺だって嫌さ。

 しかし、まぁ昨日まで憎んでいた敵とはいえこれからは共に戦う仲間なんだ。

 蒼、お前はベルカ艦隊の顔だ。

 今回は色んな理不尽を見るかもしれない。

 だけど、我慢してもらえないか?

 上司も俺じゃなくなる可能性もあるんだ」


マックスは蒼の頭を撫でる。


「マックス以外からの命令なんて……聞きたくないですね」


「仕方ないさ。

 今の俺達は連合軍の一部。

 それ相応の力を持った上司が新しく来ても不思議じゃない」


ホログラムの地図を触り、少しマックスは悲しそうな表情をする。

マックス以外の人間が上司になるならば少しぐらいは《ネメシエル》で駄々をこねてやりますよ。


「……おいおい、なんか物騒なこと考えてんじゃねぇだろうな?

 蒼、お前はベルカの顔だぞ。 

 しっかりとした態度をだな……」


「はいな、解ってますよ」


「頼んだぞ」


蒼は小さく頷き、作戦会議室を後にした。




     ※




「よう、蒼。

 急に呼び出してすまないな」


「いえ。

 戦争に勝つ為ならいくらでも利用してくれてかまいませんよ。

 して、何用です?」


 次の日の夜、蒼は空月兄妹でケーキを賭けてトランプをしている最中に呼び出された。

司令室のドアを開けたとき、中にはマックスともう一人、ソムレコフが立っていた。

ソムレコフは眉間に皺を寄せ、なにやら難しそうな表情をしている。

すっかり伸びきった白髪を自分でざっくりと切り刻んだのか少し変な髪形になっていた。


「あらかた、連合軍の方向性が決まってな。

 そのためにまずやらなければならないことをしようと思っている。

 あっ、そうそう。 

 蒼、お前の上司は俺のままだ。

 よかっ……おおっとと!

 危ないから急に抱きつくなよ蒼」


マックスに蒼は飛んで抱きつく。

わりと真剣に上司が変わったらどうするか、をトランプしながら全員で話していたのだ。


「よしよし。

 離れてくれ、蒼、説明を始めるからな。

 連合軍はまずセンスウェムの撃滅の為にはシグナエを潰すことが先決だと結論を出した。

 間違いなくシグナエの国力であの組織は成り立っていると考えていい。 

 よって我々はこれより対シグナエの攻撃に向かうことになる。

 んで……ソムレコフにはその手助けを頼んだんだ」


ソムレコフはバツが悪そうに顔を背けた。


「ソムレコフ……え、このおっさんにですか……?」


マックスから離れた蒼はソムレコフの無精面を下からじっくりと眺めてやった。


「誰がおっさんだこの野郎……」


「ん、まぁ聞いてくれ。

 実は我々連合軍は……まぁ、案の定というか。

 シグナエの首都、バキクワを制圧する。

 そのためにはまずシグナエ内部を探らなければならない。

 そこでソムレコフは帰還兵という形でシグナエに戻ってもらう」


蒼はソムレコフの顔をもう一回まじましと見た。


「な、なんだよ」


またバツが悪そうな顔をするソムレコフ。

今度はタバコを取り出して咥えた。

そのタバコにマックスが火をつけてやる。


「このおっさんが裏切ってまた私達に刃向かわない保証は?

 それがないとそんな大事な役目を任せるなんて私は反対ですよ」


蒼は一瞥をくれてやり、司令室の椅子をひとつ出して座った。

話は長くなりそうだ。


「ああ、その点ならば問題ない。

 なんてったってソムレコフは今回の戦争の原因を知りたいらしいからな」


「……うな?

 マックス、少し言ってる意味が……」


吸っているタバコを灰皿に押し付け、ソムレコフは口をヒライタ。


「あー、まどろっこしいなぁ。

 俺は自分の祖国を愛している。

 だが、バカな戦争に突き進んでいる祖国を放っておけるか?

 只でさえ今シグナエは経済がボロボロなんだ。

 それなのに《天端兵器級》とか、次々と兵器を作りやがって。

 今の政府は腐ってやがる。

 気に食わねぇから潰してやりたい。

 そんだけだ、分かったかこんちくしょうが」


「ん?

