第20話「Dreams of X’mas」Part1
修学旅行での衝撃のカミングアウトが理由で、理子は完全に女子たちに避けられ始めた。
やっと打ち解けて着ていただけに「実は男」というとんでもない事実で「裏切られた」思いから微妙な関係になっていた。
男子は男子で、幾人かは憎からず思っていたのに「正体発覚」で距離を置いていた。
もっともはっきり正体を見た女子と違い、承認こそ多いがあくまで伝聞ゆえ、半信半疑どころか信じられもしなかった。
「理子。大丈夫?」
授業の合間。休み時間に「孤立した理子」を見かねたまりあが心配して尋ねる。
「平気よ。こんなの慣れっこだわ」
転校直後の「クールビューティー」「アイスドール」に逆戻り。
表情のない理子が返答する。
「ねぇ。どうしても転校するの? もうばれたなら男子扱いに戻ればいいんじゃない?」
まりあは本当に案じている。
策士なところあるが、基本的に裏表がない。
だから本気で案じているのが伝わり、理子の「凍てつく心」を温めた。
「この体じゃどうしても女子に混ざらないといけない時もあるわ」
夏場の水泳を全回避とはいかない。
しかし正体がばれては女子更衣室は入れない。
さりとて男子の中では「半分女」で意識される。
理子自身というより周囲が意識してしまい、それによっていたたまれなくなり転校する羽目になる。
「それに……しばらくは女のままでいたいわ」
まりあとの友情をとり身を引いた理子だが、優介に対する思いは整理がついていない。
優介は正体を知っていたのだが、逆にそれでアプローチをかけていた。
そこで男に戻ってまりあと優介の関係に波風を立てたくなかった。
さらに言うと今はもうすっかり女の方が基本になっていた。
男になるほうが違和感すら。
そして女として始まった恋を、女として終結させたいと思っていた。
中途半端のまま男に戻ると、かえって引きずりそうな気がしていた。
よく言う話で男の方が引きずるとも。
「でもせっかく仲良くなったから、せめてお別れパーティーくらいしたいね」
美鈴が提案する。
「それならちょうどいいわ。そろそろ誘おうと思ってたんだけど」
まりあが切り出した。
一週間後に終業式を控えた12月18日。
二学期のテストも終わり。この瞬間から試験休みに入っていた。
テストから解放され浮足立つ生徒たち。
教室内でありながら休みの予定を語りだしている。
「よかったぁ。何とかなりそう」
「美鈴も自信なかったですぅ」
成績のパッとしない二人。なぎさと美鈴が文字通り胸をなでおろす。
「よかったですね」
詩穂理にしたら皮肉の意図はないが、補習とは無縁の彼女に言われると、なんか引っかかる二人だった。
「たとえ補習でも今夜は空いてるでしょ。来てよね」
まりあのお誘いというにはいつもながら強引なそれ。
「行くよ。ただあたしみたいのじゃ浮くんじゃない?」
「美鈴もちょっと心配」
「お友達同志の集まりじゃない。何をそんなに身構えているの?」
「間違いじゃありませんけど、集まる場所がさすがに気後れで」
「うちの系列のホテルだからわたしの家みたいなものよ」
さらっと言い切るお嬢様。相変わらずこういう部分では「住む世界の違い」を痛感する面々。
「みんな! 今夜は一週間早いけどクリスマスパーティーなんだから遅れちゃだめよ」
教室内に呼びかける。
「はぁーい」
女子たちが愛想のいい返事をする。
そう。まりあの実家の系列のホテルで、クリスマスパーティーを開催するのだ。
主賓はまりあ。来賓はクラスメイトをメインに、ゆかりのある人物たちを。
中には中学時代からの親友である北条姫子。そして風間十郎太の名前もある。
その招待客の中に澤矢理子もいた。
本人は固辞したが「せめてお別れパーティーを」と強引に説き伏せられた。
それで出ることにはなった。
「楽しみねーっ」
「ドレスも貸してくれるんだって」
「まりあが主賓なだけにアクセサリーも期待できそうね」
女子たちは華やかな催しに心ここにあらずだ。
「オ、おい。なんかあいつら着飾るみたいだぞ」
「高嶺は割と想像つくけど槙原の胸と綾瀬の脚も魅力だ」
当人がいるのを忘れての男子の発言。
「こ、困ります」
思わず胸を両手で隠す詩穂理。
「エッチ!」
