終焉の時 1
対空アラームが鳴り響く。
赤色に染まったコックピットには四人ほどの人間がいた。
そのうち三人はぴくりとも動かない。
気絶してしまっているのだ。
「くそっ!!
くそっ!!!!」
そのうちの一人、意識がある男は壁のスピーカーを素手で殴り付けた。
それでも止まらずアラームは鳴り続ける。
何も鳴り響いているのは対空アラームだけではない。
様々な機器がエラーを吐き出している様々なアラームの中で一番大きな音が対空アラームというだけだ。
何が起こっているのか。
何が男達の乗る船はどうなっているのか。
分からない。
男も何が起こっているのか等理解していないだろう。
「はぁ……くそっ…………なんで俺達は…………。
なんでだ……なんでだよ……!」
男だけじゃない。
星にいるほとんどの人間が理解していないだろう。
事実を知っているのはほんの一握りの人間のみだ。
分かっていて、人を殺すのは見せしめの意味もあった。
男達の乗る八十メートルもある船体のあちらこちらから炎が吹き上がる。
ショートした、電子機器の液体が飛び散り男の横で気絶した女の体に降り注ぐ。
狂った全ての電子機器が誤った操作を誘発し、船体内の温度がどんどん上昇していく。
「死にたくねぇなぁ……」
全てを諦め、窓の外に写る星を見上げぼそりと男は呟いた。
対空アラームがピタリと止まった瞬間爆発と共に男が映っていた映像が途切れた。
そして現れるスタッフクレジット。
これは四十年前に起きたある事故の再現映像だ。
すぐに画面が切り替わり、ニュースキャスターがいつもの無機質な笑顔を顔に張り付けて原稿を読み始める。
『人類がこの星から出るために作り上げた《宇宙航行艦》の事故から早くも四十年がたとうとしています。
我々人類は、この星の外を見ようと古くから画策し続けていました。
汚染され、壊れていくこの星に長くは住めないと我々は悟っていました。
しかし、その計画は全て失敗することとなりました。
高度が四十万メートル付近にまで達した瞬間、全ての船が例外なく爆発、炎上してしまうからです。
その理由は不明であり―――』
なんとも気が滅入る話だ。
どうやらこの星には空に壁があるらしい。
心から嫌な話だ。
蒼はため息をつき、テレビから眼を離した。
「そんな朝っぱらから嫌なものを見ることないぞ、蒼」
爽やかな朝とはとても言えない天気だ。
窓の外はどしゃ降りの雨と雷のコラボを聞くことが出来る。
食堂の屋根に大粒の雨粒が狂ったように当たっている。
屋根からは滝のように集まった雨水が、雨どいを伝って流れ出していた。
まだ、食堂に人は少ない。
朝五時という時間を考えれば最もだ。
蒼とマックスの他に二人ぐらいしかいない。
その他の二人も机に突っ伏しているから、きっと寝ているのだろう。
「しょうがないじゃないですか。
特に見たいものもなくてやってるのがニュースしかないんですから」
「この時間帯はそういうものさ。
アニメとかやってる方が珍しいぐらいだ」
「別に私はアニメなんか見ませんよ。
そこまでガキではありません」
「そりゃそうか」
蒼は食べていたサンドイッチを皿に置いた。
たっぷりベーコンと卵、レタスの入った大ボリュームのサンドイッチは二つも食えばお腹がいっぱいになる。
しかしファミレスで全品を食べてしまうような蒼には足りない量のため同時に四つほど頼んで皿の上に乗っていた。
これとプリンのセットを食べるのが何よりも蒼の朝の楽しみなのだ。
「そいつは最もだな。
隣、いいか?」
「いいですよ」
マックスは手に持ったお盆を机の上に置いた。
『専門家の話によればこの星は自らが出す大出力電磁波によって囲まれている。
