落下
(いいこと……?)
《ネメシエル》が小さくぼやく。
「まぁ、黙ってみていてくださいですよ。
《ネメシエル》、“三百六十センチ六連装光波共震砲”。
及びその他武装の威力をですね。
……大体半分以下にしてくれますか」
しばらく黙り混んだ《ネメシエル》は笑いながら蒼に話しかける。
(……なるほど。
面白い案だ、蒼副長。
それでいこう)
提案するよりも前に私の頭の中の考えを読み取らないでくださいよ、全く。
蒼は今から《ルフトハナムリエル》を沈めるのではない。
鹵獲することにしたのだ。
そのためにはまず《ルフトハナムリエル》の兵装を削らなければならない。
《ネメシエル》に積んである“ 三百六十センチ六連装光波共震砲 ”は威力が大きすぎるのだ。
だから、蒼は威力を制御するように《ネメシエル》に言ったのだった。
「よし、《ネメシエル》。
少し集中するので私の補助をしっかりとお願いします」
蒼はそう言うと《ネメシエル》に自立攻撃をするよう告げた。
マッハ一の速度で迫ってくる《ルフトハナムリエル》が放ってくる攻撃を“イージス”で跳ね返しつつ距離をとるために少し離れる。
流石の新生と言えども、《ルフトハナムリエル》ほどの攻撃は痛い。
「攻撃を続行!
《ルフトハナムリエル》の“イージス”を剥ぎ取りますよ!」
《ネメシエル》が放つ“ 三百六十センチ六連装光波共震砲 ”の力は巨大なものだったがそれを《ルフトハナムリエル》はそれを苦も無く防ぐ。
敵の手に落ちて色々と手を加えられた証があちこちに見える。
【こんの野郎が!】
《ルフトハナムリエル》の舷側が開いたかと思うと、ミサイル発射口が口を開いてゆく。
その数、およそ三百。
鈍く月の光を照り返して、《ルフトハナムリエル》の船体が紫に染まる。
【発射!】
《ルフトハナムリエル》全体を覆い隠すような量の噴煙が艦全体を包み隠し、三百のミサイルが《ネメシエル》へと向かってきた。
(敵艦、ミサイルを発射!
数およそ三百。
続いて点火音を多数確認。
マッハを超えて近づいて来るぞ!)
「迎撃開始!」
《ネメシエル》の“六十ミリガトリング光波共震三連装機銃”が光を放ち猛弾幕を築き上げる。
「“ナクナニア光波霧散共震砲”用意してください。
敵ミサイル前に張り巡らせますよ」
そこにさらに段幕を築くため命令する。
(了解した)
《ネメシエル》の甲板上にある巨大な装置に光がエネルギーとして蓄えられて行く。
月光を鋭く跳ね返し、レンズのようなものが光ると空へと一本の光の筋が築かれる。
その光の筋は少しだけ進むと花が咲いたように空を覆い、霧のように細かくなった光はミサイル郡を包み込む。
(敵ミサイル数、およそ二百にまで低下)
霧の中で多くの起爆の花が咲く。
「迎撃委託。
《ネメシエル》引き続きお願いします」
(了解)
残りミサイルの迎撃を《ネメシエル》に任せ、蒼は《ルフトハナムリエル》への攻撃に集中する。
重巡洋艦の全長を軽く超える巨大な砲台がその身を捩り敵へと口を開く。
三百六十センチの口径を持つオレンジ色の光はその高温で周辺の空間を捻じ曲げ、膨大なエネルギーを保ったまま《ルフトハナムリエル》の“イージス”にぶち当たる。
だが、直前ベルカの“曲菱形”が現れレーザーを捻じ曲げる。
“イージス”、敵に回るとほんと厄介ですね。
「っち……」
敵軍艦程度ならば一発でバリアを臨界にまで持っていくというのに。
蒼は《ネメシエル》の右舷を敵へ向けると艦底の“三百六十センチ六連装光波共震砲”も起動し、《ルフトハナムリエル》の“イージス”を削ぎ取るため、撃ち始める。
半分以下にまでエネルギー量を落とされているとはいえその力は大きい。
【正面切っての殴り合いか!
面白い!】
《ルフトハナムリエル》の砲台が旋回する。
月光を背にその砲門はオレンジ色に輝いている。
“光波共震砲”の光。
【……驚け。
藍、見せてやれ】
その砲門の形が変わる。
綺麗な円の状態が崩れ、砲身が一度ばらばらに形が崩れる。
三連装の砲門が分かれ、お互いがお互いにくっつき連装砲を形造った。
その砲門数は三門から二門へと減ったものの口径は一門あたりがかなり大きくなっている。
「なんですかアレ……?」
砲門自身が変形し、くっつくなんて見たことも聞いたこともない。
だがその砲門は蒼が知っている国の軍艦と似ていた。
四角の、忌々しい不格好な砲門の大きさは……。
「ヒクセス……やっぱりあの国だけは――!」
宿敵、ヒクセス共和国。
敵に自国の誇りともいえる《超極兵器級》を弄り回されていたというのが蒼にとって我慢ならなかった。
それを知ってか、敵の笑みは更に増したように思える。
《ルフトハナムリエル》の砲門はオレンジ色には光らなかった。
青色に、光っていた。
そしてその光は一拍置いて《ネメシエル》へ向かって吐き出されたのだ。
(なんだこれは……!
敵高エネルギー飛翔体、見たことがないような特性を持ってやがるぞ!)