 何がですか?」


「この……!!」


「やれやれ、蒼。

 あまりソムレコフを虐めてやるな。

 今からお前ら二人きりでのクルージングをしてもらうんだからな」


 その言葉にさっ、と蒼の背筋が凍りついた。

まさかソムレコフと二人でクルージング……。

想像するだけで吐き気が喉元にまで向かってくるようだった。


「え、えっ、またなんで……えっ?」


「言っただろう。

 ソムレコフにはスパイを頼むんだと。

 その為に民間移送船を蒼、お前が操るんだ。

 いいな?」


「……了解です。

 ついでに敵地を偵察、記録してくればいいんですね?」 


「そういうことだ。

 分かってるじゃないか」


心底嫌だったがドクターブラドと同じ訳ではない。

あの糞野郎と比べればソムレコフの方が百倍マシに決まっている。


「出撃は今からだ。

 行けそうか?」


「行かなければ勝てないですよね?

 それなら喜んで行かせてもらいますよ。

 あくまで民間船ですよね」


「そうだ。

 出来れば格下の駆逐艦の“核”とかにやってほしい任務だがいかんせんキャパオーバーだろう。

 レリエルシステムが焦げ付くに決まっている」


「仕方ないですよ。

 最下位の“核”は自艦以外に接続したら死にますからね。

 そういうことならまだ《超極兵器級》の“核”である私の方が働けるってものです」


「任務の続きは民間船の中でしよう。

 とりあえず四十三番桟橋へ行って、乗ってくれ。

 外見は……」




     ※




「とは言ったものの……まさかここまで酷いとは。

 そう思いもしませんでしたよ……」


「そういうこともある。

 こっちのほうがいいだろう」


 民間船。

何百人の人を乗せて移動することが可能な艦のことだ。

世界最大の民間船には、全長十キロを超えるものもある。

もはやそのように巨大な船は船とは呼ばれず空中島と呼ばれるのだ。

様々な大きさがある中で今回蒼が操る民間船は全長十八メートル程度の超小型のものだ。

 《ネメシエル》の三キロ越えに比べれば遥かに小さいだろう。

軍用のものとは違い薄い鋼鉄にまず不安になる。

次にとても波を切れそうにないずんぐりした船首、カステラのように乗っかった構造物を眺めた。

続いて、舷側にはみ出た二本の機関部が淡い光を出している。

設計、製造はベルカではないだろう。

恐らくシグナエだ。

緑色の鋼鉄の色からもシグナエの技術を窺う事が出来る。

カステラに六つ程度開けられた窓の奥にはいくつもの座席が見える。

その座席にきちんと腰掛けてソムレコフはがすでに出航を待っていた。

この民間船を一言で纏めるなら残念ながら蒼の美意識にそぐわない。

ダサい民間船に乗り込む扉を潜る際に挨拶をする。


「もう皆さん乗ってますね。

 いやー、私はじめてなのでうまく運転できるかわかりませんが……。

 頑張りますのでよろしくです」


こういう意味ですか二人きりって――マックスめ。


『よぉ、蒼。

 どうだ、初めての民間船は』


噂をすればなんとやらだ。

操縦席に座ったとたんセウジョウの司令官室からマックスが直通で通信を繋げてきた。


「最悪ですよ。

 こんなに古い民間船を宛がわれるとは思いませんでした。

 私を《ネメシエル》に帰して下さい」


『まぁ、そう言うな。

 民間船は民間船で味があるもんだぞ。

 任務のほどはさっきソムレコフにすべて伝えておいた一応言うけどな』


「味があるとかどうとか……。

 もー……。

 逆に怖いですよこういうの」


真上を全長百メートル程度の駆逐艦が通りすぎていく。

通りすぎた風圧だけで民間船の船体はゆらゆらと揺れた。


「駆逐艦程度の風に煽られるなんて……。

 もうすでに幸先が不安ですよ……」


 呟き、操縦のスイッチを次々と入れていく。

《ネメシエル》と違い、この辺は自動化されていないため一つ一つ手作業で行う必要がある。

まず主電源、次に配電盤、そして機関への接続。


『そうそう。

 この民間船、一応を考えて一丁だけ仕込み機関砲が乗っているらしい。

 じゃあ任務を知らせる。

 シグナエにはこれがベルカから旅立つ最後の民間船、ということになっている。

