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PLS  作者: 城弾
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第10話「Fighting」Part2

 してしまった約束は仕方ない。

「おとうさん。こちらが高嶺まりあさん。南野美鈴さん。槙原詩穂理さん」

 あすかは父親に四人を紹介する。

 なぎさは既に面識があったので省略した。

「なぎささんと共に体験バイト希望だそうです」

 内心では父親が断るのを期待していたのだが

「あすかのお友達と言うなら断れませんな。短期になりますがいいですか。一日二人なら」

 即答でOKだった。

 スケベ根性はないものの四人とも人並み以上の可愛さ。

 これなら男性客の受けもいいだろうという思いもあった。

「決まりね。一日二人ならどうしよっか?」

 まりあがお気楽に言う。

「二日ずつお願い出来ますか? それでずらしていくと」

 詩穂理の提案だ。

「なるほど。たとえば初日にあたしと詩穂理として、次の日にどちらかが残って新しく入るまりあや美鈴を引っ張れるね」

 実際にお運びをしているなぎさは飲み込みが早い。

「わたし最初にやりたい」

 やる気満々のまりあである。

「……」

 顔を見合わせてしまったなぎさと詩穂理。

 まりあの見た目の可愛さは認めざるを得ない。比較されるのは嫌だと言う女心。

「美鈴さん。一緒にやりましょ」

「え。美鈴と?」

「ええ。ついでにいろいろ教えてね」

 なるほどと思った。家事に関しては美鈴の右に出るものはいない。

 なぎさも料理は出来るが家業のせいもあり中華関係に偏る。

 詩穂理はどうしても動作ののろいところがあり、それで失敗することが多い。

 とろさではいい勝負のはずの美鈴だが家事は別。特に料理はすばやく動く。

 そして口調もやさしげ。先生役に指名するのは納得だ。

「う、うん。美鈴でいいなら」

「決まりね。よろしくお願いするわ」

「うん。よろしくね。まりあちゃん」

 服の趣味も近いがこの二人は仲がよい。むしろ単純にそれで指名したのかもしれない。

 美鈴の方も頼られて悪い気はしなかったらしい。

 とりあえず初日はこの二人になった。


「ふん。だがうちでバイトするならそれなりの格好をしてもらうぞ」

 メイドが武人口調で言う。父親は仕事に戻り後の説明を任された。

「それは大丈夫よ。いま雪乃さんに用意してもらっているから」

「雪乃さん?」

「うちのメイド」

 さらっと言うお嬢様。

 そのタイミングを待っていたかのようにまりあの携帯電話が鳴る。

「はい。もしもし」

 ピンク色の可愛い電話を開けて応答する。意外にも何もデコレートしていないシンプルなものだ。

 チラッと見えた待ち受け画面は優介の写真。

「そう。それじゃもうすぐつくのね」

 その後少ししゃべり通話を終わらせる。

「まりあ。何がつくんだよ?」

「この店でバイトするには制服がいるんでしょ。だから…あ。丁度来たみたい」

 大きなエンジン音がする。トレーラーだ。

「あれ? 確かこれは」

 詩穂理はこのトレーラーに見覚えがあった。

 生徒会長選のときのコスプレ演説合戦で使った物だ。

 中には大量の衣類が…衣類?