「機関全速、面舵いっぱい。
“イージス”も“強制消滅光装甲”も全体に張り巡らせてください。
正体が分からないも対処法すらなんとも……」
右舷についたサイドスラスターが開き《ネメシエル》の船体を左へと押し出す。
敵から一定の距離をとるための行動だったが、まだ加速しきらない内に敵の光が《ネメシエル》の“イージス”へと喰らいついた。
「反応が鈍い……!」
ひとつ前の《ネメシエル》の操作に慣れ切っていた蒼にとってそのわずかな操艦の差は大きな痛手となって帰ってきた。
敵のレーザーを、跳ね返す。
だが、意志は挫かれた。
被弾の鈍い揺れが《ネメシエル》を襲い蒼の腕が針を刺されたように痛んだ。
「何をやっているんですか《ネメシエル》!」
思わず怒鳴り付ける。
自分の怠慢のせいだというのに。
慣らしをする暇がなかったのが蒼にとって一つ今悔いる原因となっていた。
(敵レーザーの前方には確かに“イージス”を張り巡らせた!
何かがおかしいぞ、蒼副長!)
赤くアラートが視界の隅で瞬き確かに被弾したと言うことを蒼にしつこく教えてくる。
実際被弾した所は装甲がまくれ上がり、内部機器が露出し紫色の光がこぼれている。
【被弾……か。
ククク……ふはははは!!】
全長三キロの戦艦となった《ネメシエル》の大きさが今は仇となっているように思えた。
敵の正体が分からないい上に、“イージス”を破るような敵の攻撃。
ここに来て何が――。
「くっ、《ネメシエル》敵艦のサーチを――」
被弾の痛みに耐え、視界に映るミサイルの雨には見向きもしないで命令を下す。
サイドスラスターの稼働率を更にあげ、吐き出される推進光の柱は五十メートルを越えるほどの大きさにで成長する。
その光の柱に押され《ネメシエル》の船体が横へと押し出され敵との距離を稼ぐ。
とにかく今は敵から離れて――。
(蒼副長!
敵高エネルギー反応検知!
直上!)
「っ!?」
射程外と思う距離まで逃げた《ネメシエル》を遥か上空から別の強い砲撃が襲った。
展開していた“イージス”にぶつかったエネルギーは上空から降り注いだ光は、盾となる“イージス”を貫き通ると《ネメシエル》の黒鉄の船体に突き刺さった。
『うおっ!?
な、なんすか、なんすか!?』
爆発、揺れで《ネメシエル》の船体が悲鳴をあげる。
直上から、艦橋を狙って撃ち込まれたレーザーは蒼の条件反射の操艦でなんとか致命傷となりえる艦橋の右へと逸れていた。
『これじゃあ、嬲り殺しじゃないっすか――!』
春秋の声、それを無視して蒼は《ネメシエル》の真上を見た。
なぜ気が付かなかった。
自分を攻め、へこみ、爆発に巻き込まれた甲板上の燃え盛る機銃や高角砲を見て蒼は歯を食いしばる。
“自動修復装置”が作動するのをモニター上で確かめながら戦況を改めて飲み込む。
【私の艦隊の全貌、楽しんでもらえるかな?】
(蒼副長!
更に近辺海域に戦艦の反応を検知!
数は二!
上空に一隻、海面に一隻いるぞ!)
「残り二隻の《超極兵器級》ですか……?」
《ネメシエル》がモニターに映し出したのは《超極兵器級》ではなかった。
円形の、何か。
パンケーキのように平べったくない。
まるで卵をそのまま横に引き伸ばし、先をとがらせたようなデザインだ。
表面の色は《ルフトハナムリエル》と合わせているのか白銀の鋼鉄は違和感がない。
全長は六百メートル少しと小柄だ。
それでも通常艦艇クラスからしたら半端なくデカいのだが。
だがこの艦には甲板や艦橋なども見られない。
となると先程の攻撃はいったいどこから……?
そしてその艦は《ネメシエル》のデータベース上には存在しないものだった。
つまり初めて《ネメシエル》達の前に姿を現したことになる。
(どうやら《超極兵器級》ではないようだ。
特有の機関固有振動数を感じない)
『なんすか!
なんなんすかぁ!』
(敵《卵型戦艦》移動を開始!)
《ネメシエル》の声に蒼はとっさに反応した。
「《ネメシエル》、攻撃を!
何か不味い気がしてなりません!」
《ネメシエル》の“ 三百六十センチ六連装光波共震砲 ”が空を向き卵へと槍を放つ。
だが
(敵戦艦に時空間振動を確認!
強烈なやつだ!)
っ、クソが……。
《ネメシエル》放つレーザーは敵に当たる直前で吸い込まれ、消える。
見たことのないバリアが敵《卵型戦艦》には搭載されているらしい。
無傷のまま《卵型戦艦》は、そのまま《ルフトハナムリエル》の両舷を挟み込むようにして停止した。
【まったく、《超極兵器級》というのは大したもんだな?
こんなことも出来るんだから】
《ルフトハナムリエル》の両舷の兵装の隙間から装甲が開くと鉄の太い棒が多数《卵型戦艦》へと伸びた。
《卵型戦艦》も、その鉄の棒を受け止めそのまま《ルフトハナムリエル》の両舷へと接触する。
(合体……しているのか?)