 実質戦争状態にあるからな。

 無事に航路を辿ってくれ。

 そしてシグナエの最寄り港であるセマウオケストックにソムレコフを降ろす。

 以上で終わりだ。 

 解ったな?』


「了解です」


 シグナエ製に自分の“レリエルシステム”を繋いだことはなかったが元々シグナエの“レリエルシステム”技術もベルカのもの。

船との接続はすんなり行った。

いかにも古臭いOSが起動し、単純な機械音声が流れる。

AIを搭載するほど新しくないんだろう。


「航路入力……と。

 こんなもんですかね。

 自動運転を設定……よし。

 では、発進します」


 小さな機関音が唸り、ゆっくりと船体が海を滑り始める。

速度が規定に達したらだんだんと主翼が風を切る音が強く響く。

機関音が少し大きくなる。

ふわり、と船体が浮き小さな船は大空へと旅だった。

まだ昼を少し過ぎた時間帯。

雲が遥か下に見えるほどにまで上がった高度を確認し、もう一度航路を確認する。

真下にはセウジョウの大都市が広がっていた。

どんどんとセウジョウが遠くなっていくにつれ、海の青も濃くなっていく。

やがて空の青と海の青の二色だけの空間となった。


「なぁ」


「はいな?」


 出港して一時間たったときソムレコフは蒼の隣に来て、火を貸してくれと言った。


「そんなものないですよ」


「そうか……。

 なら、仕方ないわな。

 なぁ、《鋼死蝶》。

 お前はシグナエに来たことあるのか?」


「ないですよ。

 縁も縁もない土地です」


自動航行に切り替わってから蒼は暇だ。

持ってきた漫画を読みながら対応する。


「そうか。

 ならば雪、の存在も知らないわけだ?」


「存在は知ってますけど……実際どんなのかは知らないです」


「ふふふふ、そうかそうか。

 なんか少しばかり楽しみになってきたな」


「何がですか……全く……」


どうやらタバコの火はこじつけでどうやら世間話がしたいだけらしい。


「まぁ、雪には気を付けた方がいい。

 ここ二十年は重アルル粒子が酷く含まれるようになっちまった。

 昔に比べれば大分含有量は減ったがな。

 赤道に浄化装置を浮かべたお陰だな」


「見たことないですがすごい大きいんですよね。

 一回行ってみたいものです。

 あの浄化装置があるから北はまだ重アルル粒子に犯されなくて済んでいるんですよね?」


「そのとおりだ。

 まぁそういう兵器を作ってしまった罪滅ぼしの意味合いもあるんだろうよ」


蒼は開いていた漫画を閉じ、ソムレコフに隣の座席に座るように促した。


「まぁ、暇だし仲良くお話でもしようや」


「はじめからそれが狙いの癖に何言ってんですか」


「ははは。

 そう言うな、俺は暇なんだ」


段々と青空が曇ってきたように感じる。

確実にベルカ上空よりも気温が下がってきている。

肌寒さを感じ、暖房をつけると窓にうっすらと霜が付き始めた。


「この船ちゃんと防寒対策されてんのか?

 エンジンまで凍っちまったら落ちるしかねぇんだぞ?」


「大丈夫だと思いますけど……」


「不安だなぁ」


船体温度はどんどん下がっていき、主翼の端はもう凍り始めていた。

凍った鉄の範囲はどんどん広がっていく。


「少し舵の効きが下がったような――」


「まぁ、シグナエで作られた船だ。

 そういう防寒対策はしっかりされているだろう。

 安心しても、いいだろう」


「変なこといってびびらせないでくださいよ……。

 只でさえこっちは何時もの服装じゃないから落ち着いていないんですから」


「あー……まぁ、似合ってるぞ?」


 今更ながらソムレコフは言及してくれた。

蒼の今の格好は黒の制服だ。

民間業者の中でももっともポピュラーな格好だが、これ下はスカートなのだ。

ぴっちりとした黒い服に黄色いリボンがついている。

白色のラインがあちこちに入っていて、割とかわいいものだ。


「あまり履き慣れていないのはやっぱり怖いですね。

 ワンピースとかなら少しは着てみたことあるんですけど、やっぱり何時もの軍服が一番です。

 かわいいの着てもねぇ……」


「はは、そりゃそうだ。

 ん?

