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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
碧落姫
35/81

シグナエ連邦

「あんたなんでそんなに体中に疲労を貯め込みし存在になりよん?」


 藍は自分の回りをきょとんと見渡した。

藍からしたら見慣れたはずの自分好みに改造していた艦橋はボロボロになっている。

そのボロボロの艦橋に《超極兵器級》の五兄妹の末っ子がこれまたボロボロになりながらへたれこんでいるのだから、藍の混乱は輪に輪をかけたようになっていることだろう。

空の蒼よりも深い深海のような目の色と少し濃い色の茶色の髪をした藍は小さく首をかしげて蒼にそう尋ねたのだった。


「お陰さまで……色々あったんですよ……」


 蒼は片目を閉じて、今頃になってじわじわと伝わってきた体の傷みに耐える。

ちなみに藍も朱に勝るとも劣らない巨乳での持ち主だ。

同じ遺伝子をベースに二人は創られたのだから当たり前と言えば当たり前なのだがそれでも蒼は強い敗北感を味わう。


「ほうかいね。

 感謝の弁をクリスタルとして与えたいけど……。

 まぁ、大層なご苦労様やったなぁ……」


藍は蒼の頭を撫でて、操縦席に座った。

何ともまぁこの感謝が伝わりにくい藍の言葉列だ。

だがしかし、それを聞いてるから安心する。

その背中に浮かび上がる言葉。


「お疲れさま。

 後は全部あちきに任せんさい」


 藍は優しい目で蒼にそう訴えているようだった。

そのまま流れで藍は愛おしそうに《ルフトハナムリエル》を、“レリエルシステム”を撫でると、両腕を“レリエルシステム”の穴差し込んだ。


「っ、なんね!?」


 その《ルフトハナムリエル》を激震が襲う。

突如、赤いブザーが鳴り響き被弾したことをAIが伝えた。

藍の目付きが変わる。

優しい姉の目から獲物を刈るハンターへと。

そして、言った。


「“イージス”展開!

 《超空制圧第二艦隊旗艦ルフトハナムリエル》エンゲージ!」


主を失い彷徨っていた軍艦ルフトハナムリエルに主が戻った。

ヒクセスの殻に覆われていた《超極兵器級》はその殻を破棄する時が来たのだ。


「邪魔なダークマターを纏いし装甲を排除。

 パージ開始。

 必要なミサイルだけ残してあとは全部廃棄。

 何ねこれホンマ。

 ださいセンスじゃのぉ」


 ヒクセスの模様が描かれていた後付けの装甲板が船体から剥がれ落ち、海へと落下していく。

《卵形戦艦》もその例には漏れなかった。

巨大な船体が《ルフトハナムリエル》の支えを失い、自分で飛行する力もなく海に艦首を下にして突き刺さる。

《ウヅルキ》撃沈地点から二キロほど離れた場所にまた二つの塔が建ったわけだ。

落ちた衝撃で船体から巨大な砲塔がずり落ち、更に大きな水柱が昇る。

《ルフトハナムリエル》を覆っていたヒクセスの不格好な兵装はパージされ、船体に浮かび上がったのはベルカの紋章、そして特徴的な幾何学模様だった。


「《ルフトハナムリエル》、状況を!」


(……………………)


 藍が戻ったからこそ、《ルフトハナムリエル》のAIも姿を取り戻していた。

無口の《ルフトハナムリエル》は、仕事だけを淡々とこなす。

藍や蒼に目の前に小さな電子音と同時に展開された地図には赤い点が多数浮かび上がっていた。

そしてその赤い点の塊は《ルフトハナムリエル》へと進撃してきている。

敵が戦力を集中したのだろう。

味方も敵に真っ正面から食らいつくつもりなのだろうが、スピードと数では明らかに劣っていた。


「助けにいかなきゃ、ですよ?」


「……そうやね。

 我が暗黒祭祀の剣を与えに行かにゃいけんね」


藍はそう言うと少し黙った。


「《ルフトハナムリエル》、機関直結。

 最大鼓動係数を永久の半球に設定。

 サイドスラスター点火、右舷推進二百」


 《ルフトハナムリエル》のサイドスラスターから光が迸り、巨大な船体の向きを変える。

写っていたセウジョウの高層ビルが、消え代わりに夜空と真っ暗な海が現れる。


「蒼」


「はいな?」


「なんやわからんけど……ありがとね」


 このタイミングで言いますか。

全く、藍姉様は……。

蒼は心の中に暖かい何かが広がったように感じた。

自分の姉、《ルフトハナムリエル》を操る“核”。

藍が戻ってきたのだ。


「いいえ。

 これも妹としての、私の役割だと思いましたから……」


藍の座る椅子の横で蒼はそっと足を組み、レーダーを眺めた。

藍は小さく頷いたかと思うと、通信を敵へ向かって開く。

これは警告だ。


「こちら《ルフトハナムリエル》。

 聞こえよるわな?

 我が艦はこれよりヒクセス連合艦隊から出奔。

 ベルカにつく。

 その汚れた拳を納め、本国へ帰投せよ。

 さもなければ――」


 せっかく敵のためを思い、述べた警告は敵の攻撃、それと妨害通信により遮られた。

真っ暗な闇に赤い光を帯びたレーザーが《ルフトハナムリエル》の船体を抉り取る。


【《ルフトハナムリエル》が裏切った!

 全艦照準をあのビッチに合わせ攻撃を続行、沈めてしまえ!!】


 《ネメシエル》と戦った影響で《ルフトハナムリエル》はボロボロ。

なぜ飛べているのかが不思議な程だ。

だが、《ルフトハナムリエル》は引かない。

セウジョウを背後に抱え、守るべきものを取り戻した戦艦の姿だった。


「っち、分からず屋達しかおらんけんね!!

 おどりゃあ、なにしよるんなら!

 誰に攻撃したかわかりよるんね!?

 《ルフトハナムリエル》、全兵装解放!

 わからず屋には力が一番じゃけんね!」


舌打ちし、藍の目は完全に戦闘体制に移行した。

せわしなく情報を収集し、頭の中で瞬時に計画を組み立てていく。


「わちきをブリザードの氷嵐に突っ込んだ報い!

