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超空陽天楼  作者: 大野田レルバル
混沌戦線
29/81

碧落

 《パンケーキ》を沈めてからすぐに三日が経過した。

《ネメシエル》と《ジェフティ》の修理でその三日間はあっという間に過ぎていってしまっていた。

《アイティスニジエル》が率いていた三隻の指揮権は《ネメシエル》に帰ってきたためようやく《超空制圧第一艦隊》の旗艦に《ネメシエル》が戻ってきたことになる。


「はー……」 


 蒼は《ジェフティ》を修理している火花が煌めくドックを眺めながら、次の出撃までの時間を自分のベットでぼーっと寝転がって過ごしていた。

空は少し雲が多い晴れ。

基地放送によると最高気温は二十一度、最低気温は十五度というごく一般的な平日だ。

 《ジェフティ》の“核”は思った以上に重傷だったらしく、医務室にて一週間の入院が決定していた。

あの胸糞悪いブラドと一週間も一緒だなんて蒼なら耐えれなかった。

ほんと、ドンマイです。

しゃべらない《ジェフティ》の“核”に向かって蒼は肩をすくめたのを覚えている。

ブラドと言えば少しだけ小話がある。

《ジェフティ》が港に入って来たとき、一番興奮していたのは何を隠そう彼なのだ。

今現在も薄暗く気味が悪い医務室から出て、ずっとドックに入り浸っているらしい。

医者として患者を診ないのはどうなんですかね……。

それにしても…………。


「ふーん……」


 彼もなんだかんだ言って変なところで男らしいところがあったということですね……。

認めたくないですが。

蒼は、まるでおもちゃを見つけた子供のような目をしたブラドを思い出して鼻で笑った。

見たことがないような目をしていましたよ。

まったく、気持ちが悪いです。

そう心の中でぼやきまくると布団に潜り込み手元にあった本を開いた。

あまりお腹はすいてなかったため、昼食のチャイムが鳴っても蒼は布団から出ようとはしなかった。






     ※





 時計の秒針が進む音だけが部屋には響いていた。

そこに廊下の外で軍靴が鉄の床を踏む音が混じる。

音は真っ直ぐに蒼の部屋の前まで歩いてきたかと思うとぴったりと止まる。


「?」


 読みふけっていた本を閉じ、布団から這い出してベットを整える。

二分ほどの沈黙の後、インターホンが鳴った。

ドアの外を映している液晶を見ると夏冬が立っていた。

どうしたのでしょうか。

立ち上がり部屋のロックを外す。

空気が抜けるパシュン、という間の抜けた圧縮音と共にドアが開き夏冬が部屋に入ってきた。


「蒼さん。

 お疲れ様です」


 ハンバーガーを口に咥えながら夏冬は昼食が終わるとすぐに蒼の部屋を訪ねてきたようだ。

口には少し乾きかけのケチャップが付いており、片手にはまだ三つほどハンバーガーが掴まれている。

あいからわずよく食べる男ですね、こいつは。

それでよくまぁ、太らないものです。

さっき昼食が終わったばかりなんじゃないですか?

半ば呆れつつ


「お疲れ様です夏冬。

 どうしたんです?」


 自分の部屋に他の人が訪れて来ることがあまりなかったためか蒼は少したじろぎ、ベットにかけっぱなしになっていた自分の軍服をハンガーに吊りなおす。

そしてコーヒーポットのスイッチを入れると、夏冬にそこらへんに座るように促した。


「すいません。

 いや……別に意味なんてものはないんですがね……」


夏冬はハンバーガーを机の上に置くとそばにあった椅子を引き寄せそこに座った。


「そうじゃなくてもあなたがここに来るのは珍しいですね……。

 色々今まであったおかげで《超空制圧第一艦隊》のみんなとは……。

 あまり話せませんでしたから」


蒼もベットに腰かけるとほっ、とため息をつく。

自分の僚艦と話をするなんて久しぶりだった。


「あ、夏冬。

 あなたコーヒー飲めるんでしたっけ?」


「あ、大丈夫っす」


 コーヒーポットが十分に温まったのを確認して、蒼は立ち上がりカップを棚から取り出すとコーヒーポットの受け皿に置き、カフェオレのスイッチを押した。

すぐに低いうなり声のようなものが響き、コーヒーポットから真っ黒な液体がカップに注がれていく。

すぐにコーヒー独特の匂いが部屋中に充満し始めた。

蒼はこの匂いが空月博士を思い出すため、コーヒーが飲めないのにも関わらず好きだった。


「はい、これ」


 コーヒーを入れたカップを夏冬にたっぷりの砂糖と一緒に渡す。

カフェオレで作ったが、もし飲めなかったらかわいそうだからだ。


「ありがとうございます」


 お礼を言って受け取ったコーヒーに夏冬は遠慮することなく砂糖を大量に投下する。

改めてベットに座りなおすと蒼は、ふと朱のことについて口を開いた。

自分がいない間、《超空制圧第一艦隊》の指揮を執ってくれたのは朱だからだ。

旗艦としては、やっぱり他の旗艦の様子も気になるのが当然だった。


「そういえば朱姉様は、どうなんです?