 もう間もなくシグナエの海上国境だ。

 ほら、見てろ。

 万年雪が積もる場所、シグナエ連邦をな」


いつの間にか外にはちらほらと白いものがちらついていた。

窓にまでベッタリと雪は付着し始める。


「これが雪……ですか。

 変わっていますね」


溶けて水になっていく雪はとても儚いものに見える。


「もうそろそろ予定の地点だな。

 検問があるだろう。

 ばれないようにしないとな」


 そこから三十分程度飛行しただろうか。

凍りついた海面を割り、検問を潜り抜けた船は無事にシグナエの港であるセマウオケストックに入港した。


「これ本当に東最大の港なんですか?」


「そうだ。

 あの遠くに見える時計台あるだろ?

 間違いなくセマウオケストックだ。

 にしてもこりゃ……酷いな」


「これが東最大…………」


 蒼がぼやくのも仕方がない。

ヒクセスやセウジョウと違ってセマウオケストックの港は活気がなかった。

少しシグナエの料理を食べる暇くらいはあるだろう、と甘い考えをしていたが……これでは……。

シグナエの旗はなく、変わりにテレビでも見たことがあるセンスウェムの旗が凪いでいる。

人通りはまばら、大昔に写真で見た場所とは全然違っている。


「こんなに酷くなっているとは思わなかった。

 少なくとも三年前はこの倍以上は美しい港町だったんだぞ……」


ちらほらと降る雪で余計にその酷さは浮き立って見えるようだった。

本来ならば船着き場には誘導灯がついていなければおかしい。

そらすら無く、所々に崩れた家が放置され港町本来の活気は消えてしまっている。


「接岸したら、蒼お前はすぐに引き返すんだ。

 マックスが用意したそのお古で案外正解だったかもな。

 新しかったら確実に目立っていたぜ」


 桟橋の端には壊れた民間船が山のように同じところに重ねられていた。

波風に晒されてまだ新しいのだろう。

錆びすら見られない船もある。

しかしそれも亡命を防ぐために破棄されてしまっていた。


「街角にも銃を持った兵士が立っているな。

 恐らく港の警備か、見張りか……まぁどちらでもいい。

 少し異常だな。

 とりあえずさっさと出て行動に入ることにしよう」


 木で出来た桟橋にソムレコフの金属の靴が硬い音を鳴り響かせる。

コツ、コツ、と紳士のように歩き、船を降りたソムレコフは下から蒼を見上げ手を振った。

全てが順調であり、何も邪魔をするものはいない。

一丁だけ積んである機関砲はどうやらシグナエを見ることは叶わないようだ。

無事にソムレコフは帰還兵として保護されるに違いない。

小さく手を降り返し、再びセマウオケストックからセウジョウへの帰途についたのだった。




     ※




ソムレコフを送り出して二日後。

各地で連合軍とセンスウェムの激突がニュースになっている。


『我が連合軍はセンスウェム相手に勝ち続け、シグナエの一部領土の占領に成功しました。

 この領土には不凍港であるナチカトルーミィも含まれており、シグナエを はじめとして……』


『センスウェムは連合軍の攻撃に徹底抗戦すると表明しており……。

 “旧人類”が世界を支配するために生まれる素材だと……。

 そもそも“新人類”という区別は……』


聞くだけで全く頭の中に内容は入ってこない。

テレビをただ垂れ流しているだけなのだ。

本を読みながら窓の外の景色を眺める。