 わちきを操り仲間のクリスタルを砕かせた受けてもらうけんね?」


 《ルフトハナムリエル》の機関音が上がり、翼の色が強くなる。

そして、ずらりと並んだ“光波共震砲”の砲門が次々と解放されて行く。

船体からパージされずに残ったミサイルハッチが、すべて開き舷側の砲台がその身をもたげる。

その兵装へとエネルギーを伝える伝導管が赤や青に光りながら《ルフトハナムリエル》を覆って行く。


「これが、《ルフトハナムリエル》……」


 蒼は、藍の目の前に表示された膨大な兵装の数に驚く。

ネメシエルをも上回るその兵装の数はおおよそ三十五。

《アイティスニジエル》と違い様々な、試験要素が盛り込まれた試験軍艦。

噂に聞き、自分では乗ったことがないこの軍艦の姿を垣間見ることが出来た気がした。

《卵形戦艦》が横付け出来たのはそういう機能を試験的につけたからこそ出来たのだろうか。

いや、《ネメシエル》にも――。

蒼は敵の艦隊をアップで映したカメラ映像を眺める。

その映像の横に朱の通信が入ってきた。


『藍姉!

 やっと戻ったんやな!?』


 朱い色の目をした朱は、ほっとした顔をしていた。

本当に藍のことが心配だったのだろう。

いつもは凛々しい朱の蒼も初めて見る表情だった。


「せや。

 えらい待たせてすまんかったの、朱」


藍は小さく頷き、少し笑いを返す。

朱は首を横に振ると


『かめへんて!

 じゃあ久し振りに共同駆逐と洒落混もうや!

 昔みたいにさ!』


藍を誘った。

蒼は、復帰したばかりの藍を心配しやめた方がいいと言おうとしたが本当に戦うことが好きそうな藍にそんなこと言えるはずもなかった。


「ええで!

 つきおうたるけん、へますんなや?

 ああ、それと」


『なんや?』


「暗黒の侵略を食い止めることは出来たんかいね?」


『ベルカはまだ捕らわれよる!

 今こそヒクセスを巻き返すときや!』


「まかせんさい。

 こんなもの大天使クラースを呼ぶよりもたやすいわ!」


 《アイティスニジエル》が、《ルフトハナムリエル》の横に移動し、敵を二隻で迎えうつ。

その他の《超常兵器級》を含めた艦艇はこの二隻が負けたときの予備についてもらう。


【敵《超極兵器級》補足!

 司令は鹵獲しろ、と言っていましたが……】


【構わん、やってしまえ!

 敵艦になった《ルフトハナムリエル》は必要ない!

 潰せ!

 まだ数だとこちらの方が上だぞ!

 《アイティスニジエル》もだ!】


 《ルフトハナムリエル》に合流した《アイティスニジエル》の二隻の姿は細部を除いてそっくりだ。

その二隻が打ち合わせをしていないと言うのに動きを揃えて行動する。


『“イージス”展開、許可過負荷率百パーセント!

 《ネメシエル》がおらん分あたい達がやってしまうんやで!』


「せや!

 ほんまに勝てると。

 この大天使クラースの化身のわちきに勝てると思うちょるんかいね?

 こいつらは?」


共に左舷を敵に見せつけ、誘うと共に数々の砲門を開く。


【嘗めた真似を!

 ぶっ殺せ!

 撃て!

 沈めろ!!

 このままでは我が国が――】


「まだあせっちゃいけんよ、朱?」


『分かっとるわ!

 そっちこそちゃんとしてや!』


 敵のレーザーが、二隻に殺到する。

《アイティスニジエル》の“イージス”が《ルフトハナムリエル》を共に覆うように展開される。

それでも防げない光が《ルフトハナムリエル》の巨体を赤に染め、爆発の炎が闇を切り裂く。

撃つまで撃たれ、撃った後は撃たれない。


「今や!」


『「全兵装フルファイアー!」』


敵の攻撃を掻き消すような勢いで“光波共震砲”の光が敵へ向かっていく。


【っ!?】


 まず攻撃を受け止めたのは艦隊の中でも小さな駆逐艦達だった。

真正面から艦橋を射抜かれ溶けた鉄がボロボロと船体から零れる。

爆発しない地味なものだったが駆逐艦の船体はコントロールを失い、真っ暗な海へと落ちていった。

次に攻撃を受け止めたのは重巡洋艦、及び中核をなしている戦艦だった。

《ルフトハナムリエル》のレーザーは敵のバリアが薄いところを正確に射ていた。

被弾の箇所から、爆発を起こした戦艦は姿勢を崩し、海へと突っ込んだものの何とか浮かんでいる。

重巡洋艦は翼を二枚船体からひっぺがされ、バランスを取れなくなった船体は艦橋を下にして海面に突っ込んだ。

水の抵抗により、その船体はへし折れ二つになった船体は共に海中へと没して行く。

 《超極兵器級》二隻砲撃は敵の数を順調に刈り取って行く。

特にヒクセスの改造を受けた《ルフトハナムリエル》には様々な武装が新しく着いていたが、藍はそれら全てをきちんと把握しているようだった。

蒼は自分の姉の戦う姿を見てほっと安心した。

そしてまた安心すると同時に失われたかと思っていた姉妹が現れ共に戦っている現実を感じる。


「残り十隻!」


藍が朱にそう教え、朱も小さく頷く。


「艦対艦ミサイルA51を選択! 

 敵艦牽制開始!」


 《ルフトハナムリエル》の開いたミサイルハッチから大型のミサイルが百を超える数で発射される。


【くっそ!!

 ダメだ、逃げるしか……!】


【バカ野郎!

 帰ったところで……】


一隻が爆発炎上した。

ミサイル貯蔵庫を綺麗に《ルフトハナムリエル》に射ぬかれたのた。

熱による引火、爆発で内部から破壊された重巡洋艦は三つの大きな破片に別れ、高度を維持することなく落ちて行く。

それを追撃するようにミサイルが追い付き、爆発。

その落ちた先には《卵形戦艦》の艦尾がありそこに引っ掛かった破片は大きく空へと黒煙を登らせる。


【こ、降参……だ。

 撤退するんだ!!】


【しかし、仲間が!】


【仕方ないだろ!?

