88.食事会3、ホテル
俺が転移先に選んだ場所は、大きな建物が目の前に見える林のような場所だ。
100メートルほど先に、赤を基調とした柱が建物の周りを囲んでおり、三角の瓦屋根が上に乗っかったいかにも中華的な背の高いビルが見える。転移先の近くに人がいなかったわけではないが、俺たちが突然現れたことに気づいた人はいなかったようだ。
「台湾のタイペイだ。美登里、目を開けていいぞ」
「えっ! ……」 美登里どころか、中川たちまで固まってしまった。
転移することは中川たちも分かっていたと思うが、いきなり周りが林、しかも場所は台湾のタイペイと言われれば驚くのは当たり前か。
「霧谷くん、台湾のタイペイ? 私たちパスポートなんて持ってないわよ」
「そもそも、出国手続きしてないんだから気にするな。だれも、確認しやしないよ。いよいよとなったら、日本に跳んで戻るだけだ」
「……」
「アイン、目の前のあのビルが今日予約したところだよな?」
「はい。なかなか由緒と格式のある有名なホテルのようです。食事も折り紙付きだそうです」
「ほう。それは楽しみだな」
「霧谷くん、ほんとにいいの? すごく高そうに見えるのだけれど」
「中川、気にしなくていいんだぞ。そこのドライが稼いだ金が潤沢にあるからな」
今一瞬だがドライの鼻が幾分開いたぞ。わかりやすいヤツだ。
「まあ、にわか成金そのものの行動かも知れないが、せっかくみんなで集まったんだ、少しくらいの贅沢はかまわないだろう」
「わたしは今から霧谷くんにお礼を言っとこう。ありがとう、霧谷くん」
「そうそう、吉田みたいなノリでちょうどいいんだから、中川も村田も遠慮するなよ」
「そうね。ありがとう、霧谷くん」「霧谷くんありがとう」
「お兄ちゃん、わたしからもありがとう」
そんな話をしながら、林を出てホテルの敷地を回り込み、表玄関の方にやって来た。荷物でも持っていれば、ホテルの人がやって来て荷物運びをしてくれるのかもしれないが、中川と吉田が小さなカバンを持ったくらいで、基本みんな手ぶらだったためそのままロビーの中に入って行った。これから行くレストランは11時半からの開店だそうなので、急ぐ必要はない。
玄関を入り、赤い柱が両側に立ち並んだ赤いじゅうたんの敷かれたロビーをまっすぐ進み、突き当りの階段を上がった先が、これから行くレストランのようだ。
アインがレストランの入り口でそこに立っていたボーイさんに何か言うと、そのボーイさんが先にたって個室に連れて行かれた。
連れて行かれた個室の壁には、麒麟や鳳凰といった幻想的動物たちの姿が透かし彫りで描かれており、中華的豪華さの極みといった部屋だった。
部屋の中央の大きな丸いテーブルの周りにちょうど9人分の椅子が置かれていて、みんなで適当な椅子に座ったところ、俺の左が中川で、右がアインとなった。丸テーブルの上には茶色の水が入った銀色のボウルが各自の前に置いて有り、茶色の水の上には小さな花が浮かんでいる。アインの話しだと、茶色の水はウーロン茶で脂などで手が汚れた時にそれで指先を洗うのだそうだ。喉が渇いてなくてよかった。
俺たちが席を決めているいる間、ボーイさんはじっとしていたが、席の決まったところでアインが頷くと、部屋から出ていった。
「みなさん、今日の料理はコース料理を注文しています。もし料理が足りないようでしたら単品を注文しますから遠慮なく仰ってください」
アインの言葉の後、ナプキンを各自で膝の上に置いて準備OK。
すぐに女性が二名、各々ワゴンを押して部屋に入って来た。それぞれのワゴンには最初の数種類の料理が乗っている。一礼した彼女たちが、テーブルの上に最初から置かれていたグラスに水を注いでいった。
「それじゃあ、みんな、存分に楽しんでくれ。カンパーイ」
「カンパーイ」
水では締まらないが、片手にグラスをもって俺が挨拶し食事会が始まった。
店の人は、食事会の始まりを待っていたようで、小皿に盛り付けてあった前菜を手早く各自のテーブルの上に置いていき、次に2段になった丸テーブルの上の段に大皿に入った料理を並べていった。
前菜は季節の野菜の上に、小エビが乗っかった物。
「たくさん出てきますからどんどん食べていってください」
大皿の上には、大きなエビの身の部分がぶつ切りにされて揚げてあり、その上から甘辛いソースがかけられたイセエビのチリソース。
アヒルを丸ごとクリスピーに揚げた北京ダック。本当は広東ダックというそうだ。
見ていると、レストランの女性が、ぱりぱりになったアヒルの皮と肉を器用に骨から取り外し、肉も一緒に野菜などと一緒に薄く延ばした餃子の皮のような物にくるんで春巻きのような物を各自に1つずつ作ってくれた。後は自分でお好みの具材やタレを使って作るらしい。
ナマコの煮物、フカひれのスープ、大きな白身魚を丸ごと揚げたものに熱々のスープを上からかけたもの。そういったものが二人の女性によってどんどん小皿に取り分けられ、銘々のテーブルの上に並べられていく。一応作業の終わった彼女たちは、一礼して部屋から出て行った。
「すごーい! こんなにすごい料理初めて。こんな大きなエビのチリソース初めて、二人も早く食べてみて」
「なにこれ! カラッとしてるのにジューシー。甘辛いみそだれがいい味出してる」
「とろとろで濃厚なスープと大きなフカひれ。ぜいたくな味だー」
「なまこって初めて煮物で食べたのだけど、少し硬いゼリーみたいな感じなのね。歯ごたえが独特でおいしい」
みんなの興奮するのも分かる。俺だって、こちらの世界でこれほどの高級料理は初めてだ。
前半嬉々として出された料理を頬張っていたみんなもお腹がかなりきつくなったようで、だんだんおとなしくなってきた。
アインとドライは味や食材を確認しているのか黙々と料理を口に運んでいる。ホムンクルスの二人は嬉しそうに美登里と話しながら食事を楽しんでいる。みんなでやって来てよかった。
デザートと一緒に出されたウーロン茶を頂き、大きくなったお腹をさすりながらレストランを後にした。むろん支払いは、アインが既に済ませている。




