わかりました
羅心の説明は明瞭かつ簡単だった。
先の戦で功績を上げた地方の領主が褒美に繭を、と申し上げ、王はそれを承諾した、ということだったが、繭はちゃんと理解した。
要は、せっかく召喚した女神だけど、金ばかりかかって爪の先ほども役に立たなくて困っていたところ、体裁のいい厄介払い先が出来た。国の外に放り出すわけにもいかないから、ここはひとつ、のしをつけて世間知らずの地方のならず者に押し付けてしまおう、というわけだ。
羅心は宰相らしく、繭にその領主がいかに勇猛果敢でよくその土地を治めているかを語り聞かせていたが、繭は半分聞いて、表向きには半分も聞いていないふりを決め込んだ。
どこへ放り出されようと、とうとう繭は厄介払いされるわけなのだから。
繭は羅心の話を聞きながら、執務机で政務に励む黒髪の王様を見た。
出会ってこのかた、この鉄面皮が顔色を変えたところなどついぞ見ることができないでいる。
それだけが心残りといえば心残りだった。どうせなら思い切り驚く顔が見てみたい。
けれどもそれは繭が唐突に女神さまのように美人になることのように無理難題に思えた。
大体、この王様は繭がこの部屋に来てから、一言も話しかけようともしないのだ。頭の悪い繭に話しかけるだけ無駄と思っているのだろう。馬鹿馬鹿しいのはお互い様だ。
どのみち、この何でも持っている王様が繭の気持ちを理解するなど到底不可能なのだ。
いきなり異世界に呼び出されて、さぁこの世界のために働けと言われて誰が言うことを聞くだろう。
美味しい料理と奇麗な寝床と着物を用意されて、さぁ責任を果たせと言われてどうすればいい。
繭にしてみれば、あの世で味わうはずだった楽園生活を生きているうちに体験したようなものだ。それも三日で飽きてしまったのだけれど。
(ここで私、死ぬのかなぁ…)
ぼんやりと思った。
十七歳の繭にとって、死はメディアの中の物だった。
だから、こうしてひしひしと迫る命の危機をあまり実感できないでいた。
きっと、ここで逃げだせば繭は殺される。
死に物狂いで逃げだしても、繭は野たれ死ぬだろう。
羅心の解説はまだ続いていたが、繭はのんびりと笑ってやった。
「わかりました」
遮られた羅心は不快そうにあからさまに眉をひそめたが、いつものようにそんなことを繭は気にしてやらない。
「短い間でしたがお世話になりました。陛下、羅心さま。何のお礼もできませんが、役立たずの私が居なくなることで御恩返しとさせていただきます。ありがとうございました」
いつもの間延びした口調をやめて、はっきりと王様と羅心に礼を取った。袖の中で手を組んで軽く膝を折るのだ。これはしつこく礼儀作法の先生から言われてもやらなかったこちらの世界の礼の取り方。
顔を上げると、驚いたことに王様と羅心が呆気に取られている。
思わぬ成果に繭は細く笑んで、執務室を後にした。
警備の兵士に挨拶して、渡り廊下を歩くと肩から荷物が落ちていくようだった。
繭はスキップしたい気分を抑えて、自分の部屋へ戻らなければならなかった。これも今までにないことだ。今までは宮殿は迷うから、と必ず誰かに何処に行くにもついてきてもらっていた。けれど、ちょっと頭の悪い子のふりもこれでおしまいだ。
これからどんな目に遭うか、どんな領主に嫁がされるのかは二の次だった。
自分でいられる時間を取り戻すチャンスなのだから。




