道連れ
――――――
村の合同結婚式は盛大に行われた。神父の前に新郎新婦が並び、誓いの言葉を発する。指輪を交換すれば結婚成立だ。後は親族や親しい友人に祝いを述べられると宴会。大半の村人は宴会の酒と料理が目当てだ。知り合いだから祝う気持ちは皆ある。一応。
私もめでたいことだと祝うが、容姿のおかげで疎外されていたから思うところはある。まあ、失礼にならない程度にしていた。ワイワイ騒いでいるが、私はとてとそんな気になれず端の方で大人しくしている。するとそこにルフィナがやってきた。
「そこで何してるの?」
「時間を潰しています」
二次、三次と会を重ねていくのが通例だが、私は仕事を片づけるために一次会で帰るつもりだ。それまでの暇つぶしである。
告白の件で意識はするが、ルフィナは普段通りに振る舞っていた。私もここで余所余所しくするのは違うなと思い、答えは別としていつも通りに接する。
「似合ってますよ」
「あ、ありがと。イワンもその、かっこいいわよ」
どうも、と流す。二人とも村ではそれなりに裕福な方だが、所詮は村人。私は新品のシャツとズボン、ルフィナはワンピースだ。モスコーでたまに見かけるような豪華な装いではない。だが、ちゃんと着こなしていて間違いなく似合っている。
「イワンは昔から絡まれてたからね。あんまりお祝いする気分になれない?」
「ええ、まあ」
ルフィナとの付き合いは長いので、私が若い衆から疎まれていたことを知っている。こうやって会場の端でひとり佇んでいる理由も察してくれた。
「……ひとつお訊ねしていいですか?」
「なに?」
もぐもぐと料理を口にしながら応えるルフィナ。楽しんでるな、おい。お行儀が悪いですよ、と指摘しつつ質問を投げかける。
「ふと気になったのですが、貴女はなぜ昔から私に村の鍛冶屋になるよう勧めたのですか?」
それが気になっていた。彼女との結婚もセットになった話。私のことが好きだけど、告白するのは恥ずかしい。そこで、鍛冶屋の不在を理由に目的を達しようとしていただけにも思える。だが、私にはどうもそうは思えない。その疑問が解消できず、いい機会だと訊ねたのだ。
「恥ずかしいこと訊くわね……」
「申し訳ない」
なかなか酷なことだと思うが、直感で訊いておいた方がいいと思ったのだ。しばらく黙っていたルフィナだったが、やがて意を決して話し始める。
「イワンを村の鍛冶屋に迎えるって話、最初は父の発案だったの」
「そうなんですか?」
「ええ。パーヴェルさんの子どもだから才覚も十分だろう、って」
それから顔合わせも兼ねて、この村に連れてこられたという。しかし、このときはまったく気乗りしなかったそうだ。見たことない人と結婚なんて、と。
「意識が変わったのはイワンの仕事と、この村での扱いを見てからよ」
仕事が丁寧で妥協しない姿勢に好感を抱いたという。
「村に修理したものを持っていったとき、あるおばさんがとっても喜んでいたわ。『もう直らないと思ってたのに直してくれた』って」
話を聞くと、そのことを思い出した。数多の道具を作ったり修理したりしてきたが、やはり思い出深い仕事というものはある。それもそのひとつだった。
修理したのは包丁。亡くなった旦那さんがモスコーに出稼ぎに行った帰りにお土産として買ってきてくれた思い出の包丁だったそうだ。修理に持ち込まれた時は真ん中が派手に欠けていて、父や兄は匙を投げた。しかし、持ち込まれたときにイサークさんから、出来る限りの手は打ってほしい、と言われていたので、私は果物ナイフにしてはどうかと提案したのだ。ならばお前がやれ、と父に言われて包丁の資材を可能な限り残して果物ナイフに加工し直した。
「あれ、喜んでもらえたんですね」
よかった、と胸を撫で下ろす。包丁をナイフにしたことを、ああするしかなかったとはいえ気にしていたのだ。それを聞いて安心した。