その電磁波に機器が干渉され、狂う。
結果が人類の宇宙進出への断念に繋がっていると――』
「やれやれ、そんなわけあるか。
専門家ってのは、どいつもこいつも嘘しかつけねぇバカばっかりだ。
偉そうにそれらしいこと喋ってりゃ金貰えるんだから心底羨ましいね。
俺だって一生女性のヒップについて文句言ってたいね。
そうすりゃ金が貰えるんだ喜んでそうするね」
お盆の上に乗ったコーヒーとトーストのセットはいつもマックスが食べているものだ。
コーヒーを啜りながらマックスはテレビを睨む。
ヒクセスのテレビ番組だが、翻訳機によってベルカ語に変換されている。
「あーうまい。
たまらんなぁやっぱりこれだな」
そのトーストの上にはたっぷりとコグレチョコレートが乗っている。
その甘そうなトーストをマックスはがぶりと口の中に押し込んだ。
「マックス、いよいよですね」
「ん、ほうだな」
『そもそも宇宙というものは不可思議なものです。
我々人類が無理をして宇宙に行かなくともよい。
なぜなら宇宙には、なにもないからです。
我々の星しかこの宇宙には――』
老けた白髪の専門家が宇宙についてくだくだと話し始める。
内容に興味がない蒼はサンドイッチの残りを口の中に押し込み、プリンを手に取った。
「あー朝からチョコレートは最高だなぁ」
プリンを一口の元にぺろりと平らげ、物足りなさを感じた蒼は新しく何か追加で食べようかとメニューを眺める。
「まだ食うのかよくまぁ、その体に入るものだ」
「任務中に、お腹がすいたら集中出来ませんから。
食べれるうちに食べないと。
ねぇ、マックス。
あと二時間で出発の部下に何か餞別をくれてもいいんですよ?」
「ん……む、はぁ。
無事に作戦を成功させて帰ってきたらやるよ」
トーストからチョコレートが零れ、コーヒーの中に落ちる。
混ぜられたコーヒーの淡い匂いが辺りに充満する。
雷が鳴り響き、食堂のガラスを揺らした。
「雨……止まないですね……」
「予報によれば今日一日はこうらしい。
ヒクセスの空は晴れてるらしいがな」
『この宇宙に我々と似たような生物がいるとは思えません。
何より我々人類が孤高の種族だからです。
このセルトリウスには昔おおよそ六十億もの――』
また雷が鳴る。
これを見てヒクセスが晴れなどととても考えるのは無理だ。
「本当ですか?
雨の日の任務ほど憂鬱なものはないですよ」
「しかし、行ってもらうぞ。
お前だけが頼りなんだからな」
蒼はふん、とそっぽを向いた。
「おいおい、そう怒るな。
本当なら俺も付いて行きたいぐらいなんだぜ。
戦争を、終わらせることが出来るかは蒼お前にかかっているんだからな」
そういいながらマックスはコーヒーを、飲み干した。
サングラスの奥にある瞳はよく見えない上に、表情すら読み取れない。
「おやぁ、司令じゃあないですか。
どーも、お久しぶりですねぇ……」
声だけで鳥肌が立つ。
条件反射のように体が覚えてしまっているのだろう。
さっきまで漂っていたコーヒーの匂いは消え、代わりに医薬品の匂いが立ち込める。
最悪の気分だ。
「これは、これは、ドクターブラド。
早起きだな、どうしたんだ?」
「この雷ですからねぇ。
目が覚めてしまいましてね。
最近は患者もあまり来ないし退屈でね」
「患者が来ないのはいいことだろ。
君は退屈になるかもしれんがな」
「もっともですね。
しかし、暇を持て余すわたしの気にもなってほしいもんですなぁ?」
早くどっか行ってくれないものか。
蒼はブラドから顔を背け続けているがあの親父がいつこちらを見ないとも限らない。
「所で、そこの空月兄妹は一体どちらです?
