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PLS  作者: 城弾
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第14話「Fool On The Planet」Part4 

「よし。それじゃいくよ」

 気合の入るまり太。

「彼」は「ピアノの要領」でキーボードの鍵盤を思い切りたたく。

 そして…叩かれたキーボードはひっくり返り、本人はつんのめる。

「危ない」

 本来のキーボード担当の男子生徒。古室が抱き留める。

 少年の胸に抱かれる「美少年」は赤くなる。

「あ、ありがとう」

 意識してない相手といえど抱き合ってしまえば赤くもなる。

 見た目美少年なので危ない雰囲気だ。

「やると思ったよ。前にもいたんだ。ピアノの要領でキーボードをたたいちゃうのが」

 グランドピアノは間違っても転倒するようなものではない。

 だがキーボードは支えの上に乗っかっているだけなのである。

 同じ鍵盤楽器だからと考えなしにやるとこうなる。

 つまり古室は見事にこの失策を予見していたのだ。

 今度は恥じ入り赤くなるまり太。とんだビハインドだ。

「始めるわよ」

 まるで気にしていない。余裕の理子がさらに恨めしい。


 あぶれた形の軽音楽部のドラマー・吉木とキーボード・古室は唖然としていた。

 練習で演奏して見せていたわけだし、それもオリジナルではなく洋楽の名曲。

 だから知っていても不思議はない。

 とはいえどいきなりきちっとフレーズを作って見せた理子に舌を巻く。

 理子は経験者なのかもしれないがまり太は違う。

 ピアノなら幼いころから習っていたがキーボードとなるとやや勝手が違う。それはくしくも先のミスが証明していた。

 それでもきちんと音楽にしていた。


「すげぇ」

「女とは思えねぇな。あのドラミング」

 吉木はもちろん理子の本当の性別は知らない。単純な印象の問題。

 それほど理子のドラムはパワフルだった。

 ドラムにパワーはいらない。

 むしろ無駄な力は妨げになる。

 大事なのはスピード。軽量のスティックだ。力はいらない。

 ただインパクトの瞬間にだけこめればいい。女の子の細腕でもパワフルにできる。


 しかしやはり本来は男というのが、思い切りの良さにつながっている。

 他にネガティブな理由としては母。姉と大事な女性を亡くしたこと。

 変身体質になったこと。

 覚悟を決めて女子として高校生活を送ろうとしているのに、それがどうにもままならないこと。

 その鬱屈をぶつけていた。

 しかしそれだけではない。「明るさ」もある。

 中学時代にしていたというドラムを懐かしむ思い。

 そして…正体を知りつつ自分を敬遠しない優介の存在。

 それらを複雑な感情を爆発させたかのような激しいドラムだった。


 一方のまり太。こちらもピアノの応用という形であるがキーボードをこなしていた。

 ほんのわずかなアドバイスで修正できるあたり、ただの温室育ちのお嬢様ではないということだ。

 いや。現時点では「お坊ちゃま」か。


 まり太も理子も譜面を見ただけで、きちんと演奏をこなしていた。

 なかなかこれも難しい。

 譜面を追う形になるためか、やがてつまらない対抗心。そして雑念自体が消えた。

 むしろ理子が刻むリズムに合わせてメロディを奏でていた。