 やっぱり、操艦半端ないんですかね?」


夏冬はもぐりとハンバーガーを口に含むとゆっくり頷いた。

そして、


「そりゃもう、半端ないものでした。

 俺達、制圧に行かされてたじゃないですか?

 そこで、敵の大艦隊に遭遇しちゃったんです。

 正直もう駄目かと思いました。」


 どうやらアルル地方制圧へと向かわされた時のことを言っているらしい。

夏冬は二つ目のハンバーガーの包みを開く。


「戦艦が十四隻の大艦隊でした。

 たぶん、あっちからこっちに攻め込む直前だったんだと思います。

 《宇宙空間航行観測艦》からの映像からでも写ってなかったですし……。

 でも、《アイティスニジエル》は違いました。

 その大艦隊を見たとき、笑ったんです、あの人は。

 とても、楽しそうで。

 朱さんは、あの時本当に蒼さんにも勝るとも劣らない強さでした」


夏冬は一息つくとコーヒーをすすった。

 自分の姉の話を人から聞くのは初めてだったため蒼も夏冬の話にのめり込んでしまう。

そうでしたか、笑うんですか……。

変な人ですねぇ、朱姉様は。

自分の姉だというのに蒼は自分の姉である朱のことをよく知らなかった。

夏冬は二個目のハンバーガーを思いっきり口の中にぶち込むともぐもぐし、すぐに飲み込んだ。


「あの人は本当に自分の手足のように《超極兵器級》を操るんですね。

 なんか、自分達との力量差を思い知らされました。

 産まれが、“核”としてのつくりが違うんだなーって。

 本当にそう思ってしまいました。

 それに……あ、なんて言えばいいんですかね。

 すごい……素敵な方ですよね。

 別に恋とかそういう気持ちではないですが」


「えっと?

 私がしばらく旗艦を務めていなかったから《アイティスニジエル》に浮気ですか、夏冬?

 随分と朱姉様を褒めますね?」


蒼はふと夏冬にいじわるを言ってみる。

夏冬は少し慌てたような顔をしたが赤くなって俯いてしまった。


「そ、そういうわけでは……! 