「それを見て思ったの。素敵な人だなぁ、って。父は魔鍛造ができないからって、少しやる気をなくしていたけど」
村の鍛冶屋に何を求めてるんだろうね、と呆れ顔のルフィナ。イサークさんの気持ちと反比例して、彼女の気持ちは高まったらしい。だが、葛藤も抱えていたそうだ。
「でも、あまり強く勧める気はなかったの」
「どうして?」
「だって、イワンはいつも言っていたじゃない。『私は勉強して家の役に立つんだ』って」
たしかに、私は昔からそう言ってきた。最初は兄に負けない腕の立つ職人になるんだと思っていたこともあった。しかし、母が読み書き計算で家を支えているのを見て、私は勉学で家を支えようと決めた。代々、嫁に学識のある者を迎えてきたというが、これからもそう都合よくいくかはわからない。だから私が家の「学」を支える。それが私の新しい目標だった。
「ならなぜ諦めなかったんです?」
「それは、イワンが若い衆から疎外されているのを見たから」
その光景を目にしてルフィナなりに考えたそうだ。この村にいるべきか、他へ移るべきか。考えた末に、激しい勧誘になったそうだ。
「言ってくれればよかったのに」
「……恥ずかしいじゃない」
態度を変えるのが恥ずかしくて普段通りにしていたそうだ。意外と可愛らしい理由である。
「……ちゃんと考えてほしい。わたしは、ここにいるよりうちに来た方がいいと思うから」
ルフィナの気持ちはしっかり受け取った。それも踏まえて結論を出す、と約束する。早くしてよ、と言われたがあまり急かさないでほしい。
「「イワンさん!」」
「ん?」
異口同音に私を呼ぶ声がしたのでルフィナから視線を外すと、とてとてとこちらに向かって小走りにやってくる女性が二人。オリガとマイヤだ。二人ともルフィナのようにワンピースを着て着飾っている。
「お二人でしたか。その姿、とても素敵ですね」
「本当ですか!?」
「嬉しいです」
キャッキャとはしゃぐ二人。本心でもあり社交辞令でもあるのだが、こんな言葉でも喜んでもらえるのだから嬉しい限りだ。それに姉妹仲もいいようでなにより。可愛らしい二人が揃ってはしゃぐ様子は微笑ましいのだが、それを見ていると隣のルフィナから周りからは見えない位置で軽く肘鉄を入れられた。抗議をするように見ると、逆に睨まれる。逆らい難い感じがして姉妹に視線を戻す。
「おい!」
祝いの場に相応しくない刺々しい声。誰だそんな無粋な奴はと思って声のした方を見やると、こちらを指さしながら鋭い目で睨んでくる男がいた。
「ソゾンか」
茶髪のツンツン頭をした青年はソゾン。私と同い年で、猟師の息子だ。山仕事もすることから力自慢で、同世代の若い衆から慕われている。そのため、リーダー的な立ち位置にいた。彼はズカズカとこちらに向かってくる。
「ひっ」
「来た……」
先ほどまでの喜びようから一転、表情を固くして身体を強ばらせる二人。ソゾンを恐れているようだ。彼女たちを守るように、一歩前へ出る。
「あん? ……なんだ、イワンか」
「こんにちは」
「お前に用はねえんだよ」
とりあえず挨拶をしたのだが、ソゾンは応えない。邪魔だと私を押しのけようとしたが、その手を掴む。
「まあまあ。二人が怯えているので、とりあえずその刺々しい雰囲気をどうにかしてくれませんか? それにここは祝いの席ですし」
私は至極、常識的な提案をした。だが、それは一蹴される。
「んなことどうでもいい。オリガ、マイヤ。いいから来い!」
掴んでいた私の手を振り払い、後ろにいた二人に手を伸ばす。なので、今度は強めに彼の手を弾いた。
「……何のつもりだ?」
「そんな暴力的な態度をとる人に、お二人を預けるわけないでしょう」
「テメェ、何様のつもりだ!」