 即興メンバーにしては驚くほどの息の合い方だ。


 演奏が終わる。

「優介。どうだい?」

 キーボードのまり太が愛する少年にアピールする。

 だがまったくこちらを見ていない。

「やるじゃん。理子。(リズムに)乗れたよ」

「そう? 中学の時にやってたけど、まだ体が覚えていたのね」

 当時はすでにこの体質。だがそれを隠し続けていたストレスをドラムで発散していた。

 ちょうど今の状況と同じ。

「またやってみない?」

「いいの?」

 だんだんと理子の表情がやさしく柔らかくなってきた。ついには笑顔だ。

 そして優介も似たような笑顔だ。


 幼いころから思ってきた相手を、いきなりあらわれた女…それも完全ではない相手にさらわれる。

 フェアな勝負とはいえど面白いはずもない。

 口を真一文字に結んだまり太は、無言でスタジオを後にした。


 帰宅して最初に風呂にした。

 一糸まとわぬ姿になり、浅黒く塗ったファンデーションを先に落とす。

 浴室の姿見に映るのは腰に達する長い髪。

 シミひとつない白い肌。華奢な体躯。細腕。

 胸の二つの膨らみ。くびれた腹部。大きなヒップ。

 何も突起のないフラットな股間。

 そして…愛らしい顔。

 裸になると「少女」を隠しようがない。

 ところどころにあざがあるのは優介に投げ飛ばされた故。

「はぁ。あっちだって体は女で同じなのに、どうして優介は彼女にだけあんな笑顔なのよ」

 まり太…いや。まりあは心も裸にした。女言葉で本音が出る。

「やっぱり中途半端なのかな? 髪の毛を切らないとダメかな?」

 しかしどうしてもそれはしたくなかった。

 男になろうとしているが、どうしても少女としてのそのシンボルである長い髪を捨てられなかった。

 だから別のことでもっと「男」になろうと決めた。


 翌日。まり太になって三日目の水曜日。

 すでにクラスでは認知されていた。対応力というものは大したものである。

 これなら理子が体質をばらして男子として登校しても受け入れられるのではなかろうか?

 そんな気もしたが優介はもともと少年をターゲットにしている。従来のパターンに戻るだけだ。


「まり太くーん。お弁当食べよう」

 昼食時間。美鈴が呼びかける。すっかり君付けも慣れてしまった。

 それに対してまり太はばつの悪そうな、照れくさそうな表情で返事をする。

「あー。ごめん。学食で食べ…食うから。わ…………ボ……お、おれ」

「「「おれ!?」」」

 詩穂理。なぎさ。美鈴の声がハモる。まり太の頬がファンデーション越しでも赤くなっているのがわかる。

「…高嶺君。とうとうそこまで」

「いえ。地方によっては女性でも俺という自己代名詞を使うところがあるようです」

 こんなところでも博識を披露してしまう詩穂理。

 「まりあ」なら「すごぉい」と素直に驚くが「まり太」はそうもいかない。

 そもそもこの言いなれない言葉が使いづらい。

 令嬢として礼儀は厳しくしつけられてきた。間違っても男言葉はない。

 それをすべてかなぐり捨てて、男言葉を使うのはちょっと勇気が必要だった。

「うるさいなぁ。中途半端じゃまずいだろ」

 いらだつようにまり太は言う。照れ隠しという感じでもない。

「何をイラついてんのさ?」

「いいだろ。別に」

 「彼」は振り切って食堂へと向かう。


(あーもう。なんでこんなに動きにくいんだ。ズボンって。しかも蒸すし)