 なんか、すごいなって、本当に。

 言葉に出来なかっただけです、はい」


 夏冬は三つ目のハンバーガーの包みを解くと、中身を一気に半分ほど口の中へ入れた。

もっちゃもっちゃ噛んでいる夏冬の顔だけを見るのもなんだったので、蒼は窓の外へと顔を向けた。

《アイティスニジエル》のそびえたつような巨体がここから見える。

《ネメシエル》よりも小さくまとまった艦橋、三連装の高角砲群がビルのように並んでいる。

 《超極兵器級》の五隻につけられた楼という文字はこの、砲台が仰角を最大にしたときまるで町のように見えると言う所から来ているのだ。

《アイティスニジエル》と同型艦である《ルフトハナムリエル》や、同じ《超極兵器級》である、《ヴォルニーエル》《ニジェントパエル》は今何処にあるのやら。

 その中でも一番の幸運持ちとも言われるのは《アイティスニジエル》だ。

前回の戦いでもその巨体に関わらずどこにも被弾しなかったらしい。

幸運ともいえるあの艦は、今の時期海草から出る粘液で粘つく海をのんびりと航行していた。

コグレ周辺をぐるりと回り機関の調子を整えているのだろう。

《ネメシエル》も美しい軍艦だが、《アイティスニジエル》もまた美しい軍艦だ。

たわいもない話に花を咲かせ、時計の針がぐるりと一周半ほどしただろうか。


「あのー……蒼さん。

 そのー……」


夏冬は急に何かを言いたそうにしたが、言葉をつまらせた。

言いたいのに言えない。

そんな葛藤からか、もじもじしている。

蒼は頭に?を浮かべながら夏冬が言い出すのを待つ。

何が言いたいのか全く検討がつかない。

こいつらはほんと、何を考えているのか分かりませんからね。

三杯目のコーヒーが少し冷め、湯気が出なくなるほど沈黙の時間があった。

だが夏冬はやっと口を開いたかと思うと


「やっぱり……何でもないです。

 すいません」


謝ったのだった。

そういうことをされると逆に深く気になるタイプの蒼だったが、それ以上の詮索は控えることにする。


「夏冬。

 なんだかよく分からないですが、とりあえず。

 私は貴方の旗艦です。

 なにかあったらすぐに言ってくださいね」


自分の気になる気持ちを壊すという意味でも蒼は夏冬とのその話題を断ち切る。


「…………。

 了解、大丈夫です。 

 あの、もうそろそ失礼しても?」


夏冬少し沈黙した後、何を言うこともなく蒼の部屋の退出許可を求めてきた。

時計の針を見て、長居し過ぎたと思ったらしい。


「?

 ええ、どうぞ?

 何しに来たのかほんと、分からないですが」


蒼の心に少しだけ棘を差し、夏冬は


「失礼しました」


 そういうと部屋から出て行った。

残されたのはハンバーガーの包みが三つ。


「捨てて行ってくださいよもー……」


ハンバーガーの包みを丁寧に折りたたむとゴミ箱へと捨てた。

たっぷり残ったコーヒーをシンクへと流し、カップを水に漬す。


「はーまったく」


 ため息を少しつき、本をまた手に取る。

栞を挟んでいたページを開き文字列に目を落とした瞬間、総員呼び出しのベルがスピーカーから流れだした。


「…………もー」






     ※






「全員来たな?」


 基地司令マックスは蒼達合計五人の顔を見渡した。

《ジェフティ》は今医療室での休養のために来ていない。

蒼、朱、フェンリア、春秋、夏冬、いつもの五人が司令室の中に集まる。

ついさっきまで眠っていたのか、春秋は少し眠そうだ。

起こされて不満そうな顔をしている。

だが、そんなこと知ったこっちゃないのがマックスだ。


「全員、聞いてくれ。

 実は、カタカオ島にてベルカの残党勢力を発見したんだ。

 いや、残党といっても俺達よりもはるかに規模のデカいものだ」


 春秋を除く全員が、ガタリと椅子の音を立て机に乗り出した。

マックスはいい反応だ、というように首を縦に振る。

待ってました、と顔から言葉が漏れ出している。


「副司令、カタカオ島の映像を」


「了解よー」


 前方の巨大なスクリーンにカタカオ島の大まかな地図が映し出された。

カタカオ島。

ここはベルカ屈指の巨大工業地帯である。

造船業を主としており、ここであらかたの軍艦は生み出されている。

《ネメシエル》をはじめとする軍艦たちもここで生み出されたのが大半だろう。

つまり軍艦からすればカタカオ島は故郷なのだ。

他にも家電や車のメーカー等が集まっておりベルカ第二位の大都市圏にも数えられている。

工業が発達しているその一方で自然も豊かであり、ベルカ随一の名水の湧水が湧き出していたり、絶滅危惧種の渡り鳥の産卵地となっていたりする。

気候は比較的穏やかで、コグレと大して変わらないらしい。

そんなカタカオ島の全景が目の前のスクリーンには表示されていた。


「このカタカオ全景を覆う巨大なジャミングを、最近外すことに成功した。

 アルル地方制圧に成功した際、のことだ。

 レジスタンスがアルル山地山頂に展開されていた装置があってな。

 名前はなんだか知らんが大型ジャミング装置の破壊に成功したらしい。

 おかげで《宇宙空間航行観測艦》からこの地方の精密なデータを取ることが出来た。

 そこで見てほしい。

 副司令、拡大を。

 まずこの桟橋、及びドックだ。

 何が見える?」


 拡大された場所はカタカオ島の一番南に存在している巨大な軍港。

マユナ軍港、だ。

巨大造船ドックが二十以上並び、その桟橋には《ネメシエル》や《アイティスニジエル》と同じく奇妙な模様がついた軍艦が並んでいる。

そのうち三つは他の軍艦よりも遥かに大きかった。

そして三つのうちの一つは航空甲板が備え付けられている。

デュアルアングルドデッキに艦橋が右舷に一つ屹立していた。

特徴的なのは、それだけではない。

その艦橋の前後には通常戦艦にも勝る砲が備え付けられているのだ。

いわゆる戦闘空母に分類されるものだろう。

残りの二隻は巨大な大砲が二つ、両舷に備え付けられている。

その巨大な砲は、船体よりも長く、大きかった。


「これって《超常兵器級》っすか?」


 眠そうに目を細めながら春秋がボソッと呟く。

副司令は「その通りよ!」と春秋を指差した。

そしてマックスに変わってスクリーンの前に立つ。


「いい?

