73.PK戦1
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翌朝。
昨日のドライのトレードを横から見ていてなんだか面白かったので、今日も事務所のドライのところにやって来ている。
「おはよう、ドライ」
「マスター、おはようございますー」
「それでその後のトレードの方はどうだった?」
「先ほど、為替のポジションも全部閉じました。現在、持っているのは円資産のみ」で、総額1億2000万ほどになってますー。でふゅ、でふゅ、でふゅ」
「すごいじゃないか。2000万が1日で6倍か。この分だと、明日の朝には5億か?」
「順調にいけば、そのくらいにはできると思います」
「そういえば、お前に言われていた書類は揃えたぞ」
ドライに昨日手に入れた書類の入った紙袋を渡し、
「これでお前の口座が作れるだろ」
書類を一通り確認したドライが、
「午前中は手続きや送金なんかで時間を取られますからトレードは午後からになると思いますー。マスター、わたしの名前はこれから、猿渡玲奈ですかー?」
「書類上の名前なんだし、何でもいいだろ、なあ、レナちゃん」
「そう呼ばれると、何となくレナでもいい感じですー」
「それなら、これからレナちゃんで行くか?」
「いえ、やっぱりドライでお願いしますー」
「わかったよ。今日は俺は学校に行くから。それじゃあな」
「はい。お気を付けてー」
ドライのトレードを横で見ているのも楽しいが、そればかりしていると、そのまま不登校になりそうなので、今日は学校に行くことにした。
俺にとっては久しぶりの登校だ。朝、事務所に寄ってきた関係でいつもより少し学校へ到着するのが遅くなったがまだ始業時間には十分余裕がある。
自席に座って教室に入ってくる連中の朝の挨拶に答えながら始業を待っていると、中川が教室に入って来た。
「霧谷君、おはよう。昨日は元気がなかったようだったけれど大丈夫?」
「中川、おはよう。昨日はそんなに元気がなかったか?」
「ほとんど口をきかなくて、じっとしてたじゃない」
「そうだった、そうだった。いやー、今日は元気、元気だよ。心配してくれてありがとう」
俺のコピー君にはチューンアップが少し必要なようだ。ドライに言って対応してもらわないといけない。
もうすぐ、始業のベルが鳴るというところで、村田が教室に入って来た。
「村田、おはよう」
「……」
「村田」
「あっ、霧谷くん、おはよう」
「どうしかしたか?」
「何でもないよ」
どうも何でもない感じではない。外見は異常なさそうだ。コピーの情報だとあやふやなところもあるが、昨日秋山と何かあったようで、それをまだ引きずっているのだろうか? 秋山のヤツにもそろそろはっきり自分がモブであることを分からせてやるとするか。
授業の合間の休憩時間、そのまま席に座っていた秋山のところまで行き、
「おい、秋山。ちょっと話がある。ついて来てくれるか?」
秋山は後ろの女子と何か話していたようだが、かまわず話しかけた。
「霧谷か、用が有るならここで言えばいいだろ」
「そうか、そんならここで言わせてもらおう。秋山、お前、村田がクラスで目立つのが面白くないようだが、それで、村田にちょっかいを出すとは小さいやつだな」
秋山と話をしていた女生徒が俺の方に振り返った。なぜだか俺を睨みつけている。
「なんだと!」
秋山が大声を上げたので、教室に残っていた生徒たちが俺たちに振り向いた。
「U15だったか? たかがサッカーができるくらいで周りにちやほやされていい気になってるみたいだが、お前程度のサッカーできるヤツは、世の中には掃くほどいるぞ。その中でプロになれる人間は一握りだ。将来のためにも勉強した方が良いんじゃないか? なあ秋山? お前、あんまり勉強できないんだろ? 頭悪そうな顔してるもんな」
だいぶ煽ってやった。自分の煽りの才能が怖い。秋山は俺の煽り言葉に感動したようで、顔を赤くして、
「出ろ! 霧谷、お前も気にくわなかったんだ」
「ほう? 最初に俺がついて来いって言ってたろ。殴ってくるか? お前の得意のキックでもヘッディングでもいいぞ? 言っとくが俺の顔も体も硬いぞ、お前のやってるようなトレーニングなんぞ赤ちゃんのハイハイ程度に思えるほど鍛えてるからな」
