90.新社長、臨時役員会
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株主総会が終了した後、俺はアインを引き連れ、適当に機関投資家連中に挨拶を済ませたあと、服部も連れて迎えの社用車で武山薬品の本社に向かった。
乗り込んだ社用車はドイツ製の高級セダンだったが、何も維持費の高い外車など不要だ。今後は順次国産車に切り替えて行くべきだ。こういったところに上の人間がルーズだとだんだん下までルーズになっていく。引き締めるところは引き締め、成果を出した者にはそれ相応、欧米並みの見返りを与えることが必要だ。
全社員が成果を出すのが当たり前ではあるが、7割の社員は給料以下の仕事をしかしておらず、残りの3割で会社が回っていると聞く。その貴重な会社を支える3割の社員が、引き抜かれてもしたら大変だ。そういった連中の処遇は直ちに改善する必要がある。あとは、不要な管理職の整理整頓か。何人くらいいるのか知らないが、研究職以外の管理職は全員俺が直接面談をした方がいいだろう。
一般社員には、先ほどの株主総会でのトップの交代についてはまだ知らせていないが、服部が手回しよく秘書室に連絡しており、前社長の私物などはまとめられて空いた部屋に移動済みで、いつでも俺が社長室を使えるようになっているようだ。
今日中には社長の交代および板野副社長の懲戒解雇について社員も知ることになるだろうが、直接会社の運営に携わっていたわけでもない役員がいなくなっても、すぐに現場が混乱することはないだろう。
いまいる役員は早急に刷新する必要がある。まずは、服部を人事、総務関連担当役員としてはめ込み、現状の服部がもつ組織を拡大強化して、学会、政界、官界、ここいらで役立ちそうな情報を集めて行けば、武山薬品の業界での存在感も上がるだろうし、新薬などの許認可も早まるだろう。社内は当然のこと、業界、特にライバル会社の情報もあったほうがいい。産業スパイ的なことは不要だが、業界1を目指すなら相手の弱みに付け込めるならそれに越したことはない。
アインを副社長に据えて俺の代行をさせることは既定路線だが、中川が大学を卒業すれば研究担当役員にしてやるのも悪くない。吉田なんかも法学部を目指すと言っていたから有望そうだ。ずいぶん先のことになるが構想は膨らむ。
服部の集めた資料によると、取締役の付く役員全員がなんらかの違法行為に手を染めていた。また、取締役の付かない役員、いわゆる執行役員連中もその半数がそれなりのことをしていたようだ。ここまで腐った会社だったとは驚きだ。テレビで清潔・清純を売りにした女優などを起用したコマーシャルはいったい何なんだと言いたくなる。今後、現役員たちのスキャンダルが次々明るみに出てくるわけだから、当面コマーシャルなどは自粛だな。
「服部、3時ごろから臨時役員会を開くつもりだ。準備しておいてくれ」
「はい。役員連中を招集しておきます。海外派遣中や海外出張中の者はいかがしますか?」
「移動中なら仕方がないが、海外支社にいるようなら、極力参加させろ。支社ならNET経由で参加できるんだろ?」
「了解しました。あとは、名誉職の方々はいかがしますか?」
「名誉職?」
「はい、会長以上の方々で、具体的には会長の他2名の相談役がわが社にはいます」
「その3人については会社経営には直接関係ないんだろ?」
「はい。これまでの実績という意味で、会社がかなり高い給与を支給しているようです」
「役員会に呼ぶ必要はないが、そのうち首にしなくちゃならないな。おまえのことだ、この3人についても調べがついてんだろ?」
「3人ともそれなりに黒いと言うことは分かっています」
「そうか。歳を食ってからの無一文はつらいかもな。とはいえ、いままで甘い汁を吸ってたんだろうから遠慮するなよ」
「もちろん心得ています。そういえば、特任係長の金田はどうします?」
「金田? ああ、あいつか。当然懲戒解雇の上、刑事告発だ。もしもヤツが暴れるようなら俺に連絡してくれ。俺がかたをつける」
「了解しました」
午後3時、役員会議室に集まった20名ほどの役員を前に、俺はおもむろにかけていた伊達メガネを外し、ぐるりと全員の顔を見渡した。ざわついていた会議室の中が静かになった。役員会議室のテーブルに何台か並んだモニターには不在の役員の顔が映っており真剣な顔をして俺の方を向いている。
「俺が今日の株主総会でこの会社の社長に選任された霧谷だ。若造だと思って侮ってくれても結構だがその時は覚悟して侮ってくれ。先に紹介しておくが、俺の隣にいるのが、氷枝冴子。今日首にした板野副社長の後任ということで取締役副社長だな。板野の時と比べ権限を大幅に与えるつもりだ。俺は不在の場合が多いから、日常業務についてはこの会社の実質トップということになる。
そして、こっちの男が服部凶一。おまえたちの中にも知っている者がいると思うが、今日から人事と総務関連のを担当する役員になってもらう。常務取締役とでもしておくか。確定している役員人事はこんなところだ。
それでだ、とりあえず今の二人を除いた役員全員、今日中に俺のところに辞表を提出するように。受け取った辞表を受理するか、保留にするか、受け取らないかの3種類の判断を俺が行う。
俺が辞表を受け取った者には、既定の退職金などを支払う。保留にしたものは地位は保証されないが会社に留まることはできる。最後の俺が辞表を受け取らない者は、今日解雇した板野同様、会社に多大な損害を与えた者だな。当然、自己都合の退職は許されず懲戒解雇だ。もちろん退職金などの支払いはない。解雇後、これまで会社に与えてきた損害の賠償請求があると思ってくれ。もちろん刑事でも告訴する」
最初、辞表云々の辺りで小声で「横暴だ」とか言っていた連中も俺の最後の言葉を聞いて黙り込んでしまった。なかには下を向いてしまった者もいる。
「あのう、よろしいですか?」
「なんだ?」
今発言した男は、俺が一瞥するとすくみ上ったようで、
「いえ、何でも有りません」
「あと一つ。勝手に社内の書類等を持ち出すことを禁じる。服部、これは全役職員に徹底してくれ」
「はい」
犯罪などの証拠は服部がすでに握っているんだろうが、検察がこの会社を宅捜索した時、多少は手柄になるものを残しておかなくてはな。
「それじゃあ、今日の役員会はこれで終わる」
株主総会での波乱が市場に伝えられ、午後の寄り付きから武山薬品の株価はストップ安の1600円付近まで暴落したが、引けにかけて買い戻され、1650円前後で引けたようだ。
当日の夕刊には、武山薬品の突然の社長交代、副社長の解任と刑事告発などのニュースが報じられた。俺のことは名前だけしか情報がないので、会社の広報部の方に問い合わせがかなりあったようだが、未成年を理由に情報の提供を断ったようだ。そもそも、広報部にも俺の名前以外の情報はないので仕方ない。
明日以降、役員連中のスキャンダルを順次発表していくつもりだ。スキャンダルの発表はコントロールできるから、スキャンダルを嫌気してストップ安が2、3日続き株価が800円くらいまで下がったら、スキャンダルを出尽くしてしまおう。今日俺を推薦してくれた主要株主たちにそのことを知らせてやれば、そこから安心して株を買っていくだろう。もちろんドライにも報せるけどな。




