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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
解放への道
49/81

終焉の時 2

「全世界に伝えるのです。

 この戦争は仕組まれたものだってことを」


 水体制に入った《ネメシエル》を敵は集中的に狙ってくる。

《ネメシエル》を外した光線は市街地を破壊する。

まだ避難が完了していない人間が崩れた瓦礫の下敷きになり絶命する。


【っち、余計な真似を……!!

 覚えておきなさいよ!

 大義名分の邪魔をこの……!】


このニューバークだけではなくヒクセス全土を戦争に招いた副首相のレイチェルは歯茎を丸出しにして唇をひん剥いた。


『大義名分だ?

 いったいなんのだ、レイチェル?』


【あなたには関係ないわ!

 ロバート、あなたには関係ないのよ!】


『何だと!?

 おい、レイチェル!』


叫ぶロバートに反して無線はガチャリと切られてしまう。


「………………」


(“イージス”過負荷率三パーセント。

 敵の攻撃は想像よりも薄い。

 このまま前進する!)


《ネメシエル》は敵の攻撃を受けつつ着水体勢を、維持する。

このまま“イージス”で何とか押し切ることが出来そうだ。


【この……!

 裏切り者どもが!!】


『違うね!

 俺達は裏切ってなんかいない!

 裏切り者はお前らの方だ!』


【っくそ!

 沈め!!】


 市街地に所々設けられた街角の装甲扉が左右に開く。

三台のトレーラーに牽引され扉の奥から対艦砲が出現する。

鈍く光を照り返すその口径は優に四十を超える大きさだ。

戦艦の主砲と比べても大差はない。


【撃て!

 相手を寄せ付けるな!】


(流石に……あれは長くは持たないな)


《ネメシエル》が口径とエネルギー量をみてぼやく。


『こちら第四艦隊!

 すまねぇ、やられた!

 この空域を離脱する!』


『第四十二艦隊だ!

 ダメだ、旗艦が落ちた!

 統率が取れない!』


図太いレーザーが再び空を埋めつくし始める。

荒れ狂う対艦砲の光が雨や嵐よりも激しく空を覆っていた。

助けに来てくれた味方の戦闘機群がその直撃を受け蒸発する。

対艦砲の攻撃を浴びた軍艦の装甲が吹き飛び、舷側に並んだ機銃の砲身が爆風でねじ切れる。

こぼれた部品が、まるで血のように市街地へと降り注ぐ。

融解し堕ちる軍艦は民家をその質量で押し潰し、燃え盛り黒煙を空へと立ち上らせていく。


【ここ、ニューバークの防御力を嘗めんなよ!】


『っくそ!

 誰かなんとかしろ!』


『こちら第七地上大隊!

 敵の抵抗が激しい援護を頼む!』


 同時に攻撃対象の座標が送られてくる。

このまま放っておけばしばらくすればこの空域には《ネメシエル》しか、いなくなってしまう。

敵の攻撃は熾烈を極めていた。


「《ネメシエル》攻撃対象を補足し攻撃を。

 着水体勢はそのまま援護射撃を開始してください。

 ここで、味方に落ちられたら困りますから」


それだけは避けなければならない。

戦争を終わらせる二人の男を乗せているかぎり《ネメシエル》は落ちるわけにはいかない。


(了解した。

 そのための私達《超極兵器級》だからな)


聞こえていたと思うが一応再確認を込めて話す。


「味方艦隊へ。

 私が対艦砲及び地上部隊援護に回ります。

 射線に入らないように注意してください。

 貫通性に弾種を切り替え。

 一撃で仕留めますよ」


《ネメシエル》の“三百六十センチ六連装光波共震砲”が左右を向き敵の対艦砲を狙う。

数は全部で二十三基だ。

それら、全てに《ネメシエル》の砲門を向けた。


【《鋼死蝶》さえ沈めちまえばこっちのもんだ!

 全砲《鋼死蝶》を狙え!】


(全敵対艦砲に照準完了。

 自動追尾装置にセット完了。

 エネルギー装填開始完了まで十五秒!)


『こちらニヨ了解した!