すっかり様変わりしてしまった窓の外。

ベルカの艦艇だけでなく、様々な連合国の軍艦がそこには集まっていた。


「蒼。

 あなた明日は退屈ですこと?」


 ユキムラに餌をあげ、だっこして可愛がっていると真白が部屋のドアを開けた。

臨戦態勢にある仮にも《超極兵器級》なのにそんなこと聞きますかね。

我が姉ながら無神経というか、なんというか。


「退屈か……って言われるとまぁ……退屈ですけど……」


「なら丁度いいですことね。

 私めと、デートしませんこと?」


「えっ、デート……ですか?」


「そうですことよ」


 真白はつけている白いカメラ付の眼帯の上からも分かるようににやーりと笑う。

明かに妹をからかって遊んでいやがる。


「安心しなさい。

 別にそのあとホテルに行って食べたりしないから」


「え、ご飯はないんですか……」


「……なんか調子が狂うわね。

 まぁ、いいですことよ。

 とりあえず明日暇ですし行きますことよ。

 ちゃんと私に合うように可愛くデコるのよ?」


 それだけパパッ、と述べると風のように真白はドアから出ていった。

ユキムラは真白をずっと目で追っていたが途中で興味が無くなったのか椅子の上にのり仏頂面で欠伸をした。


「デート……ですか……」


何をするものなんですかね。




     ※




 翌日。

朝九時。


「えっ、と……えっと……真白姉様……ですよね?」


「そうですわね」


びっくりするほど何時もの格好からは想像がつかないほど真白は変わっていた。

ジーパンにジャケット、長い髪の毛がなければとてもいつもの真白には見えない。

いつもつけているカメラ付き眼帯も花の紋章がついた黒色のものに変わっており、まったくもって赤の他人に見えるまで変化を遂げていた。


「蒼も中々似合うじゃない。

 でももっと可愛くなるわね」


「う……そ、そうですかね」


蒼はいつもの真っ白のワンピースを着た。

というか、これしか持っていない。


「さぁ、行くわよ。

 私が運転するから」


駐車場で比較的軍用車に見えない車を一台借りる。

真っ赤なスポーツタイプのセダンに乗り込み、真白はエンジンをかけた。

起動と同時にフロントガラスに多彩な情報が流れ、OSのロゴが現れる。

軽やかにエンジンは吹き上がり、小型ナクナニアエンジンの音が鳴り響く。


「シートベルト忘れちゃダメですことよ」


 今の時代、コンピューターに任せず自分で運転する人は稀だ。

コンピューターに任せれば決して事故など起きることはない。

それでも自分で運転したい、という人も決して少なくない。

そのため、疲れたら自動運転に切り替えることが出来るようになっている。


「じゃあ今日は楽しみますことよ」


「はいな!」


真っ赤なセダンはセウジョウの基地を抜け、一般街に出た。

この前の襲撃の爪痕は多数残っていたが、それでも街は綺麗なものだった。

セウジョウの綺麗なレンガ造りの道と似つかわない最新のビルが立ち並ぶ。

お洒落な街、セウジョウはベルカ国内でも学生が住みたい街ナンバースリーには絶対入っている。


「いい町ですわね、ここは。

 いろんな色があって色んな匂いがありますもの。

 真っ白で何もなかった“家”なんかとは大違いですことね」


「そうですね……。

 あの、真白姉様は覚えているんですか?