 いらだちの原因は優介へのアプローチがうまくいかないことだけではない。

 なんといって男子としての生活。それと意外なところでは男子用ズボンにも原因があった。

 なぎさの逆でほとんどパンツルックのないまりあはズボンの閉じた感触に苦戦していた。

 それもそのはず。このズボンはメンズである。

 オーダーメイドでレディースパンツ仕様の物も作れたが、メイドの雪乃はまり太が言わないのをいいことに男子仕様のものをあつらえた。

 ヒップに余裕はなく、足と足の間も女子用より隙間が小さい。

 昔は兼用もしていたが今は女性仕様になっている。

 ましてやまりあはほとんどズボンをはかない。

 逆にスカートよりまとわりつくイメージを感じていた。

 それがイラつきになっている。

 秋風が吹き、朝夕はだいぶ涼しくなったが日中はまだ暑い。

 スカートで足をむき出しにしているのが常の「彼」にしたら、これは蒸し暑くてたまらない。


 これは雪乃のさりげない思い。

 メイド故、主に逆らえないがズボンに嫌気をさして早くこの道化のような姿から、元の少女へと戻ってほしいという思いからである。

 もちろんレディース仕様に作り直すよう命ぜられたら従うしかない。


 不機嫌なお坊ちゃま。しかし食堂では一転して気分を直すことになる。

「うわぁ。マリタ先輩。クールです」

 アンナが手放しでたたえる。

「そ、そうかい?」

 アンナの言葉に裏はない。ストレートに褒められ悪い気はしない。

「本当。宝塚の男役みたい」

 男じゃなくて男役。ちょっと微妙だがまぁ男として認めてくれると思おう。まり太はそう考えた。

「おれ、そんなにかっこいい?」

 普通の女子だと「かっこいい」は褒め言葉とは言い難いが、今のまり太には十分ほめ言葉。

「かっこいいですぅ」

 アンナたちのクラスメイトなのか。リボンの色で一年生と分かる女生徒たちがいつの間にか集まっていた。

「そ、そう」

 自己代名詞をさらに男っぽく「おれ」に変えたせいなのか、男の心に近くなっているまり太。役者なら「役にはまり込む」タイプだ。

 黄色い声で囃し立てられて悪い気がしなくなっていた。

「うーん。でももうちょっとワイルドなほうがいいかもですね」

 以前に「お姫様抱っこ」で周囲を振り回したことのあるアンナ。

 力強さを男性に求めているらしい。

「ワイルド?」

「たとえば…胸元開いて胸毛を見せるとか」

 この辺りはさすがにアメリカ生まれ。タイプに日本人女性と大きな隔たりがある。

 まり太…まりあも毛深いのは苦手である。

 優介は体毛も薄ければ、手足もきゃしゃである。

 まり太と逆に女装したらしっくり「来る」。何しろ頻繁に姉たちにさせられているし、軽音楽部のステージでも女性的にビジュアルを作っている。

 そしてそれが恐ろしくはまる。

「他には?」

 どのみち胸毛を作れるわけでもないので流した。

「相手のネクタイをつかんで、顔を引き寄せるのは基本だにゃん」

 語尾からわかるようにこの発言は恵子だ。

「何の基本?」

 呆れたように言うまり太。

「BL」

 さらっと返す恵子。

「そんなのは」

「もろ関係あるんだニャー。なにしろ今のまり太君と水木君の関係がちょうど『美少年』同志」

 まり太は複雑だった。

 確かに優介に愛されたくて女を捨てようとしている。だから「男同士」と呼ばれる覚悟はあったつもりだった。

 それでも内心では女として愛されたかった。

「……そうだな。そうだよね」

 「彼」はとぼとぼと食堂から引き上げる。

 もともと広くない背中が、よけいに小さく見えた。


 その放課後。

 水曜定例の生徒会の会議が開かれていた。

 議題は文化祭。

 そして全クラブの参加を義務付けた。

 不参加は廃部とも。

 一部からは強引すぎるとの声もあった。体育会系クラブはどうするのかという声も。

 これに関しては部活の活動に直結してなくとも、模擬店などで参加すれば良しということでまとまった。


 だがこれは生徒会長。海老沢瑠美奈の私的な復讐だった。

(見てなさい。まりあ。体育祭を利用してあなたの所属するテニス部を廃部に追い込んでやるわ。乙女の純情を弄んだ報いを受けるがいいわ)

