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女神さま おちた  作者: ふとん
番外編
14/19

だっておかしいだろう

 彼女は、想像よりも幼い、少女だった。



 その辞令を見た誰もが、複数人に及ぶ誰かの色々な事情と思惑が絡んでいると分かっただろう。

 数少ない仲の良い同僚が憤慨するなかで、当の朋来だけが無感動に辞令だけが書かれた手紙を開いた。一緒に入っていた金札が、まるで手切れ金のようだと思いながら。

 辞令によれば、この金で南概まで送り届けろという。

 異世界からわざわざ召喚しておきながら、厄介払いするという女神さまを。


 朋来は、生来、あまり人との縁に恵まれなかった。

 両親からして、生まれたばかりの朋来を嫌い、他家へと預けてしまうところから始まる。

 それは、朋来の髪と瞳の色に由来する。

 この世界には様々な色の人種が溢れている。学者の誰かが七色の虹と呼ぶほど多岐に及ぶが、ただ一色、あってはならない色がある。

 銀だ。

 昔の大罪人の髪の色だとか、暴虐の限りを尽した王の末裔だとか、言い伝えは様々あるが、とにかく銀色の髪や瞳の色というものはどの国でも嫌われ、恐れられた。

 逆に金色が貴色として重んじられている。


 金と銀、何の違いあるのだ。

 そう言い切ったのは、朋来を預かった家の当主だ。豪放磊落を絵に描いたようなその人は岩のように硬い大きな手でまだ幼い朋来の頭を撫でながら、豪快に笑った。

 お前は良い目をしている。強くなるぞ。

 誰も近寄らない幼子に剣の稽古を自らつけながら、彼は朋来を実の子のように育ててくれた。

 だから、養父が戦にたおれ、年老いたその妻と血の繋がらない妹だけが残されたとき、朋来は宮の護衛士になることを決めた。彼らもまた、歩く呪いである朋来を人として見守ってくれたのだ。

 恩を返すつもりだった。

 けれど、護衛士の見習いとして都へ向かうときに贈られた養母と義妹の言葉を、朋来はのちに振り返って後悔する。

 幸せにおなり。

 それだけを願っていると告げた彼女たちの言葉の意味を分かっていなかった。


 それから数年後、ようやく護衛士になった朋来の元に届いたのは、養母の死と、義妹の自殺だった。

 元々あまり健康ではなかった養母は朋来を見送ったあと、病気を悪化させた。それを朋来に隠したのは妹だ。彼女はただ一人で家を守るために、好きでもない男と結婚し、だが、男の度重なる浮気と借金に耐えきれず、毒をあおったという。養母はその知らせを聞いたあと、妹に謝りながら泣いて亡くなったという。

 家督を、朋来に譲るという遺言を残して。

 無感動な管財人から遺言書と事の顛末、そして当主の証である、かつて憧れた養父の剣を渡されて、朋来は途方に暮れた。


 それから数年。朋来はいくらかの戦地で功績を挙げ、部隊を任されるようにまでなった。部下は初めこそ朋来を恐れたり、嫌ったりしたが、やがては信頼を向けるようになった。迫害はされていたが、育った環境が良かった朋来は人当たりの良い優しい性格で、しかし剣を取れば養父譲りの豪剣を奮ったので、軍属の上司としては最高の評価を受けた。

 ゆくゆくは、何人もの将軍を束ねる大将の座も夢ではない、とまで評された。

 だがその矢先、朋来の部隊は解体されることとなる。

 それは、大臣が隣国と手を結んで国境を超えさせるという今までにない大規模な戦のあとだった。

 不意打ちだったということもあり、かなりの苦戦を強いられ、朋来は何人もの戦友を亡くした。その慰霊祭の後、呆気なく辞令はやってきた。

 宮の近衛兵としての栄転。

 辺境の、激戦地だった砦に辞令を持ってきた宮からの使者は、むしろ栄誉なことだと誇らしげに言ったが、近衛へと迎えられる朋来は隊長という任も軍で築いてきたはずのそれまでの地位も全て無くすという。当然、部隊は解散で、部下たちにはそれぞれ別々の職務と地位が用意されていた。受け取った誰もが無言で辞令の書かれた信書を握り潰した。血気盛んな部下たちが怒鳴り散らすことも忘れてただ耐える姿に、朋来は抱いてはならない疑いを持ってしまった。

 

 もしかすると、この国は滅びへと向かっているのではないだろうか、と。

 

 自分を慕ってくれた部下とは散り散りに別れ、それまでの功績や地位をすべて剥奪された朋来は今、王宮近衛隊の一介の護衛士として居る。

 砦を守る兵士と違い、近衛の仕事は貴族的だ。近衛の兵士は定期的に開かれる御前試合に参加し、その結果で、または縁故で、築いた人脈で、自分の地位を確立していく。

 朋来は今までほとんど気にされなかった髪や瞳の色で毛嫌いされ、あっという間に人目につかない宝物庫での警備にあたることになった。

 近衛隊の隊長は、いずれは大将にと嘱望された身分の高い男で、蹴落とすことに慣れた彼に辺境育ちの朋来になすすべは無かった。

 