『合体――?』
そのまま《卵型戦艦》は形を保ったまま《ルフトハナムリエル》に密着する。
三隻が横にくっつく様は奇妙なものだった。
《ルフトハナムリエル》が両脇に抱え込んだ卵形戦艦の上半分に亀裂が入る。
四角い規則正しい亀裂はそのままスライドし、卵のてっぺんの殻の部分だけが消えたようだ。
代わりに見えてきたのは巨大な砲身だった。
「なんなんですかあれ……」
《超極兵器級》が合体できるなんて聞いたことがない。
それにあの砲門は――不味いです。
直感で感じた蒼の言うとおりその砲門は《卵型戦艦》一隻丸々スペースを取っていた。
この砲台を運ぶためだけに作られた艦、というのが正しいだろう。
(敵艦計測完了。
あの砲門は五百センチの口径を持つ。
表面には敵の特殊なバリアを確認した。
《ルフトハナムリエル》にも同じものが見受けられる
これでは蒼副長の考えていた計画が――)
“イージス”に加え正体不明のバリアまで。
【どうだ、《鋼死蝶》?
これが我が《超極兵器級》の全てだよ。
仕切り直しと行こうじゃないか!】
卵形戦艦の上の砲台が稼動し、《ネメシエル》を二つの砲門が睨みつけた。
その砲門にうっすらと紫色の光が宿る。
「《ネメシエル》!」
(機関フルバースト!
リミッター解除と同時に回避行動を取る!)
こいつのこの攻撃は、まずい。
『な、なんなんすか!
あの姿それに、《ルフトハナムリエル》が!』
「春秋、ちょっと黙ってください!」
『す、すんませんっす!』
唸りをあげた《ネメシエル》の機関が空気を、空を揺らした。
陽炎にも似た揺らめきと光の筋が船体を走り鼓動のような強弱が早まる。
【発射】
「っ、艦首下げ!」
夕焼けの赤い空はすでに終わり、空には濃い雲が漂っていた。
星が数多く点滅し、紫の月が浮かぶ夜空。
その空を強烈な光が突き破った。
卵形戦艦二隻から放たれたエネルギーが空を食らった。
光は《ネメシエル》の“イージス”を突き破るとそのまま右へとスライドする。
右舷の艦首付近に、被弾した《ネメシエル》の舷側装甲を破り光は船体を破壊して行く。
食い破られるギリギリのところで咄嗟の蒼の艦首下げの号令のお陰で光は《ネメシエル》の船体を上へと突き抜けていった。
(第一“ 三百六十センチ六連装光波共震砲 ”大破。
第二百八十から三百五十ブロックまで大破。
特殊ベークライト注入開始。
自動修復装置作動、修復完了まで二時間半!)
サイレンと春秋の悲鳴が沸き起こる艦橋内で蒼は痛みに耐える。
“レリエルシステム”を通じて被弾の痛みは蒼の脳を荒らして回っていくようだった。
「っ……はぁ……はぁ……」
【ふん……こんなものか】
『なんなんなんすか!
すかぁ!!』
分厚い装甲と、“イージス”の最大出力のお陰で何とか致命傷には至らなかった。
しかし
「長くは持ちませんね……」
痛みでにじみ出してきた額の脂汗を拭い、蒼は憎々しく吐き捨てた。
早いこと勝負を決めなくては。
(蒼副長、敵卵形戦艦のバリアの詳細が分かった。
これより、解析結果を伝える)
卵形戦艦の図が表示され、《ネメシエル》の説明が入る。
(敵未確認バリアの性質が分かった。
おそらく、“時空間反応フィールド”の一種だろう。
敵は装甲表面に触れた攻撃性の物質。
さっきだと“光波共震砲”だな。
それを異次元へと飛ばしているのだと思われる)
「つまり、触れたところだけにバリアが展開されているような感じですか?」
(おそらく、な……)
そこで《ネメシエル》は黙り込んでしまった。
「《ネメシエル》?」
(少し確認したいことがある。
蒼副長敵への攻撃を続行するぞ。
私の計算が正しければあの“時空間反応フィールド”は簡単に破れる)
「……たまには役に立つんですね、《ネメシエル》。
了解しました、攻撃を続行しますよ」
兵装の威力を押さえていたリミッターを蒼は外した。
今まで手を抜いていたのは《ルフトハナムリエル》の事を思っていたが為。
思いっきり攻撃することが出来る相手がいる以上手を抜く必要は、無い。
「“三百六十センチ六連装光波共震砲”、用意。
標的敵戦艦。
撃ち方はじめてください!」
大破した“三百六十センチ六連装光波共震砲”以外の“三百六十センチ六連装光波共震砲”が敵へと光を吐いてゆく。
そのオレンジ色のエネルギー体が相手の“時空間反応フィールド”に触れる。
一瞬にして“光波共震砲”のエネルギーは消えた。
(やはりか。
蒼副長、聞いてくれ)
「何ですか?」
【撃て!】
《ルフトハナムリエル》から二本の極太ビームが向かってくる。
思いっきり艦首を下げ、高度を下げた《ネメシエル》の艦橋を霞める。
「簡潔に、お願いします!」
雨のように降り注ぐレーザーとミサイルを迎撃、“イージス”で跳ね返しつつ蒼は反撃を叩き込む。
戦艦と戦艦の殴り合いが続いている中、《ネメシエル》は話しはじめた。
(敵“時空間反応フィールド”の話だ。
想像通りの性質だった。
例えるなら、トンネルのような――)
「いいから要点を簡潔に!」
甲板に被弾、爆発の光が蒼の視界を一瞬奪う。
『ちょ、まずいんじゃないんすか!?
蒼先輩、ちょっとちょ!』
「うるさい!」
蒼は苛立ちながら全兵装にエネルギーを伝達するように命令する。
(あの“時空間反応フィールド”は二度同じ所へ展開できない。
分かるな?)
「つまり!?」
(同じ所に攻撃すればその攻撃は通るということだ!
とは言っても……。
敵“時空間反応フィールド”が修復されるまでの〇・五秒しかない。
その間に同じ場所に攻撃を叩き込めばいい!)