 不覚にも『まり太』にときめいた「屈辱」を晴らすべく繰り出された報復手段がこれだった。


 木曜日。とにかくまり太は男として積極的に交ろうとしている。

 柔道は月曜を最後に一時中断。体育祭に合わせた体育では男子に混じり騎馬戦を。

 もちろん上に回された。

 最初は低い『野太い』声を出そうとしていたが、次第に『黄色い声』に戻ってしまう。


 今は昼休み。校庭でのバレーボール。もちろん優介もいる。そして

「ねぇ。私も混ぜてくれる?」

 なんと澤矢理子が参加を希望した。

 戸惑う面々だが優介が勝手に入れてしまった。

 優介の隣に「来た」まり太。

 優介の隣に「呼ばれた」理子。

 大きな差がある。

 自分が「男」ということも忘れて、ほほを膨らますまり太。不機嫌を隠そうともしない。


 不穏な空気をはらむも、誰も邪険にはできない。ゆえにボールを上げ始める。

 始まると全員ボール遊びを楽しみ始める。

 しばらく誰もミスせずボールは宙を舞い続けた。

「理子」

 唯一積極的に理子にかかわる優介がボールを回す。

 イージーボールだった。だがそれをものの見事に「バンザイ」

 まさか このボールでこんなミスが出るとはだれも思わないから、拾いに行く準備はできてなかった。

 ボールが点々としていく。別の生徒が拾いに行く中、理子は頬を染めていた。

 そして爆笑が起きた。

「あははは。澤矢も結構ドジなんだな」

「意外ねー。クールなイメージだったし」

 いわれてますます赤くなる理子。いつものように距離を置くというのではなく、照れ隠しでつんとした態度をとる。

「わ。悪かったわね」

「いやいや。ドジっ娘いいじゃない」

「うん。親近感わくわ」

 何度も体質をばらすのに一役買っているであろうドジが、この場ではクラスメイトとの距離を縮めるのに役立つからわからない。

「な。理子はかわいいだろ」

 優介にしたらからかいの一言。男と知っている。それに対して褒め言葉にはならない『かわいい』をぶつける。

 ところが意外な反応。理子はさらに頬を染めた。

 すでに赤面していたのでわかりにくかったが、まり太にはその表情が特殊なものに思えた。

 当の本人は戸惑い「うるさいわね。優介」と怒鳴る。

「「優介?」」

 その一言をだれも聞き逃さない。はっと口を押さえる理子。

「あ…いや…その…ごめんなさい」

 今度は顔を押さえてしまう理子。

「その…ずっと私だけ名前で呼ばれていたから不公平だなと思って」

 理屈になってない。しかしその様子は何とも可愛らしかった。


 まり太と優介ではリアクションが違う。

 優介は「いいね。これからもそうやって名前で呼んでよ。理子」と喜ぶ。

 逆にまり太は脅威を感じた。先に見せた表情と、この距離の縮まった呼び方に。

「わかったわ。優介」

 理子は笑顔を見せた。

 まり太は優介をとられてしまう恐怖を感じた。

 排除するなら簡単だ。正体をばらせばいい。

 しかしそれは人としてできない。それにそんなことをする者を優介は愛するだろうか?