 この軍港にある軍艦は《超常兵器級》が三隻。

 これは《ルカリス級》が二隻と、《メレジア級》が一隻よ。

 両方とも全長は八百メートルを軽く超えるわ。

 見て分かると思うけど、《メレジア級》は航空母艦よ。

 艦載機をおよそ四百ほど積むことが出来るわ。

 全長八百二十五メートル。

 総重量は五百八十万トンってところね。

 この子がいれば、制空権の確保はほとんど確定ともいえるわね。

 もう残りの二隻は、《ルカリス級》ね。

 両舷に自分自身の大きさを超える貫通性の主砲を二門備えているわ。

 貫通攻撃力だと《ネメシエル》の主砲にも勝るはずよ。

 全長八百三十八メートル。

 総重量は八百七十万トン。

 化け物ってレベルじゃないほど素敵な軍艦よ。

 軍事機密だから、これ以上は資料にはないわね。

 クラウドにもアクセス拒否されてるし。

 艦艇ネットワークもたぶん無駄でしょうね。

 えーっと、残りは通常戦艦が四隻ね。

 《ナスカルーク級》が一隻。

 それと《シャゼフ級》が三隻ね。

 《ナスカルーク級》は全長三百メートル。

 戦力としては平凡な通常戦艦ね。

 だから通常戦艦っていうんだけどね。

 まぁ残り三隻も似たような軍艦ね。

 通常戦艦だから特記することもないわ。

 それと――……」


「強襲殲滅艦が四。

 巡洋艦が三

 航空母艦が一。

 駆逐艦が五。

 でも……。

 力にはなるはず」


はじめ副司令が述べていた数をフェンリアが受け継ぐ。


「ただでさえ少ない私の出番を……」


 副司令はぐぬ、と唇を噛んだがもう遅い。

盗られた出番は返っては来ないのだ。

盗ったフェンリアはフェンリアで知らんぷりだ。


「はえーたくさんあるっすねぇ……。

 《超常兵器級》がまだそんなにたくさんあることが驚きっす。

 しかし、なんでまた急にそんな沢山集まって来てるんすか?」


春秋は眠い目を擦りながらボソッと呟いた。


「それには、あとで答えよう春秋。

 いい質問だ、春秋。

 五ポイントやろう。

 ごほん。

 えー、《超常兵器級》の三隻。

 それに通常戦艦が四隻。

 制圧艦が四隻に、航空母艦が一隻。

 巡洋艦が三隻に、駆逐艦が五隻の大艦隊だ。

 ここをよ。

 俺達が奪ったら、どうなるか分かるな?」


マックスはにやりと深い笑みを浮かべた。

その顔のままタバコに火をつける。

タバコから立ち上った煙が天井につくよりも前に蒼が口を開いていた。


「世界に勝てるかもしれない兵器が手に入るってことですよね?」


 なんといっても《超常兵器級》だ。

ベルカの技術の粋を詰めた巨大戦艦が三隻も手に入るのだ。

そこで朱が手を挙げた。


「その通りやな。

 せやけど、マックス。

 軍艦があるとして、それに登場する“核”はどうなるんや?

 艦だけあっても意味ないねんで?」


朱は賛成しながら机の上に置いてあるチョコレートに手を伸ばして包みを解く。

コグレブランドのチョコレートの香りが漂い始める。


「いい質問だ、朱。

 そして、春秋、お前のさっきの答えを今から言うぞ。

 戦艦の“核”達だが。

 これも天が我々に味方してるとしか思えないほどの事が起きてる。

 つい二日ほど前のことだ。

 捕らわれた“核”を、他国へと輸送するためにだな。

 一か所の収容所へと“核”が集められた。

 その場所ってのが――」


マックスは地図を大きく叩いた。

カタカオ島の軍港が小さくなり、カタカオ島の別の箇所。

その一部がまた拡大される。

湾岸からおよそ三十キロ内陸に存在する施設だ。


「ここに捕虜となった“核”がいる。

 今回の任務はこれらだ。

 チームをまず二つに分ける。

 えーと。

 蒼、お前が旗艦だから決める権利がある。

 誰と組む?」


マックスは蒼にそう提案すると肘をついてのんびりと待つ体勢を取る。

蒼は朱を含める四人の顔を順番に見ていく。

春秋が


「ぜひ!! 

 ぜひ俺を指名してくれっすよ!!!

 本当に!!!

 後悔はさせないっすから!!!

