第21話「Come On Everybody」Part3
ファミリーレストラン「ジョルノ」での八人は妙なノリになってきていた。
「あのさー。お前ら『探偵ブライ&レン』ってアニメ知ってる?」
裕生が尋ねるが誰も首を縦に振らない。
「あ。話だけなら聞いたことあるよ。風見君」
女子のような口調の優介。
「独立U局のアニメらしくて、なんか略称が『BL』とか」
通常「BL」といえば「ボーイズラブ」の略だが、この場合は「Brai&&Lenn」で「BL」だ。
いうまでもなく意図したものである。
そしてその「略称」通り女性向けであった。
「ああ。その『BL』のコスプレに里見から誘われてさ」
「あ。なんか美鈴、わかっちゃった」
軽くおびえた表情の小柄な少女。
「ちょっと待って? BLってあれだよね。男同志の」
なぎさは広く言われているほうの「BL」の意味で尋ねた。
「それじゃもしかして詩穂理さん。男装したの?」
夏に「BL」の意味を知ったまりあは「男装仲間」と別の意味で見事に食いついた。
集中する視線。これはもはや黙ってることは無理。溜息が漏れる。
「仕方ありません。順を追って話します」
観念した詩穂理は諦め顔で話に加わる。
「私たちはブックトレードフェスティバル入場のために並んでました」
「そこから話すの!?」
世界規模の巨大同人誌即売会。ブックトレードフェスティバルは夏と冬。お盆と暮れに行われる。
今回はコスプレメインで参加の裕生と詩穂理。そして恵子。
夏の来場でその熱気を肌で感じ、それを気に入った裕生が恵子からの誘いを二つ返事で了承した。
そして裕生が恵子と同行すると聞いた詩穂理は、本心ではコスプレのつもりはないが「自分もいく」と参加表明。
自覚はなかったが他の少女と二人だけにしたくなかった。軽い嫉妬心だった。
それを見すかしていたのは恵子。
まさに「将を射んとすれば馬から」の形でまんまと誘い出された。
(にゃはは。「計画通り」)
心中でほくそ笑む恵子。彼女のターゲットは最初から詩穂理である。
一年の時に同じクラスで、その美少女ぶりにほれ込み、同じ道に巻き込もうとしていた。
コスプレイヤーと、腐女子の二つで。
「しかし里見さん。コスプレだけでしたら、こんな長い時間を待つここじゃなくてもよいのでは?」
現在は施設内には入ったが、まだ待機列。
建物の陰で肌寒い。風もわずかに吹き抜け「隙間風」になってなおさら寒い。
詩穂理は黒いコート姿。
寒いがロングスカートなのは、やはり裕生がいるからか。
さすがに厚手のタイツは着用している。
「もちろん他のイベントにもいくにゃ}
オレンジ色のダッフルコート姿の恵子が答える。
「猫をイメージさせる」とかで好んでオレンジ色のものを身に着けていた。
「ただ今日は安曇さんが取材に来ると教えられてて」
夏以来何かと縁のある女性カメラマンの名前だ。
「オレも聞いた。だから乗った」
脛まで覆うダウンのロングコートを着た裕生。
いつもは革ジャンだが列に並ぶのを考えて足元まで覆うこれにした。
色が黒なので詩穂理とペアルックにも見える。
「けどシホまで来るとは思わなかったけどな」
「私がいたら迷惑ですか?」
軽く拗ねたように言う。
「いや。予想外だが来てくれてうれしいよ」
「え……?」
「やっぱお前が相手の方がいいからさ」
何も考えずにさらっと気障なセリフを言う裕生。
コスプレのことを言っているのは容易にわかったのだが「お前がいい」と言われて嫌な気分の女子もいない。
ましてやそれが幼いころから好きな少年である。
直撃した詩穂理はいうまでもなく「流れ弾」に被弾した他の参加者もたまらない。
「も、もう。しりませんっ」
照れてしまう詩穂理。顔が赤い。それを誤解する裕生。
「何だシホ? 顔が赤いぞ。まさか熱でも?」
真顔で迫る。慌てて否定する詩穂理。
「違います違います。ヒロくんがあんなこというから恥ずかしくて赤くなったんです」
「お前の方がいいっていうののどこが恥ずかしいんだ?」
素でわかっていない。
むしろ周囲の人間のほうが「被弾」して「むずがゆさ」に体をかきむしっていた。