 「とらないで」などと怒鳴るわけにもいかない。

 脅威を感じていることを露見したくない。

 八方ふさがりになったまり太は、その場から逃げるように立ち去った。


 いっそ女に戻って泣きたかった。けれど自分は男になると決めた。だから泣けなかった。

 泣けないのがこんなにつらいとは夢にも思わなかった。


 金曜日。だんだん荒れてくるまり太。

 「女の子」だったら空気を読んで笑顔を作ることもできる。

 しかし男なんだからいいやとばかしに不機嫌丸出しである。


 悪い意味で男っぽくなっていく。粗野で乱暴。

 そしてまり太が男っぽくなるのと比例…反比例というべきか優介も不機嫌になる。

 あてつけのように理子にアプローチをかける。

 こちらは女として学校に溶け込もうとしている。正反対の存在。

 暗に「まり太」を否定している。

 いたたまれなくなって教室を出ていく。

 授業が始まるが知ったことか。そんな気持ちだ。


「あー。おもしろくねぇなっ」

 坂道を転げるように悪くなるまり太の言葉遣い。

「あら。まりあちゃん」

 いつの間にか三年のエリアにいた。

 屋上で一人になろうとしたのに、人のいるほうを選んでしまった。

 そこで出会ったのは栗原美百合だった。

「あらあら。ズボン姿もかわいいわ。えい」

 いつものように抱きしめてしまう。見た目だけなら姉と弟。その「あね」の顔が驚きに変わる。

「……まりあちゃん、お胸、どこにしまっちゃったの?」

 シャツ越しに感じられるはずのやわらかいふくらみが完全に消えている。

「ないですよ。オレ、男なんですから」

「まりあちゃんは女の子じゃない」

 きわめて当たり前のことを言う美百合。

「男だよっ」

 上級生相手に乱暴な口のきき方は、誤った男性観がもたらしたもの。

「男じゃなきゃ…男じゃないと優介は好きになってくれない…」

「そうなの?」

 不思議そうに美百合が尋ねる。

「そうなんだよっ」

 まり太の肩が小刻みに震える。少年とは思えない華奢な肩。

 美百合は改めてやさしく抱きしめる。まるで子供を抱き上げる母親のようだ。

「やっぱり……女の子じゃない」

 好きな少年に合わせて自分を変える。それを指して言っている。

「でも…でも…」

 その目が潤むまり太。あわてて美百合の腕を振りほどき、乱暴に目元をこする。

 そして改めて屋上へと向かう。

 その小さな背中に美百合がそっとつぶやく。

「無理しちゃだめよ」


 土曜日。半日授業が終わり放課後となる。

 とうとう優介はまり太には辛辣な態度で通した。

 一方では理子に対して親しげな笑顔を。

 そして理子も笑顔を返すようになった。

 本当に男なのかと疑いたくなるほど、可愛らしい笑顔だった。

 その仲のいい二人を見ていて、ここまでのフラストレーションがついに爆発した。

 ずかずかと優介に接近する。

「なんだよ。おま…っ!?」

 まり太は荒っぽく優介のネクタイをつかむと、自分のほうにその顔を引き寄せた。

「ま、まり太?」

 なぎさが動揺したかのようにいう。詩穂理と美鈴は突然の「修羅場」におろおろしている。

「きゃーっ」

 何人か残っていた女子が、突然の「美少年同士」の「カラミ」に嬌声を上げる。

 注目される中、主役が台詞を発した。

「お前、いつになったらおれのほうを向くんだよっ? おれを差し置いてほかの女と」

 無意識だがまり太は理子を完全に女としてみなしていた。そして自身も。

「何が『おれ』だっ」

 そのネクタイを引っ張り返す優介。華奢に見えるが男子。いや。少年のふりしてもまり太の細腕。奪い返すのは造作もない。

「お前こそいつになったらそのバカな格好やめるんだ? 気持ち悪い」

 こちらもかなり機嫌が悪い優介。それを爆発させた。

「き、気持ち悪いだと? 誰のためにこんな姿になったと」

 もう売り言葉に買い言葉だ。考えるより早く言葉が口をついて出てくる。

 それは優介も同じ。だから本音が出た。


「知るか! お前は女のほうがいいんだからさっさと戻れ!」


 教室が静寂に包まれた。





















「それ…本当?」

 まり太の声が女子のそれに戻った。

 当の優介は顔を赤くしてそっぼを向いている。大失言だった。

「ねぇ優介? それ本当なの」

 しぐさが女子に戻った。

 否定してしまうのはたやすい。

 しかしそれではまり太のままだろう。事態は変わらない。

 恥ずかしいのをこらえて優介は叫ぶ。

「ああそうだよ。お前は女のほうがよく似合ってんだから、そんな男の格好なんてすぐやめろ」

「わかった。優介がそういうならそうする」

 いうなり『まり太』はウィッグを取り外す。

 あれほどこだわっていた男装を、優介の一言であっさり中断した。

 もしかしたら『抱かせろ』といわれたら、嬉々としてベッドの上で服を脱ぐのではなろうか。何人かがそう思うほど、まりあにとって優介の言葉は絶対だった。

 ネットとピンを外すと、まとめられていた長い髪が一気に垂れ下がる。

 それを翻して詩穂理達のほうへと駆け寄る。

「ねえねえみんな。聞いた?優介が『お前は女のほうがかわいい』っていってくれたのー」

 まだ男装だがすっかり「まりあ復活」である。

「誰がそこまで言った!?」

 耳たぶまで赤い優介だった。






































 そして月曜日。また座席が空いている。

 まり太…否。まりあがまた遅れている。

「まさかまた男になってたりしないよね?」

 なぎさが問う。

「あそこまで水木君に言われて、それはないかと思いますが」

 返答する詩穂理も歯切れが悪い。

「はいはーい。ホームルーム始めますよ。みんな席について」

 担任が入ってきた。あわてて着席する一同。

 しかしまりあの席は空いたまま。


 出席をとり始めるがまりあのところで担任が言いよどむ。

「高嶺さんでいいのよね? それともまだ高嶺君なのかしら?」

 まるでタイミングを計ったかのように扉があいた。

「ああもう。遅刻はだめで…高嶺さん…なの?」

 廊下に視線を向けた担任が驚愕の表情。

(まさかまだ男装中?)