地肌を完全にパンストで隠しているのに、さらに手で隠そうとするなぎさ。
二人にはそれぞれコンプレックスの部位だが、皮肉にも男子にはチャームポイントだった。
「気にすんな。シホ。綾瀬。お前らそこがいいんだからさ」
とうとう詩穂理以外まで「何も考えずにほめる」裕生。
「セクハラだよ」
なぎさはそれでも譲れない。
一方、詩穂理もちょっと機嫌の悪い表情。
裕生がなぎさをたたえたのが気に入らないらしい。
(ヤバ……)
そのあたりの空気は読めるなぎさが、無難な空気の変え方にかかる。
「まりあ。何たってクリスマスパーティーだし、美味しいものも食べさせてくれるんだろ?」
「もちろんよ。わたしが腕によりをかけて作るわ」
全員が後ずさった。
詩穂理まで顔色を変えて後ずさる。
「ほんのジョークだったのに……そこまで引かれると傷つくわ」
落ち込むまりあ。彼女の「メシマズ」は並大抵ではない。
ここまでの付き合いでよくわかっていた。
「あはは。ごめん」
あっけらかんとなぎさが笑い飛ばす。
「もう。ちゃんと料理人がいるわよ。クリスマスパーティーだから洋食メインだけど、中華やお寿司も用意してあるから」
「うわぁ。楽しみ。よーし。食べるぞぉ」
恭兵がいないととことん色気のないなぎさだった。
「作っていいのか?」
予想外の質問が「上から」来た。2メーター近い巨漢。大地大樹だ。
「だから専門家がいるのよ。それにクラスのみんなだけじゃなくて他にも呼んだのよ。そんな数をいくらなんでも大地君だけで作れるはずがないわ」
「美鈴もいる」
いかつい顔だが優しい視線を美鈴に送る。
確かに料理にかけてこの二人にかなうものはない。
「え? え? 大ちゃんがそういうなら二人で共同作業を」
赤くなりつつ上目づかいで言う美鈴。
小柄さが逆に優位に働いた。庇護欲を掻き立てたのだ。
特に彼女に思いを抱かぬものまで、不意に可愛く思えた。
「それがありならわたしも優介と一緒にお料理作りを」
「ぼくは料理できないぞ」
拒絶というより思い出させるべくいう優介。
「あ……そうか。優介んちはそうね」
彼以外はすべて女性。大黒柱の父親は北海道に単身赴任中。
それもあり料理は彼の担当にはなかった。
「それでね……あ。火野君。あなたも来て」
パーティーに浮かれる女子にホストのように相手している恭兵に声をかける。
「え? 僕に用かい。まりあ」
珍しくまりあに呼ばれてブリーチした美少年は招かれるままに。
「ええ。わたしたちだけのプレゼント交換会をしたいの。だから火野君も用意してくれる?」
「わかった。まりあには特別なプレゼントを」
「あら? 抽選よ」
よくあるパターンで贈り物を持ち寄り、それをランダムに交換というわけである。
「なんだ。まりあのプレゼントがもらえる確率は八分の一か。厳しいな」
「違うわ。九分の一よ」
「え?」
怪訝な表情の恭兵をしり目に、まりあは理子の元へと駆け寄った。
午後五時。
開始は七時だが貸衣装に着替える時間を考慮して、くるように言われた時間がこの時間。
コート姿の理子は会場のホテル前にたむろしていた。
父親に送られたのはいいが、入る踏ん切りがつかなかった。
(誘われるままに来たけど……なんだか未練かな。ちゃんとお別れしたいのは確かだけど、それなら終業式でもいいよね)
まだ次の転校先は決まっていない。
と、いうよりその気になれなかった。
今回は身を引くためとはいえど自分から正体を明かした。
この先、またそこまで思いつめるほどの出会いがあったら、自分はどうなってしまうのか?
それを怖く感じていた。
なにしろ蒼空学園にいる間に、すっかり「女の子」になってしまったのだ。自分が変わっていくのが不安だった。
それもあり、新しい学校探しには慎重になっていた。
(いっそ女子高に行こうかな? そうすりゃ男子はいないから恋をしないし。もし女の子相手にその気になったら男に戻れるかもだし)
肉体的には未だ男女いずれでも固定されておらず変身体質のままだ。
しかしこの優介への恋とまりあとの友情が、理子を「女の子」にした。
だから女の子に恋すれば男の姿も持つ自分。
元に戻れるかもしれないと感じていた。
(でもその時は、優介に抱いた気持ちはどうなっちゃうのかな?)
いい思い出になるのか?
