第24話「Don’t let me cry」Part4
寒さもありピリッとした空気の河川敷。
「修羅場」が物理的ではない意味でも、空気をピリッとさせていた。
「美鈴ちゃん。知ってたの?」
毒気を抜かれたような双葉の声。
「恋敵となれ合わない」と宣したばかりの双葉が、驚きから「いつも通り」の呼び方をする。
「う、うん。おばさんから」
こちらもある意味いつも通り。おどおどとした口調で答える美鈴。
「いつからなの?」
「春ごろ……」
仮に五月としたらもう九か月も前となる。双葉はそう思った。
「そんな前から知ってたの? 教えてくれればいいのに」
できるはずの無い話である。
「それで時たま美鈴の様子がおかしかったわけか」
なぎさが合点がいったとばかしに手を叩く。
「そんな重大な秘密を抱えていれば、プレッシャーも並大抵ではないかと」
詩穂理も理解した。
「もう。一人で抱え込まないで。美鈴さん」
まりあが美鈴の前に回り込んで、その手を優しく包む。
「わたしたち友達じゃない」
苦しみを分かち合うとまでいかずとも、相談くらいしてほしかったと言外に。
「うん。でもね、まりあちゃんにも言えなかったの」
いくら大親友でも言えないこともある。
それを感じ取らせる美鈴の表情だった。
幼顔が「重み」によって年を重ねたように見えた。
「あたしたちには尚更…ねぇ」
「フタバに筒抜けと思われますよね」
双葉の親友である千尋とアンナでは漏洩の不安が。
「だから教えてくれればいいのに。そうすりゃ楽だったでしょ」
当事者である双葉の言葉。すっかり上からの口調になっている。
「私だって悩まなくて済んだもん。回り道もいいところ」
半ば同情する、憐れむような表情を見せる大樹の義妹。
「でも、それもうおしまい。だって」
双葉は大樹のもとに駆け寄り、その腕に両手でしがみつく。
「私とおに……大樹さんは血の繋がりがないと分かったんだもん」
勝ち誇ったように見下す。それがほほを赤く染める。
「血の繋がりがないなら、こんなこともできるの」
そっと目を閉じ、顎を上げる。
兄妹では許されない行為。口づけを待つ顔だ。
そのころ、千代田区で。
「ただいまー」
朗らかな声が響く水木家。
この日は両者ともに部活もなく、そしてまりあも美鈴と付き合っているため付きまとうことなく。
亜優。優介の双子姉弟だけで帰宅した。
「帰ったか」
この家では珍しい成人男性の声がリビングから。
「おとうさん? いつ帰ってきたの?」
亜優が驚いたのも無理はない。
北海道に単身赴任しているはずの父。水木大介がそこにいたのだ。
40歳をこえているのだが年齢を感じさせない。
髪が短いからまだ男性的な印象が強いが、どちらかというと女顔にとれる整い方。
「イケメン「とか「ハンサム」ではなく「端正」と言う表現がしっくりくる。
大介は身長は170をわずかに超えるかというところ。
細身なので女性的な印象になる。
娘たちはその血を引いたのだろう。揃って美しく可愛らしい。
そして男である優介にもその特徴が出ている。
紛れもなく優介の父親である。
「出張だ。行き先が東京だから、ホテルではなくうちに帰ってきた」
出張先に行くには時間があり、それで先に立ち寄ったという。
「出張かぁ。それじゃそんなに長くいられないね」
久しぶり父に会えたのにわずかな時間のみと知り、落胆した表情を見せる亜優。
「なぁに。春からはみんな一緒だろ」
父親が明るく言う。
「……うん。そうだね。春からはね」
対照的に暗いトーンで応える優介。だが会えたのを好都合とばかりに、言いたかったことを口にする。
「それなんだけどね、父さん。春からの学校のことだけど……」
この後の会話はまだ記すことはできない。
それほど大きなことを口にしている。
だが一つだけ。
優介の奇行をはじめとする、双子姉弟の異変とは無関係ではないとだけ。
寒風の吹く河川敷。
しかし一同を震え上がらせたのは風ではなく、双葉の行動だった。
まさか衆人環視の下でキスを求めるとは。
いや。むしろ「宣言」としている。
(大ちゃん。キスするの? 双葉ちゃんを血の繋がりの無い女の子として認めるから、キスしちゃうの?)