 貴様はここで死にたいのか!?】


敵旗艦だと思われる全長八百メートルほどの戦艦の艦橋に降参の白旗が上がる。

そして白旗を上げたまま、引き返し逃げて行く艦隊を二隻の《超極兵器級》は追わずにただただ見ているだけだった。

空はぼんやりと明るみを帯びてきている。


『藍姉』


朱は藍に話しかけた。


「なん?」


『おかえりなさい』


「……ただいま」


夜が終わり、朝になろうと言う時間帯。

コグレを、セウジョウを。

取り戻したベルカの大地を歓声が包み込んだのだった。

セウジョウを守った《超極兵器級》二隻には味方から大量の通信が飛んで来た。

それが全部勝利に喜ぶ歓声。

この総力戦にベルカは、勝ったのだ。






     ※






「藍姉!」


セウジョウの第二乾ドックに係留された《ルフトハナムリエル》の横で朱は自分の姉である藍に抱きついた。


「ちょ、朱なんね?」


「ほんまよかった……!

 もうあかんかと……!!

 ほんまは死んでしもたんやないかって――!

 とにかくあたいは不安やったんよ……!!」


 マックスはその光景を蒼と一緒に眺めるのだった。

手に持ったタバコに火をつけ、《ルフトハナムリエル》を見上げる。

戦い終了からまだ三十分ほどしか経過していない。

その間に《ルフトハナムリエル》の船体は兵装をはじめとして細かく調べあげられている。

詳細レポートは明日副司令から報告を受けるだろう。


「マックス」


蒼は自分の横に立っているマックスに話しかけた。

マックスはタバコを吸い込むと空へ向かって吐き出した。


「なんだ?」


姉妹の嬉しそうな顔に自然とマックスの顔も嬉しそうな顔になっていた。

紫色だった曇りの空にも大きな月が見えるほどには雲が晴れていた。


「少し、いいですか?」


「ああ」


蒼はマックスを引っ張って二人の見えないところへ行くと、こっそりと話を始める。


「少し面白い話を耳にしました。

 実は、敵もなぜベルカと戦っているのか。

 その理由が分かっていないんじゃないか、と言うことです」


マックスはタバコをまた咥えると、口の端で


「話を続けろ」


と、合図を送ってきた。

蒼は藍と朱の喜ぶ声を聞き、作業員が近くを通り過ぎていくのを待って、また話す。


「実は、この戦いが始まる前。

 私は何時ものように無線を傍受していました。

 そこでは、私達とですね。

 どうして戦争しているのか分からない“核”の話の最中でした」


「ふー…………。

 それで?」


 煙が風に乗って流れて行く。

大きなエンジン音を立てて、《超常兵器級》の一隻が港の上空を横切っていく。

あちこちから煙が出ており今から修理のためにドックに入るのだろう。

平たい形状と双胴の形は《メレジア》しかいない。

艦載機の半分以上を失い、船体も大きなダメージを受けたようだった。


「もしかしたら、そこに戦争の終わりがあるんじゃないかって。

 私はそう思ったんです。

 ヒクセスの、捕虜にそこは聞くつもりですが……」


 第一桟橋に荒い横付けで浮かんでいる一隻の敵の大破した戦艦を見て、蒼はコンテナの上に腰かけた。

マストに揺らいでいる白い旗とヒクセス共和国の国旗が虚しく感じられる。

そのヒクセスの国旗は今作業員の手によって降ろされようとしていた。

左舷は“光波共震砲”が近くを掠めたからか溶けており、射られたエンジンルームは完全に海水に浸かっていた。

あれでは乾ドックに入れ修理しないと使い物にならないだろう。

さらに多数の兵装はベルカ側が完全にロックをかけていた。

こんな湾内で動きだされたらたまったもんじゃない。

完全に浮き砲台となった敵の軍艦には敵と言えどどこか悲しくなるものがある。

先進的な尖ったデザインと、近代的なステルスを意識した作り。

砲台にもどこかかくついたようなデザインがあり蒼はやはりヒクセスの艦が美しいとは思えないのだった。


「ふむ……。

 そうか、じゃあ尋問には蒼も居てもらうとするか」


「明日の尋問は大事な事を聞き出さなきゃダメですからね。

 私も一緒にさせてもらいます。

 一応マックスに話しておこうと思っただけですから。

 まだ分から ないですけど。

 それでも、この戦争を終わらせれる鍵になるならば……。

 少しぐらい希望にしてもいいかなって」


そこまで言った蒼の瞳を鋭い朝日が射した。

一気に紫色の夜空が赤く染め上げられてゆく。


「まぶ……」


 思わず右手で光を遮る。

真っ黒だった世界が一気に色づいた。

クレーンの赤と白。

倉庫の鋼鉄の色と錆び。

ブイの黄色と光。

作業をする人々の顔も赤く染まり、まだ黒煙を上げて燃えてる軍艦に消防艇が水をかけている。

空を覆っていた雲は切れ切れに散り、青空が顔を出しはじめていた。

ゴミを取るための巡回艇の起こす波がピンクに染まり、海に絵を描いてゆく。


「ごくろうだったな、蒼」


潮風が吹き始め、マックスが歩き出した。

司令室に戻って少し眠るのだろう。


「マックス!」


蒼は思わず呼び止めていた。


「どうした?」


気になることがあった。


「私達の被害は……一体どれぐらいなんですか?」


