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PLS  作者: 城弾
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第10話「Fighting」Part1

 夏休みともなると学生たちが羽根を伸ばすと思われがちだが、受験に向けて更なる勉強をするもの。

 あるいは家業を手伝うものも少なくない。

「はいっ。冷やし中華お待ち」

 威勢のいい少女の声がテーブルに響く。

 なぎさは家のラーメン屋の手伝いをしていた。

 暑いにもかかわらずパンツルックだが、さすがにふくらはぎの露出する丈のものをはいている。

 上はTシャツ。汗ばんで下着のラインがうっすらと出ている。

 うなじを露出させたトレードマークのポニーテールがいつにもまして涼しげだ。

「おっ。なぎさちゃん暑いのに今日も元気いいね」

 中年男二人がいやらしい感じではない笑みを健康的美少女に向ける。

「あたし暑いの大好きなんですよ」

 話しをあわせているわけではないのはその笑顔が証明している。

 日ごろのトレーニングは伊達ではない。多少の暑さではへばりはしない。

 むしろ暑くなると元気になるタイプだった。

「なぎさちゃーん。注文いいかい」

「はーい。ただいま」

 お昼時とはいえど大忙しだった。

 その笑顔は下町のアイドルという感じのなぎさである。


 槙原詩穂理は暑いのが苦手である。さらには背中に達する黒髪。

 切るように母や姉から勧められているが、とあるAV女優と瓜二つな彼女は印象を遠ざけるためショートカットの女優と正反対のロングヘアを維持している。

 切らないならせめてまとめてしまえばいいのだが、大人びている彼女の顔でまとめてしまうと見た目の印象が二十歳を越えてしまうのである。

 さすがにそれは嫌な16歳の乙女。

 さりとてポニーテールはなぎさ。ツインテールはまりあのシンボルの上に彼女たちがとても似合っていたので真似する気にもなれず髪を下ろしたままである。

 ひたすら背中が暑い。

 だから冷房の利いた場所はオアシスであった。

 今は家業の本屋の手伝いでレジにいた。

 あまり接客の得意でない彼女は裏方を希望したが姉と妹の推薦でレジである。その真意は…


 一人の男性客が一冊の本を無言で差し出す。

「いらっしゃいませ」

 大人びた外見と裏腹に高くて細い可愛らしい声で挨拶する詩穂理。

 しかし本を見て無表情でいるのが難しい状態になる。

 それはAV女優の特集をした写真集。特に美愛くるみ…詩穂理によく似た女優を多く取り上げていた。

(まただわ…)

 彼女が押し殺した表情は「驚き」でも「恥じらい」でもなく「げんなり」である。

 何人もの男が同じ本を買っていく。

(本能的なものだから男の人がエッチなのは仕方ないけど、どうしてみんなして同じ本を買うのかしら?)