 その……“家”のこと」


信号が赤になり、真白は車を止める。


「んー……そりゃ忘れるわけにはいかないですことよ。

 “家”は、酷い、酷いところだもの」


「私が産まれた時のことも……?」


恐る恐る訪ねてみた。

信号が青になり、再び車は進み出す。


「ええ。

 そりゃもう昨日のことのようにおぼえていますわ。

 あなたと……。

 もう一人の空月博士の“核”はみんな嫉妬のまなざしで見ていたですことね」


「え、そりゃまた何でです?」


小さくため息を吐き、真白はサイドブレーキを引いた。

ここの信号は長くなることで有名だ。

周りには信号に引っかかった車が次々と溜まっていっていた。


「そりゃ自分よりも後に生まれた艦がもっといい艦に乗ったら嫉妬もするわよ。

 私め達は兵器。

 自分よりも強いものに嫉妬しないわけが無いじゃないのよ」


真白はそう言って窓の外を見る。


「いやぁ……。

 それは……照れますね……」


「何で照れるんですこと……。

 よく分からない所でまたこの妹は……」


 車はどんどん町の真ん中に入っていく。

高いビルがどんどん増え、町並みがおしゃれになっていく。

始めてみる光景に蒼は戸惑いを隠しきれない。

いつも軍艦に乗って高い空から見ていた少しあこがれていた世界。

そこに自分がいけるなんて思ってもみなかった。


「この百貨店に入りますことよ。

 蒼、あなたにもっといい服を買ってさしあげますわ」


「えー……。

 今の気に入っているんですけど」


 百貨店の地下にある駐車場に車は入っていく。

コンクリートと鉄の臭いが充満した空間に車は少ない。

おそらく平日だからだろう。


「ほら、降りるのよ。

 服を買ってさしあげますわ」


真白に引きずられるようにして蒼は生まれて初めて百貨店の中に入ったのだった。

初めて入った百貨店は蒼にとってまさに未知すぎる世界だった。

真っ白に磨かれた床に上まで通り抜けるような吹き抜け。

ずらっと並んでいく店にこれまた沢山の人が並んでいた。


「はえぇ……。

 こんな風になっていたんですね」


「そうですわよ?

 全く、あなたは世間を知らなすぎますことね。

 こういうとこ一回も来たこと無いんじゃないですこと?」


蒼はすぐそばの店に入ってみた。

フリルのついた服が展示されている。

友達と来たのであろう女子学生が中で服を選び試着していた。


「私めが蒼、貴女に着せたい服はもう決まっていますことよ。

さぁ、行きますわよ」


真白のきせかえ人形になり三時間。

昼御飯は軽く食べ、またきせかえ人形になる。

その繰り返しでおよそ百貨店で服を買い終えた頃にはもう夜になってしまっていた。

蒼のお腹が鳴る。


「なにか食べたいものは有るのですこと?」


散々引きずり回したのに真白は涼しい顔だ。

逆に蒼がげんなりしてしまっている。


「特に…………」


「無いのならこのヘアーベックスで簡単にコーヒーを頼みますわよ」


最近、ヒクセスから進出してきたコーヒー屋さんだ。

赤色の紋章の真ん中に白色で錨が描いてある。


「コーヒーは私苦手なんですが…………」


「大丈夫、大丈夫。

 まぁ、私が注文するのを真似すればいいのですわよ」


「分かりました……」


中はおとなしめの赤色で揃えられていた。

客層は女子で若い人が多いようだ。

落ち着いた雰囲気の店内は、木の匂いがのんびりと揺れている。


「いい所ですね……」


「でしょ?

 私め達“核”から百八十度真逆の所よ」


レジの順番が近づく。

真白はちらっとメニューを見て、店員と正面から向き合う。

一瞬の静寂。

真白と同じものを頼む為、耳を限界まで澄ませる。


「いらっしゃいませ。

ご注文は――」


「グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノをお願いしますわ!」


「!?!?