勝利だが、喜べない理由はこれだ。

出撃前と比べ見方の数は間違いなく減っていた。

マックスはタバコを持った手をひらひらさせ


「……大丈夫、極めて軽微だ」


 蒼へ振り向くことなくまた歩きだした。

その後ろ姿を少し見送った後蒼は姉達の所へと戻った。

二人はマシンガンのようにしゃべることをやめず、次から次へと言葉と言葉の応酬を繰り広げている。

やっぱり久しぶりだからこそ積もる話もあるのだろう。

私はそろそろ部屋に戻って眠るとしましょうかね。


「――先輩。

 蒼先輩!」


その姿を見る蒼に遠くから呼びかける声が聞こえてきた。

春秋が、第五乾ドックから帰ってきたのだろう。

その横にはフェンリアもいた。


「無事でしたか、春秋」


「はいっすよ!」


「フェンリアさんも……。

 本当によかったです」


フェンリアは黙って微笑むだけだった。

《タングテン》も手痛い損害を受けたと聞く。


「痛かったけど、なんとかなった」


フェンリアはそう言うと無表情を蒼に向けたままピースしてきた。


「あなただけになってしまいましたね、第一艦隊の生き残りも」


港に浮かぶ《タングテン》の小さなシルエットが朝日に照らされ黒く映る。

よく見たらマストが無い。

それに後部檣楼も欠けてしまっている。


「蒼先輩、俺もいるっすよ!!」


「春秋、いいやつでしたね……」


「うむ」


フェンリアは分かってのことなのか、蒼のボケに乗ってくれた。


「勝手に殺すなっすよ!

 《アルズス》は沈んだっすけど、俺はまだ生きてるっす!」


テンプレのような返答にフェンリアは眉をひそめる。


「自分の軍艦が沈んだら普通“核”も死ぬ。

 あなたが例外なだけ。

 ドクターブラドの審査を受けることを進める」


淡々とポニーテールを揺らし現実を春秋に突きつけるフェンリア。

ふざけた状態から一気に真剣な話になり春秋はたじろいだ。


「げぇ……。

 あいつっすか……」


「そう」


春秋なうえっ、と何かを吐く真似をした。

蒼もドクターブラドの顔を思い出して鳥肌がたつようだった。

あんなキモいやつを好きでいる人の気が知れないのだ。

だが、実際ドクターブラドはコグレからここセウジョウに異動を命じられていた。

まったく、マックスも何を考えているのやら。

蒼にはさっぱり分からないがきっとマックスには理由があるのだろう。


「あーいやっすよぉ」


行くのを渋る春秋を蒼も説得する。


「私の《ネメシエル》も動かしたんですから。

 きっと“レリエルコード”に異変があるはずです。

 見て、修正してもらってください」


旗艦の命令は絶対だ。


「――了解っす」


春秋は渋々頷き、ブラドの診療所へ行くことを承諾したのだった。






     ※






(ぐおっ、うごおおお……!!

 あ、蒼副長、うごごごごた、助けてくれ!!)


 頭をハンマーで殴られたようだった。

痛みというよりは衝撃が強い。

それが蒼の頭を揺さぶり脳を丸ごと支配した。


「っ、な、はぇ!?」


慌てて飛び起きる。


(あ、蒼ふくちょ――あ、あ、あ)


 何やらよろしくないことが《ネメシエル》に起こっていることは間違いないようだった。


「《ネメシエル》、今行きます!

 待っていてください!」


 蒼は自分が寝間着だという事も忘れて、ぐしゃぐしゃの髪を整えないでベットから飛び出した。

思いっきりダッシュし、自分の部屋から第五乾ドックまで十五分全力で走る。


「《ネメシエル》、大丈夫ですか!?」


前からくる兵士を押しのけ、蒼は“レリエルシステム”を通じて話しかける。

だが、返事は


(あ、蒼……はやく……)


 途切れ途切れのものだった。

蒼はばくばくとなる心臓を押さえつつ、走る。

私の《超極兵器級》に何か起きたのだったら。

自分の存在理由である《ネメシエル》が失われるのだとしたら。

焦る蒼を回りの兵士が慌てて避けていく。


「《ネメシエル》!」


第五乾ドックの中に入り自分の艦の艦橋にまで入った蒼を恐るべき光景が待ち受けていた。


「おっ、蒼。

 どないしたんや?」


「なんとかこうやって……。

 わからんけん。

 この世の理よりも難解なものがあるとは。

 大天使クラースの化身であるわちきにすら分からんなんて。

 うーん……」


何やっているんですかね、この二人は……。

そこには藍と朱がいた。

蒼の操縦席に座っているのは藍だ。


「あの、何やってるんですか二人して。

 私の《ネメシエル》で」


二人は顔を見合わせる。


「何って……ねぇ?

 ちょっとあんたの《制圧専用鋼鉄悪魔》に乗ってみたいなぁ……って」


「せや」


 蒼は完全に沈黙した。

…………。

なんだか、腑に落ちないところがある。

それだけのために私を起こしたと。

というか、なんでそんなことしているんですかね、と。


「はぁ」


そして出た言葉はため息にも似た言葉だった。

小さく返事を返して蒼は《ネメシエル》に話しかけた。


「あんたまたなんで私を呼んだんですか」


(だって、くすぐったいじゃないか。

 ふふ、ほほ、ははは!)