 はよ!!!」


という顔をしていたがここは蒼は無視することにする。

フェンリアはどうでもいい、といった顔をしているし……。

先ほどの部屋での件もあるために蒼は今度はクレープを食べている夏冬を指名することにした。


「え、おいらですか。

 ……了解です」


がっかりと肩を落とした春秋を慰めながら、マックスがブリーフィングの続きを話す。


「決まったようだな。

 えー、まずチームAは《ネメシエル》と《ナニウム》。

 この二隻から構成される」


 マックスは蒼と夏冬の顔を見て深く頷いた。

そして、副司令に次のスライドを写すように指示を下す。

スクリーンの地図に赤い矢印が表示された。

矢印は南から侵入した《ネメシエル》率いるAチームの動きを表しているらしい。

矢印は、そのまま直進するとカタカオ島の軍港直上で停止した。

曲がることもなく、ただの直進だ。


「南から侵入し、軍港直上を守っている敵を撃破してもらう。

 確認されている敵艦の数は四。

 通常戦艦一、重巡洋艦が一、駆逐艦が二の艦隊だ。

 《ネメシエル》と、《ナニウム》ならすぐにねじ伏せられるだろう。

 そしてその隙に……」


今度は西から伸びてきた矢印が捕虜収容所へと向かう。


「捕虜を《アイティスニジエル》、《アルズス》、《タングテン》で頼む。

 地上に停泊し、捕虜の“核”を収容しすぐにコグレへと帰還せよ。

 “核”を拘束している奴らの生死は問わない。

 好きに暴れてくれて構わない」


「了解したで……。

 せやけど……」


 これじゃあ、《ネメシエル》達二隻が囮じゃないか、と言いたげな顔が朱の表情に差し込まれる。

もし《ネメシエル》達が暴れれば敵は捕虜よりも軍艦を守るために動くに決まっている。

当然敵の増援も《ネメシエル》達の方へと向きやすくなるのだ。

そこにたった二隻で突っ込ませるなんて。

マックスはその言葉を遮ると説明を続ける。


「収容所には“核”以外にもたくさんの捕虜が投獄されている。

 一万人は下らないだろう。

 きちんと全員収容したら、直ちに帰還だ。

 いいな?」


「……了解したで」


マックスの表情は、少し苦いものだったからか、朱は何も言わずに命令を承諾した。


「作戦結構は明日の午前九時。

 捕虜が運搬される三時間前を狙う。

 返事は?」


「全て了解ですよ、マックス。

 司令の言うとおりに」


全員を代表して、蒼が答えた。


「よし。

 ならば、解散だ。

 ちゃんと各自の部屋で作戦ファイルを見直すように」


 朱やフェンリア達がぞろぞろと出ていく中、蒼と夏冬は二人その場に残っていた。

副司令が持ってきたコーヒーを飲みながらマックスは再び地図を見下ろす。


「マックス」


話をする機会が巡ってきそうになかったから蒼はマックスへと声をかけた。

マックスは顔を上げると真正面から蒼を見据えた。

申し訳なさそうな表情で一杯だった。


「蒼。

 すまないな。

 少し……苦労させる。

 俺を恨んでくれても構わない」


「恨むだなんてそんな……」


蒼はマックスの顔を正面からまっすぐ見据える。


「いいですか、マックス。

 私達は兵器です。

 あなたが……司令が下した命令には従います。

 たとえそれがどんな命令だろうと。

 私達を囮にするってことは私達の力をそれだけ信じてくれてるってことですよね?

 なら私達はその期待に答えてみせます。

 だから、命令してください、司令」


「そうよ、あなた。

 蒼達ならきっと大丈夫。

 だから安心して命令していいのよ? 

 ねぇ?蒼?」


こくん、と頷いた蒼を副司令はぎゅっと抱きしめた。


「うなっ!?」


柔らかい胸に蒼の顔が埋まる。

この半分でも私にこの柔らかさがあれば……!

夏冬はやれやれというように肩を少し上げるとポケットから菓子パンを取り出し、封を開けた。


「蒼は、強いんだから。

 だから、あなた、命令してあげて」


「そうだよ、マックスのおっさん。

 おいら達は大丈夫だからよ。

 安心しろって」


菓子パンを頬張りながら夏冬も副司令の言葉に続く。

三人の言葉に背中を押されたのか、マックスの顔は申し訳なさそうな表情が少し抜ける。


「そうだな。

 俺がしっかりしなきゃいけないんだよな。 

 ――よっし。

 蒼、夏冬。

 すまないが頼んだぞ。

 お前らなら大丈夫だ。

 港にいる敵を食い散らかして来い。 

 出来るだけ派手に暴れろ。

 敵の注意を引きつけろ。

 《アイティスニジエル》達には手が回らないようにするんだ。

 いいな?」


蒼と夏冬は、敬礼で返事をする。

マックスも答礼すると、引出しからチョコレートを取り出した。

もちろんこれもコグレブランドである。


「さあ、これ食え。

 な?