「シホちゃん。あんまり邪険にしなくても」
「仕方ないんです。ヒロくんたらちょっと赤面しただけの私を発熱と勘違いして、その……お姫様抱っこで商店街を突っ切ってお医者さんまで運んだりも。あれをこんな大人数の前でまたやられてはたまりません」
(こいつら……そんな仲なんだ……)
周辺の独り者が妬みだす。
すでに十時は回っているが一向に列は進まない。
まだ動いていればそれなりに体も温まるが、じっと待っているとそれもかなわない。
「それにしても寒いですね」
詩穂理としては無難な一言のつもりだった。
何の変哲もないただの「感想」だった。
「そら」
いきなり自分のコートを脱いだ裕生が詩穂理に着せようとする。
「ヒロくん? 何を」
「寒いんだろ。オレのを貸してやるから上から羽織れ」
母が目前で溺死した裕生は、女性の体調にだけは過敏に反応する。
妹の千尋。そして幼馴染の詩穂理という身近な女性だとなおさらである。
ここでもそれが出た。
「おおっ。風見君。おっとこまえー」
恵子が囃し立てる。
「いいです。そんなことしたらヒロくんが寒い」
「いいから……はぁっくしょい」
盛大にくしゃみをした。身震いする。
「ほら」
安堵の表情になる詩穂理。これで着てくれるだろうと思った。
「確かにな。鍛えているつもりだったが、この寒さで上着なしはちっときついな」
素直にコートを着こむ裕生。ほっとする詩穂理。
「それじゃあよ、これならどうだ?」
安堵したのもつかの間。さらにとんでもないことを始めた裕生。
そのままコートを広げて、詩穂理を背中から抱きしめるように包み込んだ。
「ひひひひ、ヒロ君っ!」
声が上ずる黒髪の美少女。
「こうすりゃオレもお前も寒くねえな。いや待て」
そのまま詩穂理を自分の方に向けて、また包み込む。
抱擁にしか見えない。
この時点で熱暴走を起こしている秀才少女。
「よしっ。これでお互い隙間がなくなってもっとあったかいぜ。ほれ。もっとくっつけ」
「う、うん」
人間、あまりにわけがわからなくなると、常識的な判断が出来なくなっても来る。
高熱なのに仕事に出ることばかり考えたりなどだ。
この場合の詩穂理も突然の展開で混乱したあげく、いいなりになってしまっていた。
「ほんとね。ヒロくん。あったかい」
赤くなった頬。上目づかいで裕生を見上げる詩穂理。
「ははっ。お前のおっぱいやわらけーなー。いくらでもくっつけるぜ」
「ヒロくんの胸もたくましい……硬くて、熱い……」
バカップル全開だった。
その空気に当てられ、とうとう列の中には壁をどんどんとたたき始める者すら。
中にはいたたまれなくなって、せっかく並んでいたのを放棄して帰途につく者すら。
(話には聞いていたけど、ここまでいちゃつくんだ。シホちゃんたち)
恵子も危うく悶絶して壁を叩くところだった。
二人を招いたのを後悔し始めていた。
ファミリーレストラン。ジョルノ。
大テーブルでは何から何まで裕生が吐露していた。
当人にしたら出先の出来事を「土産話」感覚でしゃべっているだけだが、その結果として浴びる視線に詩穂理が耐えられなくなってきていた。
両手で顔を覆ってしまう。
「……お前ら、もう結婚しろよ」
さすがの恭兵もダンディではいられない。
「仕方なかったんです。あの時はもう寒くて寒くて……そう。緊急避難です。暴走車をよけるために結果として歩行者をはねても、難破した船から脱出して、二人つかまったら沈むのが分かっている浮き輪を廻った挙句、相手をお……」
土壇場で裕生に対する最大級のNGワード。「おぼれる」は口に出さずに済んだ。
「ま、なんとか中に入れてよ。更衣室じゃびっくりしたぜ」
気が付いたかついてないのか。裕生はいつもと同じように続ける。おかげで気まずくならずに済んだ。
「そういや驚いたといやぁ、とんでもない奴と出くわしてさ」
「ヒロくん。それ内緒の約束」
逆効果だった。興味をあおってしまった。
「だれだれ? 誰がいたの? わたしたちの知っている人?」
「おう。それがよ」
無神経な裕生はお構いなしにしゃべりだす。
女子更衣室。