「ほんとたまには役に立ちますね。
了解、《ネメシエル》!」
【撃て!!】
極太ビームを左へと躱し、《ネメシエル》の船体が空を切り裂く。
真夜中、紫色に輝く月が二隻の戦いを静かに見つめていた。
図太い赤色のビームが、《ネメシエル》を沈めようと伸びる。
しかし――。
蒼は黙って唇を噛んだ。
攻略法は分かりましたがどうやって同じ場所にピンポイントで。
何より蒼は相手を沈めたいのではない。
《ルフトハナムリエル》を取り戻したいのだ。
【ふはははは!!
どうした《鋼死蝶》!
それじゃジリ貧だぞ?】
「うるっさいですねぇ本当にあなた達は!」
そもそもあの船を守っている“時空間反応フィールド”を破った所で“イージス”が残っている。
“イージス”を一気に無力化させるには《ネメシエル》の“三百六十センチ六連装光波共震砲”を当てればいい。
簡単なことだ。
だけど……。
(敵砲撃、来るぞ!)
「っち……!」
あの極太ビームが来る以上、近づけない。
近距離、遠距離共にカバーできている。
蒼は敵の《卵形戦艦》を睨みつける。
あの砲撃ユニットさえなければいい。
その他の攻撃は《ネメシエル》の装甲が持ちこたえてくれる。
敵の砲撃ユニット、《卵形戦艦》。
砲台自体は列車砲のような形をしている。
周囲三百六十度どころか俯角すらカバー出来ている。
「《ネメシエル》、敵砲台の分析結果を!
仰角は何度まで可動するんですか?」
被弾の揺れで蒼の声が少し震える。
痛みを堪えつつ、《ネメシエル》の答えを待った。
(仰角四十五度までだ。
ということはつまり……)
その言葉で蒼は、勝利を確信した。
「《ネメシエル》、“散弾爆撃ナクナニア光発射口”用意!
チャージ完了しておいてください!」
(了解した!)
「機関、リミッター解除!
春秋、しっかり掴まっているんですよ!」
《ネメシエル》の翼に通う光が強くなる。
補助機関からあふれるように光が放出され船体が前へと突き動かされる。
二十基の“ナクナニア光反動繋属炉”から放たれる力で《ネメシエル》は空を蹴った。
【何を!?】
「そのままもっと!
もっと高く《ネメシエル》!」
空を蹴ったと同時に艦首を上へと上げる。
雲を突き破り、目の前にいる敵へと攻撃を放ちながら空の月を覆い隠すように。
全長三キロを超える戦艦が天へと昇って行く。
『ちょ、ちょ、あ、蒼先輩!?』
【《陽天楼》――!】
敵はその光景に圧倒されていた。
所々から黒煙を吐きながらもその船体にはまるで応えてないようだった。
【追い詰めているのはこちらだと言うのに……!】
船体に脈打つ赤と青の光は美しく、甲板、翼の幾何学模様の光で空が照らされたようだった。
全長三キロの戦艦が垂直に屹立する。
圧巻の姿はコグレからも見えたらしい。
そのまま、《ルフトハナムリエル》の上空へたどり着いた《ネメシエル》の艦首が下がり艦尾が上がる。
「サイドスラスター点火!
ロール開始百八十度!」
続いて船体がロールをはじめ主翼が雲を引く。
赤く塗られた喫水下が下へ向き艦橋が上へと戻る。
簡単に言えば巨大な戦艦がインメルマンターンを行ったのだ。
本来は戦闘機のような格闘戦を基本とするものが行う挙動。
《ネメシエル》のように艦艇がそれを行うなんて普通はありえない。
【バカな……!?
くっ、藍、回避行動を取るんだ!】
(遅いですよ!)
《ネメシエル》はマッハを超える速度で《ルフトハナムリエル》の上空へ辿り着く。
そして《ネメシエル》の艦底にはたっぷりとエネルギーを蓄えた“ 散弾爆撃ナクナニア光発射口 ”が用意されていた。
「機関停止、春秋準備はいいですね?」
『了解っす!』
【くっ、ぶつかってくるつもりか《鋼死蝶》!
自棄になったか!】
「これも立派な作戦ですよ
《ネメシエル》行きますよ」
機関を止めたことにより落ちる《ネメシエル》の下にいる《ルフトハナムリエル》は慌てて回避行動を取る。
だが舷側に接続した《卵形戦艦》のお陰で動きが鈍い。
【まだまだ!】
《卵形戦艦》の上に乗った砲台がこっちを向いた。
「っ!」
ここで《ネメシエル》の計算違いが露呈する。
だが、怒っている暇はない。
蒼の背筋を冷たい感覚が伝った。
敵が《ネメシエル》へとビームを打つ前。
両艦の距離が五百を切ったところで
「撃て!」
蒼は“ 散弾爆撃ナクナニア光発射口 ”の発射を命じた。
元は地上を制圧する時に使う兵装なだけあってその効果範囲は大きなものだった。
大雨のように降り注いだ億を超える攻撃は“時空間反応フィールド”を削ぎ落す。
そして、再生するまでの隙を逃さず蒼は追撃の“ 三百六十センチ六連装光波共震砲 ”の発射を命じた。
威力を落としていない太いオレンジの光が《卵形戦艦》二隻のど真中をぶち抜く。
【っぐあ!】
《卵形戦艦》二隻の砲門が崩れ落ちる。
巨大な砲門が甲板にめり込み、卵の殻が割れるように外殻が損傷する。
黒煙を上げ燃え始める《卵形戦艦》を守るように《ルフトハナムリエル》の“イージス”が張り巡らされはじめた。
「っ、しまった!」
《ネメシエル》の機関を再始動させ、《ルフトハナムリエル》から距離を取る。
その主翼を太いレーザーが射抜いた。
「っ――!」
《ルフトハナムリエル》の体勢を立て直す速度は速かった。
《ネメシエル》が上空にいることをいいことに次々と攻撃を叩き込んでくる。
装甲で持ちこたえつつ蒼は反撃を命じる。
“時空間反応フィールド”を発生させることはもう出来ない。
だが、それよりもやっかいな“イージス”が残ってしまった上に――。
【危なかったが――!