それとも、男に戻ったとなれば闇に葬りたい記憶か。
今の理子にはまだ闇に葬るのは無理だった。
ホテルの前でうろうろしていた。
どうしても踏ん切りがつかない。
もっとも帰ろうにも極度の方向音痴。
駅からやや離れているため、まず駅へ行かねばならないが馴染みのない土地。自信がない。
即座に帰るという選択をしないのにはそういう事情もある。
そしてそれがよいほうに作用した。
見つけられて案内人が来た。
「澤矢理子さんですね。お待ちしておりました」
長い黒髪のメイドが理子を案内に来た。
それが体育祭で見たまりあのメイド。中川雪乃とわかるにはしばらく時間を要した。
案内されるままにホテルの内部に。
知り合いの顔が見えてきた。
半笑い。あるいは戸惑いの微妙な表情のクラスメイト達だ。
そのあたりは覚悟していた。
むしろ気になったのはそのいでたちだ。
ドレスアップは分かる。
女子の化粧もこういう場で認められていよう。
ただ印象が制服の時とあまりに違っている。
男子もさすがに化粧はないが正装。そして盛装である。
こうなってくると不安がよぎる。
そして女子控室でその不安が的中する。
「理子。メリークリスマス」
ピンク色のパーティードレス。
それだけに三つのトレードマークの内ニーソックスとツインテールがなかった。
ヒールの高い靴。
普段はローファーだが、こういう靴もそれこそパーティーで履くため慣れた足さばきだ。
ツインテールではなくまとめ上げた……というよりポニーテールに近い髪型。
残る一つのトレードマーク。ピアスは健在。
むしろ派手な大きなものだ。雪の結晶をかたどっている。
学校でさえピアスをつけてくる娘だ。
こんな場所だとなおさら派手だ。
ネイルアートを両手の指に施している。
足の指もすべてピンクに彩られている。
指輪やネックレスもつけている。
それが不思議と様になる美少女だった。
「寒くなかった?」
美鈴を見て驚いた理子。
真っ赤なパーティードレスが似合っていた。ただし、小学生のようで。
化粧もまるで七五三。
しかし何よりその髪型だ。
左右に長い房が垂れている。ツインテールだ。
トレードマークのリボンの代わりに、ティアラが鎮座していた。
「そ、その髪はどうしたの?」
「これ? 前からしてみたいと思っていたの。でも美鈴はショートカットだからできなくて」
「それはいいとして、どうしてこんな風に?」
まりあのようにまとめあげるのは分かるが、これはちょっとそぐわないのではなかろうか。そう思った。
「仮面舞踏会ってあるでしょ。理子」
「参加なんてしたことないけど、映画でなら。名前の通りよね」
「そ。仮面じゃなくて髪型を変えてみようってなって。わたし以外はウィッグなの」
「だから私たちも変えてみました」
肩口までの黒髪になった詩穂理が黒いドレスをまとっている。
眼鏡はかけていないから、化粧でなおさら大人びた顔がよくわかる。
ドレスから見える胸の谷間が、いつも以上にその豊かさを見せつける。
借り物だろうか。
胸の谷間に収まるネックレスが、その胸の豊かさを強調する。
「詩穂理さんまでこんな」
「やっぱりみんなと一緒だし、それにイメージチェンジなら今度は短くするなと思ってその試しというのも。それに」
「それに?」
「なんだかもうコスプレに抵抗感なくなってきて……」
一発で理解した。
文化祭でのチャイナドレスやステージ衣装。
修学旅行での舞妓姿。
聞けは同人誌即売会での正真正銘のコスプレもあったとか。
確かに場数は踏んでいる。
「どう? 似合う?」
こうなるとなぎさもやっているだろうと早々はついた。
海を思わせるコバルトブルーのドレス。
こんな場所でも水着以外の生足を見せたくないらしくストッキングをつけていたが、それがガーターベルトのもので足がよけいに色っぽい。
そしてなぎさも短い髪型のウィッグだ。
「その髪型?」
「えへへへ。理子の真似」
なぎさのウィッグは切りそろえたボブカットだった。
こちらもまた彼女には珍しく化粧だ。
ちなみに普段はまずしない。
面倒だからという理由。
確かに女子高生にはまだ早いのだが、少しは色気づかないかと家族は不安に思っている。
当然そんなスキルもないだろうから、このホテルのメイク。
ひょっとしたら里見恵子の「仕事」かもしれない。
理子自身も文化祭のステージで恵子のメイクテクは知っていた。
「不思議だね。なんかほんとに違う人間になったみたい。だからほら」