 あ、朱とかには内緒だぞ。

 あとで殺される」


「うなっ、やった!」


「おっさん気前いいな!」


夏冬はそう口に出して喜んでいるような声を出していた。

だが表情は少し暗く、蒼をはじめとする誰もその表情には気が付いていなかった。






     ※






 翌日、午前八時四十五分。

カタカオ島から南へ五十キロメートル地点、上空一万メートル。

気温は十八度。

風向きは南東、一ノット。

天気は少々の曇り。

コグレ基地を出発してすでに三十分が経過していた。


『蒼先輩、この戦いっていつまで続くんですかねぇ……』


夏冬が、ふとそんな言葉を蒼へとこぼした。

今は飴をしゃぶっており、飴が歯に当たる音がマイク越しでも聞こえる。

蒼は周囲を警戒しながら夏冬の問いに答える。


「さぁ……。

 でも、いつかは終わると思いますよ」


 蒼自身もそんなこと知るわけもない。

勝利の条件すら録に分かっちゃいないのだ。

ベルカから敵をすべて追い出せば勝てる、と蒼は無意識に自分の中で設定していた。

このまますべての敵を追い出し、ベルカを取り返してゆくことで連合の悪事を裁けると。

ただの私利私欲のためだけに一つの国を滅ぼそうとしているのだと。

そのためには世界の世論を同情に持っていく必要がある。

マックスは国内の世論をまとめあげ、それを世界へと発信するとか言っていましたね。

《ネメシエル》の機関出力ゲージをぼーっと眺めながら考える。

いつもはうるさい《ナニウム》自身声は一切聞こえず静かだった。

《ネメシエル》も何か重い空気を感じ取っているのか喋ろうとしない。


「はぁ……」


 作戦初っ端からよく分からない重い空気に満たされた艦橋で蒼はため息をついた。

空は青く澄んでおり、海も空に負けないぐらい青い。

まさに蒼天という文字をそのまま描写したような光景。

そこに綿菓子のような雲がぽん、ぽん、と置かれている。

十分ほど飛ぶと水平線の彼方にカタカオ島が見えてきた。


『……蒼先輩、見えましたで。

 敵軍港と、味方艦隊です』


(ステルス航行解除まであと五分。

 蒼副長、間に合いそうか?)


久しぶりにしゃべりましたね、《ネメシエル》。

機関を全開にし、一気に敵との距離を詰める。


「間に合いますよ。

 予定の九時まで丁度あと五分ですからね。

 夏冬、準備はいいですね?」


『ばっちりです。

 いつでも行けますよ』


 飴を噛み砕く鈍い音を夏冬のマイクが拾った。

いつまでも重い空気を感じているわけにはいかない。

ここは戦場であり、気を抜くと落される。

喰うか喰われるか。


「行きますよ、《ネメシエル》全兵装解放。

 エンゲージ」


『《ナニウム》、全兵装解放!

 エンゲージ!』


戦艦一隻と少しの戦力程度蒼達にかかればすぐだ。

エンゲージを宣告して二分。

《ネメシエル》と《ナニウム》はステルスを解除し、作戦空域へと突入した。

封鎖されていた敵傍受アンテナが起動をはじめ敵の無線に接続を始める。


【――戦闘配置!

 敵襲だ!

 これは訓練ではない繰り返す!

 これは……】


動揺した敵の無線が、湾岸施設中に広がっていく。

サイレンが鳴り響き、沈黙していた砲台が起動を始めた。


【おい、あれって――!】


【《鋼死蝶》……】


絶句した敵の無線に蒼の号令が重なった。


「撃て!」


次の瞬間ネメシエルの“五一センチ六連装光波共震砲”が、湾岸施設を襲った。

オレンジ色の光が砲台の装甲を貫き、内部から発生した爆発が空へと立ち上る。

折れた砲身が吹き飛び、逃げる作業員を押しつぶしながらコンクリートの地面に転がる。

崩れた倉庫から資材が吹き飛び、ばらばらになった鉄板が空へと吹き上げられる。

黒煙が立ち上り、風で流される。


【くそ!

 はやく応援を呼べ!】


【何してんだ! 