ちょ、真白姉様!?」


「かしこまりました」


満足そうにどいた真白。

次は蒼の番だ。


「いらっしゃいませ。

ご注文をお伺いします」


「あ、えっと……。

ぐ、グラタンミルク……えっと……?」


混乱する。

そもそもあんなもの一発で覚えれるのがおかしいのだ。

顔を赤くしてもぞもぞする。

慌ててメニューを見直してもそんなもの書いていない。

混乱して小さくなる蒼。

真白に助けを求めようとそっちを見たが真白はケースの中のケーキに夢中だ。


「あ、えっと……」


「先程のお客様と同じものでいいですか?」


「は、はい!」


「かしこまりました。

 どうぞ、左へ」


真白の言うとおり、ヘアーベックスのコーヒーはコーヒーとはとても思えなかった。

透明の容器に赤いストローが刺さっており、中身は甘いものがたくさん詰まっているコーヒーから遥かに離れたものだ。


「酷いですよ……。

 私が一回で覚えれるわけないじゃないですか……」


「あら、ごめんあそばせですわ。

 私めの妹ならば余裕かなぁと思いまして……」


「…………真白姉様嫌いです」


「ご、ごめんなさい蒼。

 お詫びに何かまた食べ物買ってあげますから許して欲しいですことよ?」


大量の買い物荷物を持って地下駐車場へと戻る。

蒼の片手には新しい袋が追加されていた。

有名な洋菓子店の名前がプリントされている。


「へへ、今日は色んな世界を見ることが出来ました。

 楽しかったですよ、真白姉様」


「そう思ってくれるなら幸いですわ。

 実際すごく私めも楽しかったですもの」


片目に眼帯をしていても真白はやはり美人だ。

実際今日百貨店ですれ違う男の人ほとんどを振返らせていた。


「いよぉ……。

 かわいいおじょうちゃん達、デートしない?」


「そうそう。

 デート付き合ってくれよぉ。

 俺達人肌恋しくて……おいおい。

 めちゃくちゃ美人じゃねぇかよ」


もう少しで車にたどり着くというのに。

柱の影から五人の男が現れた。

夜はこの駐車場、不良の溜まり場になっていたらしい。

ギラギラした目、まるで野獣だ。


「こいつぁ、上物だ!

 余計にお付き合い願いたいね!」


「お退きになってくださいませんこと?

 私め達、早くおうちに帰りたいんですの」


明らかに真白は慣れた顔をしている。

不良に絡まれること自体、初めての蒼は何をどうすればいいのか分からない。


「あんたが付き合ってくれたらそっちのちっちゃいお嬢さんは返してやるよぉ。

 あんたが付き合ってくれたらな?

 さあ、早く決めてくれよ」


不良の一人が真白に近づき、肩を掴む。

一瞬にして不機嫌な顔になった真白はせっかちな不良の顎を掴んだ。


「別に私めがあなた達とお付き合いするのは構いませんわ。

 なんならホテルに連れて行ってまぐわっても構いません。

 まぁ……私めのこの腕を見て決めてもらえますこと?」


「腕ぇ……?

 ひぃぃぃい!

 や、やべぇよ!!」


真白は自分の右腕の袖をまくって見せた。

そこにはベルカの紋章“曲菱型”が刻印されている。

うっすらと暗闇でも光るその圧倒的存在感はチンピラ程度を脅すには十分だった。


「す、すいませんでしたぁあああ!!」


「ふん。

 どいつもこいつもたいした奴なんていませんわね。

 私めのこの素晴らしい体を抱いてもいいって言っているのに。

 おかげさまで経験はいまだに無いままですわ」


「……こういう風に撃退するんですね。

 漫画とかでしか読んだことないので始めて知りました……」


「覚えておきなさい。

 これを見せたら誰もが逃げますわ。

 それだけの力がこの紋章には詰まってますの」


「みんなは“核”を恐れているんですかね?」


「さあ。

 ただ未知のものに対する恐怖はあるでしょうね」


 荷物を車に積むとゆっくり車は走り出した。

帰りの車の中、五個ほど買ってもらったプリンを食べながら蒼は過ぎていく街を眺める。

外灯、ビルの電気。

あちこちが眩しい街。

真白が言った言葉がずっと頭の中でぐるぐると回っている。


「私達“核”とは百八十度違う所、ですか……」


車は街を抜け、再びセウジョウ基地へと帰ってくる。


「真白姉様。

 今日はありがとうございますですよ」


「あら。

 いいですことよ?

 私め、これからずっとあなたと付き合いしていかなくてはならないみたいですから」


「?」


少し言っている意味が分からなかった。

首をかしげた蒼に真白は言う。


「これから私とあなたはシグナエの対《天端兵器》の相手を専門にする部隊を組みますの。

 よろしくね、蒼」


「それだけでこのデートを?

 え、それって……」


「当然、あなたは私のかわいい妹。

 何も姉らしいことをしてやれなかった償いの意味もありますわ」


「……なるほど」


分からない。

この人は改めて何を考えているのか分からない。

そう思う、蒼だった。





               This story continues

ありがとうございます。

お待たせしました。

あれ、あと三ヶ月ぐらいで終わるかなぁとか思ってたんですが……。

あれ……?


ど、どうかお付き合い願います!

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