もう何度もコスプレをさせられてるので、多少は余裕のできた詩穂理。
ましてや今回は「男装の麗人」という設定で、パンツルックだったので尚更気楽だった。
「やらせといてなんだけど……シホちゃんのズボンは珍しいにゃ」
「そうですか? でも家の手伝いの時は必ずズボンですよ」
詩穂理の両親は共働き。
父が大学教授で母が書店経営だった。
詩穂理は店を手伝うことも多かった。
本に囲まれた空間が好きだったから進んで手伝っていた。
「やっはり上の方の本を取る時に、台に乗るとパンツのぞかれるから?」
「どちらかというと平積みの本をスカートのすそにひっかけるからです」
恵子のボケに律儀に本気で回答する詩穂理。
「シホちゃん。胸苦しくないにゃ?」
「ちょっときついですね。高嶺さん。夏場にこれを一週間もつけてたのですね」
男装の麗人という設定故に、詩穂理はそのトレードマークのGカップバストをつぶしにかかっていた。
恵子の使ういわゆる胸潰しの「ナベシャツ」を借りていた。
しかし恵子もDカップと立派だったが、さらに3カップも上のGカップにはDカップをつぶしたナベシャツも無力。
「まぁいいにゃ。レンも胸がつぶしきれてない設定だから」
「それでどうして女性とばれないんですか?」
「そこが二次元の不思議なところ~~~」
「はぁ」
納得はしてないが、別に追求する気もない詩穂理はそのままにしていた。
ワイシャツを着こみスラックスを履く。
「シルエットはメンズっぽいけど、ちゃんとレディースだから窮屈じゃないにゃ」
「わかりました。ところでこれ……本当に里見さんが?」
「んっふっふ。好きこそものの上手なれということわざがあるけど、まさにそれにゃ」
「すごいですね。私、手先が不器用で服を作るどころか縫い物もだめで」
本来は右利きのところを裕生の真似をしたあげくに、左手を主に使うようになったゆえかもしれない。
「それにしても……なんだか恥ずかしいですね」
「え? まだコスプレ慣れない?」
当人はミニのチャイナ服だ。化粧も濃いがさほど奇異でもない。
劇中の登場人物。情報屋であり「娼婦」のメイリンというキャラである。
ちなみに漢字では「美鈴」となる。
作中設定でブライはホモ。レンは女性のため「そちらの関係」はなかった。
ただひいきの「情報屋」というだけである。
「いえ。それは大丈夫なんですが」
コスプレになれたと言い切るあたり、かなり毒されてしまっている。
「周りが男子ばかりに見えて」
「あははは。女の子向けハーレムだにゃ」
女子更衣室なのにスカートではなくパンツルックばかり。
化粧しているのに凛々しい『美少年』が大勢。
「シホちゃんもこれ被れば男の子だニャ」
仕上げに被るショートのウィッグを出してみせる。
「中学まではこのくらい短かったんですよ。私」
「それじゃウィッグだけじゃ女の子っぽく見えるかにゃ? だったらもっと男の子っぽくしてあげるにゃ」
詩穂理の方にパウダー付着防止のカバーをかぶせる。メイク開始だ。
「よし。こっちも完成っと」
詩穂理のメイクを完成させた。
「終わったんですか?」
「快心の出来栄えにゃ」
自信満々に手鏡を渡す恵子。
恐る恐る鏡を見る詩穂理。恵子自身のメイクが抜群だったので信用したが、腕前と人格は一致するとは限らない。
「遊ばれたら」たまらないと思っていた。が
「ウソ……男の子に見える? 口紅まで塗っていたのに」
赤い唇ではなくなっていた。ただしつやは残る。
「単純な話。肌の色に近いリップで目立たなくしたにゃ。ファンデを塗るという荒業もあるけど、肌に塗るものであって唇に塗るものじゃないから荒れても困るし」
「はぁー。すごいんですね。目元なんかもアイライン引いているのに歌舞伎の隈取みたいで逆に力強くて」
「にゃはは。それは苦労したにゃ。『実は女』の感じを出すのが難し……」
「こ、こら。どこを触っている」
妙に聞き覚えのあるハスキーボイスが恵子の自慢を中断させた。
例えるならTo Loveるに見舞われる少年。
あるいは逆に災厄を起こすギャル口調の宇宙人か。
寡黙な機械人形というのは突飛なたとえか?