それでも貴様の攻撃がこちらに効かないことは明白だぞ!
それに、この《ルフトハナムリエル》をのっとるつもりだったようだが――】
――蒼の考えがばれてしまった。
こちらが強く攻撃出来ないのを相手も不思議に思っていたことだろう。
唯一と《ルフトハナムリエル》を繋いでいた艦艇ネットワークを遮断。
相手との通信が途絶えてしまった。
(蒼副長、こちらからハッキングをかけることはこれで不可能になった。
どうする?)
当初の目的が出来ない以上、沈めるしかない。
《ルフトハナムリエル》を沈め、そしてセウジョウを守る。
《ルフトハナムリエル》は、祖国のために消えた。
それでいいではないか。
だけど……。
『蒼先輩――?
いったいなにがどう――』
再び思考停止に陥った蒼の頭の中に春秋が呼びかける。
そして蒼は思いついた。
「そう……。
そうですね」
(蒼副長――?)
自分の頭の中で思ったことをもう一度復唱する。
こうするしか方法は、無い。
蒼は気持ちを整えると春秋へと無線を繋いだ。
「春秋!
直ちに艦橋へ移動してください!」
『へっ!?
は、あ、はい!』
春秋の乗ったポットが艦橋へと移動してくるのを尻目にもう一度自分の中の気持ちを確認する。
これしかない。
《ルフトハナムリエル》を止め、再びベルカのものにするためには。
「春秋、私と操艦を交代するんです。
私が直接に潜り込んで藍姉様の洗脳を解きます」
『っ、なぁ!?』
「早く来てください。
時間がありません」
(蒼副長……)
心配そうな《ネメシエル》の声。
蒼は、“レリエルシステム”から腕を引き抜くための準備を始める。
「大丈夫ですよ、《ネメシエル》。
春秋なら。
ちゃんとあなたは春秋の補佐をするんですよ」
(……了解した)
「それに直前までは私が間接操艦します。
春秋には、あなたの海域離脱を手助けしてもらうだけです」
敵の攻撃は、さらに過激なものになっていた。
厄介な“イージス”を追加攻撃で消し去っていく。
そのため《ルフトハナムリエル》の纏う“イージス”は《ネメシエル》の攻撃でほとんど消えかけていた。
その気になれば直ぐに沈めることはできる。
「蒼先輩!」
艦橋の扉が開き春秋が入ってくる。
それを基準に蒼は《ネメシエル》の操艦を間接操艦に切り替えた。
“レリエルシステム”の穴から腕を引き抜き、艦橋の中に常備されている拳銃を取り出す。
「俺が行くっすよ!
蒼先輩は《ネメシエル》が……」
抗議してきた春秋だったが、蒼はその唇に指を重ね押しとどめる。
「《ルフトハナムリエル》は《超極兵器級》です。
その“核”をハッキングするには同じ演算処理能力を持つ私しかいません。
なにより春秋。
私は貴方の事を信じています。
だから――」
蒼は《ネメシエル》の席を春秋に譲った。
「今だけ《ネメシエル》を預かっておいてください」
「…………蒼先輩」
銃を腰のホルスターに納め、蒼は髪の毛を帽子の中に括って納める。
被弾のダメージで《ネメシエル》の艦橋内にサイレンが響く。
春秋の横顔は不安でいっぱいだったが、蒼はそれをなだめる。
「大丈夫。
まぁ、私ぐらい強かったら普通に帰ってこられますから。
いいですね、春秋。
あなたは私が《ルフトハナムリエル》に行けるように。
《ネメシエル》と協力して援護してください」
「了解っすよ――!」
春秋の顔にはまだ不安が浮かんでいた。
だが、やるしかないという決意は固まったのだろう。
《ネメシエル》の“レリエルシステム”システムへと接続するために腕を穴へ差し込んだ。
(春秋、大丈夫だ。
直前までは蒼副長が操艦するからな。
蒼副長が私から降りた直後から貴官に操作が入れ替わる。
少し、《ラングル級》よりも重いだろう。
だが、安心しろ。
必ず私が補助するから」
「り、了解っす!」
緊張で固まっている春秋を見た後蒼は艦橋の脇にある扉にたどり着いた。
装甲扉を開き、風に押し戻されそうになりながらもなんとか耐える。
下に浮かび、攻撃してくる《ルフトハナムリエル》を睨むと“リフト甲板”を呼び出し、その上に乗る。
「《ネメシエル》、面舵いっぱい。
降下開始してください」
《ネメシエル》の巨体が右へと曲がり十キロほどの円を描いて《ルフトハナムリエル》の方へ向き直る。
落ち始めた高度は《ルフトハナムリエル》のギリギリの所を《ネメシエル》がなんとか通れるほどだ。
絶え間なく飛んでくるレーザーが船体に傷をつけてゆく。
その傷から伝わる痛みをじっと堪え、蒼は目の前にある《ルフトハナムリエル》へと《ネメシエル》を突っ込ませる。
お互いのスピードから考えるに蒼が飛び移れる時間は一秒に満たないだろう。
「春秋、あとは頼みましたよ」
そのタイミング。
《ネメシエル》の主翼で《ルフトハナムリエル》が隠れたタイミングで蒼は“リフト甲板”を発進させた。
主翼の上を少しだけ浮いて滑るように移動し、主翼に開いた穴から《ルフトハナムリエル》へと飛び移る。
そして《ネメシエル》とのコントロールを断絶する。
《ネメシエル》の巨体が唸り膨大な質量が遠ざかってゆく。
