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PLS  作者: 城弾
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第20話「Dreams of X’mas」EXTRA

 クリスマスパーティーの翌々日。

 父親に連れられた理子は紹介された高校。無限塾へと出向いた。

 そして最高責任者である「校長」ならぬ「塾長」と向き合っていた。

「初めに言っておくことがある」

 老人とは思えない偉丈夫。

 頭髪こそほぼないがその巨体を支える和服からのぞく筋肉は艶さえある。

(やはり私の体質が……)

 それを理子に気にするなという方が無理だ。

 たがそれは一瞬で吹っ飛んだ。


「わしが無限塾塾長。大河原源太郎である」


 まるで爆弾だった。「爆音」ではない。声が「爆弾」のように「破裂」した。

 思わず耳を押さえていた澤矢親子。

「それだけを知っていればよい」

「え?」

 思わず聞き返す理子の父。

「あの……お伝えした私の体質は?」

「ここにはすでに前例がいる。それに学ぶ意志さえあれば男でも女でも構わん。なりたい自分になるがよい」

(……なりたい……自分に)

 その言葉が深くしみいる理子だった。


 明けて新しい年。

 三学期の初日は始業式と簡単なホームルームがあるだけだ。

 新学期の初日によその高校の制服で乗り込むのは慣れっこのはずの理子だが、この時は「最後の学校」のせいか緊張していた。

 いや。それだけではない。

 みられるのも慣れていたが、すれ違う生徒が一様に「敵」を見る目で見るのである。

 だがすぐに「警戒」を解く。

 それが理子に無用の緊張を強いていた。


 理子は相変わらず姉の遺品である制服であった。

 それに対する愛着もあれば、やはり受け入れられないという思いから新しい制服を用意する気になれなかった。

(蒼空学園ではあんなに優しくもらえたけど、この学校がそうだとは限らないわ)

 傷つきすぎた理子は素直になれないでいた。

 そしてその蒼空学園の優しき日々故か。

 まりあからのクリスマスプレゼントである「羽のピアス」を右耳にしていた。

 かなりの確率で校則違反だが、それでもまりあとの「友情」の証でつけたかったのである。

 また新しい場所に飛び込むのにこの贈り物は勇気をくれる気がした。

 それほどまでに蒼空での日々は夢のように心地よかった。

 だから「上手くいくとは限らない」新しい場所が怖かった。

 勇気がほしくて「まりあからの贈り物」を耳に着けていた。


 今は男性教師に連れられ「二年一組」の教室の扉の前で控えている。

 このクラスの担任で藤宮博という名だ。

 新学期の初日だからスーツ姿なのは理解できるが、濃紺のジャケットの右肩の白い手袋の意味はいくら考えてもわからない理子だった。

 だがここの生徒は受けて入れているらしく何も言わない。

 黙って教壇の彼の言葉を聞いている。

 それが一区切り付き、いよいよ「それでは転校生を紹介する」と言われた。

「入りたまえ」

 呼ばれたので中に入る。

 一斉に視線が突き刺さる。

 男子の「異性」に対する好奇の目。

 女子の「同性」に対する好奇の目。

 もう「おなじみ」だった。

 表情一つ変えず、黒板の中央にまで歩み寄り、生徒たちの方へ向き直りあいさつ。

「澤矢理子です。よろしく」

 ざわめく教室。これは理子も予想していた。

 溶け込もうとするはずの転校生のそっけないあいさつ。たいていこういう反応が返ってきていた。

「ば……バカな。普通だと?」

「はい?」

 思わず声に出てしまった理子。

 なんでそれで驚かれる?

 いや。こから明かそうとしている秘密を思うと、ちょうどいいのかもしれないが。

「ここに来るやつは極端なエリートか手の付けられない不良。最初からの生徒は普通のもいるけど、転校となると何かしらわけありなんだが」

「なかなか鋭いわね。そうよ。わけありなのよ」

 かえって今ので踏ん切りがついた。

 一同の注目が集まっている。これならみんな聞き逃さないだろう。説明は一度で済む。


「私はね、女であると同時に男でもあるの」

 まずは抽象的な表現をする。怪訝な表情をされるのも承知の上だった。しかし……

「まさか? 水をかぶると女になって、お湯をかぶると男に戻るとか?」

「そしてそうなったのは信じがたいドジのせい?」

 いきなり看破された。

 危うくずっこけるところだった理子。

 踏みとどまった反動か彼女らしくない大声が出る。

「なんでわかるのよっ!?」

 まりあたち相手に心をひらいたからだろうか。

 それにしても珍しい理子の「突っ込み」である。

 いきなり看破されればそうもなろうというものだ。


 それに対する「リアクション」は


「なぁ~んだ」


 と身もふたもないものだった。

「そりゃあ……となりのクラスに同じ体質のがいるし」

「初めてならともかく二番煎じじゃねぇ」

「どんな凄い奴かと思えば、新鮮味がなくてがっかりだわ」

 好き勝手なことを言い出している。呆然としていた理子だが

(あ。そうだったわ。だからここに来たけど)と転校先に選んだ理由を思い出した。

(でも……だからってここまでの反応は)