 早くしろ!】


『それは駄目だよ』


 夏冬が操る《ナニウム》の放つ“光波共震砲”の光が、アンテナをへし折った。

溶けたアンテナの支柱が砕け、ビル三階建てにも及ぶアンテナが倒れる。

倒れたアンテナは勢いを増し、隣に隣接していたスピーカーの柱を巻き込んだ。


【迎撃艦隊出るぞ!】


慌てて迎撃のために空に上がってきた戦艦率いる小さな艦隊が《ネメシエル》達へと向かってくる。

蒼はその小さな艦隊を見て、鼻で笑う。


「“イージス”起動。

 許可過負荷率五パーセントに設定」


(了解)


話になりませんね。

私が沈めてあげます。


「夏冬は湾岸施設への攻撃を続行。

 私は、敵艦隊への攻撃を行います」


『了解!』


 敵戦艦のトレースを《ネメシエル》が始める。

諸データが蒼の視界の横に次々と並んでゆく。

だが別に蒼は見ることはない。

興味がないからだ。


【《鋼死蝶》!

 お前らをここから先に通すわけにはいかない!】


(敵艦左右に展開。

 挟まれるぞ)


 《ネメシエル》の声と共にレーダーが少しだけ大きく表示される。

《ネメシエル》を挟むようにして敵艦は二手に別れていた。

どうやら左右から挟んでくるつもりらしい。

蒼はそれをちらっとだけ眺めるとレーダーの表示を小さくし、


「構いません。

 “舷側ナクナニア貫通砲”用意」


幸薄い唇を開いて準備を命じた。


(了解。

 “舷側ナクナニア貫通砲”用意完了。

 起動開始、攻撃光沸点臨界へ)


 《ネメシエル》の舷側に並んだ“舷側ナクナニア貫通砲”が起動を始める。

カメラのシャッターのようになっている装甲が開き、中から砲身が現れる。

砲身は青い光を携えており、《ネメシエル》の赤い喫水線の中でも特別目立っていた。


【撃て!】


 敵艦は《ネメシエル》の左右両方へ展開していた。

右舷側が戦艦と駆逐艦。

左舷側が重巡と駆逐艦。

その四隻が《ネメシエル》へと砲撃を行ってきたタイミングで蒼も“舷側ナクナニア貫通砲”の光を解放した。

 青色の光はその名の通り貫通の性能を持つ。

射程が“光波共震砲”の半分以下で使いどころは正直あまりない。

だが、近距離で使えば果てしない威力を伴うことぐらいは蒼は知っていた。

《ネメシエル》は巨大であり、懐に潜り込まれたら対策が出来ない。

そういった弱点を補うために《超常兵器級》以上の軍艦に取り付けられた言わば近接武器なのだった。


【っな!?】


敵艦四隻のバリアではこの光を防ぐことは出来なかった。

バリアを貫通した青色の光は敵軍艦の舷側へと突き刺さる。


【っ!?

 き、旗艦!

 やられました!】


【エンジン損傷!

 落ちる!】


 駆逐艦二隻も、重巡も、戦艦も、同じタイミングで攻撃を受け止めた。

船体の小さい駆逐艦二隻はこの攻撃に耐えることが出来なかった。

舷側に開いた大きな穴から亀裂が広がり、黒煙が吐き出される。


【《鋼死蝶》――。

 この……!】


敵は何かを言おうとしたのだろう。

しかし、それは最後まで聞くことが出来ない。


「しつこいですよ」


蒼がそう言い、舷側の“五一センチ三連装光波共震砲”が光を放つ。

それでもなお戦艦と重巡はしつこく浮いていた。


【ゆるさねぇからな!】


「そうですか」


 再び“五一センチ三連装光波共震砲”が咆哮した。

バリアの消えた戦艦と、重巡の内部からの爆発が装甲を吹き飛ばし武装を消し飛ばす。

戦艦は船体が二つにへし折れ海へと一直線に堕ちていった。

重巡は、なお原型を保っていたが艦の制御をおこなっている艦橋が吹き飛んだ今ただの棒切れとなり空を漂うしかなくなっていた。

残った艦はゼロ。


「ふー。

 夏冬、こっちは終わりました。

 そっちはどうですか?」


敵を倒し、夏冬のいる方へと蒼は視線を傾ける。

だが、本来湾岸施設を攻撃しているはずの《ナニウム》の姿が見えない。


「夏冬……?」


少しだけ夏冬の《ナニウム》を探した蒼だったが、《ネメシエル》へと影を落とす存在に気が付いた。

《ナニウム》は《ネメシエル》の直上に座していた。


「何してるんですか、夏冬。

 早く攻撃を続行してください」


 落ちて行く敵艦の残りを眺めながら蒼は夏冬を急かす。

だが、夏冬からの返信はなかった。

代わりに


『蒼先輩、そのー……。

 もし、戦争を早く終わらせる方法があるかもしれない、と言ったらどうします?』


そんな言葉が流れてきた。

夏冬の口から。


「……夏冬?