およそ二百の距離を一瞬で落ち、巨大な《ルフトハナムリエル》の甲板が目の前に迫る。
ぶつかるギリギリの所でブレーキをかけ、手に滲みだした汗を軍服の端で拭いた。
足が硬い鋼鉄の甲板に触れ、一安心した蒼だったが
「っ!」
空気を震わせる爆音と共に遠ざかってゆく《ネメシエル》へ向けレーザーを砲台が放つ。
音にびっくりした心臓を胸の上から抑え落ち着かせる。
遠くへ消えていく《ネメシエル》見てホルスターからレーザー銃を抜き取った。
春秋ならきっとうまくやっているだろう。
今は《ネメシエル》の事を考えずに目の前の《ルフトハナムリエル》のそびえたつ艦橋を見上げた。
中に入るにも厳重なロックがかかっているのだ。
壊すにも装甲は分厚い。
辺りを見渡すと、被弾の際に空いた大きな穴が見つかった。
中を覗くと、うねり狂った内部機器が見える。
その奥は真っ暗だったが蒼はすでに覚悟を決めた。
ここから艦内に入り、艦橋へ行くしか。
だが、固く天板は閉ざされているに違いない。
何よりそんな簡単に通してくれるわけもないだろう。
どうする。
“リフト甲板”を念のため手元に呼び寄せ中にゆっくりと入る。
めくれた装甲によって空気がかき回され、蒼の体を後ろから押した。
穴の中に入ってようやくここがどの部分なのか理解した。
ここは《ルフトハナムリエル》の内部にある格納庫だ。
中には連合群の戦車が大量に積み込まれていた。
占領する際に使用するつもりなのだろう。
尖ったデザインに、電磁加速砲の四角い砲門が特徴的な戦車だ。
キャタピラと、空を浮く用の四つの小型エンジンの張り出した車体は不恰好に見える。
空を浮く用に使うであろう安定板が二枚、外付けされた様は本当にかっこ悪い。
あいにくだが、蒼の美的意識には合わない。
全く、どうしてヒクセスの作る兵器はどれもこれも不恰好なんですかね。
右手に拳銃を持ちながら左手でそのうち一台を撫でてみた。
ハッチなどが存在していないのを見るとどうやら人間が乗るスペースは無いようだ。
少し無茶かもしれないが、これを利用しない手はないだろう。
一台だけでいいですかね。
いや、念のため……。
無駄な殺生をしなくて済むことに感謝しつつ、戦車の電子頭脳へと自分の意識を集中させる。
まさか《超極兵器級》の“核”が乗っとるとは設計者も思っていなかったに違いない。
あっという間に二十ほど展開されていた電子防壁を突破すると戦車の大きなエンジンの唸りが格納庫に、鳴り響く。
その戦車の上に乗り、捕まる。
「さて行きますか。
藍姉様、待っていてください」
エンジンを吹かし、空を飛んだ戦車についてくるよう“リフト甲板”に命令する。
穴から出た蒼は《ルフトハナムリエル》の艦橋を目指す。
ところがそこで気付かれたらしい。
【何をしている、《鋼死蝶》?】
外に取り付けられたスピーカーから敵の声が流れ出す。
それと同時に《ルフトハナムリエル》の“六十ミリ光波ガトリング”がこちらを撃ち始めた。
「何、って。
あなたを殺しにきたんですよ」
“イージス”を軽く展開して自分には当たらないようにしながら戦車の主砲を艦橋の装甲扉へ向ける。
《ネメシエル》と違い《ルフトハナムリエル》は扉の所だけは装甲が薄くなっていたはずだ。
《ルフトハナムリエル》の“六十ミリ光波ガトリング”から放たれる光はあっという間に戦車の下部装甲を削り取ってゆく。
【……面白い。
来てみろ】
「言われなくとも」
そういって蒼は戦車の主砲をぶっ放した。
青い、プラズマを纏った弾は見事に《ルフトハナムリエル》の装甲扉を射抜く。
爆発、黒煙の上がった隙間から赤色の光が漏れた扉が引きちぎれ、高角砲群へと落ちて行く。
蒼はそこで戦車のエンジンを目いっぱい吹かし、前進させる。
所が、そのタイミングで“六十ミリ光波ガトリング”が戦車のエンジンを射抜いた。
不協和音と共に下がる出力に舌打ちし、蒼は“リフト甲板”へと乗り移る。
目の前に迫っていた艦橋の扉を追い、ジャンプして飛び移る。
黒煙を上げ、コントロールを失った戦車は蒼海へと消えて行った。
ジャンプし、掴んだタイミングで尖った鉄により切った掌に滲む血がぬるぬるするがそんなこと気にしてられない。
拳銃を両手で持ち、《ルフトハナムリエル》の中枢部、艦橋へと向かう。
静かに開いた艦橋の扉の中は《ネメシエル》の艦橋を小さく圧縮したような空間だった。
目の前には空と海が見え、遠くに黒い粒のようになった《ネメシエル》が見える。
その粒へ向かって《ルフトハナムリエル》から放たれたレーザーが吸い込まれる。
「………………」
蒼は黙って、手に持った拳銃に力を込めた。
敵の姿はどこにもない。
慌てて辺りを見渡そうとしたその時
【やあ、《鋼死蝶》】
ぞくっとするような声が耳元で聞こえると同時に蒼の体は跳ね飛ばされていた。
そのまま吹き飛ばされ艦橋の壁に背中からぶち当たった。
蒼の体を受け止めたパイプが凹み、白い煙を噴き上げる。
「ッ!」
体勢を“イージス”で整えるまでもなく手に持った拳銃が奪い取られた。
【ふふはははは!