空月兄妹はみーんな髪の色が同じでよくわからんのですよ」
明らかに今は蒼をじろじろ見ているだろう。
強い視線を感じる。
「まぁ、誰でもいいか。
“部品”ちゃん、精々頑張って戦争を終わらせてくれよ?」
瞬間、体が熱くなる。
じっとりと嫌な汗が出てくる。
ばれてる上にこの言い種と来たものだ。
なんとも悪趣味な男だ。
「……………………」
「やれやれ、無視か。
司令。
ちゃんと“部品”ちゃんに教えないと。
人の話を聞くときはこっちを見ろって、ね」
「あのなぁ、ドクターブラド。
今から大事な作戦に入る“核”の精神を攻撃するのは正直どうかと思うぞ?」
一言申したマックスをブラドはせせら笑う。
「……兵器なのに動揺するなら所詮その程度の兵器ってことになりませんかねぇ。
その結果死んだ“核”なんてごまんといる。
そいつらは皆、兵器としては欠陥品ですね」
せせら笑いながら、ブラドはマックスを見て、蒼を見た。
蒼は思った。
一生この男とは関わらないと。
なぜマックスが辞めさせないのがむしろ不思議なくらいだ。
いくら腕が立つとはいえ、ここまで人格に異常があるならば適性検査で弾かれるべきだ。
心理診断で、この役職には向かないとシステムが判定しなかったのか。
「いいか?
この際だから言っておくが――」
流石のマックスもいまの発言にはカチン、と来たものがあったらしい。
席から立ち上がり、ブラドの真正面に立つ。
「……いいですよ。
何言ってもこの人には無駄ですよマックス」
ここでゴタゴタを目の前で起こされても困る。
「蒼……」
ため息をつきつつ蒼は立ち上がる。
長い髪の毛がふわりと揺れ、腰付近で纏まる。
「私はドックで《ネメシエル》の最終調整に入ります。
またあとで、マックス」
二人を置いて蒼は食堂から出た。
話してもああいうタイプは無駄だ。
むしろ加速するに決まっている。
「……はー……」
蒼はひとつ大きく息を吐く。
怒りを抑えているわけでもなく、落胆しているわけでもない。
なんの感情にも属さないモヤモヤしたものが胸の中でわだかまりになって巣くっていた。
※
ドクターブラドの次にはこれですもの。
嫌にもなりますよ。
「本当にこんな所にこんなものをつけるんですか…… 」
目の前を見て唖然とする。
応急で取り付けられたものはなんとも《ネメシエル》とはミスマッチしているものだ。
「仕方ないだろぉ。
なんといっても天帝陛下とロバート首相の二人を守るためなんだからな」
「でもこれじゃあ、主砲が使えないじゃないですか。
万が一の時どうするのですか?」
「しかし、そうしろと天帝陛下直接の命令だからなぁ。
戦争に行くわけじゃないから塞いでも構わないだろう、というな」
蒼は今回ばかりは気が乗らないというレベルではない以上に気が乗らなかった。
主砲を塞ぐ、なんて何を考えているのか分かりませんよ……。
「オーライ、オーライ――。
よーし、止めてくれ」
《ネメシエル》の艦首が上下に別れ、中の機械が露出する。
主砲の発射体制のまま少し置かれ、主砲機動プログラムがロックされる。
「やれやれ……」
そのまま蒼は右手を顔に当てた。
何も分かっていないんじゃないですかね、天帝陛下は。
戦ったことがないから戦争しに行く訳じゃないとか、綺麗事が言えるのですよ。
「もーなんというか……。
かける言葉も見つからないというか……」
「そう言うわけですまんが……」
「ほんと、有り得ないですよ……」
《ネメシエル》のいる第五乾ドックで蒼は整備のおっちゃんに文句を垂れていた。
蒼の文句も最もだ。
副砲と、主砲を船体内部に収納した際に現れる艦首の、ほとんどを記者会見ペースに、改造されていたのだから。
せめて船体内部に作るならまだしも、真上にそのまま作られるなんて洒落にならない。
“イージス”を破られた場合のことを何も考えていないと見る。
「やれやれ……まいったなぁ……。
そう言われても仕方ないから我慢してくれぇや」
「むー……はぁ…………」
おっさんに文句を言ってもどうしようもない。
蒼はため息ひとつついて自分の巨艦を見上げた。
《ウヅルキ》の鋼鉄を再利用したその船体は光に照らされ黒く光を跳ね返している。