それが怒声を発していた。
硬直する二人。ぎこちなく首を動かし顔を見合わせる。
「今の声は?」
「いや。絶対ここにはいないはずの人だにゃ」
二人は同一人物。同級の女子を連想していたが、怖くて確認できなかった。
とはいえ日常的にメイドになっている少女。コスプレもその延長線上でならあり得る。いる可能性はゼロではない。
詩穂理としてはコスプレ姿を新たに知り合いに披露したくはない。ウィッグを被り整えるのもそこそこで逃げるように女子更衣室を出る準備を始めた。
女子更衣室を出ると裕生が待ち構えていた。
彼も要請に従いコスプレだが、真っ赤なスタジアムジャンバーと『レン』とは大きく違っていた。
「ごめんなさい、待たせました?」
「確かにちょっと待ったけど……それより聞いてくれよ。シホ。オレ男子更衣室にいたのに、やたら「美少女」が出てきてよ」
「あー……」
二人はすぐに理解した。女子更衣室と同じというか逆というか。
「中じゃよ男同士なのにお互い相手に化粧しているなんてのが山ほどいてよ。正直怖かったぜ」
「あはは。そりゃ見てみたかったにゃ」
「そもそもあいつらどこから女ものの服や化粧品調達してくるんだ?」
素朴な疑問だった。
「インターネットの通販じゃ?」
まずはオーソドックスに答える詩穂理。
「中には彼女とか女の家族が協力してくれるつわものもいるにゃ」
「ほんとかよ?」
「女装に偏見の女子ばかりじゃ無いにゃ。逆に男の子をかわいくしてみたくてたまらない女の子もいるんだにゃ」
うずくとばかりに手を動かす。
事実、恵子は夏の海水浴では寝ている間に優介に女の子メイクを施していた。
「うわぁ」
裕生が引いたのを見て満足したのか、笑い声をあげ切り替わる。
「話は後。コスプレ広場に向かうわよ。ブライ。レン」
「スイッチ」が入りキャラになり切った。口調も妖艶に変わる恵子。
二人は黙って従った。
恵子の言葉通り安曇瞳美がすでに撮影を開始していた。
区切りのついたところで恵子が声をかける。
「三人で来てくれたのね。へぇ。『BL』ね。いいチョイスだわ」
「でしょう?」
「知ってるんですか?」
驚く詩穂理。単純に瞳美はアニメ好きだった。それもありコスプレ写真に駆り出されることが多い。
そしてそれゆえ作品世界観を把握した指示も出せる。
「それじゃまずはブライを挟んで女子二人で」
撮影が進んでいく。
さすがに緊張する詩穂理だがカメラマンが安曇。
同行者に恵子。
そしてなにより裕生の存在が心強かった。
また「自分じゃないだれか」にふんしたことで、これまた割り切れていた。
そうするとリラックスして要求にもこたえられていた。
「それじゃラストなんだけど……一期目最終回の名場面。ブライがレンを男と思って抱きしめるけど、レンはそれで逆に女としての心情が表に出てばれそうになるところを」
「え? さっき抱きしめられたばかりなのにまた抱き合うんですか?」
盛大な詩穂理の自爆だった。
「なによー。あんたたち。プライベートでもイチャイチャしてんの?」
リラックスさせるつもりの安曇の軽口だが、詩穂理が赤くなって黙り込むからシャレにならない。
「よっし。やろうぜ。シホ」
突如として真正面から詩穂理/レンを抱きしめる裕生/ブライ。
その大胆さにギャラリーやレイヤーから声が上がる。
(ああ。こんな人前でヒロ君に抱きしめられて……どうしよう。顔に出ちゃう。私の隠してきた思いが)
詩穂理には悪いがバレバレだった(笑)
蒼空学園では公然の秘密というものだ。
ただ裕生が特に反応しないので、そちらのほうがミステリアスに思われていた。
「おっ。いいね。その表情。もっと顔寄せてくれる? 裕生君?」
「こう?」
「そう」
(近いですぅぅぅぅぅ)
キスできそうな近距離で詩穂理は内心パニックに。
「そこでセリフ。『抱かせろ。レン』というのよ」
半ばあおりでチャイナドレスの恵子が笑顔で叫ぶ。
ちなみに猫耳じゃないからか語尾に「にゃ」はつかない。
そしてそれを実行する裕生。
「抱かせろ。レン」
低い声で囁くように言われた。
この場合「ブライ」は「男同士」の感覚ではある。
しかしいわれた「レン」そして詩穂理にしたら女の子なのだ。
直撃されてくらくらしていた。
何も言えない。けど『芝居』というのもあり拒絶することもない。
ただ熱い視線をブライ/裕生に返す。
(おっ)
その「恋する乙女」が最高にかわいい表情を見せたのを、見逃す女カメラマンではなかった。シャッターを押しまくる。
撮影されていること。見ず知らずの人間たちに見られていること。男装コスプレ。そしてなにより裕生との抱擁て恥ずかしさが限界突破していた。
わけがわからなくなっていた。
挙句の果てに半ば本能的に裕生の唇に自らのそれを寄せる。