 何人かが同じことを思った。だが

「遅れてすみませんでした」

聞こえてきた声はまりあの少女声。安堵した。

 しかし入ってきたまりあを見て仰天した。

 トレードマークの一つ。ニーソックスは復活していた。

 ただし単色ではなく疑似タトゥーのがら。

 ツインテールはまだ戻ってない。

 代わりに長い髪が頭の上に盛り上げられていた。いわゆる「盛りヘア」である。

 長くなったまつ毛。強めのチーク。真っ赤の口紅の上からグロスが。ブルーのアイシャドウまでしている。

 さらに耳にはピアス。両手の爪すべてにネイルアートが施されていた。


 極端から極端。「疑似美少年」から「ギャル」になっていた。


 その場でお説教が始まった。


「何やってんのさ? あんたは」

 ホームルーム中の「公開処刑」が終わり、休憩時間で解放されたまりあ(?)になぎさたちだけがよる。

 他のクラスメートはさすがにこの異様な姿には近寄りがたいらしい。

「えへへへ。怒られちゃった」

 堪えている様子はない。へらへらと笑う。

「まりあちゃん。耳のそれ、穴開けたの?」

「うん。似合う?」

 フェイクではなくピアスホールを開けていた。花をかたどったピアスをしている。

「どうしてまたこんな姿に…」

 校則の見本のような詩穂理が(ただし髪に関しては大目に見られているところもあるが)疑問を口にする。

「うん。あのね。昨日の日曜日に八重香さんとお買い物に行ったの」

(あの眼鏡のメイドさんだったかな?)

 なぎさは思うだけにとどめて、事情を知るためまずはまりあにしゃべらせた。

「そしたらネイルサロンというのを見つけて。きれいだなぁと思ったの。そしてこれ。女子ならではよね。そう思ったらついやっちゃってて。勢いでピアスホールもお医者さんで開けちゃった。そしたら今朝は雪乃さんが『それなら盛りヘアになさいますか?』というから、やってもらうことにしたの」

 雪乃にしたらピアスホールとネイルアートという、およそ登校に向かないスタイルを皮肉ったつもりだった。

 しかし一週間にわたり男になっていたまりあは、その反動で女性的な物を欲してそのままにとった。

 陽香まで「それじゃ化粧もな」と顔をいじりだす始末。

 主の支持は絶対。それに一度怒られればいい勉強になるだろうと思い、雪乃は指示通りに盛りヘアにした。


「まったく。本当にお前はバカだな」

 優介が苦々しく言う。ただし顔は笑っている。

「なによ。せっかく女の子に戻れたのよ。これくらいしたいわ」

 口をとがらせる。だが一転して「ああ。しばらく男で通していてわかったわ。女の子って最高。スカート万歳。生まれ変わっても女でいたい」と、女子である幸せを語りだした。

 一週間の男装はかなりストレスだったらしく、いうことが正反対になっていた。

「おお。そうしろ。同じバカなら女のほうがまだましだ」

 優介は笑って盛りヘアに手をかける。

「きゃーっ。崩れたらどうすんのよ」

「だったらいつもの二つお下げにしろよ」

 優介の言葉は相変わらずきついが、まりあが女に戻ったのを安堵しているように美鈴たちには見えた。


 そして…そんな二人を見て自分でも意識せずに、不機嫌な表情になっていた澤矢理子がいた。

次回予告


 蒼空学園体育祭開催。さまざまな競技で全力を尽くすまりあたち。

 しかし優介に大ピンチが訪れることに。そして勝敗の行方は?

 次回PLS 第15話「Just One Victory」

 恋せよ乙女。愛せよ少年。

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