 全艦退避を急げ!』


The truth of the blueの歌声は止まない。

ずっと鳴り響いている。

まるで、ラジオのようだ。


「ぶっぱなしますよ。

 《ネメシエル》、撃て!」


 “三百六十センチ六連装光波共震砲”が光を孕み、射出されたプラズマが敵対艦砲へと殺到する。

敵の“伝導電磁防御壁”が地面に並んだごみを吹き飛ばして展開されるが、《超極兵器級》には敵わない。

貫通され、会えなくその体に三本程度の穴を穿たれる。

融解した対艦砲は次々と砕け、空を支配していた図太いレーザーが消えていく。


『流石《鋼死蝶》だぜ!』


『ヒュー……あんなのが五隻もあるんだろ?

 そりゃベルカは、すぐに降参しねぇわけだわ……』


【使えねぇ奴等だ!!

 何としても《ネメシエル》を消せ!

 この街ごと吹き飛ばしても構わん!】


生き残った敵艦が、再び《ネメシエル》に攻撃先を絞り込む。


(大量に高エネルギー体接近!

 数百はあるな……!)


「っち、“イージス”最大展開!

 敵の攻撃を全て弾いて――」


その《ネメシエル》の真横に三隻の戦艦が並ぶ。

全て戦艦級だ。


「ニヨ!?

 あなた……!」


『《鋼死蝶》を守るんだ!

 いいな!』


その三隻が盾となり《ネメシエル》を攻撃から守る。

少しでも“イージス”の過負荷率を稼ぐことが出来るのはうれしいことだ。


『これくらい何のことはない……!

 さぁ行って下さい《ネメシエル》!』


「了解です……ありがとうニヨ。

 二人ともそろそろ降りますよ。

 準備、お願いします」


 《ネメシエル》の船体は順調にスピードを下げ、ワゴントン川へと着水した。

水飛沫を大きく上げ、水面に叩き付けられるようにして強制着水した船体が軋む。

その《ネメシエル》の姿を記者達は歓声を上げ、カメラを回しまくる。

マスコミは話題になることがあればそれだけで動く。

その結果ひとつの国を救おうが滅ぼそうが関係ないと思っているのだ。

蒼も出来ればマスコミを、使いたくはなかったが致し方ない。

高度にインターネットが発達したこの世界でもマスコミの持つ力はまだ大きいのだから。


(逆噴射を開始する。

 目的地まであと五百メートル)


 《ネメシエル》の船体を飲み込んだ川が悲鳴をあげる。

沸き立った水がうねり、艦首が水面を割ったことによって出来た大きな波は防波堤に当たって砕ける。

水深およそ五百メートル近くある深いこの川は大昔から運河として利用されてきていた。

いささか、自然に出来たにしては深すぎるが。


(あと二百メートル。

 二人ともそろそろですよ)