「…………。

 バカらしいですね……」


 蒼は呆れ返ると、頭を抑えた。

全く、呑気なものです。

そこで自分の持つ時計を見ると午前九時。

まだ三時間と少しぐらいしか眠っていないことになる。

尋問が始まるのが午後一時だから、それまでまた眠りにつくことにして蒼は自分の部屋へと戻った。






     ※






 そして、午後一時。

蒼は尋問室のドアを叩いた。


「入ってこい」


マックスの言葉が中から聞こえ、その指示に従う。

中には一人の少年が座っていた。

少年の両脇には銃を持った陸軍兵士が立っている。

そのうち片方は久しぶりに見た隊長だ。

蒼を見た瞬間顔を背ける。

まるで悪魔を見た、というようなそぶりだ。

 そこまで私を怖がらなくても……。

久しぶりに会ったんですから手を振ってくれてもいいじゃないか、と思う。

小さく首を傾げ、二人の陸軍兵士に囲まれた少年を見た。

片目、頭を覆うように包帯が巻かれている。

包帯には血が滲んでおり傷の深さが分かるようだった。

そして傷から送り込まれてくる痛みが治まらないのかその顔は苦痛に歪んでいた。

苦痛に歪む顔も典型的なヒクセス人と言った顔立ちだ。

階級を見るに中尉と言ったところだろう。

捕えた戦艦を操るヒクセス側の“核”だ。

マックスが置いたチョコレートには手を出そうとしないらへんまだまだ警戒しているようだ。

まぁ、それも最もですかね。


「まぁ、座れ蒼」


マックスがそう言った途端、少年がガタンと動いた。

明らかに蒼の名前に反応してのだろう。


「おい、動くな!」


 隊長がヒクセスの言葉で少年にそう指示を飛ばす。

銃口の先が少年の頭に食い込み、少年は痛そうに顔を歪めた。

だが、少年の目は強い敵意を孕んでおりその視線はまっすぐに蒼を射ていた。


「まぁ、隊長さん大丈夫です。

 離してあげてください」


 蒼がそういうと隊長は不満そうに少年から銃口を離す。

マックスがポケットから煙草ぐらいのサイズの箱を取り出し、それを少年の頭に被せるように言う。


「自動翻訳を使うぞ、いいな?」


 スイッチが押されると少年の頭に置かれた箱が変形をはじめ少年の頭にぴったりフィットするヘッドホンになった。

マックスが少年の前にマイクが付いている自動翻訳機の本体を置く。

オンを知らせる緑色のスイッチが付いた途端に少年は堰を切ったように喋りだした。


「このテロリストども!!

 俺を捕らえても無駄だからな!!

 世界はお前らを決して許さない!!」


その言葉は罵倒ばかりであり、仕方ないとは言え聞いてて良いものではない。

マックスは、自動翻訳機の言葉を電源を一度切った。


「テロリスト、ね」


 分かってた、と言うようにマックスはタバコを一本取り出すと隊長に頼んで火をつけてもらう。

少年の言葉は蒼達には分からない言葉になってもなお、勢いよく口から飛び出していたが五分もするとその言葉は途切れ、消えた。

その息切れのタイミングでマックスは再び自動翻訳機のスイッチを入れる。


「手荒な事をして本当にすまない。

 大人しくしてくれるならその拘束具も外そう。

 俺達は少しお前に聞きたいことがあるだけなんだ」


 マックスの言葉を自動翻訳機が訳し、少年のヘッドホンからはヒクセスの言葉が流れていることだろう。

少年はマックスを睨み付けたが、司令は動じることなどなく少年の目を真正面から捕らえた。

その効果か少年は目をそらし小さく縦に首を降った。


「おい、外してやれ」


三十秒もしないうちに少年を抑えていた拘束具は外され、少年は痛そうに手枷がついていた部分を擦った。


「あんたが《鋼死蝶》か」


自動翻訳機から流れてきた質問に蒼は肯定で答えた。


「俺達はテロリストのあんた達を許さない。

 ベルカを代表する《鋼死蝶》が!

 自分の国に牙を向けるなんて恥ずかしいとは思わないのか?」


含み笑いをしている少年に蒼は簡潔に答えた。


「私達からしたらテロリストはあなた達なんですけどね……」


睨まれるのにはもう慣れていた。

蒼は臆することなどせず少年の挑発を切って返した。


「…………なんだと?

 おまえ達がテロリストなんだろう!?

 ベルカを奪ったあとは世界を奪うつもりなんだろう!?

 違うか!?」


 その事が琴線に触れたらしい。

少年は怒り狂った表情を蒼に向ける。

その一方で蒼は涼しい顔だ。

ニヨの一件の時もこのような事があった。


「やれやれ、マックス。

 自分が正しいと思って任務に疑問を持たない“核”ですよ」


蒼はタバコをふかすマックスに話しかけ、けらけら笑う。


「まぁ、そうだろうな。

 それで?

 引き続き尋問を続けてくれ、蒼」


マックスはタバコの火と昇る煙を見て、無表情で続きを催促する。


「了解です」


笑うのを止め、蒼は少年の顔を見た。

ふーふーと鼻息を荒くして怒る少年に蒼はため息をつく。


「では、私達がテロリストだとして。

 あなた達は私達をどうするように言われてここまで来たのです?

 なにか理由があって来たんじゃないんですか?」


「貴様らテロリストを殲滅するためだ!

 それが副大統領の指令であり、この世界の望みだからだ!!」


その言葉に蒼は少し引っ掛かりを感じる。

だが、あえて突っ込まずに話を続ける。


「えっと、私達を殲滅した後はどうするつもりだったんですか?

 ベルカ国民の半分は私達に味方しているんですよ?」


「決まっている。

 テロリストについたベルカの民を焼き払うのさ。

 ゴミはゴミだ、焼け死んでも構わないだろうさ」


「なるほど……」


 これだけの言葉だったと言うのに蒼にとって知りたい事はあらかた詰まっていた。

自動翻訳機のスイッチを切り、マックスに話しかける。

自動翻訳機のスイッチが切れたことを知らず少年は引き続きしゃべっていたが、すぐにスイッチが切れていると自覚し恥ずかしそうに黙り込んだ。


「えー、マイケル。

 私はよく分からないし、確証もないんですが――。

 たしか、ヒクセスは……。

 統帥権は大統領が、確かですよ?

 持っているんじゃなかったですか?」


 一応ネメシエルにアクセスし、データベースを探す。

統帥権。

世界一の超大国であるヒクセスの軍隊を全て動かしあわよくば他国を滅ぼすほどの力を、思うがままに動かせる権利。

ヒクセスは共和国であり、多数の州がくっついて一つの国を形成している。

そのため州を取りまとめるため大統領という国のトップがいるのだ。

そして統帥権は大統領が持っている。

その大統領に何かが起き、た場合でなければ副大統領に統帥権が移るなんてことあり得ない。

通常副大統領は大統領の手伝いをする。

だからこそ逆に表舞台には出てこない筈なのだ。

だが、さっき少年は副大統領の指令だとはっきり言った。


「いま、ヒクセスには大統領がいないんじゃないでしょうか」


蒼はそういうと少年の顔を見た。


「それで、なぜ戦っているのか分からない……か。

 何やら興味深い思惑が見えてくるな……」


 そもそもこの戦争は蒼達はベルカの技術をめぐる戦争だと考えていた。

その前提が今揺らいでいる。

蒼はもう一度自動翻訳機のスイッチを入れた。

そして少年へ


「あなたは、この戦争をどう思いますか?」


素直な気持ちをぶつけた。

少年はきょとんとした様子になり、怒りを忘れたようだ。


「どういう意味だ?」


「あなた達が来たのは副大統領の命なんですよね。

 どうして大統領ではなく、副大統領なんです?