あわや公開キスというところで
「貴様らっ。なんでそんな下から撮るのだっ!? 明らかにスカートの中身が写っているだろう。たわけがっ」
再びハスキーボイスがびびきわたる。
「ん? この声は?」
裕生は抱き合った姿勢のまま顔をそちらに向ける。
その「レイヤー」は白を基調にしでところどころにピンクと赤が入るワンピース。
しかもひざ上のスカート丈で美脚が寒風にさらされていた。
かかとの高い赤い靴。
派手目の化粧。そしてツインテールの芦谷あすかと、裕生につられて視線を向けた詩穂理が顔を合わせる。
「あ、芦谷さんっ!? そのアイドルみたいな恰好はっ?」
「み、見るなっ。部員どもに店で懇願され、父から命ぜられればやるしかないではないかっ」
実は結構なファザコンである。
男子に敵意をむき出しにするが、父には絶対服従である。
「おー。かわいいじゃねーか」
「からかうなっ。風見裕生っ。素性を知られたくないから化粧をきつくしたのだ。こんな服に似合う髪ということで高嶺まりあを参考にしたし……お前たちこそなんだ?」
「ん? こっちもコスプレだが」
「それはよくても人前で密着して抱き合うなど」
「え? きゃあああっ」
別の知り合いにあったこと。そして「第三者の目」で「コスプレしているところ」を目の当たりにして、冷静さが戻り、恥ずかしさを思い出す。
離れてしまう。
「何やってんのさ。あいつは……」
なぎさが苦笑しているのは、もちろんあすかのことである。
「それにしてもいいなぁ。ふたりは仲が良くて」
他意のないまりあの発言である。
「別にそんな……ン? ヒロ君。ちょっと」
「なんだよ。シホ」
「動かないでください」
いうと詩穂理は裕生のほほについているご飯粒を取る。
とたんに何かを思い出したらしく赤くなる。
「まだ何かしてるな?」
なぎさの突っ込み。
「ああ。そういやあの時も」
一通り撮影したので一階にあるレストランで遅めの昼食に。
さすがにコスプレエリアほどではないが、コスプレしたままの客も多数いる。
裕生。詩穂理。恵子の三人もコスプレのまま昼食だ。
「しっかしまぁ……あなたたちがこんなバカップルとは思わなかったわよ」
まだ猫耳に戻ってないので普通の語尾のままである恵子。
チャイナドレスのままなのだ。
「夜の蝶」ということもあり、化粧が強めで大人びて見える。
「別にいちゃついてもいいんじゃね? 何しろ昔、結婚の約束したし」
(また子供のころの話を)
詩穂理はからかわれていると思って口を挟まないでいた。
ただ裕生の顔を見ていたら、彼のほほにご飯粒がついているのが見つかった。
「ヒロ君。ほっぺにご飯粒」
「え? どこだ」
右手で右のほほを探る。
「いえ。反対です」
ところがどういうわけかうまく取れない。
さすがに詩穂理もじれてきた。
「もう。動かないでください」
止まった裕生の顔を両手で自身のほうに向きなおさせる。
まるでキスの前準備のようだ。
そして左ほおのご飯粒を取った。それだけならよかったのだが、それをそのまま彼女は口にしてしまったのだ。
「「「「「うわあああああっっっっっ」」」」」
目撃したレストラン内の他の客が悶絶して声をあげる。
テーブルをたたいている者もいる。
対抗して口移しを試みるカップルも。
「あわわわ。つい妹のを取ってあげたつもりで」
詩穂理が弁解じみたことを言い出したのは、恵子が珍しく硬い表情になったからだ。
「黙っていたら延々といちゃついて……少しは自嘲しなさい。このバカップル!
恵子がキャラ崩壊するほどに怒られてしまった。
「わたしはそんなに悪くないと思うけどな。バカップル」
「そうかな。みっともないよ。ところかまわずいちゃつくバカップルは」
「うむ。バカップルだ」
言いたい放題言われていた。
ちなみに恭平も割と平気で人前で女子を口説くため、人のことが言えないので黙っていた。
「そんなに私たちいちゃついてますかぁ?」
「大丈夫だよ。シホちゃん。そんなことないよ。それじゃそろそろお店でよ。お会計を」
普段と違いやたら早口な美鈴を詩穂理が不審に思う。
「南野さん。私をフォローすると見せかけて、ご自分の話をうやむやにする気ですね?」
ぎくり。看破された。
「そうはいきませんよ。あなたにも話してもらいますから」
さんざんに恥ずかしい思いをした詩穂理は「死なばもろとも」とばかしに、美鈴にも迫っていた。
「うう。そんなに面白い話じゃないよ」
「餅をついただけだ」
「へぇ。大地君が?」
コイバナではなく、この巨漢が挑む餅つきに興味を惹かれてしまった面々である。
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