 何か釈然としないものもあるが。

 最大の秘密。今まで秘中の秘としたものを、今度は勇気を出して最初から打ち明けたらがっかりされれば、そうにもなる。


「質問。それじゃやっぱり女で通す気ですか?」

 男子生徒の一人が手を挙げた。

(いくら前例があるとはいえど、なんでここまで話が通りやすいのかしら?)

 戸惑うがとりあえず肯定しておく。

「やっぱりなぁ。赤星も入学からここまでずっと女だし」

「特に二年になってからはもうばれたのに、それでも女で通しているし」

「やはりこっちもだったか」

「でもあいつは三年からは男扱いに戻るらしいぜ」

 なるほど。「先行者」が女で通していたのか。

 確かに何度かあった彼女・赤星みずきはわざとらしいほどにガーリッシュだった。

「はい。そうすると体育では女子更衣室を使うんですね」

 女子の一人がなぜか顔を赤らめて問う。これは不思議ではない。

「男」と一緒に着替えられないと。

「……お望みならどこか別のところで着替えるけど?」

 こんなのは慣れっこである。

「いいえー。一緒にどうぞ」

 これまた予想外。さらに

「あ。でも寒いから温まるためにみんな温かい飲み物持参して、何かの拍子にそれがかかるかもしれないから気を付けてね」

 聞いた限りでは「お湯ぶっかけるから入ってくんな」ととれる。

 だがその「狩人」の目つきを見ているとむしろ「男子の神秘を知るいいカモが来た。覚悟してこいや」という方が正解に思えて仕方なかった。


 まだ午前中だが始業式の日。ホームルームが終了して後は帰るだけ。

 だが転校生は注目の的だ。

 理子にしても帰ろうにも迎えの父親が来ないので仕方なくとどまっていた。

(変だわ。もう来てくれてもいいはずなのに?)

 何かのトラブルで来れないのかと不安になった。

 しかし質問者たちはお構いなしだ。

「ねえねえ。今までずっと女の子で通っていたの?」

「ええ」

「あー。やっぱりねぇ。みずきも水泳の授業とか雨とかでばれる危険性があるから、最初から女だったっていうし」

 あまりにも話の通りがよすぎる。

 こんなことは今までなかった。

 理子は若干、頭がクラクラしてきた。

「それじゃそれじゃ……好きになるのは男の子? それともやっぱり女の子?」

 「コイバナ」が好きらしい女子だ。

(そういえばあの赤星さんって、彼女がいたわね。だから「やっぱり」なのね。けど)

「男の子よ」

 少なくとも直前まで恋をしていた相手は少年だ。

 そしてそれが自分の心を女へと変えていた。

「きゃーっ」

 騒ぎ立てる少女たち。

 苦笑する理子。

(そういえばまりあたちもこんな感じだったかな。ほんのちょっと前なのになんだか懐かしいわ)


 懐かしむ理子の気分を思い切り変える質問が来た。

「それでは次の質問です。素手と得物。どちらがお得意ですか?」

「…………は?」

 質問の意味が分からなかった。

 その髪の長い、そして「和」のイメージの少女は柔らかな笑みをたたえているだけだ。

(な、何? この質問? 変なことを聞くわね。声は何となく栗原先輩に似ているけど)

「大事なことですよ。この学校にいる限りは」

 まるで「覚悟」を試されているようだ。

(なんだか栗原先輩というより、芦谷さんを思い出させる子ね。彼女みたいに怒ってはいないけど、微笑みに凄みを感じるわ)

「得物って武器のことよね。そんなの使ったことないわ。でも格闘技も男の時に授業で柔道をやったくらいよ」

「なるほど。ではあなたは非戦闘員ということでよいのですね?」

 さっきからこの女は何を言っている?