『了解したよ』


『おう。

 では、行きましょう天帝陛下』


 二人が出たタイミングで蒼は残り四隻の《超極兵器級》にデータリンクを要請する。

すぐに、許可がおりマスコミのカメラから送られてくる映像が《ネメシエル》を通じて四隻の《超極兵器級》に転送され始めた。

そして四隻の《超極兵器級》から全世界へと映像が流れはじめた。

二人が《ネメシエル》の甲板に姿を表した瞬間大量のフラッシュが二人を包み込んだ。

ピタリとちょうどの場所で錨を下ろすことなく停船した《超極兵器級》をマスコミは目を丸くして見つめている。

三キロもあるような船を普通は目にすることはない為だろう。

二人は既に設置してあるマイクにまでたどり着くと早速演説を始めた。


『私はヒクセス共和国首相、ロバートだ。

 この放送を聞いているものよ。

 戦争はもう終わりだ。

 みんなで寄って集ってベルカを攻撃するこんな、非人道的な戦争はやめだ。

 ここに我々ヒクセス共和国はベルカ帝国と停戦する。

 そして軍事同盟を結ぶことを宣言する』


 事前に通達していたとはいえ、それでもどよめきが場を飲み込んだ。

昨日、さっきまで戦争状態にあった二国が一瞬にして同盟を結んだのだ。

こんなことヒクセスが建国されてから初めての事だろう。


『ヒクセス共和国のみなさん。

 私はベルカ帝国の元首にして天帝です。

 どうか私の言葉を聞いてください。

 この戦争はシグナエ連邦の仕組んだものです』


 二人は自分が見てきたこと、されたことを赤裸々に語る。

絶え間ないマスコミのフラッシュを見ていた為に目がチカチカしてきた蒼は艦橋から二人を見下ろすのを止め、目を閉じた。

腹の底に響いてくるようなエンジン音と《ネメシエル》のAIが駆動する静かなファンの音と二人の演説、空を守ってくれている三隻の戦艦が戦闘を続行する音全てが聞こえる。

明らかにこの戦闘が始まったときと比べ、敵の数は減少していた。

シグナエ連邦の仲介が入るかと思ったが、どうやら蒼の杞憂で済んだようだ。


「《ネメシエル》、損傷は?」


(ない。

 ゼロだ。

 ニヨ達が守ってくれたお陰だ)


数々の状態を示すモニターは実際全てオールグリーンだった。


「各種アクチュエイターの確認を。

 機関の再起動を行ってください。

 全兵装オンラインに。

 命令があればすぐに撃てるようにしてください」


(了解した。

 だがまた……なぜだ?)


「嫌な予感がするんです。

 なんとなくですが。

 もし―――」


 沸き上がった歓声で蒼は言葉を飲み込んだ。

二人は先程よりも多いフラッシュをたかれている。

ニコニコしながら話す二人は握手していた。

会見の一番盛り上るところだ。

歓声はマスコミだけではない。

共に戦っている味方全てもあげていた。


「これで戦争も終わりますね……。

 ヒクセスがシグナエに負けるわけがありませんから。

 やーっと私も楽になれますよ」


(ふふ、その通りだな……。

 全くやれやれだ)


このままなにもないまま会見は終わり、ロバートをここに置いたまま帰る。

明日からは対シグナエに切り替わった作戦が展開されはじめるだろう。

そう蒼は考え、肩の力を抜いた。


【まーったくおめでたい事ね】


突如ニューバーク中に女の声が響いた。

場の空気が凍る。

ヒクセス中でおそらくもっとも有名な女性の声だ。

誰も聞き間違えるはずがない。


『レイチェル……!

 君なのか……!?』


【そうよ、あなた。

 私に決まっているじゃない】


ロバートは小さくため息をつく。

まだ続くのか、と言いたそうだ。

だからレイチェルに対して諭すように物を言う。


『さっさと降伏した方が良い。

 もう君達に味方はいないのだからね』


その言葉が引き金になったようにニューバーク中に映っていた会見の映像が切り替わりレイチェルの顔が大きく写し出された。

異常を、報告する《超極兵器級》がいないことからこのレイチェルの顔はニューバークにのみ映し出されているのだろう。


「あなたいったい……」


 蒼の言葉は相手には聞こえていないだろう。

それでも蒼は小さく呟かざるを得なかった。

そんな空気を彼女は持っていた。

歌声は止んでいた。


【いい?

 この戦争を望んだのは国民よ。

 あなたが当選したのに、不満を抱えていた人達はとっても多い。

 みんな強いヒクセスが好きなのよ。

 それなのにあなたは軍縮し、他国への介入、世界連合の軍資金全てを減らしてきた。

 私達人類に平和なんて無理なのよ。

 わからないの?】


バカにするようにレイチェルはロバートを嘲笑う。

ロバートはレイチェルの言葉を聴いて首を左右に振り、否定を示した。


『違う。

 それは違うよレイチェル……。

 この国は戦争をし過ぎたんだ。

 その結果、第三次で勝ったにもかかわらずこの税金の値上げ、恐慌だ。

 軍隊に金をかけすぎて国が滅びたら意味がないんだ、レイチェル。

 どうして分かってくれないんだ?』


【それでもこの国が強い方がいい人はいっぱいいるのよ。

 国内にも、国外にもね。

 だからこの戦争を起こし、ベルカを取り込む。

 そして更なる覇権を狙ったと言うのに……あなたは……!】


『拡張主義はもう終わりだよ。

 次は平和で、静かな時代が来る。

 きっとね』


大笑いが起きた。

レイチェルが、画面の中で笑っていた。

腹を抱え、狂気にも似た笑い声は薄気味悪くニューバーク中へと響き渡る。


【ねぇ、ロバート?