「お嬢。おまたせ」

 運転席から金髪メイドが威勢良く声を出す。

「陽香さん。あけてくれる?」

「はいよっ」

 扉が開く。その中にある大量の衣類。

 美鈴は目を輝かせ、詩穂理となぎさは絶句した。


 翌日。朝からまりあと美鈴は喫茶・トゥモローにいた。詩穂理となぎさも打ち合わせで同行。

 次の日になるとどちらかと入れ替わりでウエイトレスになる。その相談。


 まりあはピンクのワンピース。半そで。スカートはふわっと広がりところどころに白いフリルが。

 メイドといえばのヘッドドレスはあるがトレードマークのツインテールはそのまま。

 おろしたときよりこちらの方が可愛らしさが増すのでそのままだ。

「まりあちゃん。可愛い」

「美鈴さんもよく似合ってるわ」

 美鈴は赤いワンピース。もっとスカート丈が短いが、美鈴の雰囲気のせいもありエロティックに見えない。

 胸元に大きなリボン。胸の薄さゆえに逆に出来るデザインだ。

 こちらのトレードマークのリボンもそのまま。その代わりヘッドドレスはない。

 ちなみに両者ともノーメイク。

 高校生なんだからという真面目な理由と、日焼けした顔を白くするとどうしても露出した首筋との肌の色の違いが際立つ。

 もちろん小麦色に合わせたファンデーションもあるが、それくらいならしなくても同じと二人ともノーメイクである。

 あすかの場合は正体を隠すために顔が変わるほどの化粧をしている。

 もはや変装に近い。

 炎天下でのロードワークなどもあるが日に焼けにくい体質の上に日焼け止めで肌の色が変わるのを防いでいた。

 余談だが日焼け止めを塗る姿が女子空手部員に安堵感を与えている。

「部長もやっぱ女だったか」と。


「まったく酔狂な。わざわざそんな衣装をレンタルしてくるとはな」

 父親に頼まれなければそう言う服を一生着なかったであろうあすかがあきれ半分でいう。

 さすがにいきなりの話ではオーダーメイドとは行かなかった。

 だからとりあえずレンタルだった。

 四者の身体データにあう衣装で「メイド服」そのものか近いデザインの物を調達したのである。

「また里見さん?」

 恐る恐る詩穂理が尋ねる。この手のコスプレイベントだと出てくるレイヤー少女の名を口にする。

「恵子様は『本番で忙しい』とのことで今回はご遠慮させて欲しいとのことでした」

(この時期だと上条君たちが出向いていたというブックトレードフェスティバルかしら?)

 自分の好きな少年の無二の親友で中学時代のクラスメイト。それで詩穂理には思い当たる節があった。


「それじゃどちらかがウエイトレスで。どちらかは僕を手伝ってくれるかな?」

 あすかの父が言う。

「あ。それじゃわたしがキッチンやりたいです」

 「お嬢様」の発言に思わず制止しかける「メイド」だが逆に当人に目で制された。

「それじゃお願い出来るかな」

「はぁーい」

 まりあとしては普段やらせてもらえないどころか立ち入り禁止の台所の仕事。それをしたいという意図があった。

「それじゃ南野さんは私と一緒にウエイトレスで」

 やまとなでしこと言う感じの声であすかが言う。大好きな父の前なので普段の猛々しさは封印。

「み、美鈴がお客さんの相手ですかぁ?」

 もともと高い声がさらにひっくり返り気味になっている。

(そ、それは)(配置が逆だー)

 心中で突っ込むが空気を読むといい出せる状態でない詩穂理となぎさ。

 もっとも美鈴は目でSOSを発していたが。


 心配なので後で様子を見にくることにしたのだが……


「い、いらさいまて」

 噛んでいるなんてレベルではない美鈴の言葉。気の小ささが如実に現れている。

「ちょっと美鈴? あたしたちだよ」

「え? あ。なぎさちゃん。シホちゃん」

 同級生が来たのもわからないほど緊張していたらしい。

「もー。普段と違う格好だからわからなかったよー。わざわざ着替えなくても」

「そんなに違いますか? これ」

 怪訝な表情の詩穂理の私服はブラウスにロングスカート。そしてベスト。

「暑くない?」

「このお店クーラーすごいですから。だからちょっと着替えを」

 それで秋のような格好なのである。

「まぁメイド服で暑くないようにしたんだろうけどね」

 なぎさは逆にタンクトップ。ただしオーバーオール。若干ルーズな感じが彼女らしい。

「お客様。お席にご案内いたしますね」

 客の前と言うこともあり学校では絶対に見せないような愛想のよさで接するあすか。

 ただしこめかみに青筋が浮かんでいるのを二人。いや。美鈴も含めて三人は見逃さなかった。

「仕事中に私語は慎め」ということらしい。

「は、はひ」

 哀れ美鈴はますます萎縮して接客でどじを連発することに。

「あーあ」

「あんなに緊張しては」

 ボックス席に陣取って美鈴の様子を見ていたがもうみてられなかった。

 しかし裏方がうまくやってないのは明白だった。


 ガシャアンとまた派手な音がする。

 瞬間的にあすかのこめかみに青筋が浮かぶがそこは家業の手伝いとは言えど接客のプロ。

 他者にはまるで見せず「失礼いたしましたー」とわびの言葉を流す(ただしやや事務的な印象で)