「あ、あの……」

 同じ髪型の少女が理子に話しかけてきた。

 こちらは如何にも弱々しい。

「友恵ちゃん……谷和原さんの言うことを悪く思わないでくださいね。彼女なりの心配なので」

 友人をかばった。そう解釈した。

「気にしてないわ。ちょっと驚いたけど」

「よかったぁ。やはり占い通りだ。今日は素晴らしい出会いであると」

「へえ。トランプ占い?」

「いいえ。タロットです」

 カードを示す。それも小アルカナ迄含めた78枚フルセットである。本格的だ。

 その中の一枚を絵のある方を見せる。

「恋人」のカード。正位置だ。暗示の一つ「友情」や「出会い」がある。

「今日占っていたらこれが出たんです。そしたら転校生というから、きっとあなたがそうなんだなあと思って」

 それからひたすら占いのうんちくを語る。

 好きなことになると饒舌になるタイプの女子だった。

 彼女……佐倉みなみは占いマニアだった。


 みなみが語りだしたのもあり、またすでに放課後で、理子に尋ねていた面々も大半が帰途に就く。

 残ったのは先刻の質問をした『谷和原友恵』と、語っている佐倉みなみ。

 そしてもう一人。身長は低いが胸は目立つ少女。

 短い髪が放射状に広がる勝気な表情の少女。

「みなみちゃん。わたしの質問もいいですか?」

「あ。ごめんなさい。まじんちゃん」

(ま……まじん?)

 最初に理子が連想した字面は「魔人」で次が「魔神」だった。

「自己紹介します。私の名前は麻神あさがみ久子」

「ああ。植物の麻? それが『ま』と読めるから『まじんちゃん』?」

「その通りです」

 ふんぞり返る。無駄に自己主張が激しかった。

「それで? 質問って何?」

「ズバリ。あなたの胸に『正義』はありますか?」

「…………はい?」

 今回で五度目の転校だが、こんな質問は初めてされた。

「男でも女でも構いません。正義の心があるかどうか? それであなたが私の敵か味方か決まります」

「ちょ、ちょっと待って? あなたは何を言っているの?」

「まじんちゃん。正義感が強いから」

 友恵が笑顔でおっとりという。

「だからって敵とか味方とか」

 訳が分からなかった。


「あら? やっぱりあなた」

 意外な助け舟が現れた。

 小柄な丸顔の少女。

 幼顔に似合わぬ大きな胸。

 大人びた眼鏡と子供っぽいツインテールが絶妙なバランスの美少女にして「少年」

「あなたは……確か赤星さん?」

「ええ。そうよ。転校生というから見に来てみたらパーティーの時にあった話通りね」

 人のことは言えないが「彼女」は本当に「男」なんだろうか?