 あなたは優しい人よ。

 何十年も一緒にいたんだもの分かるわ】


『……何が言いたい?』


【あなたに私が止めれるかしら?

 あなたの言う話し合いで】


その言葉と同時に地面が揺れた。

それはまるで小さい地震のようだった。


『っ、なんだ!?』


「《ネメシエル》分析を!」


(今やっている所だ!

 なんだこれは。

 ――これは、船……なのか?)


「諸データを表示してください!

 天帝陛下、首相、早く《ネメシエル》の中に!」


水面が揺れ、ニューバークの市街地の中心で砂煙が上がり始める。


『おいおい、なんだ、なんなんだよあれは――!』


『ふざけんじゃねぇ!

 いったい何が起ころうとしてるんだよ!』


『気でも狂ったんじゃねぇのかぁ?

 こいつぁ……ひでぇぞ……』


『見たことねぇぞこんなもの!

 誰かなんとかしろ!』


地面のアスファルトをぶち抜き、砂煙を、突き破るようにして現れたのは一つの巨大なVLSだった。

地面から鋼鉄の箱がにゅるりと生えてきたのだ。

その半分の幅だけでも普通の戦艦一隻分ぐらいはあるだろう。

一辺が凡そ六百メートルを超える正方形だ。

VLSの周りには数々の砲台がついており、その中には対艦砲も入っていた。


『あんなもの知らんぞ!』


『攻撃しろ!

 決して敵わない相手じゃねぇはずだ!!』


 巨大VLSは市街地へと濃い影を落とすと、その身を、ガチガチに固めていた装甲をパージし始めた。

キャットウォークのついた大きな鋼鉄の塊が落下し、地面へと突き刺さる。

一つの大きさは全長三十メートルにも及ぶものだ。

そんな大きさの装甲の下敷きになったビルは押し潰され、ぺしゃんこになる。


【大義名分のために沈んでくれない?】


唖然とする蒼達を相手に敵VLSは攻撃を始めた。

砲塔から数々の口径の光が撃ち出される。

光はまず市街地にいる陸部隊を焼き払った。

戦車の砲塔がくるくると爆発の黒煙を吐き散らして空を舞う。

本来は艦を仕留めるための物だ。

それが戦車等の車両に向けられたのだ。

集中攻撃を受けた陸戦隊はまるで夏場の氷のように呆気なく溶けていく。


『くっおおお!!』


『救援を!!

 誰か助けてくれ!!』


味方の援護も虚しく、次々と地上味方からの信号が消えていく。


「このままだと……!」


全滅してしまう味方から注意を逸らす目的で“三百六十センチ六連装光波共震砲”を向けた。

相手は誰にロックオンされたことか液晶で判明したことだろう。

蒼が狙いを定め、撃つよりも前に相手も狙いを変えた。

次の狙いは蒼達、軍艦になったようだ。


「ロバート、あれは……!?」


鉄壁の要塞のようにも見えるあの兵器の詳細データはロバートに聞くに限る。

作った国のトップに聞くのが一番だ。


『あ、ああ、第三次のときの遺品だ。

 超巨大弾道ミサイル……。

 進行してくる敵巨大兵器を一撃で仕留めるためのものだ。

 しかし何であれが……?』


(諸データの分析が完了した。

 全長八百八十メートルといったところか。

 周辺の兵装はヒクセスの標準兵装だな。

 特に私達の敵ではないように思えるが……)


『いや本領はあんなもんじゃない。

 あくまで兵装類はただのサブウェポン。

 メインウェポンは……』


【全ターゲットロックオン!

 さぁ、パーティーの始まりよ!

 全部貰ってちょうだいな!】


パージされた装甲の下にはまるで魚の卵のようにぎっしりとミサイルが詰まっていた。

それらが一斉に点火され、何百という数のミサイルが母体から発射される。


(敵ミサイル、発射された!

 数は六百!

 まっすぐ突っ込んでくる!)


その六百のミサイルの内部からさらに細かいミサイルが分離し、飛び散る。

分離したミサイルは一本につき五本程度。

一瞬にしてミサイルの数は五倍に増える。


(敵ミサイル、分離。

 数は三千、まだ増えているぞ!)


「対ミサイル防御!