ひとつ前の真っ白なセラグスコン製の装甲も好きだったが今の《ネメシエル》も十分に蒼も好きだった。
「《ウヅルキ》…………ですか…………」
これで戦争が終わる。
ヒクセスの首都に《ネメシエル》で突撃し、記者会見を開くことで終わりを告げる。
そうしたら《ウヅルキ》や夏冬はいったい……。
「考えても無駄、ですよね」
艦首から除く様々な機器がロックを示す赤色に光る。
プログラム上でのみロックすれば蒼が力ずくで外すこともできる、と分かっていて物理的なロックも試みているのだろう。
そこまで徹底しなくてもいいじゃないですか……。
蒼は頭と肩にのしかかった重い何かを感じていた。
※
『すまないな、《陽天楼》』
「いえ……。
これも戦争を終わらせるためです。
真実を首相の口から話せば必ず戦争は終わると信じています」
黒く暗雲立ち込めた高度三千メートル上空に《ネメシエル》は一隻で航行していた。
舷側のバイナルパターンを光らせつつ、空を一隻だけで突き進んでいく。
あと五分もすれば《ネメシエル》はヒクセスの防空網に突入する。
ずいぶん前からヒクセスは作戦行動を行っていない。
連合軍がベルカに攻め入ることは多々あったが全て《超常兵器級》の働きによって阻止されている。
今頃ヒクセスへと向かう途中の道に四隻の《超極兵器級》がスタンバイして記者会見を全世界へと拡散するための準備に入っていることだろう。
『そうだ。
必ずこの戦争は終わるんだ。
私と天帝陛下がいて、そこでこの真実を話しさえすれば。
全てはシグナエの思惑だと。
私の妻――シグナエのスパイが仕組んだことなんだと』
ロバートはそういうと少し顔を伏せる。
自分の妻がシグナエという敵国のスパイなどという事実を受け入れたくはないのだろう。
誰だってそうだ。
蒼もいまだに夏冬が裏切ったなどと信じたくはないのだから。
『その通りだよ。
人間は動物じゃない。
話し合えばきっと分かってくれるはずなのだから。
私は――そう信じているからね』
天帝は穏やかな顔をしている。
「………………」
蒼は少し不満を隠しきれなかった。
話し合って分かるのならばここまで戦争は大きくなってなどいなかっただろう。
一言ものを申したかったが、天帝に言えるわけがない。
苦悩する蒼の気持ちなど知るよしもなく《ネメシエル》は報告をしてきた。
(あと一分で防空圏に侵入する)
「了解。
《ネメシエル》全兵装開放。
エンゲージ。
敵防空圏に突入します。
二人とも近くにある手すりにしっかりと掴まってください!
口を閉じていないと舌を噛みますよ!」
『攻撃してきたら通信で私の姿を流すんだ。
そうすればきっと分かってくれる!』
《ネメシエル》の艦首が防空圏に入った瞬間に、アラームが鳴り響く。
防空ミサイルの接近を示す赤い棒状のものが地面から湧き上がるように出現する。
(敵ミサイル接近、数五十八!)
「“イージス”及び“強制消滅光装甲”最大展開!
私は沈むわけにはいきません!
同時にロバート首相による呼びかけを開始します!」
(了解した。
オンライン中継カメラ接続開始。
ロバート首相、スペースへ移動してください)
『分かった。
ここが私の力の見せ所っていうわけだな!』
《ネメシエル》の周りにミサイルが襲来するが、“強制消滅光装甲”の力で砕けていく。
爆風なんかで一億トンの船体は揺らぎもしない。
爆風を切り裂いて《ネメシエル》は先に進む。
三分ほど経過した所で、ロバート首相から通信が入る。
『いいぞ、流してくれ!』
ロバート首相に対して蒼は頷く。
「了解しました。
《ネメシエル》、ヒクセスの軍事回線に強制介入開始。
コード二十四桁、入力開始してください」
(強制介入開始……あと三分。
ファイアーウォール突破までおよそ三十秒。
敵防壁更に展開、突破プロトコル開始――。
LLDI形式のプログラムを入力。
ゲートマスクを指定しアドレスの入力を――)
《ネメシエル》のAIがロバート首相から教わった軍事回線への介入を手順どおりこなす。
この回線はヒクセスの首相のみが使うことの出来る物だ。
最上位命令のこの回線は決して基地側から切ることは出来ない。
そのため呼びかけるにはもってこいの回線と言えた。
(ミサイル、第二波接近!