 疑念を胸にしまい営業スマイルで淡々とこなしていく。


 影では詩穂理の姉。美穂と妹・理穂がその様子を見ていた。

「大成功ね。美穂お姉ちゃん」

「あんたがネットで『美愛くるみそっくりの店員がいる店』とうちをアピールしてくれたおかげよ。理穂」

 とんでもない姉妹だった。


 だが長い休み。当然ながら遊んでいるものいる。

 大地大樹。双葉の兄妹。そして美鈴は連れ立って映画鑑賞であった。

「面白かったね。お兄ちゃん。美鈴ちゃん」

「……」

「そうだね。生き別れの兄妹が他人として再会して恋人になっちゃうなんて凄い話だよね」

 二人の少女の趣味で恋愛映画だった。

 実は大樹としては泣けてしまうので劇場では見たくなかったのだが、美鈴と双葉に同行を頼まれればいやとは言えない。

「ねえ。このまま帰るのもなんだし。あの可愛いお店でちょっと休んでいかない?」

 喫茶店と思しき店を美鈴が示す。

「喫茶トゥモロー? 明日か…なんか前向きだね。お兄ちゃん」

 兄に同意を求める妹。黙ってうなずく無口な兄。静かに足を向けるが

「やぁ。南野。それから大地双葉ちゃん」

 胡散臭いさわやかさを振りまいて火野恭兵がわって入る。

 きっちり女子にだけ挨拶と言うのがこの男らしい。

「火野君?」

「こんにちは。火野先輩」

 突然の闖入者に驚く美鈴。先輩に対する礼儀で挨拶する双葉。

 同級生男子の大樹はリアクションが違う。

「……ナンパか?」

 ぼそっとつぶやくそれは決め付けではない。恭兵の頬には平手打ちの跡がくっきりと。

「いやぁ。参ったぜ。照れ屋でさぁ」

 否定しない。ナンパ失敗の挙句にたたかれたらしい。

 顔がよければどんな女もなびくわけではない。まりあがいい例だ。

 物の見事に失敗して平手の跡がみっともないので喫茶店で処理するつもりだったところに鉢合わせである。

 思わぬ闖入者に正直良い感じではない双葉たちであるが、そんな空気を「読まない」恭兵はいつものなれなれしさで一緒にはいる。


 やたらに男性客の多い店であった。そして内装がやたらにファンシーであった。パステルカラーで占められている。

「これって話に聞くメイド喫茶?」

 実際に出向いたことのない美鈴がイメージだけでそんな感想を漏らす。


「いらっしゃいませぇ」

 舌足らずを「装っている」ような声が響く。

 口調は可愛いが声そのものは低めのハスキーだ。

「あ。四人…ヒューっ」

 女好きの恭兵が人数を告げかけて思わず感嘆の声を上げる。

 派手な化粧ではあった。いわゆる「不思議ちゃん」のメイク。

 だが顔の形自体は整っている。メイクを落としたら意外に地味な美人なのではないか?

 恭兵はそうジャッジした。

 派手な大きなリボンで誤魔化されるが黒髪ストレートと髪もやや地味。

 もっとも黒髪ロングは男に対して絶大な効果をもたらすのでこの場合は正解。

 服装もいたるところにバッジなどをつけたエプロンつきのワンピース。

 平たく言えばメイド服だった。

 その動きにくそうな服装で軽々と動き回っていたのは出向いたときの身のこなしでわかる。

 見た目と裏腹に運動神経はかなりいい。

「何処かでお会いしませんでしたか? お嬢さん」

 店の中でウエイトレスをナンパするなんてのは恭兵くらいだろう。

 あっと言う間に手を取っている。メイドも面食らっている。

(なぎさちゃんには見せられないなぁ)