やあ、初めまして!
こうやって会うのは初めてだもんなぁ?】
暗闇の中ぼんやりと浮かぶ顔は間違いない。
藍を操ってる張本人だ。
「………………」
身長は二メートルを超えるだろう。
それだけでも身長が百四十センチにも満たない蒼にとって大きなハンデだった。
【黙ってちゃ分からないな。
君は私から藍を取り返したいんだろう?
なら、私を殺さないとなぁ?】
そういって蹴りを繰り出してくる敵の攻撃を下にしゃがんで躱し、右足をバネして前に押し出した体と共に右手に“イージス”を込めて殴りつける。
並大抵の人間ならこれで死ぬ。
装甲車程度の装甲なら軽くぶち抜けるほどの威力のはずだ。
だが
【……ふん、そんなもんか!】
敵はそれを腹に喰らっておきながら無傷だった。
それどころか蒼の右手を握り投げ飛ばしてきたのだ。
「あなた一体――!」
バランスを整え、着地した蒼だったが完璧に敵と自分の実力差に絶句していた。
【何。
ちょっとした、ね?
君の祖国を占領し、技術島から頂いた研究成果を少し入れてもらっただけさ】
そういうと男の右手は巨大なレーザー砲へと変わる。
レーザー砲は《ネメシエル》達のように赤色の光が脈打っていた。
【消えろ】
その砲門がオレンジ色に光ると同時に蒼は右へと飛ぶ。
右足ギリギリを霞めた、レーザーはオレンジ色の光を放ち艦橋の装甲を射抜いて消えて行った。
「これは“光波共震砲”――?」
車一台分ほどが通れるぐらいの穴が《ルフトハナムリエル》の艦橋に開いた?
あの分厚い装甲があったはずなのに?
理解出来ない蒼だったが、足を止めている暇はない。
相手の射界は無限大。
何かに隠れても意味がないのだ。
となると躱すしかない。
【そうだ。
“光波共震砲”。
私自身が対艦砲なのだよ】
そんな技術、蒼は見たこともないし存在自体知らなかった。
「だから、何なんですか。
私は《超極兵器級》ですよ?」
だがここで臆するわけにはいかない。
蒼は、そういって敵に再び攻撃を叩き込む準備をする。
その時だった。
ぐらり、と《ルフトハナムリエル》が揺れた。
「な、なんですか!?」
慌てて藍の目の前に展開されているカメラの映像を見る。
陸地、セウジョウの地がうっすらと見えていた。
「え、何でセウジョウが……?」
【作戦、だ。
最後の作戦。
もし、敵が強大だったときのためのな。
《超極兵器級》の機関を暴走させて敵基地を破壊。
消滅させる】
「いったい、何のために!?」
セウジョウの防衛機能が働いて、砲台から《ルフトハナムリエル》へ向かって攻撃が敢行されている。
だが、《超極兵器級》に効果などない。
【それを知る必要はない】
当たり前、ですか。
そこまで教えてくれるほど敵もバカじゃないだろう。
「止め方、教えてくれたりしないですか?」
蒼は藍の顔を見ながら訪ねてみる。
久しぶりにあった姉は、目は虚ろで見るも無残な姿だった。
男達の慰み者になったか、それとも実験に使われたのか。
とにかく、蒼の知っている藍ではない。
【よく漫画とかでありがちなことさ。
私を殺せばいい。
来い、《鋼死蝶》】
敵は笑わず、蒼へと言葉を吐いた。
再び“イージス”を展開し、利用しながら蒼は敵の真正面に立つ。
床を蹴り、浮いた体に少し回転をかけながら“イージス”を左足に展開する。
その思いっきりの勢いで蒼は飛び敵の頭へと蹴りを入れる。
【痛くも痒くもないな】
敵は首を軽く曲げると蒼の足を掴んで放り投げた。
今度は受け身を取る暇もなく、思いっきり背中から床に叩きつけられる。
「っく!」
鈍痛が背中から滲み、衝撃で息が詰まる。
歯を食いしばり痛みを堪えつつ、起き上がながら蒼は左に飛んだ。
さっきまでいたところにオレンジ色のレーザーが多数突き刺さる。
“光波共震砲”の機銃携帯まで再現できるなんて。
その時の艦橋内が赤色に染まった。
【もうそろそろ時間か……】
敵がぼやくと同時に無機質なだけの音声となった《ルフトハナムリエル》のAIがしゃべる。
(最終作戦が始動しました。
残り五分で機関が臨界点に達します。
ただちに避難してください。
繰り返します。
最終作戦が始動しました。
残り五分で機関が臨界点に達します。
ただちに避難してください。
《超極兵器級超空城塞戦艦ルフトハナムリエル》の自爆までおよそ五分です)
【おい、逃げるな《鋼死蝶》。
もう終わりだ。
あがくのをやめたらどうだ】
「そう言われましても……」
再び敵へと攻撃を加えるが、相手には本当にダメージが通らないらしい。
【しつこい、な】
敵の攻撃が蒼の体を突き飛ばした。
鳩尾に、入った重い衝撃で吐き気がこみ上げ息が出来なくなる。
「はっ、はっ……」
額から流れ落ちる汗が蒼の顎を伝い、床に垂れる。
【どうせ死ぬんだが――。
お前は、もっと先に死んでもらうぞ。
うるさくてかなわんからな。
静かに死ぬのが美徳だ】
敵の腕が、再び巨大なレーザー砲に変わる。
その光を向けられ、蒼は少し後ずさりした。
【そのまま、穴から飛び降りろ《鋼死蝶》。
……おっと】
敵はそういって穴の外に浮いていた蒼の“リフト甲板”を破壊した。
これで蒼の落ちた体を支えてくれるものは無くなった。
【これで終わりだ。
さあ、早くしろ】
じりじりと距離を詰めてくる敵のレーザー砲は蒼の頭を狙っている。
いくら“イージス”を展開できるとしてもこの威力を跳ね返すことは出来ないだろう。
艦橋に開いた穴が段々と近づいてくる。
空気が外へと吸い込まれ蒼の帽子をもぎ取ってゆく。
「あなた達の目的は――いったいなんなんですか?」
帽子の中に纏めていた髪が、落ち蒼の腰まで広がる。
【苦し紛れか。
まぁいい目的も何も。
ただテロリストに占領されたベルカを排除するだけだ。
簡単だろう?】
敵はそういってピクリとも笑わない顔を少しだけ傾けた。
そして一歩、踏み出す。
「私達は――!