「あーあ」

「今度はお皿ですね」

「さっきのはカップかな」

 むろん一度や二度やら店主も人の子。皿洗いで手がすべることもあるだろう。

 しかし10分に一回のペースではとてもこの稼業を続けてきた「プロ」の仕事と思えない。

 偏見といわれても初めて台所仕事をするまりあの仕業と思われるのは無理もない。


 そのたびにあすかが怒鳴りたい衝動を押し殺しているのが明白である。

 なるほど。それを拳に乗せていれば瓦くらいは叩き割れそうなものだ。

「このままじゃ芦谷がもたないね」

 ウーロン茶を飲みながらなぎさがいう。

「やはりここは進言したほうがよさそうです」

 アイスティーを飲みつつ詩穂理が返答する。


 そして三十分経過。

「いらっしゃいませ。お席に案内いたしますね」

 確かにその男性客は看板娘を目当てにやってきた。

 ところが予想以上の美少女がピンクのワンピースで極上の笑顔で迎えてくれた。

「嬉しい不意打ち」である。

 もちろんこれは詩穂理の進言で配置転換して接客に回ったまりあゆえ。

 いくら優介以外の男にはなびかないといえど、元来がいい所のお嬢様。

 パーティーなどで大人相手に猫をかぶるなどざらである。

 この並外れた可愛い娘にその応用をされたらたいていの男は勘違いをする。

 別に頬を染めたり手を握るわけではない。

 ただにっこり笑うだけで十分だった。

「学園のアイドル」は伊達じゃない。


 そして美鈴の方は……

「お待たせいたしました。ハンバーグセットです」

 まりあがテーブルに皿を置く。

「早っ! なにこの早さ。解凍しただけじゃないの?」

 結構混雑しているのに十分足らずでの到着。そう思うのも無理はない。

 しかしたちこめる湯気がとても「レンジでチン」とは思えない。

 空腹もあり客はとりあえず一口はこぶ。

「い、いや違う。きちんと中まで火が通っている。しかも肉の旨みが逃げてない」

「むう…確かに。外を強火で焦がすことで肉汁を中に閉じ込めジューシィな感触を保ち、弱火で中まで火を通している」

「それでいてこの早さ。この美味さ」

「うーまーいーぞー」

 家事。特に料理となるとなぎさですら太刀打ちできないと家庭科で実感していたが、まさかプロとしても遜色ないレベルとは思いもよらなかった。

 対人の気苦労をなくした上に食材相手。

 もともと得意な分野だけに腕前を存分に発揮していた。


 ただしあまりに上手過ぎて本職であるあすかの父が落ち込んでしまったのは余計だったが。


「これなら大丈夫そうだね」

 安心した二人は一度店を出て裏から入ってきた。

「あ。シホちゃん。なぎさちゃん」

 厨房では美鈴がフル回転中だった。

「おお。綾瀬さん。槙原さん。すごいですよ。南野さん。プロの私が負けそうです。そして高嶺さんの接客も見事。最初からこうしていればよかった」

 あすかの父が感動すらしたように言う。

「それは何より。で、美鈴。あしたはどちらが残るの?」

「まりあちゃんだよ。美鈴。ちょっと疲れて」

 「ああ」と二人は納得した。

 詩穂理は運動神経が鈍くて体育がだめだが、美鈴は基礎体力が著しく低くて苦手だった。

 いくら女性といえど非力すぎた。なにしろ缶ジュースのふたを開けるのに道具がいるほどだ。

 持久力に難があるのも推測に難くない。

 ただそれでいてちまちまと細かい作業を続ける「根気」はおそらく四人の中では一番ある。

 暑い季節ゆえその腕前は披露されてないが編み物も得意でいくつも仕上げている。

 ちなみに自分の物より人の物を作るほうが思いがこもり作業がはかどるとか。

 料理はプロ並の大樹も他の家事となるとそれほどではない。

 ましてやそのグローブのような太い指である。編み物は無理。

 それもありこれだけは美鈴の贈り物を甘受していた。


 反面意外に体力のあるのがまりあである。

 箸より重い物をもったことがないイメージだが、テニス部と言うこともあってか存外に引き締まった肉体である。

 それなりに筋力もある。それでいて手足は細い。

 大根足と気にして(実際は同年代女子に比べても細いほうなのだが)制服以外は絶対にスカートを穿かないなぎさからしたら存在自体が反則の女である。