迎撃システム、作動、攻撃開始する)
「了解です、攻撃指示のリンクを私に。
トリガーもらいますよ」
“六十ミリガトリング光波共震三連装機銃”が起動し、その銃身を回転させ始める。
すぐにその銃口からオレンジ色のプラズマの塊が一秒間に五十発というスピードで射出される。
舷側の上に設けられた第二、第三艦橋が迎撃システムを管理し足並みをそろえた迎撃によってミサイルを順調に撃ち落としていく。
その様子を眺めるまもなく蒼は《ネメシエル》の機関出力を上げた。
マッハ二で突き進む巨大な船体はあと一時間程度で敵の本拠地、ニューバークへとたどり着く。
【っ、なんだこの回線は!?
第一級命令回線なんて、見たことねぇぞ!】
ようやくですか。
今まで蒼は敵の声を聞くことしか出来なかった。
所が今回はこちらから聞かせることが出来る。
ヒクセスの秘匿回線を探れるのはベルカ的にも美味しい話だった。
【ダメだ指揮系統が混乱してやがる!】
【早く復旧を急げ!
技術者どもを叩き起こせ!】
ヒクセスの全軍事回線が今、全て《ネメシエル》に掌握された。
それを証拠に爆発的に《ネメシエル》の処理負荷が増える。
それでもたった二十パーセント程度だが。
(敵回線に接続完了。
第一命令回線にて映像を転送する。
同時に《超極兵器級》への同期を開始。
世界中のヒクセス人へいや。
世界中の連合軍へと告げる)
今頃敵の通信システムにはロバート首相の顔が映っていることだろう。
第一級命令回線、という文字はそれだけでヒクセスの軍人に敬礼をもたらすほどの力を持っている。
誰もが頭の上にはてなを浮かべてこちらを見ていた。
『私の顔を知らないものはいないと思う。
私はヒクセス共和国首相、ロバートだ』
ざわめく。
【ロバート首相だと!?】
【ルシア共のプロパガンダじゃないのか!?】
【ありえない!】
【ありえないならどうしてこの第一命令回線で呼びかけてきている!
このコードを知っているのは首相だけだぞ!】
敵の反応は様々だ。
何万という声がヒクセス全土から伝わってくる。
それらは全て編集されずにロバートの所へ届けられる。
本人がそれを望んでいるのだ。
『私は今から真実を話すために、ニューバークへ乗り込む。
このベルカの艦、《ネメシエル》と共に。
どうか同士諸君、私の言葉を信じてほしい。
そしてこの国を、世界をゆがめる元凶と戦うために力を貸してほしい。
お願いだ』
深々と頭を垂れる。
これで信じるならばちょろいものだ。
【真実だと?】
【馬鹿らしい、信じるな!
こんなもの嘘に決まっている!】
【迎撃の艦を上げろ!
あの《ネメシエル》を落とすんだ!】
ああ、それでこそ人間ですよ。
蒼は最高に愉快だった。
「やっぱり信じてくれないみたいですよ……」
案の定だ。
そんな人と人が話して戦争が終わるなら初めから戦争なんて起こるわけがないのだ。
汚染された南半球でずっと続いている紛争だって無くなるはずだ。
『諸君、頼む。
どうか……どうか力を貸してほしい……』
また頭を深く垂れた首相。
だがヒクセス側側の声は辛辣なものだ。
【信じることなんて出来ないね!】
【その《ネメシエル》は何百もの仲間を葬ったんだ。
いまさら信じるなんて出来るわけがない!】
【副大統領はあんたが裏切り者だって言ってるぜ!】
【ニューバークへ行かすな!