左腕を掲げると、銀色のブレスレットが。
「きれいだわ」
「でしょ? まりあに借りたんだ。このブレスレット」
確かに理子はアクセサリーの美しさにも魅せられたが、存外に美しかったのはなぎさの腕だ。
普段の言動が何かと大ざっぱだが、そのイメージと裏腹に細くて華奢な腕だった。
アクセサリーがそれを強調したらしい。
「それにしてもみんな今日は派手ね」
「どうせ変えるんならこのくらい思い切ってね」
「変える?」
妙にその言葉が引っかかった。
「ええ。皆と顔を合わせづらいなら、別人になっちゃえばいいのよ」
やはりというかまりあの発案らしい。
他の面々は理子がやりやすくということで付き合った部分もある。
「それじゃ変身ね」
いうなりその場の係員がこの服を脱がせにかかる。
「ちょ、ちょっとまだ心の準備が」
しかし抵抗むなしくドレス姿にされ、化粧を施され、そして……
「それじゃみんな。行きましょ」
控室からぞろぞろと美少女達が出てくる。
その中は紫色ののパーティードレスに身を包み、肩を大胆に露出した理子がいた。
きっちりと化粧されて、爪まで塗られている。
背中も大きく開いたドレスだが、長い黒髪がそれを隠す。
理子のウィッグはストレートロング。尻に達する黒髪だ。
「これでもか」と女の記号で満たされているため、恥ずかしくてたまらない。
もう慣れたはずの女性服だが、初めてスカートで街に出た時のことを思い出すほど恥ずかしかった。
ファンデーション越しでも頬が赤いのがわかる。
はては穴がなくてもそれらしく見えるフェイクピアスやネックレス。指輪までつけさせられた。
前後に生粋の女子で固めてもらわないと、とてもではないが出ていけない。
すでにいっぱいいっぱいのところにとどめがきた。
「遅いぞ」
(ゆ、優介!?)
白いスーツ姿の優介が待ち構えていた。
まりあとの関係を知るメイドたちが、様子を見にきた彼を特別に女子の控室の前に案内した。
女性的な顔立ちに華奢な体躯。
それでもスーツを着ると「男」を感じさせた。
対して理子はきめ細かい肌を見せ、豊かな胸元が紫のパーティードレスを押し上げ、ヒップラインが艶めかしく、ドレスに隠れたもののわずかにシルエットの見えるウエストは細くくびれていた。
どう見ても女だった。
「へえ。きれいじゃん。理子」
「わ、私がわかるの? こんなかっこうしているのに」
今まで一度も聞かせたことのない裏返った声。
いや。恋する男子の前で舞い上がる乙女と表現すべきか。
「わかるさ。どんな姿でも……ん?」
ふと視線が左手に向いた。
理子もそれを追うと左手の薬指にシンプルな銀の指輪。
「ち、違うの。優介。これはその」
あわてて外そうとする。
弁明の必要性がないのに、なぜか舞い上がっていたのは、こんな「女」を強調した姿を見られたからか。
舞い上がったあげく指輪を外したのはいいが、はずみで投げ出してしまった。
幸い狭い廊下でそして他に何もないのですぐに見つかった。
「わかっているよ」
優介はそれを拾い上げ、理子に歩み寄ると自然にその左手をとる。
「ファッションだろ。とってもかわいいよ。理子」
そしてその薬指に指輪をはめなおした。
まるで結婚式の指輪の交換だった。
理子の表情も『女』だった。
「はぁぁぁぁ。素敵だね」
目を輝かせてその様子を見ているツインテールの美鈴。
傍らのまりあはおもしろくなさそうだ。
いきなり自身の指輪をはずし「あっ。抜けちゃったー」棒読みでわざとらしく優介の方に放り出す。
「いやぁん。優介。指輪をはめてくれる?」
「自分でやれ」
背中を向けて歩き出す優介。
「ちょ、ちょっと。ひどいじゃない。優介」
さすがのまりあも踵の高い靴でドレス姿では、学校のように追いかけられない。
指輪を拾ってよたよたと追いかけだす。
「あたしらもいこっか」
「そうですね」
なんとなく学校でのやり取りを彷彿とさせた優介とまりあのおかげで、普段通りに戻れた面々はリラックスして歩き出す。
それを先導する形の優介は
(指輪をはめろだと? そんなことしたらまるでまりあとの結婚式みたいじゃないか?)
赤くなっていた。
理子に対しては平然としていたが、まりあの方は意識してしまっていた。
そして理子は、一緒に移動しながら優介の手で左の薬指にはめられた指輪を、愛しげに眺めていた。
ドレスなのもあり、まるで結婚式の新婦のようだった。