 “強制消滅光装甲”展開、及び機銃撃ち方はじめ!」


大空を埋め尽くすようにミサイルの噴煙が糸を引いて《ネメシエル》へと、殺到する。

戦闘終了の兆しを見せていた戦場に再び戦闘が戻ってきた。

《ネメシエル》の機銃防御をかいくぐって何百ものミサイルが炸裂する。

まるで埋め尽くすかのようなその数と気迫に押され蒼は強く拳を握り、全ての演算リソースを迎撃に振った。


「一つでも多く落としてください!

 いくら《超極兵器級》でもこの数は流石にキツいですよ……!」


 三千のミサイルはまるで生き物のように蠢く。

喫水上の五つの艦橋をフル動員する。

およそ三千のミサイル一つ一つにAIが自動でロックオンを行い、蒼の負担を減らす。


(撃ちまくるぞ!

 何としても半分は落とすんだ!

 いいな!)


あちらこちらから飛来するミサイルを機銃が撃ち抜き、爆炎を掻い潜ってあらたな弾頭が顔を出す。


『《ネメシエル》危ない!』


地面すれすれに飛んでくる別のレーザーが蒼の意識を逸らした。

“イージス”を展開し、レーザーを逸らす。


「……っ!?」


『ミサイルが突破したぞ!

 《ネメシエル》!!』


 味方の警告の直後、弾幕を抜けたミサイル達が殺到した。

数は凡そ三百。

全長三キロの船体のあちらこちらで“イージス”と“強制消滅光装甲”にぶつかったミサイルが起爆する。

マスコミ陣まで覆った“強制消滅光装甲”と“イージス”の過負荷率は一気に上昇し、八十パーセントを突破した。

当然ミサイルの飽和を受けたのは《ネメシエル》だけではない。

味方艦が次々と被弾していく。


『直撃を受けた!

 すまん、離脱する!』


『っなんて数のミサイルだよ!

 この化け物が!』


『集中攻撃だ!

 ぶっ壊しちまえあんなもん!』


 健闘したとはいえ、VLSはたった一基。

残った全ての軍艦の集中砲撃を受け、耐えれるわけがない。

たちまちその体に被弾の爆発を増やしていく。

外側にへばりついたような砲台は剥がれ落ち、地面へと消えていく。

そんな損害を物ともしないようにVLSの装甲扉がカメラのシャッターのように上下左右に開いた。


【悪いけどあなた。

 この街と共に死んでちょうだいな】


 一発、超巨大ミサイルがその砲門から飛び出した。

まるで力尽きたようにVLSが根本からの爆発でへし折れ、倒れた。

八百メートルもの建造物が倒れる衝撃は凄まじく、《ネメシエル》にまで大気が震える音が伝わってくる。

母体から産み落とされた最後の一つは黒い噴煙を上げ、煙を引いて空へと昇っていく。

“量子炸裂技術”で昇るミサイルの上昇力はとても激しいものであっという間にその存在は小さくなる。


(敵VLSからミサイルの発射を確認!

 数は一、だ!)


「撃ち落としますよ《ネメシエル》!

 全砲門、撃て!」


 標的を敵ミサイルに絞り混み全艦の最優先目標としてデータを送信する。

ところがミサイルは《ネメシエル》の攻撃を避けた。

巨体に見合わないその俊敏な動きに一瞬蒼はびっくりしたが、すぐに気を取り直して撃ち方を続ける。

角度的に“三百六十センチ六連装光波共震砲”は使えない。

“三十センチ三連装光波共震高角速射砲”を使うしかないのだ。

一分間に二十発の速度で撃ちだされた光がミサイルを追尾する。


「ミサイルが頂点部にたどり着き動きが止まった時を計らって攻撃を。

 あのミサイルは落とさなければならない気がします!」


(了解した。

 相手の挙動を計算し、その止まった時を見計らう)


『待て、待ってくれ蒼!

 おそらくあのミサイルにレイチェルが乗っている!』


「ん……?

 はぁ!?」


とても理解できない状況に蒼は思わず固まった。

ミサイルに、人が乗っているなんてそんなバカなことあるはずがない。

自殺するようなものだ。


『いいか、全艦、ミサイルに攻撃するんじゃない!

 話し合えばきっと分かってくれる!