 変身解除を二度までも見ているが、この女らしい態度を見ているととてもそうは思えない。

「今度は同じ学校ね。そして同じ体質同士。どちらがかわいいか直接対決よ」

 本当に男なんだろうか? もう一度思う。だが

「みずきっ。大変よっ。悪漢高校が攻めてきたわっ」

 これまた何度か見た及川七瀬が知らせに来た。

「ちっ。新しい学期ごとに律儀に襲ってきやがって」

 みずきの口調と表情が一変する。これなら「実は男」も納得だ。

 二人がその場から走り去る。


 むしろみずきの性別より気になった一言。

「な、なんなの? 襲撃?」

「論より証拠です。本来なら私たち『正義クラブ』も迎撃に出向きますが、今日はここで解説です」


 教室の窓から見ていた理子は頭がくらくらしていた。

 ガラの悪い生徒たちに校門に至る道をふさがれた。

 確かに襲撃だった。

 そしてそれに臆するどころか迎え撃つ無限塾の面々。

 その中にみずきと七瀬もいた。

 それに対して一人の少女が出て宣戦布告。

「今日はあなたたちと手合せよっ。聞けば女同士でありながらカップルだそうじゃない? 禁断の愛を貫く強さを見せてもらうわっ」

 見たところ不良には思えない。だがやたら強気だ。

「すまねぇな。そういうわけで今日はオレたちとだ」

 木刀をった男が心底申し訳なさそうに言う。

「それに正直、守る強さというのも見てみたい。だからこの秋本虎二郎あきもと こじろう。本気で行かせてもらうぜっ」

 いうなり秋本はタッシュで突っ込んできた。

 それをみずきは腕で受け流す――ブロッキングを成功させ生じた隙にまず動きを止める蹴り。

 続けざまに無数の蹴りを繰り出す。

「スタークラッシュ」

「ぐああっ」

 カウンター気味にもらってしまうがそれを秋本の連れていた少女。竹之内真弓が妨害を試みるが七瀬がカットする。

 タッグマッチになってきた。


「ひゃっはーっ」

 サルを思わせる顔つきの小柄な男がいきなり理子めがけて飛んできた。恐るべき跳躍力。

「はっ」

 それを姫子の弓が撃墜する。さらに落下するその男。春日マサルを空中で風間十郎太が迎え撃つ。

「えいやぁ」

「なんのっ」

 これを手にしたロッドで防ぎ着地に成功する春日。

 高速戦闘が地上で展開された。


 恐るべき巨漢が上条明。若葉綾那の前に立ちはだかる。

「主らの相手はこのワシ。夏木山三なつき さんぞうよ」

 坊主頭の巨漢がたすき掛けにしていたチェーンをてにとる。

「ネビュラチェーン」

 タイミングを逃さず『アフレコ』する上条。

 理子は思わず裕生のことを思い出した。

 そういやこの上条と裕生は同じ中学の出身だったか。

 夏木は特に気にせず、マイペースで攻撃を繰り出す。手にしたチェーンを投げつける。

「エレファントノーズ」

 確かに像の鼻のように動いてチェーンで上条をからめ捕ろうとする。そのまま叩きつけられたらたまったものではない。

「えーいっ」

 なんと綾那の手から「火が噴いた」

 いわゆる気の砲弾が夏木に当たる。それでひるむ夏木。

「もらったぁ」

 懐に飛び込む上条。ジャンプしながら腹部。そして顎に強烈な体全体のアッパーカット。

「飛龍撃」


「ったく、よりによってこいつらかよ。貧乏くじもいいところだ」

 モヒカン刈りの凶相の男だがぼやくと迫力もさほどではない。

「アタイらの能力は知っているだろ。冬野五郎さんよ」

 金髪の少女。村上真理が凄みのある笑顔で語る。

「オレの予知能力とこいつの心を読む能力の前じゃ、あんたのトリックは種明かしされている手品だぜ。おとなしく帰りな」

 榊原和彦もインテリの仮面をはずして意図的に高圧的に言う。

「ああ。そうだな。策がだめなら……力押しだっ」

 合図をすると四方八方から配下が榊原と真理に襲い掛かった。


 あちらこちらで戦闘が行われていた。

「な、なんなの? この学校?」

 理子は呆然としていた。父親が迎えに来れないのもこのせいだと理解した。

「この程度のこと頻繁にありますわ」

 なるほど。確かに「戦えるかどうか」も「正義か悪」かも重要な質問だ。


「まぁはっきり言ってあなたが悪い事さえしなれば、男であろうと女であろうと誰も気にしませんわ」

 友恵の言葉はこのさまを見ていると異様な説得力を持っていた。

(確かにここならだれも私のことなんて気にしそうにないわ。でも、私の方が逃げ出したい気分よ)

 現代の忍者と姫君。超能力者。そして同じ変身体質。

 自分がまぎれてもむしろかすむくらいと思った。

「安心して。戦えないなならみんなであなたのことを守ってあげるから」

 みなみの言葉で不意にすべてのわだかまりが解けた。

 エリートも不良もごっちゃこの学園が好きになれそうに思えてきた理子。

(ここなら……ここにあったのね。わたしの安住の地)


 一週間後。登校の時。

「みんな。おはよう」

 理子が恥ずかしそうに三人の少女に声をかけた。

「おおっ。新しい制服が出来たのですね。理子さん」

 スクールブラウスの上から青いジャンバースカート。

 同じ色のボレロ。

 理子は無限塾の真新しい制服に身を包んでいた。

 そこにはもう「ここは自分の居場所じゃない」と斜に構えていた少女はいない。

 友に笑顔を向け合う「普通の女の子」がいるだけだ。


 同じ日。蒼空学園。まりあの携帯電話がメール着信をした。

 発信者を見てまりあは輝いた表情になる。

「みんなー。理子からメール来たわ」

 その画像をみて笑顔になる。

 添付された写真の理子は、とても可愛らしく女らしい笑顔を見せていた。

















 理子は、二度と高校を変わることはなかった。

 転校の呪縛から解き放たれ、この無限塾で高校生活を全うした。

 その間に女として再び少年に恋した理子。

 唇を許した際に体まで捧げていいと思ったことで、自分の心はもはや完全に女と悟った。

 それにより戸籍変更に動き、21歳の時に法的にも「女性」となった。

 澤矢家長男から次女に。


 改名することになったが近親者である姉の名を使うことはできない。

 それゆえ敬愛する姉の名と、女として初めての親友の名前をもらい、嫁に行くまでの四年間。

「澤矢まり子」と名乗った。

 ニックネームは「りこ」であるからさほど印象は変わらない。


 波乱万丈だった埋め合わせなのか結婚生活は順調で、出産してからは体質が変化というか安定して、お湯をかぶっても男に戻ることはなかったが、妻として母として女として幸せに暮らした。











次回予告


 年が明け八人揃っての初詣。冬休みに入ってあってなかったのもあり近況報告に花が咲く。

 そんな中、優介の態度だけがどこか沈んでいるのにまりあ以外も気が付いた。

 次回PLS 第21話「Come On Everybody」

 恋せよ乙女。愛せよ少年。

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