言うや否や、殴りかかってくるソゾン。女性陣が咄嗟に悲鳴を上げるが、モスコーでチンピラを相手にしていた私にとっては慣れたもの。冷静に軌道を見極めて躱し、懐に潜り込むと鳩尾に拳を叩き込む。
「ごふっ!?」
信じられない、という表情で私を見てからソゾンは蹲った。いくら身体が鍛えられているといっても、どうしようもない弱点はある。そこを突いただけだ。
「すごい。ソゾンを倒すなんて」
「イワンさん、強かったんですね」
姉妹は私を褒めちぎる。ルフィナも目を丸くしていた。
「モスコーで色々ありまして」
経緯はぼかしておく。知れば、特にルフィナは怒ると思うからだ。
さて、怒鳴り声に悲鳴となればさすがに周りの注目を集めてしまう。ぞろぞろと村人たちがこちらに集まってきた。そのなかにいた村長が私に訊ねてくる。
「何の騒ぎかな?」
「お騒がせして申し訳ありません。実は――」
「兄さん!」
事の次第を話そうとすると、そんな声が響く。何だと目をやれば、ラマンが駆け寄っているところだった。「兄」と呼んでいるが実の兄弟ではなく、まあ舎弟みたいなものだ。ソゾンはそうやって自分と仲のいい若い衆をまとめていた。
ついそちらに目を向けてしまったが、視線を戻すと村長が説明を求めるように見てきた。促され、中断した説明をする。
「なるほど。二人に強引に迫っていたところを止めたら殴ってきたので反撃したのか」
「嘘だ!」
説明した内容を村長がまとめていると、ラマンが嘘だと物言いをつけた。またしても村長が視線で先を促すと、ラマンはこちらを指差して言う。
「オリガは兄さんの婚約者なんだ! 親交を深めようとしたところに、こいつが邪魔をしたんだよ!」
婚約者。それは初耳だ。確認をとるように村長が私を向き、私は姉妹を見た。視線のキラーパスに、オリガは驚き慌てる。
「本当ですか?」
安心させるように、極力優しい声になるよう心がけて問いかける。すると、オリガは首を横に振った。
「違います」
とのこと。
「マイヤ! ボクの婚約者のキミなら嘘だって言ってくれるよね?」
まさかの新情報。マイヤがラマンの婚約者らしい。だが、
「婚約は申し込まれたけど、私たちは断ったよ!」
とバッサリ否定されてしまった。しかし、ラマンは勘違いだ、ボクたちは婚約者だと一点張り。互いの主張が真っ向から対立している。どうしたものか。
「ソゾン、ラマン。君たちの話は儂の耳にも入っている。二人に結婚を申し込んで断られたにもかかわらず、付きまとっているそうじゃないか」
「互いの親は承知してるんだから婚約者だろう!」
復活したソゾンが叫ぶが、村長は鼻で笑った。
「ふっ。オレーク(姉妹の父)は『娘が承知するなら』と言っておったぞ? でなければこうして問題にならない」
どうも婚約者云々は彼らの勘違いだったようだ。こういうことはちゃんと確認しておかないとトラブルの元になる。こういう風に。
「ということだそうですので、ここはお引き取り願います」
最後に私が前に出て、遠回しに失せろと言う。ソゾンたちは旗色が悪いと見たか、こちらを睨みつけながらその場を去る。
「これでとりあえずは問題ないでしょう」
一件落着、と事を締めにかかる。
「たしかにしばらく問題はないだろうけど、所詮は時間稼ぎよ」
「そうだな」
ルフィナの言葉に村長が同意した。二人が言うように、この問題は解決していない。真に解決といえるのは、ソゾンたちが姉妹を諦めたときだ。手っ取り早いのは姉妹をさっさと意中の相手と結婚させることだろう。だが、私からは言い出しづらい。
「ところで、二人は気に入っている相手はいるのか?」
そんなのは知らん、とばかりに村長が問う。これが年の功か。
問われた姉妹はというと、揃って顔を赤くする。そして目を合わせた後、遠慮がちに私を窺い見た。……えっ!?