 今回の女神さまを送り届けるという左遷のような辞令もその、ほとんど最後の仕上げだったのだろう。

「―――忌色にはふさわしい仕事よな」

「何だと!」

 通りすがりの言葉に同僚の方が激昂したので、朋来はそれをなだめてやった。

 忌色とは、朋来の髪と瞳の銀色を指す別称だ。

 しかし、せっかくなだめてやったというのに、通りすがりの男たちはそれを嘲笑うように怒鳴りつけた同僚に噛みついた。

「忌色に忌色と言って何が悪い。血に塗れた忌色など、悪鬼羅刹と変わるまい?」

「この…っ!」

 とうとう血の気の多い同僚が男に殴りかかろうとするので、朋来はその腕をつかんで止めなくてはならなくなってしまった。

「やめなさい」

 今にも勢いついていた腕を止めると、同僚は思い切り顔をしかめたが、男たちはひときわ笑って廊下を通り過ぎていく。

「銀獅子などと呼ばれるとはおぞましい限りよ。お前など、王宮にふさわしくない。役立たずの女神を連れて、どこへなりと行くがいいさ」

 同僚の同情の目を受けながら、朋来はまだ見ぬ女神さまを憐れに思った。

 国を救えと召喚された女神さまが、この国でも日陰の身である朋来と同列に扱われるなど、あってはならないことだ。

 朋来と同じく、近衛の別部隊に飛ばされた部下や同僚たちの同情を適当にあしらって、広い宿舎の廊下に一人になると、大きな溜息が洩れる。

 いつから、この国はこのように歪な形で育ってしまったのだろうか。

 学者ではない朋来でさえも分かるほどの。

「隊長」

 聞き慣れた、しかし今やそう呼ぶ者の少ない呼称を聞いて、朋来は振り返って驚いた。

「―――久しぶりじゃないですか。慶諾」

 変わらない、水色の髪のだらしない官服姿の男を見て、朋来は思わず笑う。

 しかし、慶諾の方は無表情に肯くだけ。彼は変わらない。

 かつては同じ激戦地で戦った、朋来にとって無二の戦友であり、元副官。

 家格の高い彼がどうして朋来などの副官に、などと嘲笑う輩の口を一瞥で塞いでしまう、冷たい青の眼光が懐かしくて朋来は息をついた。

「どうしたのですか? 君は…いや、あなたは大隊の隊長となったのでしょう」

 大隊とは王直属の軍のことで、若くしてその隊長に抜擢された慶諾は”青龍閣下”と呼ばれている。彼の家は、護衛士の大将を幾人も輩出するような武門の大貴族だ。それも含めての通り名だった。

 かつての部下とはいえ、一介の近衛である朋来が気安く声をかけていい身分ではない。

 改めて自分の立場を思い出し、苦笑した朋来を無表情に見遣って、青龍閣下は平坦な声で驚くべきことを告げた。

「隊長は辞めてきた。これからあんたの下について南概へ行く」

 大貴族の口調とは思えないほど砕けた言葉遣いは隊長となっても治らなかったようだ。

 見当違いのことを思い至って、朋来は珍しく自分が混乱していることを知った。

「……確かに、この辞令にはもう一人護衛がつくと書いてありますが…」

 簡潔すぎる辞令には、確かに護衛は二人とあった。しかし、誰とは書かれていなかったので、朋来は悪くすれば自分一人で女神さまを護衛しなくてはならないのだろうかと考えていた。

「あいつは昔から狡賢い上に得って言葉が大好きだ。だからくれてやった」

 慶諾の言う、あいつとは、恐らく近衛隊長のことだろう。そういえば、慶諾の実家と劣らぬ大貴族だったと朋来は思い出す。

「くれてやった、とは?」

「あんなに大将になりたがっているんだ。欲しいやつがなればいい」

 そうだろう、と同意を求められて朋来は呆れたが、いつになく饒舌な慶諾は一つも表情を動かさないまま続ける。

「あんただって、そう思ったからこんなところでそんな辞令を大人しく受け取ったんだろう」

 そんな、と慶諾が指さした、名目上は王からの勅令を朋来は失笑するような思いで見た。

「俺の知ってる“銀獅子将軍”は甘いだけの男じゃない」

 それに、と慶諾は朋来の辞令をひったくるように奪うと興味も無さそうに視線を落とす。

「上官になって分かった。あんたの敬語は命令するためにあるんだ。俺にはあんたを従わせることはできない」

 暗に頑固だと評され、朋来は呆れて笑う。しかし、慶諾は顔を歪めた。

「―――だって、おかしいだろう。今のこの国は」

「……あなたも、そう思いますか」

 慶諾の言葉に朋来は笑みを消す。

 今代陛下は賢君として名高い。それは先代陛下がよく治世を守ったということでもあるし、王宮から戦地は遠い。けれど、ふと足元に目を向ければ、首を傾げることばかりだ。不用意に上がる税、奸臣の横行、そして何より、人々の盲目。何が悪い、どこが悪いと国の中に居る者は指摘出来ない。恐らく、すがるような思いで、大臣たちは禁を犯した。

 異世界から、この国を救うといわれる不幸な女神を招くという暴挙を。

 慶諾は、憐れむように辞令と一緒に入っていた金札を見つめていた。

 異世界から来たというから、きっと知りはしないだろう。

 たとえ、興味を持ったとしても、誰も教えはしないだろう。

 その金札という、金に換金できる札に書かれた金額が到底、遠方へ嫁ぐ花嫁の支度金とは思えないほど小額だということなど。これでは、新しい衣装どころか花嫁衣装すら仕立てられない。ただ宿へ泊まり、南概へ行くためだけの旅費で消えることだろう。

 朋来は、南概という行先だけに光明を見出していた。

 その土地を治めているのは、朋来のよく知る人物だったのだ。




一度投稿しましたが改訂したものを載せなおしました。話の筋はまったく変わっておりませんが、付け足した部分もあります。

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