 あなた大丈夫ですか?」


 蒼の胸に刺さっていた小さな棘がちくり、と痛みだした瞬間だった。

棘は蒼の血を吸い、膨れ上がってきていた。


『そのままの意味です。

 蒼さん。

 どうですか?

 このまま戦争をしていても我々は負ける。

 今連合は本気じゃないだけです。

 本気を出したら俺達なんてすぐに消し飛んでしまうんですよ。

 だから……』


夏冬の口からこういう言葉が出たことが蒼にとっては信じられなかった。

私達が負ける?


『だから、蒼さん。

 あなたにはおいらと一緒に来てもらいたいんです。

 この戦争を終わらせるためにも』


 蒼は夏冬の言葉が理解出来ていなかった。

突然のことすぎて小さな頭がパンクしそうだった。


「…………夏冬。

 あなた何を考えて……?」


 蒼の心に刺さった棘は成長をやめようとしていなかった。

血を吸い、成長し、傷口を広げてゆく。

流れ出した血は、蒼の汗となり動機を少しだけ上げていた。


『来てください。

 蒼さん。

 お願いします』


「あなたと一緒に行くことで一体何が変わるんですか。

 それにどういう意味なのかまったく理解出来な――」


【そのまんまの意味だよ《鋼死蝶》!】


 突然どす黒い声が蒼の背筋をさすった。

この声、まさか。

全身に立った鳥肌をさすり、蒼はレーダーに映った巨大な影を見つけてしまった。


(敵艦出現!

 距離五千!

 こいつは……間違いない。

 《ウヅルキ》だ!)


「っち……!?」


 紛れもない、《ウヅルキ》。

かつて《ネメシエル》と同じだったその姿は大きく変わっていた。

舷側にあった“五一センチ三連装光波共震砲”は全て撤去されている。

代わりに取り付けられていたのは巨大な航空甲板だった。

そしてその航空甲板からは多数の爆撃機や攻撃機が飛び立っている。

搭載機数は百を軽く超えるだろう。


【回りくどいことをするな、《ナニウム》。

 お前バカなんじゃないか?

 いいか?

 女を誘う時はこうするんだよ。

 なぁ、《鋼死蝶》。

 この戦争を終わらせようぜ。

 くだらない。

 ベルカなんてなくなっても別に構わないじゃねぇかよ】


「あなたバカじゃないですか?」


紫は見事にふられた。


【《鋼死蝶》。

 悪いことは言わねぇ、ここで俺達と一緒に来い。

 ベルカなんて死んだ国いつまでも守る必要はねぇんだぜ?】


「嫌です。

 私は貴方が嫌いですから」


蒼はきっぱりとそう告げた。


【…………《ナニウム》、説得してくれ。

 お話になりやしない】


 打ちひしがれたような紫の声がスピーカーから響き渡る。

何ともまぁ、打たれ弱い弟です。

蒼は自分の弟なのに情けない、と小さくため息をつく。


『蒼さんお願いです。

 おいらは、あなたを敵に回したくない。

 だから、一緒に来てください』


夏冬の聞いたことが無いような声だった。

心の底から願う、声だった。

蒼の頭の中を駆け巡るのは今の戦況。

ベルカVS世界という勝てる見込みのない戦いの姿。

それでも。

それでも私は――。


「……嫌です。

 《ネメシエル》全兵装解放状態でキープ。

 目標、《ウヅルキ》及び――」


蒼は次の単語を言おうとして一度躊躇った。

自分の唇を噛み、一度息を呑み込む。

再び息を吐き、口を開いたとき


「――《ナニウム》。

 攻撃対象を自動追尾装置にセット」


『蒼さん……!』


【残念だ《鋼死蝶》!

 《ナニウム》、下がれ!

 《鋼死蝶》は俺様が今から叩きおとぉす!!!】






              This story continues.

ありがとうございました。

ようやくテストが終わり安堵しているレルバルさんです。

春休みに突入し、ようやく続きを書くことが出来ました。

いやー来ましたね。

《ウヅルキ》さん。

暇なんですかね、彼も。

いや、暇じゃないよね。


ではでは!


あ、あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします!

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