全力で敵艦を撃沈するんだ!】
戦争は、終わらない。
終わらないのだ。
蒼は楽観的に構えていたロバート首相と天帝を上から見下ろしたような、そんな気分を味わっていた。
そうなるに決まっている。
やらなくとも分かっていただろうに。
(敵の動きの活性化を確認。
残念だが……終わらないな。
ロバート首相、早く中に……)
『………………我々は……。
我々は 常に 同じだ』
沈黙が襲う。
急にはじまった歌に通信を聞いていた全員が驚いているのだ。
「首相、急に何を――」
歌、なんてそんな不確定なもので何が変わるというのか。
それならば《ネメシエル》の力を見せつけ、戦意をくじいたほうが確実だというのに。
『世界は 同じ。
ずっと 同じ世界。
空を 遠く 見つめると。
青い 空が 広がる』
【The truth of the blue……。
なんでこの歌が……?】
The truth of the blue。
歌だ。
この星にいつの間にか存在していた歌。
作曲者も誰か分からない、そんな曲。
『そうさ。
だから 我々は 前に 進まないと いけない。
遠い地に やってきたからこそ。
青いこの星に 力を もたらすしかない。
真実の青色は 美しく 儚い。
だからこそ 守り 先へと 紡がなくてはならない』
(敵艦隊接近!
数は二十!
急速接近中!)
信じられなかった。
目の前の哀れな状況を。
そしてまんまと《ネメシエル》を失うことになるであろうベルカに対して謝罪をせずに歌を歌うなんて。
「っ、歌なんて……。
歌なんて歌ってもどうせ敵は攻撃してきますよ。
そんなもの戦場で役になんてたたないですよ?」
蒼は“三百六十センチ六連装光波共震砲”を敵へと向けようとする。
ここで沈められるくらいなら一子報いてやる。
ただでは沈みませんよ。
二十隻程度は貰っていきます。
『《ネメシエル》。
いいから見ておくんだ。
人と人は分かり合えるんだ』
その動きを天帝が遮る。
蒼は心の中で小さく舌打ちをする。
今ここで沈めないと“イージス”を貫通する恐れがある。
呑気に歌なんて……。
(敵艦隊より通信!
繋ぐぞ!)
ほら、最後をお知らせする通信ですよ。
私達はロバートと言うピエロに騙されたんですよ。
騙されてたった一隻で敵地に殴り込んだ哀れな艦ですよ。
投げやりの蒼をぶん殴るような衝撃が襲う。
(敵味方識別信号に変化がある!
敵艦隊二十隻全てが味方になっていくぞ!)
「……っ、そんなことが!?」
入ってきた敵の通信。
その声に蒼は蒼はハッ、とさせられた。
『こちら、ヒクセス共和国第八十二艦隊。
その歌はロバート首相が大好きな歌だ。
間違いない、ロバート首相お帰りなさい。
俺たちも共に行きます!
そして、《ネメシエル》、あなただったんですね?
よくここまで首相を運んできてくれました。
流石ですよ』
「ニヨ……!
あなたどうして……」
通信に映った姿はニヨだ。
紛れもないその姿。
『真実の 青色。
どこまでも 続く 黒では なくて。
空に ずっと 輝く。
青色が 今は 懐かしい』
駆逐艦ではなく戦艦に乗ったニヨは《ネメシエル》を中心として陣形を作る。
味方への被弾を恐れた為かもうミサイルは飛んでこない。
【俺は……俺は信じるぞ。
あのロバート首相は本物だ!】
【そんな……やっと帰ってきたってのかよ。
そうか……】
『細かいことはまた後々に。
味方艦隊に告げる。
このロバート首相は本物だ。
我々の敵はシグナエなんだ。
《ネメシエル》をニューバークまで護衛する!
全艦続け!』
蒼はロバートを、天帝を見た。
二人とも穏やかに微笑んでいる。
「まさか変わるなんて……」
(全ヒクセス中の敵艦隊の識別信号が次々と味方の物に変わっている!
奇跡でも私は見ているのか?)
『こちらヒクセス第三十五艦隊!