 だから、落とすな!』


『了解しました。

 ロバート首相、お願いします!』


 《ネメシエル》から敵のミサイル、レイチェルへ向かって通信が発信された。

すぐに応答があり、レイチェルの、顔が少し歪んで表示される。

テレビと同じ動作で動くその姿は本当に不気味の、一言に尽きた。


【さぁロバート。

 あなたに私が殺せるかしら?

 ああ、親切な私は教えておいてあげるけど。

 このミサイルの弾頭は“量子炸裂弾”よ。

 ニューバークだけじゃなくその周辺まで焼き尽くせるわ】


かつてこのヒクセス及びベルカの首都を焼いた“量子炸裂弾”、それを積んだミサイルは今ニューバークに向かって落下してきていた。


(敵の着弾予定地点を計算している。

 このスピードと突入角度は……ああやっぱり私じゃないか!

 “イージス”と“強制消滅光装甲”の過負荷率じゃとても防ぎ切れないぞ!

 ロバート説得するなら早く説得してくれ!)


案の定の答えだったが《ネメシエル》は少し大袈裟に騒ぎ出す。


『レイチェル!

 いいから聞いてくれ!

 私は、戦争がしたいんじゃないんだ!』


【無駄よロバート。

 私は自分の考えを捨てないわ。

 この“量子炸裂弾”で《鋼死蝶》と反乱分子を沈め、全てをゼロに戻すのよ。

 当然国民にはベルカの企みと後で説明すればいいわ!

 バカなマスコミと国民はそれで騙されるのだから!

 分離工作を図った《鋼死蝶》達は自国副首相によって撃破されました、ってね!】


 “量子炸裂弾”を積んだミサイルは迎撃の光に怯えることなく一目散に《ネメシエル》へと墜ちてくる。

ロバートが、迎撃するなというのだからミサイルの思惑通りに事は運ぶだろう。


『それは違う!

 誰もかもが話せばきっと分かってくれる!

 レイチェルそれは君もだろう!?』


(敵ミサイル着弾まであと一分!

 最終防衛ラインまであと三十秒だぞ!

 急いでくれロバート!)


「いや、二十秒です。

 こんな真上で炸裂されたら爆風で何もかも吹き飛びますよ」


【ロバートあなたは優しすぎるのよ。

 あなたに私を殺すように言えないのが何よりもその証拠!

 さぁ私を撃ち落としなさいよロバート!】


 レイチェルの乗るミサイルは空気摩擦で燃え、赤く流れ星のように墜ちてくる。

そのスピードはマッハ七にもなっていた。

そして、そのスピードに耐えきれないのかミサイル自身からパラパラとゴミのように剥がれた外壁が燃えながら撒き散らされている。


(残り二十秒!)


『……レイチェル!

 頼む、やめるんだ!

 まだ間に合う!

 進路を逸らせ!』


【嫌よ。

 貴方とは話すだけ無駄ね。

 さようなら】


『おい!

 最後まで話を聞け!

 私が……私が唯一愛した人だというのに……こんな……』


 ロバートは落ちてくるミサイルを、睨み付ける。

目尻に溜まっている、涙をハンカチで拭いもう一度呼び掛ける。

ミサイルの二番目が切り離され、最後のエンジンが展開する。


『頼む、レイチェル……』


返事はない。

そればかりか最後のエンジンが点火しさらにスピードが増したのだ。


『…………こんなことってありなのかよ。

 副首相の、攻撃で俺達が沈むなんてよ』


『はー……なんか納得いかねぇよな。

 まぁ、ロバート首相の命令だ。

 仕方ないのかもな』


(残り五秒!)


『レイチェル……』


黙っていた蒼だったが、限界迎撃高度をミサイルが越えたその時だ。


「撃ち方はじめ」


そう指令を下した。

撃つな、という命令を無視したのだ。


「案の定ですよ。

 歌、言葉なんて不確定なものじゃ戦争に勝てない。

 それに……」


だが蒼は胸の中に抱いていた不信感に打ち勝つことが出来た。

話し合い、歌?

そんなもの戦争に必要ないんですよ。

こんな、茶番に付き合ってられないですよ。

バカらしい。


『ダメだ、おい!