秋山は俺の顔の固さは始業式の日の一件を覚えていたらしく、掛かってこない。
「俺が言うのも何だが、校内での暴力行為はまずいから、サッカーで勝負するか? PK勝負がいいか? それならお前でもいくらか俺に勝つ可能性があるかもな。そうだなー、俺が負けたら坊主頭になってやる。お前が負けたら村田に金輪際ちょっかい出すな」
「いいだろう、放課後グラウンドだ。ボールは俺が用意しといてやる」
秋山、こいつ4月に俺が警告の意味でサッカーボールを蹴っ飛ばしてやったことを忘れたか。
「霧谷くん、秋山くんを煽ってたけどどうするつもりなの?」
「さっき秋山に言った通りだ」
「霧谷くんなら秋山くんがどうあがこうがどうしようもないんでしょ。秋山くんが可哀そうじゃない」
中川は俺がPK戦で秋山に勝つことは露とも疑っていないようだ。
「中川、ここらで自覚させるのも本人の為になると思うがな」
「やりすぎないでよ」
「ケガはさせない。それだけは約束できる」
午前の授業を終え、学食でいつものように3人で食事をしている。
「霧谷君、さっきも言ったけど、本当に秋山くんとサッカーで勝負するの?」
「何も問題ないだろ?」
「霧谷くん、僕のためにありがとう」
「なーに、村田のためだけじゃない。秋山自身のためでもある」
「霧谷くんがそんなことを言うとは思わなかったわ」
「中川、良く俺のことが分かるな。今言ったのは言ってみたかっただけの冗談だ」
「……」
そんな話をしていると、クラスの女子が俺たちの食べてるテーブルまでやって来た。確か名前は、えーと誰だっけ? 秋山の後ろの席にいたから、あ、い、いとう、伊藤真由美? だったか。興味がないことは全く覚えられないようだ。
「あら伊藤さん、どうしたの?」
中川はさすがにクラスの女子の名前を憶えていたようだ。その中川の言葉を無視して伊藤が俺に突っかかって来た。
「霧谷くん、あなた、放課後、グラウンドで秋山君とサッカー勝負するようだけどよした方が良いわよ」
「うん? お前がどうしてそんなことを俺に言って来る?」
「あなたにお前呼ばわりされるいわれはないわ!」
伊藤が学食で大きな声を上げるものだから注目が集まってしまった。今日はよく注目を集める日だ。しかし、なんだ? こいつは、俺と秋山の放課後の勝負を宣伝して歩いてるのか? そうだったのか。納得した。
「それじゃあ、伊藤さんは俺に何でそのようなことを言ってるんだ?」
「あなたが無様に秋山くんに負けるから忠告しただけよ」
「それはどうもご苦労さま」
「フン!」
伊藤はそのまま学食から出て行ってしまった。
「元気なヤツだったな」
「伊藤さんは、秋山くんに気が有るのよ。それで霧谷くんのことが気に入らないのだと思うわ」
「ふーん。変わったヤツだな」
「霧谷くんに変わったヤツとか言われると伊藤さんも少しかわいそうね」
「そろそろ、教室に戻るか」
高校のクラスといった小さな社会にもいろいろあって面白いもんだ。
さて、午後の授業も無事終わり、今は放課後のグラウンド。
秋山はちゃんとサッカー部のユニフォームに着替えて先にゴール前で俺を待っていた。俺は、面倒なので制服のままで。秋山のボールが俺の制服に掠りでもしたら丸坊主ものだ。
ネットが既に張られたサッカーゴールの後ろには今回の件を知って興味を持った連中が結構集まっている。すでにネットが張られていると言うことは、サッカー部の連中も何人か見物に来ているのかもしれない。集まっている連中をよく見ると、うちのクラスの数人の中に中川と村田もいるようだ。もちろん、あの伊藤も立っていた。
人目が少ない方が本人の精神的ダメージも少なかったろうとは思うが、今さらどうしようもない。
「霧谷、お前制服着てるけどそれでいいんだな? お前の勝手だから制服がダメになっても文句は言うなよ。それじゃあ、シュート5本ずつな。お前が先でいいぞ」
秋山は余裕を見せたいのか、俺が先に蹴ってもいいそうだ。
「ここからでいいか?」
サッカールールなぞ知らないのでゴールの真正面の適当なところに渡されたサッカーボールを置いて秋山に聞いたのだが、
「もう1メートルほど前だ」
「そうか、それじゃあ」
別にどこから蹴っても同じだが、言われた通りボールの位置をずらして、
「それじゃ蹴るぞ」
「……」