司令官をぶん殴ってやったぜ。
これより、貴艦を援護する!』
『空の 青さを 共に。
本当の 青さ をずっと。
その歌、俺達も大好きだぜ!
ずっと歌ってやるよ。
こちら第一七管制艦隊。
これより援護するぜ!』
『こちらシーニザー第六艦隊!
ベルカを攻撃するなんておかしいと思っていたんだ!
俺達も共に行くぞ!』
『こちらビーエイト第四艦隊。
出来ることは余り無いかもしれない。
だが、仲間に入れてはくれないか?』
(連合国のみんなが味方になっていく……?)
The truth of the blueの歌声はどんどん大きくなっていく。
レーダーに写っていた何百と言う敵は今や味方となっていた。
『みんな、ありがとう。
共に戦い、この理不尽な戦争を終わらせるんだ。
ニューバークへと進み、副首相を倒す!
行くぞ!』
『やれやれ、俺達も忘れないでくれよな!
地上部隊無しに空中艦が活躍できるかよ!
こちら第三戦車大隊!
《鋼死蝶》……いや《陽天楼》!
指示を頼む!』
何百という艦の旗艦認証を受ける。
それを一括承認する。
これで何百もの艦の旗艦は《ネメシエル》になったのだ。
これで蒼の声も全ての艦へ届く。
「私はベルカ超空制圧艦隊第一艦隊旗艦です。
まず、力を貸してくれてありがとうございます。
私の事が気にくわない人もいると思います。
でも、今は戦争を終わらせるために力を貸してください。
どうかよろしくお願いいたします。
全艦隊、全兵装解放。
副首相直属艦隊と交戦し、ニューバークへの我が艦の突入を支援してください」
『了解!』
『任せな!
ヒクセス流の戦いを見せてやるよ!』
『なんだこの展開はよぉ!
俺の人生でまさかこんな映画みたいなことがあるとは思わなかったぜ!』
『全くだなぁ!
行くぞ全艦突撃!』
『よっしゃ行くぞぉ!!』
まだ蒼は信じられなかった。
「《ネメシエル》……。
こんなことって……」
(ああ、驚いているよ、とても。
行こうか蒼副長。
敵艦隊の防衛を突破するぞ)
《ネメシエル》を含む艦隊は今や百を超える艦隊にまで成長していた。
目の前にうっすらと大都市が姿を表し始める。
天にまで突き刺さるような摩天楼がいくつも立ち並び、敵艦が何百も並んでいる。
流石世界で一番、二番の人口を誇る都市だ。
大都市のど真ん中を遮るように大きな川が流れている。
あそこがワゴントン川だ。
そこにたどり着く前に何百もの敵艦、何千もの戦闘機達と交戦しなければならない。
唯一助かったと思うのは《ウヅルキ》をはじめとする《超極兵器級》やヒクセスの《超常兵器級》の姿が見えないことか。
空には艦の侵入を拒むようにいくつものレーザーが照射されている。
赤色に空が光っている。
どうやら少しだけ遅かったらしい。
その様子を見たロバートがポツリと呟く。
『やはり、避けられない戦いもあるか……』
【あなたが避ければいいのではなくて?】
まるで地獄の底から這い上がってきたような声だ。
『レイチェル……!
お前なのか……!』
その悪魔のような声に震えるようにロバートは訪ねる。
【その通りよ。
全く信用できるのは直属の艦だけね。
貴方の第一命令回線でもこの子達はダメだったみたいね。
無駄よ、人格は既に削除してあるわ】
『っ、くそ!』
敵の通信はニューバークのど真ん中から発せられているようだった。
「とにかく私は川の予定進路へと突き進みます。
敵艦隊殲滅の指揮はニヨに一任します。
突撃を援護してください」
『了解!
駆逐艦隊前へ! 』
味方駆逐艦達が最前線へと送り出される。
吐き出された魚雷が命中して爆発し、敵艦隊のど真ん中へ穴を作る。
その穴を埋めるようにまた集合してきた敵艦を《ネメシエル》を含む何隻もの船が攻撃する。
『なんとしても《ネメシエル》をワゴントン川へたどり着かせるんだ!