「するとあしたはまりあが残るのか。よし。あたしが入るよ。あしたはまりあ。あさっては詩穂理の面倒を見てやるから」

「……お手数をおかけします……」

 まりあの家事下手が壮絶なので目立たないが、詩穂理も同年代の女子としては上手いとは言えない。

 意欲は十分にあるのだが利き腕を捻じ曲げたせいなのかどこか不器用である。

 ひどいと男の裕生に

「ああもう。不器用なんだから。貸してください。俺がやります」とまで。

 ちなみに元ネタを知らない詩穂理はどうしてここだけ裕生が敬語なのか理解出来ない。


 とりあえず打ち合わせもすんだし様子も見たので二人は店を去った。

 入れ替わるように大樹と優介が来た。

 いかつい顔の大男。その腕に自らの腕を絡める妖しい美少年。

 他の客がざわつくには十分だった。主に(ホモカップル?)という思いで。

 むしろ胸のない女の子が男装しているといわれたほうがしっくり来る優介である。

「いらっしゃいませぇ」

 それを強引に鎮めようとしてか割って入るあすか。

「お二人様ですか? お席に案内いたします」

 二人を目立たない位置のボックス席へと「隔離」した。


 人目が届きにくくなったところで「何しに来た」と学校の口調に戻るあすか。

「様子を見に」

 相変わらず無表情の上に口数が少ない大樹。

 しかし幼馴染の美鈴がいるのである。それで十分理解できた。

「それで、この男か女かわからない奴はなんだ?」

「付き合ってもらった。高嶺のこともあるしな」

 ひとりで来るつもりだったが、まりあの関係者と言うべき優介を思い出して「気を利かせて」同行させたのである。

 優介は優介で「大樹君とデート」とのこのこ出てきたのである。


 立て続けに皿の割れる音が響く。

「高嶺! お前またキッチンに入ったのか?」

 とうとう頭に血が昇って客の前だと言うのに怒鳴ってしまうあすか。

「なぁに? わたしならここに……優介!?」

 優介の顔を見た途端に「愛想のいい女の子」から「恋する乙女」に。

 それもモード全開である。

「嬉しい。わたしを心配して見にきてくれたのね」

「……それは否定しない。お前が台所仕事なんて不安で不安で。夏なんだぞ。食中毒を出したらどうするんだ?」

 真顔で言う優介。

「やだなぁ。あんなことはもうないわよぉ」

 笑顔に冷や汗たらり。

「信用できるか!」

 優介はかつてまりあの料理で腹を壊して寝込んだことがある。

 「痛んでいる」のを「酸味」と勘違いして出したまりあの料理を食べてだ。

 もちろん一口で不味さにはきかけたが、まりあが泣きそうになったので面倒はごめんとばかしに味を感じないように一気に食べた結果が食中毒である。

「あれ? まりあじゃないなら誰が皿を割ったんだ?」

 当然の疑問。接客は失格でも調理などはプロ並の美鈴とは考えにくいのだが…


「あわわわ。やっちゃった」

 実はその美鈴であった。

 手早く掃き掃除して処理をする。こんなことまですばやかった。

「どうしたんですか? 手が滑りましたか」

 まりあはわずか三十分でさじを投げられたが、美鈴は逆に信用を勝ち得ていた。

 それがいきなりのどじである。それなりの理由と思った。

「い、いえ。ちょっと」

 口ごもり赤面する。あすかの父は失敗に恥じ入ったと解釈したが違う。

 人目のない厨房で得意の料理だったが、大樹の気配を感じ取ったら一気に緊張した。

 百人の他人より一人の思い人である。


 そしてそれは同じ女であるあすかも察していた。

「まったく。これだけ離れて大地のことを意識するとはな。高嶺も高嶺だ。水木が来たらいきなり態度を変えて」

 営業スマイルと本気で好きな相手に見せる表情はまるで違うと言うことだ。

「しょうがないじゃない。わたし女の子なんだから」

 男に恋してなにが悪いと言うことである。

「まったく。どいつもこいつも。女に生まれたら男に媚びなきゃいかんのか? こんな男を喜ばせる以外に実用性のない服で愛想を振りまいて」


 あすかは接客で憤慨しているわけではなかった。

 ただ女に生まれたのを不運と嘆いていたのであった。

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