気が気でない美鈴。
気の小さい彼女でなくとも、その場の面々は同じ気持ちだ。。
詩穂理。なぎさ。まりあにしたらクラスメイトの男子の。
アンナ。千尋にしたら、親友のキスシーンを見ることになるかもなのだ。
「双葉」
大樹は「妹」の両肩をその丸太のような腕でつかむ。
そして引き寄せ……ない。逆に遠ざけた。
その感触は伝わる。
閉じていた瞼を開いて、目を見張る双葉。
「どうして!?」
明確な拒絶に金切り声を上げる。
「人前だから? 隠れてならキスしてくれるのっ?」
ヒステリックに叫ぶ。
自分の思いは伝わると確信していた。
根拠は大樹の優しさ。
間違っても拒絶されるなどありえないと思っていた。
だから乱れた。狂ったといってもいいほどだ。
その狂乱の妹を真正面から見据える大樹。
「どこであろうと、兄と妹でそんなことはできない」
その言葉に安どする美鈴。反対に双葉は逆上に近くなる。
「昨日のお母さんの言葉を聞いてたでしょ? 私たちに血の繋がりはないんだよ。だから」
「それでもお前は、俺の妹だ」
寡黙な大樹にしては珍しく、双葉の言葉をさえぎっての発言だ。
「16年ずっと、お前を妹として見ていた」
そう。義母ということになる睦美を「母」と呼んだように。
「血はつながってなくても、お前は俺の妹だ。それ以外の何者でもない」
これも珍しい長さで語る大樹。
それだけこの事態の特異性が高い。
「なんでよ……」
制服姿でスカートを履いているためむき出しの足にもかかわらず、河川敷に座り込んでしまう双葉。
「やっと思いがかなったと思ったのに……なんでなのよっ?」
最後の方は涙が混じっていた。
そのまま顔を覆って泣き始める。
一同はただ見守るだけであった。
当事者以外に立ち入ることはできない。そんな気がしていた。
しばらくして泣き止んできたころに千尋が「双葉」と優しい声音で呼びかけた。
自分と裕生は実の兄妹だし、間違っても恋愛感情にはならないから双葉の心情がわかるとは言えない。
けれど、親友が傷ついているのは間違いない。
そんな時に優しく声をかけられる女の子だ。
「さ。行こう。フタバ。三人で」
アンナも国は違えど「女の子」だ。
双葉の心の痛みはわかる。
とりあえずはこの残酷な現実から双葉を離そうと声をかける。だが
「納得できない…」
まさに地獄から響くような声。およそ少女のそれに思えない怨嗟のつぶやき。
「血の繋がりがないのに、妹だからなんて理由じゃ納得できないよっ」
また涙交じりの声に。
「誰かほかに好きな人いるのっ? そうでもなきゃ諦められない」
届くかと思った思いが届かない。
だけど思い続けた日々ゆえに諦めきれない。
まるで呪いだった。
これを解く事が出来るのは一人しかいない。
(双葉ちゃん……)
黙ってみていた美鈴だが、意を決した。
バレンタインのチョコを渡すのさえ決意を必要とした彼女の背を押したのが「双葉の涙」というのも奇妙な話だ。
「恋敵」から勇気をもらった。
美鈴はゆっくりと歩きだした。
「美鈴さん?」
思わず声をかけるまりあ。美鈴がいつもとは違って見えたからだ。
まるで戦いにでも行くような、引き締まった表情だった。
ゆっくりと大樹に向かって歩む美鈴。
「美鈴?」
怪訝な表情になる大樹。そのそばまで美鈴はきた。
「大ちゃん。ちょっとかがんでくれる?」
こわばる声で美鈴は言う。
「……分かった」
いつになく真摯な美鈴の表情に、大樹は理由も聞かずに言われたとおりにした。
「これが美鈴の気持ちだよ」
美鈴はかがんだ大樹の頬にその唇をつけた。
大きく目を見開く双葉。
自分が降られたその瞬間に、まるで略奪するかのように美鈴が大樹にキスをした。
罵りの言葉すらも出てこない。
彼女の何かが壊れた。
「ミスズ先輩。何を?」
「なんて大胆な?」
アンナと千尋には、それが自分たちの友人に対する「とどめ」に見えた。
無慈悲な行為にしか見えなかった。
一方、二年生たちは
「ひゃーっ。美鈴のやつ、やるなぁー」
「本当に。南野さんとは思えない行動です」
なぎさも詩穂理も驚いていた。
「美鈴さんがこんな人前であんなことするなんて。同じ河川敷でも人のいないところならまだしも。できれば雪山で二人っきりとかなら」
まりあは何も考えてないで口にしたのだが、二人にはクリティカルヒットだった。
「そ、そうだね。スキー場のはずれとかでなら」となぎさ。
「そうですよね。家の近くでも人のいない河川敷でなら」と詩穂理。二人とも真っ赤だった。
「どうしたの? 二人とも?」
けげんな表情のまりあに裏があるようには見えない。
(まさか財力に物を言わせて監視していたのでは?)