 やめろ!!』 


 ロバートからの通信を切らずに目を細め狙いをしっかりと定めていた。

それは今から獲物に飛びかかるヘビのような鋭い目付きだった。

狙いの定まった《ネメシエル》から撃ち上がる猛弾幕の前にレイチェルの乗ったミサイルのあちらこちらに穴が開きはじめる。


【……《鋼死蝶》!

 あなただけでも連れていく!】


テレビの中で笑うレイチェルの目にはもう蒼しか見えていないのだ。

大義名分とやらを完膚なきまでに叩かれた恨みか。


「嫌ですよ。

 一人で逝ってください」


 機銃を受け、空いた穴から白煙を吐き出しながら墜ちてくる。

ほとんど叫んでいるロバートの声は聞かず、蒼は最後の一押しを実行した。


「とどめですよ。

 落ちてください」


猛反撃のミサイルを、さらに多くの砲門が狙いを定め撃ちはじめる。


『レイチェル!!』


【シグナエに……に……万歳!】


 爆発を恐れて弾頭には当たらないように狙いを定めた蒼だったが、どうやらミサイルの中には自爆することができる仕組みがあったらしい。

しん、と一瞬空気が張りつめた。

突如、膨れ上がった爆発が大空を、雲を消し飛ばす。

太陽よりも強い光を放った“量子炸裂弾”は高度六千メートル付近で爆発した。

強烈な爆風が、ニューバークの街を包み込んだ。

古びた時計台が崩れ、あらゆる建物のガラスが衝撃波で割れはじめる。

泊めてあったあらゆる車がひっくり返り、教会の屋根にあった旗の紐が千切れ、吹き飛んだ。


『うおおお!?』


『た、退避しろ!!

 たい…………ろ!!』


『…………が…………!

 ………………!?』


 爆風はニューバーク市街だけでなく、当然上空に待機していた軍艦をも襲った。

互いの通信網が遮断され、雑音で埋め尽くされる。

高度六千メートルの火の玉は生まれたときには何万度という温度を保っていたが、一瞬のうちに三千以外にまで下がった。

温度差によって膨らんだ衝撃波はニューバーク市街を越え、三十キロ離れた別の町にも被害及ぼした。

黒く塵を孕んだ黒煙は膨れ上がったまま空高くへと昇っていく。

綺麗なキノコ雲が、ニューバーク上空に産まれた。


「……なんとか……。

 なんとか、無事に生きてますね……」


(“イージス”、過負荷率百パーセント。

 もうこれ以上はドックに入らないと無理だな。

 毎度のごとくギリギリまで酷使してくれる。

 だが何とかマスコミ達と首相、天帝陛下を守ることはできたようだ)


 《ネメシエル》は少しレーダーの表面が溶けてしまったが、それ以上はたいした損害は受けなかった。

蒼はロバートと天帝の二人、マスコミ陣の生存を確認すると一気に全身の力を抜いた。

席にもたれ、天井を仰いだ。

重苦しい鋼鉄の塊の天井は肉抜きされた鋼鉄がいくつも張り巡らされていた。


『なぁ、蒼……』


 未だに味方との通信が復旧しない中、ロバートの声だけはしっかりと聞こえた。

落ち込みかけているその声はとても暗い。

やっぱり命令を破ってレイチェルを落としたことを怒っているんでしょうか。

文句を言ってくるようなら正論を並べてボコボコにしてやろうと身構える。


「なんでしょうか」


『これでよかったんだな、これで。

 言葉じゃ解決しないことも……ある。

 改めて……私はこれが戦争だと気がついたよ。

 相手に分かってもらうには言葉だけじゃダメだ。

 力を伴わないとダメなんだな』


蒼は頷いた。


「その通りですよ。

 言葉が通じるのはまともな思考回路をしている人だけです。

 まともではない人には通じません」


『ああ……その通りだ。

 お陰さまで……ニューバークの被害は最小限で済んだ』


 あらゆる建物のガラスは割れ、車はあちこちにひっくり返っていたが街として活動するのに支障はないようだ。

二、三日すればすぐに元の姿を取り戻す。

高度が六千メートルよりも下だったら復旧には一ヶ月かかるほどに重大な被害を受けたことだろう。


『蒼、提案なんだが……。

 もう少しこのニューバークにいてくれないか?

