60.勇者、なんだよな?
聖剣だか何だかわからないが見た目だけは立派な大剣を失った金田は、もう剣は諦めたようで、いったん20メートルほど素早く後退して、今後はなにやら呪文を唱え始めた。
「邪悪なる敵を撃ち祓え、『ホーリー・ランス』! 行っけー!」
おいおい、俺が邪悪なる敵なのか? お前の方がよっぽど邪悪な顔をしてると思うぞ。
今度は、金田の頭上に白く輝く大型の槍が現れた。そのランスが光の粒をまき散らせながら俺の方に飛んでくる。飛んではくるのだがこれも遅い。この大きさの攻撃を、片手で掃うわけにはいかないようなので、ぎりぎりまで引き寄せて躱してやった。こういった大掛かりな魔法攻撃はたいがい追尾術式が組み込まれていて避けても追ってくるものだが、そのままランスは後ろにまっすぐ飛んで行って、転がっていた岩に当たってその岩を吹き飛ばした。
「今のを躱しやがった?」
いちいちそんなので驚くなよ、たいていのヤツは今のくらい躱せると思うぞ。
お返しに、
『ストーンバレット×16連』
金田の足元に石の塊を高速で16発撃ちだしてやった。立ち上る砂煙。
「今何をしたのか知らないが、どんな攻撃だろうと当たらなきゃ、どおってことねえ!」
いや、当てにいってたわけじゃないんだから、それで当たったらおかしいだろ! しかも、今の攻撃が全く見えなかったようだ。
さて、そろそろ、このバカをのしてやるか。
一歩一歩、俺が前に出て行くと、少しずつ、金田が後ずさる。特に意味はないのだが、金田の方に向けて掌を開いて右腕を突き出し、
『インプロージョン・バースト!』
『インプロージョン・バースト!』
『インプロージョン・バースト!』
『インプロージョン・バースト』は対象の周囲に超高圧気体球を球形に多数配置し。一気に対象を中心部に押しつぶす魔法だ。対象が生物の場合、高い耐性がなければ体内組織が液状化し、岩石のような物だと粉々に砕ける。
金田の近くにあった3個の岩に向かって『インプロージョン・バースト』をそれぞれ放った。岩は3つとも粉々に砕け、飛び散った結構大きな破片が金田にバシバシと当たる。金田は眼を瞑って身動きもせず石つぶてが体に当たるに任せている。
「???」
なぜ、避けない? 簡単に躱せるだろう。自分の防御力から躱さずともダメージなどないと思っているか。軽めの魔法を直接ヤツにあてて脅してみるか。
『サウンド・インプロージョン!』
ビーーン! 耳をつんざく音が目の前の金田の周囲であがった。
『サウンド・インプロージョン』は『インプロージョン・バースト』と同じく球状に配置された空気のかたまりが内側に向かって破裂して、重なり合った破裂音により対象の聴覚を奪い平衡感覚を麻痺させる。強度を増すと皮膚が裂けることもあるが、所詮は脅し用の魔法なので、対象への殺傷力は低く戦闘補助用の魔法だ。そのはずなんだが、勇者金田の様子が変だ。
『インプロージョン・バースト』で岩を破壊したあたりからピクリとも動いていない。気絶したか? まさか死んではいないよな。こいつ、勇者なんだよな?
近くに寄って隣に立っても反応しない。試しに瞑った瞼を開けてやると、中から白目が出て来た。やっぱり立ったまま気絶している。そんなわけないと思うが、立ち気絶も勇者のスキルなのか?
これ、どうすんだ? 仕方ないので、頬を軽くはたいてやったら、吹き飛んで転がってしまった。それで目が覚めたのかよろよろと立ち上がろうとするのだが、鼓膜と三半規管は先ほどの『サウンド・インプロージョン』でダメージを受けているはずで、案の定、立ち上がったものの、ふらふらとしてまたひっくり返ってしまった。
このバカには恨みもなにもないのでそのまま放っておいて、そろそろ元の世界に還ろう。板野の部屋を思い浮かべて『転移』しようとしたら、勇者金田が頭を振りながらふらふらと立ち上がり、
「この空間を作り出すのに力を使いすぎたぜ」
そう一言、言ってばたりと仰向けに倒れてしまった。セリフはまあまあなのだが、鼻から鼻血を垂らしているのが減点だ。勝手に一人でそこで寝てろ。
「帰って来たぞ」
副社長室に『転移』で帰ってきたら、二つに割れた机はすでに片付けられ、新しい机が置かれている。さすがは大企業、机程度は予備を持っていたらしい。こんなところでもテキパキしている。板野はちゃんと新しい椅子に座っていて、俺を見るなりたまげたようだ。
「か、金田はどうした?」
「寝てるんじゃないか」
「どういう意味だ?」
「言った通りの意味だ。別に殺したわけじゃない」
「くそ、高い給料を払ってやってたのに役に立たんヤツだ」
「いや、役には立ったぞ。俺は十分楽しませてもらった。世の中には、色々なヤツがいるのが分かっていい勉強になった。それはそれとして、俺に狂犬をけしかけたんだ、ただで済まされるとは思わんだろ? おっさんならどうする?」
「いくら欲しいんだ?」
「5億、10億といいたいところだが」
「そんな金は出せるわけがない」
「そうだろうな。たかが副社長じゃ、社長にお伺いを立てなくちゃ金なんて出るわけないもんな」
「……」
「社長はいいよなー。社長にしてやろうか? 社長になりたいんだろ? それなら俺がおっさんを社長にしてやろうか? なーに大きな手柄を立てさえすれば良いんだろ? 簡単なことだ。俺の作ってる薬を使ってこの会社に影響力のある連中を手懐けていけばいい。特に大株主なんかに恩を売ればいい線行くんじゃないか?」
「そんなうまい話があるわけないだろう。きみの薬がどれほどのものであろうとそういった連中に恩を売れるほどの効果があるわけがない」
脈は有りそうだ。さっきまで、『キサマ』扱いだったが、急に『きみ』扱いになった。
「俺にはジュースに入れてた薬なんか比べ物にならないくらい良く効く薬がある。それをそういった連中に内々《ないない》に使っていけば恩は売れるだろ?」
「例えばどんな薬が有るのかね?」
いいぞ、どうやら食いついたようだ。
「そうだな。例えば、昔なんかのことで無くした四肢が生えてくるとか」
「本当か? 冗談じゃないんだよな? 金田も異世界にはそんな薬が有るとは言っていたがヤツのホラだとばかり思っていた」
どれだけあいつは信用ないんだ。まあ、あの見た目じゃあしょうがないか。それじゃあ、なんであんなヤツをこんな大企業で雇ってたのか疑問だが、おっさんの趣味にまで口を出す必要はない。おっさん、ああいったのがタイプだと記憶しておこう。金田が俺にまるで似ていなくて助かった。