「イワンさん……」
「昔から変わっていません」
と言われてしまう。周りの大人たちは「知ってた」とばかりに驚きもせず、温かく見守っている。昔、告白されて断ったが、それでもなお想いを寄せてくれていることは素直に嬉しい。だが、
「……」
私は恐る恐るルフィナを見た。彼女からも気持ちを伝えられており、答えを出すと言っている。正直、かなり気持ちが傾いていた。そこにきてこれである。決めねばならないと思うと辛い。怒っているだろう、と思ったのだが予想に反してルフィナは思案顔だった。そして、
「……二人とも、少しいい?」
と、姉妹を呼んでヒソヒソと話し合っている。二人は驚き、考え込んだ後に三人でがっちり握手をしていた。
一体、何が話し合われたのだろうか。絶対に碌なことではない。それだけは言える。これまでの経験からきた予測であったが、後でルフィナが「悪いようにはしないわ」と言ってきたことで確信に変わった。一体、何を考えているのやら……。
とりあえず姉妹への返答も保留にしてその場はやり過ごしたが、翌日に事態は急転する。
予告もなく村に現れた役人。何事だと、手隙の村人たちは広場に集まった。私も作業場に来ていたルフィナやオリガ、マイヤ姉妹とともに行く。
役人は戦争に出る兵士を募る、と言い出した。兵員不足は深刻らしいとの噂があったが、どうやら本当らしい。誤魔化しも限界を迎えたか、モスコー含む都市や村々にノルマを与えているそうだ。
「この村の割り当ては三人。力自慢であると望ましい」
しかも期限は今日中で、明日には出発だという。村長は延ばせないかと食い下がるが、役人の答えは変わらなかった。
「……仕方あるまい」
村長は早々に二人を指名する。
「誰か、ソゾンとラマンを呼んでこい」
呼び出された二人はその場で出征を告げられた。
「は!? ふざんけんな!」
「どうしてボクたちが!?」
本人だけでなく、親も一緒になって大反対。しかし、村長は取り合わなかった。
「村長。あとひとりはどうする?」
早く済ませたいらしい役人は、最後のひとりを決めるよう迫る。だが、村長はなかなか決められないようだった。あれこれ名前が上がるが、村長は次男以下、または家業を継ぐ予定のない者、という選考基準を提示して拒否した。
そんなとき、ラマンが呟く。
「……イワン」
それを聞いてソゾンも閃いたらしい。
「そうだ! イワンならさっきの条件に当てはまるはずだ!」
村人たちもたしかに、と納得する。それを聞いていた私の両親は難しい顔をしていた。戦争には行かせたくないが、反対する理由もない、という苦しい立場にある。
「まさか、拒否はしませんよねぇ?」
ラマンが私や両親に向けたであろう言葉。選んだ理由は恐らく当てつけ。もはや道連れに等しいが、村長の選考基準は満たしており何も言えない。
「イワンは誰だ?」
役人が催促するので前に出ようとしたが、側にいるルフィナと姉妹に引き留められた。姉妹は目で行かないで、と訴えている。またルフィナは袖を掴んで私を引き寄せると耳に口を寄せ小声で、
「私との結婚を受けたことにして。それなら選考基準から外れるから」
と言ってきた。姉妹についても悪いようにはしないとも。たしかにそうかもしれない。だが、私はそれを蹴った。
「私は行くよ。このまま村にいても父さんや母さんに迷惑がかかるだろうし」
ルフィナと結婚することになった、と徴兵を逃れても村人たちから猜疑の目が向けられるだろう。両親に迷惑はかけられない。
「……はあ。イワンは言い出すと意外に頑固よね」
目で訴えると、ルフィナは諦めたように袖を離した。
「ありが――」
とう、と言いかけて止まる。不意にルフィナが袖を引いたかと思うと、頬にキスをしてきたからだ。見ていた姉妹も目を丸くしている。
「……生きて帰ってきなさい」
顔を赤くして呟く。恥ずかしがるならしなくていいのに。彼女に負けず劣らず顔を赤くしながら、私はそう思った。その後、対抗心を燃やしたか姉妹からも頬にキスを受ける。ルフィナは天使の祝福よ、なんて冗談めかして言っていた。
夜は両親と過ごし、しばしの別れを告げる。申し訳なさそうにしていたし、母などはルフィナが言ったような手段で徴兵を逃れてはどうかと勧めてきた。だが、それだと村での立場が悪くなってしまう。結局は一時的なものでしかない、と目をつけられた不運を呪うということで納得させた。
「行ってきます」
翌朝。私は役人とソゾン、ラマンと共にモスコーの兵舎へと向かうのであった。