 市民にも、味方にも……英雄の艦を見せてあげたい。

 よろしいかな、天帝陛下?』


『構いませんよ。

 私は別の船に乗って送ってもらうだけのこと。

 《ネメシエル》、命令です。

 ニューバークにてしばらく待機しなさい。

 この街を守るのです』


 天帝陛下の命令には逆らえない。

命令を承諾し、この地点にて待機する意図をセウジョウの総司令部に送った。

すぐに任務許可としての文書がマックスのサイン付きで帰ってくる。


「承知いたしました。

 正体をばらされたシグナエがいつ来てもおかしくないですからね。

 私がここで責任をもってロバート首相とこのニューバークを守ります」


その時ひとつのことが胸に引っ掛かってきた。


『なあ、蒼。

 シグナエ……それにレイチェルはもう一つ何か名前を言ってなかったか?』


「もう一つですか……?」


(レイチェルの最後の台詞は録音してある。

 後で解析班に回しておこう)


『……“組織”と聞こえたような。

 うーん、分からん。

 聞こうとしたタイミングで聞こえなくなったからな』


「“組織”……ですか」


 その言葉を口の中で何度も繰り返す。

夏冬、そして《ウヅルキ》はシグナエの人間ではない……?

不明瞭過ぎる言葉で全体を語るのはあまりにも愚行だ。

こういうのは大人しくマックスに報告するのが一番なのだ。

今回得た戦果と情報を送信し、蒼はお腹が空いていることに気がついた。

再び無線機が鳴り出す。

どの艦からも歓声が聞こえ、ベルカとヒクセスの戦争の終結を祝う言葉で溢れていた。






     ※






 ヒクセスとベルカの平和、及びニューバークでの出来事はあっという間に全世界へと伝わった。

ベルカと仲の良いシーニザーもすぐにベルカに対して停戦を申し込んできた。

シーニザーだけではない。

他の国、その四分の三が戦争の停止を申し出て来た。

みんながこの戦争に違和感、その表れとも言えた。

未だにベルカ征伐の為に集まっていた世界連合軍はもはや軍としての役割を果たさなくなっていた。

ベルカは勝ったのだ。

唯一負けた、ジョーカーを引いたシグナエだけは音沙汰がない。

着実に軍備を進めているとの、噂も出ている。


「今日は記念すべき日だな」


「なんで……ああ。

 そうですね、マックス」


戦争がはじまって長い日が経っていた。

コグレの古い椅子に腰掛けたマックスは眠そうにあくびを一つする。

ギシッ、と軋む。


「やっぱここが一番落ち着くな」


「ですね」


 ニューバークでの最後の戦闘から二週間が経過していた。

ビックリするほど何もない日々が続いた。

平和というとてもありがたいものをベルカは享受していた。

今日はニューバークから離れた中立国ワズラオにてベルカとヒクセスその他の停戦条約が結ばれる日なのだ。


「護衛には《超極兵器級》一隻とその他諸々をつけた。

 何が来ても大丈夫さ」


「そうですね。

 そんなことよりマックス、はやく忘れ物を探してくださいよ。

 セウジョウに、戻ってパフェを私は食べたいんですから」


「まぁ、待てよ。

 せっかく古巣に帰ってきたんだ、少しぐらい――」


マックスがそういいながら手にチョコレートの包み紙を取ったときだった。


「!」


 まるでこの星が揺れたような、そんな感覚だった。

蒼は思わず窓に飛びつき、外を見る。

しかしそこには平和な世界が広がっているだけだ。


「どうした?」


「いえ……。

 気のせいだと思うんですが……」


 中立国ワズラオ事変。

後に人類最大の殺戮、として知られるようになる出来事がこのとき中立国ワズラオで起こっていた。

小さな島国であるワズラオは実質、今日を持って地図からその姿を消すことになったのだ。





               This story continues

ありがとうございました!

結構いいペースで更新できてるなぁ、と思っていたりしております。


本当にこれあと一年ぐらいで終わるのかな……。

もっと更新ペース上げるべくがんばります!


読んでくださり、本当にありがとうございます。

わりとあともう少し……かもしれないのでお付き合い、お願いよろしくお願いします!

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