 私はあまりヒクセスの国内事情に詳しくないですが……」


少年は再び黙り込んでしまった。


「OK、蒼。

 俺が直々にこの問題を解決しよう。

 ニヨの時のようにこいつをうまく丸め込める自信はないからな」


「ですね。

 じゃあ、そこらへんはマックスに任せます。

 私は政治とか一切興味ないですからね」


 蒼は立ち上がり、司令室の外へと出た。

残りの尋問は元拷問や尋問をたしなんでいたマックスや隊長がやるだろう。

蒼はさっさと自分の部屋へ帰ることにした。






     ※





『《ネメシエル》、調子はどうか?』


 戦争が終わって約一週間が経過した。

例の件はまだ何も進展していない。

ただ、多数の情報を取る事は出来たらしい。


「ほどほどいい感じですね。

 機関の調子も絶好調です」


今現在ヒクセスには大統領がいなくなっていること。

それは確定だった。

あるときを境に大統領は姿を見せなくなったらしい。


『ふむ。

 一応エルロン近辺の検査もしておこう。

 機関の分解、掃除も終わったからな』


 さらに、ベルカと戦うことでヒクセスの戦力が低迷してきたことによる国際発言力の低下及び超大国としての地位が揺らぎつつあること。

詳しい情報は展開させたスパイからの続報待ち、と言ったところか。

先の戦いでヒクセスは主要艦隊の半分以上を失った。

元々空を飛ぶ軍艦はコストが大きくかかる。

ベルカは二百を超える数を保有していたがそれは資源及び、海洋国家からの必要性からだ。

大陸などに国境線を持つヒクセスはそういうわけにはいかない。

空だけではなく、大陸の国境線にも大量の軍隊を置いている。

ましてヒクセスは先の大戦の引き金となったガンラグ公国をはじめとして約二十ほどの国と国境線を接している。

それによる防衛費、軍用費は税金の半分を使って賄われているという。

なにより兵器は半端ではないほど高価なのだ。

ベルカは陸軍が一万人にも満たない小さな組織になっている。

代わりに《ベルカ超空制圧艦隊》及び《ベルカ帝国海軍》の二つが巨大な組織なのだ。


「ああ、お願いします」


『ほいほい。

 まぁすぐに終わるから楽にしておいていいからな』


挿絵(By みてみん)


 ヒクセスの戦力が低迷し、面目も丸つぶれの今新しく来る艦隊はシグナエ連邦を中心とした艦達となるだろう。

最も、とてつもなく仲の悪いヒクセス共和国とシグナエ連邦が手を組むとは思えないが。

蒼はマックスと共に昨日そのことについて話をしていた。

もう一週間敵は攻撃を仕掛けてこない。

その間にこちらは進撃し、ニエア地方、及びアルル地方の奪還に成功していた。

これでベルカの約半分を取り戻した計算になる。

《ルフトハナムリエル》と《アイティスニジエル》のコンビネーションは強いものでやってくる敵をほとんど灰に変えてしまっていた。


「はあ……」


『どうした?』


「いえ。

 いい腕しているなぁって……」


《ネメシエル》の艦内被害図は全て修正済みのオールグリーンで示されている。

赤色や黄色の部分があったのが全て綺麗に無くなり、壊れた兵装も新しく取り付けられていた。

どうしても損傷の大きい《ルフトハナムリエル》が優先して修理されたため《ネメシエル》は今の今までほとんど放置状態だった。

何より出撃に向かうのはこの二隻であり、《ネメシエル》は船体が巨大化したこともあり

修理に時間がかかる。

なにより《ネメシエル》だけでなく他の艦にも修理ドックは回さなければならない。

まぁ、それも運用の面から見て仕方のないことだと言える。


『やっぱりわしの腕がいいんじゃ。

 整備をやって早五十年……』


『引退しろよ爺さん……』


 《ネメシエル》の修理が完了し、その試験に蒼は来ていた。

そしてさっきすべての試験結果が全て良好で出たため蒼はほっと一息ついたのだった。


『蒼―、ごはん行かへんか?』


「あ、行きます!

 では《ネメシエル》スタンバイモードに移行。

 自己透析プログラムを走らせておいてくださいね」


(了解)


蒼は艦橋から抜けるとさっき自分の名前を呼んだ藍と朱の元へと走った。


「今日は何食べようかね?」


「あ、あたいカツカレー食べようと思うてる」


「あー、いいね。

 本当なら聖なる黄金水があるならそれがいいんじゃけど……。

 ないなら天使の持つ漆喰の黒を……」


「カツカレーのことやね」


よく分かりますねぇ朱姉様は……。

流石双子の姉妹といった所でしょうか。

蒼には藍のいう事はさっぱりだ。

藍と朱と蒼。

三姉妹の姿は本当に微笑ましいのだった。

蒼の腰まであるロングヘア。

藍の肩までのショートヘア。

そして朱のウルフヘア。

本当なら紫もいたはずなんですけどね。

自分の不良二番艦を思い出してそっと藍と朱を眺めた。

藍も朱も本当によく似ている。

目の色と髪型で区別をつけなければならないほどに。

身長だと藍の方が若干低いようだ。

どうして私はこの二人に似なかったのか、と蒼は本当に考える。

空月博士のいじわるとしか言いようがない。


「で、蒼。

 あんたは何食べたいのさ?」


「ほうよ。

 あんたが決まらんと漆喰の黒を屠るも何もないんじゃけんね」


「えっ、あっ、そ、そうですね……。

 そうですね……」


まずいですね、完全に話について行っていなかったです。


「じ、じゃあ私もカレー……」


 丁度金曜日ですからね。

昔から続いている金曜日にカレーを食べる風習はなかなか合理的で頭がいいと思う。

蒼は、自分のお腹と相談して上にカツは乗せないことにした。


「じゃあ、五階の食堂に行かへん?

