18.地上げ1
浪岡中学校を横目に見ながら歩いていくと、周りをトタンで囲ったかなり広い空き地が見えて来た。その空き地に囲まれて一軒家が建っている。
あれ? あの家っておじさんの家じゃないか。おじさんの家の敷地をコの字型に空き地が囲んでいた。
空き地には数人の作業員と、厚手の鉄板を敷いた上に、数台の車が止まっている。作業員たちの私有車だろう。あと杭打機のような大型の建設機械が1台見える。空き地の隅の方には事務所にしているのか、仮設のプレハブも建っていた。
一軒家の門の前には、明らかに駐車違反とわかるダンプトラックが止まっている。あれでは、門から出入りするのは容易ではないだろう。こんな住宅地で、あんなあからさまなことして、警察は何もしないのか? まさかつるんでるってことはないよな。
コンコン。
ダンプトラックの運ちゃんがあくびをしながら運転席で週刊誌を読んでいる。ダンプの荷台の側面にはご丁寧に『森本興業』と書いてある。森本興業さんはてっきりヤの付く専門職集団だと思っていたが、どうやら普通の仕事?もしてるらしい。相手が森ちゃんならこちらもやりやすい。
ドンドン。
ちょっと窓を下げろよ。
以心伝心か? ちがうか。窓ガラスが下がり窓が開いた。
「おい! 運ちゃん、そんなところに車停めたら、迷惑だろ! 門から外に出れないだろ。エンジン掛けっぱなしだと排気ガスも臭いんだよ!」
「なんだ? お前は?」
「運ちゃん、あんた森本興業の人だろ。昨日のライダースーツの人覚えてないのか? ライダースーツの人って俺に似てないか?」
「なにを! お前みたいなガキなわけないだろ。一発でうちの専務がのされたんだぞ」
「あのいかついおっさんな。そういえば、いきなり殴りかかって来たから軽く撫でてやっただけだぞ。どうだ、運ちゃんも試してみるか? 忠告するが、弱っちいくせに拳を振り回してたら危ないぞ。つい2、3日前も素人が拳を振り回して、自爆してたからな」
ちょっと煽ってやったら、運ちゃんがトラックから降りて来た。
「なにを! ガキが偉そうなことを言うんじゃないぞ」
「俺がガキだと? じゃあお前はなんだ? 俺の目をちゃんと見れるのか?」
だて眼鏡を取って、運ちゃんの顔を覗き込むように俺の顔を近づけてやったら、やっぱり目を反らせやがった。
「まあ、それはどうでも良いけど、さっき言ったようにここにダンプを置かれたら邪魔なんだよ。人に迷惑かけちゃダメだろ。親御さんに教わってないのか? ん? 何なら、試しにその手で俺を殴ってみるか? さあどうぞ。ほれ」
いつものように殴りやすいように顔を突き出してやった。
「バカにしてんのか!!」
運ちゃんが顔を真っ赤にして俺の顔を殴る。腰の入った良いパンチ。さすが本職。
ゴキッ!
鳴っちゃいけない音が拳から。かなり痛いのだろう、冷や汗をかいている。気絶はしなかったようだ。意外と根性有るじゃないか。
こんな場所でうるさくされると面倒なので、軽く運ちゃんに『スリープ』をかけて眠らせ、襟元を掴んで運転席に投げ入れてやった。二つしかないんだ、拳は大事にしろよ。
ダンプの後ろに回り、バンパーに手を掛けて前に押す。エンジンが掛かっていて排気ガスが臭いし、手を添える場所の位置が悪いしで、やりにくいけど、ダンプを押して動かすくらい楽勝だ。
ダンプにはブレーキが掛かっていたらしく、灰色のアスファルトの上にタイヤの真黒な跡ができたものの20mほど動かしてやった。ここは工事車両の出入り口みたいだ。バンパーが汚れていたせいで押した手が真っ黒に汚れてしまった。ちゃんと仕事道具なんだからきれいに掃除くらいしとけよ。
出入り口をふさがれた格好になった空き地で作業していたおっさんたちが騒ぎ始めた。騒ぐ暇があったらキリキリ仕事しろ。
ダンプを動かしているとき、たまたま通りがかった中年のおばちゃんが目を剝いてこっちを見てた。4、50年も生きてりゃいろんなものを目にするよ。だから、ドンマイ!
『クリーン』。手の平の汚れを落としてから、
ピンポーン。 ピンポーン。
叔父さんの家のチャイムを鳴らと、インターホンから、
「どちら様ですか?」
上品そうな女性の声がすぐに返って来た。咲子叔母さんだ。
「誠一郎です。叔母さん。叔母さんの家の門の前に止まってたダンプが邪魔だったでしょう。通りがかったついでに邪魔にならないところまで動かしておきました」
「えっ! 誠一郎ちゃん?」
玄関ドアの後ろでゴソゴソ音がしたかと思うと、50代半ばの咲子叔母さんが現れた。
「こんにちは、叔母さん。たまたま前を通りがかったら、ダンプトラックが叔母さんの家の門を塞いでるじゃありませんか。それで、ダンプの運ちゃんにそこをどくよう注意したんですよ。そしたら、運ちゃんがごねるので、僕が動かしておきました」
「あらあら、まあまあ。誠一郎ちゃん、ありがとうね。地上げ屋というの? 本当にあの人たちには迷惑してたのよ。誠一郎ちゃん、立ち話もなんだから家に入ってお茶菓子でも食べて行ってちょうだい」
叔母さんは昔から、細かいとこは気にしない性格だったが、今回も俺がダンプを動かしたという不自然さには気付かなかったようだ。
「ちょっと用事があるんでお邪魔せずに帰ります。ところで、あそこの空き地は何が建つ予定で工事してるんですか?」
「なんでも高層マンションらしいの。それで、うちも立ち退いてくれって。断ったら今日みたいに、ダンプで門をふさがれたり、ゴミを投げ入れられたり、嫌がらせがひどくて」
「叔父さんも、叔母さんも、少しくらい高くても、この土地を売りたくないってことでいいんですね」
「もちろんよ。この齢になって知らない土地なんかに移りたくないって二人で言ってるの」
「わかりました。僕が何とかしましょう。安心して任せてください」
「大丈夫なの? 誠一郎ちゃん高校に入ったばかりでしょう? 危ないことしちゃだめよ」
「全然、問題ありませんよ。先方も話せばわかる人たちですから」
「???」
「それじゃあ叔母さん、さよなら。もし、まだ嫌がらせが続くようなら僕に電話かなんかで連絡してくださいね」