詩穂理がそう思うほど的確な指摘だった。
(観てたんじゃないだろうな。こいつ)
同じスキー合宿での話だ。近い位置にいたのを考えたなぎさ。
二人それぞれ好きな相手と初めてのキスをした場所だったのだ。
「どうなるのかしら? 美鈴さんたち」
疑念はなぎさももったていたが、まりあが真っ赤なのを見るとそんなことまで考えてないなと思った。
当事者はもっと赤くなっていた。それても勢いで続ける。
「双葉ちゃん。美鈴は大ちゃんが好き。ずっと前から好き」
その証明があのキスだった。
「いくら双葉ちゃんでも、この気持ちだけは譲れないの」
双葉が美鈴を恋敵としたように、美鈴も双葉に宣戦布告だ。
かがんだままの大樹の腕に自身の腕を絡める。
双葉は白昼夢を観ているように茫然としている。
「美鈴」
今度は大樹が呼びかけた。そちらを向いた美鈴の前髪に、大樹の空いている手がかかる。
「大ちゃん?」
そのつぶやきには答えず、美鈴の前髪を持ち上げた大樹はその額にキスを返した。
「だだだだだだた大ちゃんんんんんんんん?????」
自分からは覚悟してキスした美鈴だが、されることまでは考えてなくて、いつもの気の小ささが出てくる。
「これが俺の気持ちだ」
「返事」というなら相手は美鈴のみ。たが自分の気持ちといったのは美鈴だけでなく、双葉に対するものでもあった。
美鈴が大樹の頬にキスをして、大樹は美鈴の額に口づけを。
唇ではないもののお互いに気持ちを表した。
「……なによ……両想いなんじゃない。だったらさっさとくっついてよ」
完全に思いが壊れた。それで逆に正気を取り戻したという皮肉。
涙が出てきた。
「双葉ちゃん……」
心配して美鈴か近寄るのを双葉は無言で制する。
「アンナ。千尋ちゃん。行こ」
まだ泣いているが声は落ち着きを取り戻した。
座り込んでいた姿勢から立ち上がる。
そして心も、立ち上がる。
「えー。いいわよ」
「どこにでも付き合います」
いい友人たちだった。
千尋とアンナは美鈴達に会釈して、双葉を追いかけて行った。
「私たちも行きませんか?」
「そうだね。二人だけで」
「邪魔になないようにしましょ」
まりあたちもいなくなり、その場には大樹と美鈴だけになった。
泣きはらした顔で街中にまで行けず。とりあえず近い公園に双葉たちはきた。
双葉は顔を洗ってきた。
「ふう。さっぱりした」
確かに涙の後は消えたが、目はまだ赤い。
「強がらなくても」
いいよと言う前に双葉が「本当に」と返した。
「やっときちんと失恋できた。私の恋はちゃんと終わった」
気持ちの整理がついたのだ。
「たくさん泣いたからすっきりしたの」
その言葉に嘘偽りはなく、表情は晴れやかだった。口調も元に戻っている。
「そうです。フタバ。きっと素晴らしい相手に会えますよ」
さすがに「兄」を悪く言うわけにもいかず、アンナは言葉を選んだ。
「でも南野先輩もひどいよ。なにもあそこでしなくてもいいと思うんだけどなぁ」
千尋は少し憤慨していた。
「ううん。美鈴ちゃんには感謝している。あれできっぱり諦められた」
これも本音だ。届かない、報われることのない「呪い」のような恋から、あれでやっと解き放たれたのだ。
「ただ、暫くはお兄ちゃんより素敵な男の子が見つかるきはしないけど」
大樹を「お兄ちゃん」と双葉が呼んだことで、千尋もアンナも安堵した。
本当に吹っ切れたんだなと安心した。
「ねぇ。千尋ちゃん。私にお相手が見つかるまで付き合っててくれる?」
この「付き合う」は言葉通りの意味なのだが、ここまでさんざん「禁断の恋」をしていた双葉だ。
千尋は身構える。
「まさか双葉。失恋したからって女に走る気? あたしにはそっちの気はないからね」
今度は別の「禁断の恋」に。それも自分が目当てかと戦慄した。
「なんのこと?」
きょとんとしている。他意の無いことがわかる表情だ。
「あ。別に変な意味じゃないのね」
胸をなでおろす千尋。
「だから何のこと? 今まで通りのお友達でってことなのに」
つらい時も支えあう関係を望んだ。
「それならもちろんいいわよ」
どうやらそういう意味ではないと安心した千尋。
「ワタシもいっょですよ。フタバ」
仲間外れを嫌がるがごとくアピールするアンナ。
「うん。アンナもね」
やっとこで双葉に笑顔が戻った。
河川敷に残された二人。
「あのね……大ちゃん。あのチューは双葉ちゃんに諦めてもらうつもりもあったのは確かだけど…言ったことも本当だよ」