 あそこならなんでもあるで?」


「ほうなん?

 じゃけん、行こうで」


結局いつもの五階食堂に決まったのだった。

今はまだ昼前ということもあって五階の食堂は空いていた。

ガラスで展示されている食物は数十種類にも及び、決めてきたのに更に迷わせに来るから性質が悪い。

身分証をカードリーダーにかざし、緑色に光ったのを確認した後目的のものの項目を押す。

まぁ蒼はこういう所では全く迷わないので優柔不断の人の気持ちにはなれない。


「えーほんまどないしよ!!」


「今更迷ってどないしよるんね!!

 はよ腹を決めんさいや!!」


 だから朱が頭を抱えて迷っているのをあほらしいと思い、無視して先に進む。

食券をアルミのお盆に乗せ、箸を二本セットで取りお盆の上に乗せる。


「あっ」


 カレーだからスプーンだと思い直し、スプーンをお盆に追加する。

そのまま食堂のカウンターに持っていくが、この時蒼はいつもカウンターから顔が出ない。

蒼の身長は百三十七センチ。

帽子をかぶってプラス十センチだとしても本当に低い。

この基地で一番背が低いと言っても過言ではない。


「ん、蒼さんかぁ。

 よーきたねぇ、今日は何を食べるんだい?」


食堂のおばさんは、そんなことにはもう慣れている。

蒼が出してきたお盆に話しかけるような感覚で蒼に話しかければ間違いはないのだ。


「今日はカレー食べますですよ。

 金曜日だから――」


蒼が話している途中だというのに、カウンターとお盆がぶつかり合う音が響いた。

そして朱と藍の声が食堂に響く。


「おばちゃん、あたいカツカレー大盛り!」


「わちきも同じの!」


朱は蒼の頭に腕を置きながら大盛りを頼む。

おばちゃんは苦笑しながら


「あら、朱ちゃんダイエット中じゃないの?

 それにえーっと?」


朱の隣に立っている人物が誰かを聞いてきた。

藍はずい、と前に出ると


「藍!

 大天使クラースの化身じゃ」


自己紹介をする。


「藍ちゃんね。

 覚えたよ。

 朱ちゃんと並んで美人やねぇ~」


このおばちゃんも中々に精神が図太いですね……。


「ええねんええねん。

 な、藍姉?」


おばちゃんに向かって左手を降り、面倒になったと顔で教えた朱は隣であくびをしている藍に同意を求めた。


「ほうよ。

 食べたい時に食べるのが一番じゃって気が付いたけんね!」


その言葉でおばちゃんはまた苦笑し


「じゃあ、ちょっと待っててね。

 すぐに持ってくるからね」


カウンターの奥へと引っ込んで行った。

三姉妹が並んでカウンターで待つ。


「ほういえば、今日のデザートにパフェとかあるやん?」


「ありますね」


「あれ、うまいんかいね?

 わちきも純白の柔軟層を食べてみようかいねぇ」


「半分こせえへん?」


「かめへんよ」


「あ、藍姉様私も欲しいです」


「じゃあ大盛り頼んで三人で分けりゃええわいね」


 おばちゃんが三人分のカレーを持ってきたところで藍が追加の注文を申し付ける。

そのパフェをお盆に乗せ、海が見える席に移動する。

空調が効いた室内は静かで涼しく、二、三人の兵士がいる以外は誰もいない。

窓から見える空には《ナスカルーク級》の一隻が浮いていた。

ガイドビーコンが光っているから、今からドックへ入るところなのだろう。


「そういえば近くにおいしいケーキ屋さんがあるらしいねんよ」


「え、ほんとですか?」


「うん。

 あとで出外許可もらったらいってみよかなぁ、思うちょる。

 蒼も一緒に来るじゃろ?」


「行きます!

 ちなみに藍姉様の奢りなんです?

 御馳走様です」


「なんで――あーはいはい。

 かわいい妹に願いされちゃあこのクラースの化身もどうしようもないわいね。

 二個までやで?」


「うなっ、やった!」


 平和な昼食。

三姉妹揃っての昼飯など滅多にない。

カツカレーを食べ終わった朱が先にパフェを食べ始め、藍がそれに続く。

優しい二人の姉は蒼にパフェの一番美味しいところを残しておいてくれたようだった。


「なんで一番美味しいところが一番下のシリアルだけなんですか!」


そう、シリアルの部分だ。

藍も朱も少しだけいじわるだった。

特に妹に関しては。


「え、要らないらもらうけんよこしんさい。

 まったく、大天使クラースの化身であるわちきが……」


「やです!」


噛みつくような勢いで蒼は断った。

今日は太陽が温かく、空は何処までも青い。


「ホットケーキをくだサイ」


「僕にはパフェをお願いしマス」


食堂の扉が静かに開いたかと思うと、メレジアの姉弟が入ってきた。

 本当に二人してよく似ている。

二人が手に持っているのは、今蒼達が食べていたパフェだろうか。

二人の怪我はまだ完全には治っていないようだった。

特に弟のジアニウムの方は、まだまだ治るまで時間がかかりそうなのだと。

首から吊り下げた右腕を庇い、姉が心配そうに助けてあげている。

蒼はこの一週間でほんの数回話した程度にしか知らないが、やっぱり変人らしい。


「藍姉、蒼……」


「?」


「なん?」


朱の声が蒼と藍を引っ張った。

朱は静かに窓の外を指差す。

何時の間に現れたのだろうか。


「なんですか、あれ……」


 尖ったステルスを意識した船体が三本、並んでいる。

それらは全て真ん中でくっついており一つの船を形成している。

艦橋の前にはいくつかの戦艦並の砲台が付いている。

見て、わざわざ国旗を確認することもない。

シグナエ連邦の巨大潜水艦が湾内に五隻浮かんでいたのだ。

それに呼応するように、空中にシグナエ連邦の戦艦が現れる。


「“道化師の変わり身”――!」


「“環境同化迷彩”やて!?」」


 藍と朱が、がたん、と立ち上がる。

巨大潜水艦から千を超える数の兵士が一気に湧き出してきた。

無人で動く六本足の機械を連れている。

シグナエの装甲車だ。

その兵士が沸き上がるのと同時にセウジョウにサイレンが鳴り響いた。

どうしようもないこの状況も《ネメシエル》なら打開することが可能だ。

それが《超極兵器級》の力なのだから。


「《ネメシエル》!