全艦、攻撃を開始!
敵艦隊を殲滅せよ!』
その穴へ向かって《ネメシエル》が船体を押し込む。
【っちい、生意気な!
あんたさえいなければ!】
『訳の分からない事を言って!
国民を使ってやることが戦争か!』
【望みを叶えるには力しかないって分からないの!?
あなたが選挙で歌って、それで支持を得たのとは全然違うのよ!!】
何千という数で襲いかかってくる戦闘機を叩き落としながら《ネメシエル》を中心とした艦隊はニューバークの城壁に差し掛かる。
敵艦から数えきれない数の攻撃が飛翔する。
鋼鉄が空から堕ち、地面に突き刺さる。
『こちら第八艦隊!
旗艦がやられた!
直ちに救援を―――』
『敵艦撃沈!
おい早くあの艦へ魚雷ぶちこんでくれ!』
【おい、押されているぞ!
さっさと巻き返すんだ!
“量子炸裂レーザー砲”、撃ち方はじめ!】
【最優先目標は《ネメシエル》だ!
あいつさえ落としてしまえばこっちのもんよ!】
城壁の上に設けられた二十基ほどの“量子炸裂レーザー砲”は厳重に防御されている。
城壁に埋め込まれるようにして築かれているあれを壊すのは《ネメシエル》でも少々厄介だ。
『“量子炸裂レーザー砲”だ!
避けろ!』
空に直径五十メートルもある図太いレーザーが伸び、斜めに味方を凪ぎ払う。
“量子炸裂レーザー砲”の威力はとても高く二発命中させれば戦艦を撃沈させる。
“イージス”で防ぐにしてもなんにせよ一番の攻撃目標にするべき対象だ。
蒼はレーザーに映る“量子炸裂レーザー砲”へと照準を合わせ攻撃を敢行する。
しかし、強烈な“伝導電磁防御壁”が展開されており《ネメシエル》の攻撃は弾かれる。
「かったいですねこいつ!」
(敵地レーザー砲の稼働率百パーセント。
これを通り抜けるのは中々に……なんだ?)
各所に設置されていたはずのレーザー砲の照射が止まる。
空を見ていた砲門が自重で下を向く。
通信が入る。
『こちら第三特殊工作班!
レーザー砲は無力化した。
さっさとこの戦争を終わらせてくれ!
あまり長くは持たないぞ!』
『ヒュー!
いいとこだけ持っていくなよお前ら!』
『たまには地上部隊も活躍させろよ!
さっさと、行け《ネメシエル》!』
「了解です。
恩にきりますよ」
《ネメシエル》から全艦が離れ、包囲網を突破した《ネメシエル》を追撃してくる敵艦隊を食い止める。
今まで見たことないような大乱戦がいつの間にか始まっていた。
(敵艦、六時の方向距離二千!
突っ込んでくる!)
蒼が兵装の砲門を向け、攻撃しようとした敵艦が味方からの攻撃で爆発、炎上する。
助けてくれた味方艦へ賛辞を送ろうとしたらその味方艦が敵からの攻撃で堕ちていく。
本当に落とし、落とされの大乱戦だ。
爆発していない時が無いほどに。
ニューバーク市民はもう避難を始めていることだろう。
「《ネメシエル》、見えましたよ。
着水地点はあそこです」
ワゴントン川の沿岸にヒクセスの国旗が大量に並んでいる地点がある。
既にマスコミが何社もやって来てカメラをスタンバイしている。
(目標の川を確認。
着艦体制に入ってください。
二人とも時間はあまりありません。
さっとした記者会見を望みます)
『任せておけ』
『ああ、大丈夫さ。
ここからは私の仕事だ。
任せておきなさい《ネメシエル》』
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ありがとうございます!
無事に更新できました。
なんというか自分で書いててたぎるってのは反則ですかね?
筆がのるのる、すごい状態でありました。
もっと夏にふさわしく熱くたぎるお話書いていきたいと思います。
ではでは、ありがとうございました!