私達は――テロリストなんかじゃありません。
ただ、国を救うためだけに――」
蒼は一歩下がる。
敵との距離はおよそ三メートル。
さげた右足は後五センチもすれば宙に浮く。
【まぁ、そうだろうな。
世界はそれを望んでいないだけで。
ベルカが一つ潰れれば世界は救われる。
簡単なことだ】
また一歩敵が踏み出す。
蒼の後ろに床はもう無い。
「ですが――!」
(残り三分で《超極兵器級超空城塞戦艦ルフトハナムリエル》は自爆します。
自爆をOFFにするには――)
【もう時間が無い。
時間稼ぎも終わりだ、《鋼死蝶》。
ここで死んでくれ】
敵のレーザー砲が加熱する。
オレンジ色の光が強くなり始める。
【あばよ】
敵のオレンジ色の光が臨界に達する。
だけど、蒼は笑っていた。
「……あなたこそあばよ、です」
穴の下から戦車が一台浮き出した。
その主砲はすでにプラズマを纏っており強く青く輝いている。
【な――!
こうしちょおおおおおおお!!!!!!】
蒼はとっさに屈む。
その上を熱を帯びた高熱の砲弾が通過していった。
一瞬の静寂。
信管を抜いていたため爆発はしなかったがその威力は大きなものだった。
頭を上げた蒼の目の前に落ちたのは敵のレーザー砲の一部だけ。
後は綺麗に熱に焼かれたのか消えてなくなっていた。
蒼が操っていた戦車は一台ではなく、二台だった。
一台は艦橋の脇に止めておきいざという時のために使用するつもりだったのだ。
それが今、役に立った。
「藍姉様!」
邪魔はいなくなった。
蒼は走って椅子の上で虚ろな目をしている藍の元へ行く。
何度か呼びかけたが反応はない。
(残り一分で――)
《ルフトハナムリエル》の静かなカウントダウンだけが響く。
どうすればいい。
そういえばマックスは機械が壊れた時の対処法を蒼達に教えていた。
斜め四十五度で叩けばいい、と。
「藍姉様、失礼します!」
思いっきり手を振りかぶり……。
そして振り下ろした。
「いったぁああああああああ!
なにするんね!!」
藍はほとんど叫ぶようにして意識を取り戻した。
「おはようございます、藍姉様」
機械は叩けば直るというが。
まさかここでもそれが有効だとは。
大昔からの知恵もバカに出来ないということですね。
蒼は藍を叩いてひりひりと痛む手を隠し
「蒼?
こんな暗黒物質の溜まりし場所で何しよん?」
懐かしい地方の方言をしゃべるし少しおかしい所がある藍とお話をしたいのも山々だが今はやらなければならないことがある。
「すいません、藍姉様。
すぐに“レリエルシステム”に入ってください。
そして《ルフトハナムリエル》の自爆を止めてくれますか?」
「な、なんか人の人智を超えし現象やけど――。
了解したで。
永久の時を暗黒の時間に固定するためにちょっと待ちんさい!」
(後十秒で――。
“レリエルシステム”管理者権限により自爆が解除されました。
機関の臨界停止。
過負荷重圧を停止します。
停止シークェンス作動。
機関正常値へ移行します)
「よかった……」
ほっとした蒼は床にへたり込んでしまった。
セウジョウは目の前にまで来ていた。
落ちる寸前。
セウジョウの高度五百メートル地点で《超極兵器級超空城塞戦艦ルフトハナムリエル》は主とコントロールを取り戻したのだった。
This story continues.
お待たせしました!
そしてありがとうございます!
更新しましたお久しぶりです!
白兵戦久しぶりに書きました。
やっぱり楽しい。
いつもより少し長くなってしまったことをお詫びします。
すいませんでした!
お付き合いありがとうございました!!
追記
この敵の攻撃。
分かる人にはきっと分かると思います。
とは言っても私の前の作品「怪盗な季節☆」のアレなんですが……。
分かんなくてもいいですけどこう、なんだろう。
いえ、宣伝になってしまいましたね。
何でもないです!!
では!
追記2
れ、れびゅー……とかあの、その。
し、してくれると、あの、う、うれしい……かなぁって。
いや、なんか欲を出してみただけです。
すいませんでした!!!