 緊急起動!

 敵を排除します!」


(………………)


「《ネメシエル》!?」


「っ、やられた!

 蒼、無理や! 

 あいつら、妨害電波も出しよる!」


 敵もそこまで馬鹿ではなかったらしい。

《超極兵器級》を封じる術を講じてきたのだろう。

遠距離から攻撃が出来ないなら、直接ネメシエルに乗りこむより他ない。

何とかして敵を撃滅し、セウジョウを――。


「私は《ネメシエル》へ行きます!

 朱と藍姉様は、味方の援護を――!」


 走り出そうとした蒼達の目の前に敵装甲車が突っ込んできた。

あの湾内から飛んだ、のだろう。

正確にこちらの位置を把握し、そして制圧する。

偶然、ではないだろう。

金属の柱が歪み、装甲車にぶつかられ砕けたコンクリート破片が食堂内に散らばる。

店の中にまでめり込んできた二本の尖った触角が緑に不気味に光り、虫のような装甲車のシルエットを余計不気味に見せる。


「っ!?」


足を止めた蒼達を見て、装甲車から警告が流される。


「動くな!」


 男の声は、遠隔操作している男のものだろう。

装甲車の胴体部分が開き、大きなガトリングが現れる。

完全にしてやられたわけだ。

湾内からあまり遠く離れていないこの食堂のドアが開き五人ほどの兵士がなだれ込んでくる。

それらは蒼達を見つけると銃口を突き付けてきた。

その中の一人の男が蒼を見つけてニヤニヤと顔を歪めた。


「久しぶりだな、《鋼死蝶》。

 ニッセルツ以来だよ。

 ああ、当然お前は覚えていないだろう――がな!」


蒼の視界が揺れた。

殴られた、と気が付いたのは一拍置いてからだった。


「あんた、大天使クラースの妹堕天使バニスタになにしよるんじゃ!!」


 藍がそれに噛みつくが男はふん、と鼻で笑っただけだった。

遅れてやってきた鈍痛と共に口の中に血の味が広がり、パフェで甘く染まっていた口内が鉄臭く、しょっぱくなる。。


「隊長、あまり刺激しない方が――」


「なに、心配いらんよ。

 ただの女になった《超極兵器級》の“核”に何が出来る。

 おーっと、動くなよ、《鋼死蝶》。

 噛みつかれたら敵わんからな」


この……!


「………………!」


「そんな目で睨むな。

 おい、信じられるか?

 こんな小さな小娘があの《鋼死蝶》の主なんだぜ?」


回りにいる四人の兵士に男はそういうとニヤニヤとまた笑う。

その笑いは汚く、見ているこっちが不愉快になる。


「うるさい男ですね……」


蒼は、自分の中に悪口を抑え込まなかった。


「ああ!?」


そしてその言葉にキレた男は硬い軍靴を上げ、思いっきり蒼の腹部を蹴り上げた。


「っ、ゲホッ、ゲホッ!」


思いっきり鳩尾に入った攻撃に蒼は吐きそうになりながらも敵を睨み続ける。

ただただ、屈辱だった。

たかが人間ごときが。


「ふん、そうやって大人しくしてろ。

 目標が達成出来たらお前たち姉妹はな。

 シグナエの慰安婦施設で一生ただで働いて貰うんだからな」


 男はそういうと蒼に一人の兵士を付けた。

その兵士の持つ銃の銃口は蒼達の体にぴったりくっついている。

これでは“イージス”を張って防御することも敵わない。

何よりここで“イージス”で小銃を防いだとしても――。


「っ、クソ」


 藍も装甲車を見て苛立っている。

戦車のような一発が強力なだけならば“イージス”でため込んだエネルギーを放出するタイミングはある。

だがガトリングのように絶え間なく叩き込まれたらそんな暇は出来ない。

《ネメシエル》のように船体と機関を持つならば機関にその放出するエネルギーをため込むことは出来る。

だが、蒼達の体にはそんな部分は存在しない。

なによりエネルギーを放出している間“イージス”は張れないのだから。

セウジョウは、五隻の巨大潜水艦と三隻の戦艦によって制圧されようとしていた。

だが、だれかが足りないことに蒼は気が付いてしまった。

《超常兵器級》の“核”である《メレジア》の姉弟がいないのだ。

そして食堂のおばちゃんも。

この短時間で一帯どこへ消えたというのだろうか。


「っ、痛いやんけ!

 何するんや、コラァ!」


朱が食い込む銃口を押し退け引き続き怒鳴ろうとした時、スピーカーからマックスの声が流れ出したのだった。


『あー、あー聞こえるか。

 蒼とか、朱。

 大丈夫だよな?

 そうだ、俺だ、マックスだ。

 そのーなんだ。

 今非常に俺達はまずい状況に――痛い!

 真剣に言うよ、分かってるって!

 その、なんだ。

 我々はシグナエ連邦に対して降伏することにした。

 《超極兵器級》及び《超常兵器級》の“核”。

 及び各艦艇の“核”は所定の位置に集まること、とのことだ。 

 っ、これでいいんだろクソ野蛮人ども!

 痛ぇ、この、何しやがる!』


マックスがマイクの外で吠える。

だがすぐに静かになってしまった。


「聞いたな?

 ……はぁ、大人しく着いてきてくれよいいこだから」






               This story continues.

すいませんお待たせしました!

更新します!


いや、一度書き終わったんですよ。

言い訳させてください。

書いて、28に投稿しようとしたんですよ。


そしたらね。

PCがぱぁになりまして。


もう何が起こったのか分からなかったですもん。

ほんと。

ヒューンって本体の電源が落ちましたから。

えっ?ってなりましたよ本当に。

というかリアルで


「えっ?

 えっ?」


って声出ましたもん。

でも頑張って!復旧しました!


お待たせしました、更新です。

すいません本当に。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

本当に感謝、です!

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