寒風もなんのその。熱く火照る美鈴の頬。
「好きだよ。大ちゃん」
決して双葉にきっはり諦めさせるためだけに言った言葉じゃないと強調している。
「俺もだ」
美鈴の策に乗っただけじゃないという意味で言う。
その証明とばかりに大樹はかがむ。
美鈴は察して目を閉じ、顔を上向きにする。
身長差50センチの二人の唇が重なった。
翌日。
登校直後の2-Dの教室。
美鈴達四人は教室の後ろ側で、ひと固まりになって立ち話だ。
「雨降って地固まるというのは、こういうことなのかしらね。美鈴さん」
何か抑え気味にまりあが言う。
「あはは。結果としてだけど」
確かに双葉が行動しなかったら、そのままずるずるとしていたかもしれない。
その「膠着状態」から解き放たれた。
「それで、今朝はどうだったの? 大地妹?」
なぎさも気にしていた。
「元に戻っていた。大ちゃんのことを『お兄ちゃん』って呼んでた」
これはあったことをそのまま口にしている。
「踏ん切りがついたんですね。よかったですね」
詩穂理も心からそう思っていた。
「そして美鈴さんも大地君と恋人になったわけね」
ここからがまりあの本題だ。
「なぎささんと火野くん。詩穂理さんと風見君。そして美鈴さんと大地君。いよいよ次はわたしと優介の番ね」
抑えていたテンションが解放される。
「あんたには感謝してるよ。何かと協力してくれたし」
「今度は私たちが高嶺さんの全面支援ですね」
「大丈夫だよ。うらな……」
「占いと言いかけたの? 美鈴さん」
「う、うん。占うまでもないよね。絶対うまくいくよね」
ごまかすように、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ美鈴。
「そうよ。絶対に優介を振り向かせて見せるから」
意気揚々としているまりあ。
だが美鈴は一つのことに思い当たる。
(なぎさちゃんと火野くん。シホちゃんと風見君。美鈴と大ちゃん。これって京都での占いの順番になってる?)
修学旅行で京都。地主神社での恋占い。
岩から岩へ目をつぶってたどり着ければ恋が成就というものだ。
それがこの順番でカップル成立しているが、まりあは結局のところ成功していない。
何度もトライしてことごとく失敗。あげく優介の手により誘導されていた。
これは成功とはいえない。
(ただの偶然。でもやっぱり失敗していた理子ちゃんもお風呂で)
二学期のみ在籍していた澤谷理子。
本来は男なのだが体質のため女子としての通学。
体質がばれるごとに爪弾きにされ、高校を転々として醒め切っていた彼女。
蒼空学園では「受け入れられた」ことから心を開き、同時に女として優介に恋していた。
しかしまりあとも女の友情を交わしていたため、優介への恋から身を引いた。
修学旅行の入浴中に正体を明かし、学園を去っていった。
その前例があるだけに、占いの結果を「ただの偶然」と切り捨てられない美鈴であった。
まりあの恋を心配するが、当人は成就するものと決めつけている。
とてもではないが言い出せなかった。
その週の日曜日。
好天に恵まれ、風邪も穏やかな日。
大地一家は都内の寺へと出向いた。
大介の先導で墓へと出向く。
墓を掃除して、花差しも洗いそこに花を。
火の付いた線香を供えたら、大作と睦美はは手を合わせた。
それが終わって子供たちの順番。
「お前たちは初めてだな」
「ああ」
「うん」
いつも通りの大樹と双葉。
それは大介の亡妻。そして大樹の実母の墓だった。
「母さん。来たよ」
大樹は眼を閉じ、手を合わせた。
「初めまして。お義母さん。お兄ちゃんの妹。双葉です」
双葉も手を合わせる。
義母に当たる存在の前だが、双葉にはもう恋心はなかった。
それは涙とともに流し去り、今は兄。そして幼なじみである美鈴の恋を祝福。応援する気持ちだけである。
改めて兄と妹になったのだ。
それをもう一人の母親に報告するための墓参りだった。
次回予告
凍てつく冬が去り春が来た。最後は自分と優介の恋が成就すると疑いもしないまりあは浮かれるばかり。四人でのお泊り会も実行する。
しかし天国から地獄に。優介のここまでの奇行の理由が判明する。告げられる思いとは?
次回PLS 第25話「Confession」
恋せよ乙女。愛せよ少年。
第25話「Confession」