 美鈴が苦笑する。

「ン? この手の感触。マジで覚えが……どこだったかなぁ?」

 これはナンパの手段でなくて記憶を弄る恭兵。

「はーい。四名さまごあんなーい」

 考え出した恭兵の手を逆に取る。やわらかい手の感触で脳細胞がピンク色に染まる悲しい生き物。

 なし崩しに四人同席になってしまった。


「いやぁ。しかし奇遇だねぇ」

「ほんとですね。先輩」

 調子のいい恭兵だが邪険にしない双葉。そもそもそういう性格ではない。

 かといってその端正な顔に見とれたりもしない。

 極端なブラザーコンプレックスの彼女にしたら、恭兵はまるでタイプが違っていた。

 好きでも嫌いでもないと言うのが実情。

 美鈴にいたってはクラスメイトの上に本人は大樹にのみ目を向けているのでどれほど恭兵が美男子でも関係ない。

 なぎさにも友情を感じている身としては恭兵に接近したら「裏切り」と言う思いもある。

 そしてやはり顔のよさを鼻にかけた軽薄さがやや苦手だった。

 もちろんこれで引き下がるようなら女の子に積極的になんてなれない。

 とりあえず女の子にはやさしく。それが恭兵の身上だった。


「ご注文何になさいますか?」

 物凄く間の悪いタイミングでウエイトレスがオーダーをとりにきた。

 話の妨害と言うのは考えすぎか? しかしそう勘繰りたくなるような絶妙なタイミングだった。

「アイスコーヒー」

 気を悪くした様子のない恭兵。

 ウエイトレスも女子である。ターゲットを切り替えたというところか。

「ブレンド」

 短く大樹が言う。

「おいおい。この炎天下で暑い飲み物かよ」

 思わず突っ込む恭兵。

「冷たい物ばかり飲むと胃に悪い」

 正論であった。ましてや店内は冷房が効いている。

「美鈴は…」

 普段の癖で自己代名詞を使わずにしゃべりかけて口をつぐむ。

 知り合い相手はいざ知らず「見ず知らず」の相手にはちょっと突飛な印象を与えるのは認識していた。

「あったかいミルクティーで」

 甘くして飲むと暑さにも耐えられるような気がしていた。

「オレンジジュースで」

 さすがのブラコン娘もそこまでは追随できず。冷たい飲み物を頼んだ。

「かしこまりました」

 背筋の伸びたきれいなお辞儀をする。そして踵を返すと奥へと歩く。

「出来るな…」

 珍しく大樹から切り出した。身のこなしに無駄がない。

「ああ。スポーツをやっている手だった。しかしあの手の感触。どこでだったかなぁ。顔もどこかで見た気が…」

 女の子に関する記憶には自信がある恭兵だが首をひねっていた。

 それでいて引っかかるあたりどこかで顔をあわせている。


 正解は意外なところから教えられた。

 大学生たちと思しき男四人。その一人がウエイトレスを名指しで呼んだ。

「あすかちゃん。俺アイスコーヒーのおかわりね」

「……かしこまりました」

 このなれなれしさ。どうやら常連なのだろう。

 しかしそれでいてウエイトレスは顔色を変える。

「……あすか? あの手の感触……まさか!?」

 一人の少女の「素顔」が脳裏に。しかしあまりに違いすぎる。

 恭兵は思わず立ち上がり、失礼にもほどがあるがウエイトレスを指で指す。

「おま…おまっ。お前、空手部の鬼主将?」

「えーっっっ?」

「芦谷先輩!?」

 同学年の美鈴は他のクラスとは言えどその武勇伝を知っていた。

 双葉の場合は海水浴で助けられたので覚えがあった。

「お客様。大声はご迷惑ですよ」

 にっこりと笑っている。しかし漂うオーラはまさしく怒りのそれ。


 注文の品が運ばれる。同時に伝票も置かれる。

 そこには「話がある。裏手に来い」と呼び出しのメッセージ。

 無言のまま飲み物を飲んだ一同は支払いを済ませて外に。

 見送るあすか。どうやらそれは定番らしく誰も不審に思わない。

 そしてそのまま彼女も外に出た。


 裏手に回るや否や愛想のいいメイドから空手部の鬼主将へと変わる。

「どうしてここにきた? 綾瀬がしゃべったのか?」

「い、いや。なぎさには聞いてない」

 実際になぎさは他言してない。

 別にゆすりネタと言うわけではなく「弱みにつけこみたくない」と言う思いであった。

(なぎさがたまにこいつを制していたのはこれを知っていたからか)

 合点の行った軽薄美男子。

「美鈴たち映画の帰りに偶然きたんです」

 フォローと言うわけではないがとりあえず弁明する美鈴。

「ああ。あそこの映画館か」

 スーパーと一緒になっている劇場がある。それで納得したらしい。

「いいだろう。信用してやる」

 とてもメイドとは思えない高飛車な態度であった。

 武人。それが似合う雰囲気だった。


「いやぁ。しかし化けたもんだな」

 せっかくのいい雰囲気をぶち壊しにする軽薄美形。

「学校じゃ化粧してないし制服か空手着だもんな。それがこれだけメイクしてこの格好じゃわからないはず……」

 最後まで言わないうちにあすかの拳が顔面めがけて飛んできた。

 だがそれは大樹の手でブロックされた。

「邪魔をするな! 大地」

 凄みのある声で怒鳴りつける。

「女の手は殴るためにはない」

 華奢な手ではむしろ拳を傷めると言う意味である。

 大樹も衝撃を殺すようにして拳を受け止めていた。

「好きで女に生まれたわけではない」

 今度は大樹を相手にそのハスキーボイスで怒鳴りつける。

「理不尽だと思わないか? 女と言うだけでまるで男の従属物。こんんな虫唾の走る衣装で息詰まる化粧までして愛想を振りまかされる」

 相当に我慢していたらしくここで爆発させていた。

「ばかだなぁ。僕が君をそんな風に思っているわけはないだろ」

 本当にさりげなく手を握る恭兵。

「僕はすべての女の子を愛しているよ」

「綾瀬はどうなんだ?」

 鬼すら逃げそうな冷たい眼光でにらみつける。

「ああ。あいつは…」

 今度はいえなかった。腹部を殴られたのだ。

「ふん。女と見れば見境なしか。こんな馬鹿な生き物に愛想笑いをしないといけない我が身が恨めしいわ」

 それだけ言いつつメイド姿を続けているのは何でだ?

 そんな疑念を解決してくれた人物がいた。

「あすか。そろそろ店に戻ってくれないか?」

 この店の主と思しき格好の男性がこの場にきた。

「はい。申し訳ありません。おとうさま」

 とたんに柔らかい口調にかわる女主将。

 どう見ても「嫌々」の「愛想」とは思えない口調の変わりようだった。

「そうかい。頼むよ。看板娘のお前がいないとね」

 どちらかと言うと貧相な印象のある男性である。

 口ひげがむしろ貧相に拍車をかけていた。

「大丈夫かい? トラブルはまずいよ。ああ。こんなことならお前を空手の道場になんか入れなきゃよかった。小さいころは気が弱くていつもいじめられては泣かされて帰ってきていたお前に強くなるようにとやらせたが…」

「さぁさぁ。おとうさま。お客さんが待ってますよ」

 「知られたくない過去」をしゃべられまいとその背中を押し出していくあすか。そのまま彼女は店内に戻る。残された四人。

「そっかぁ…芦谷先輩。お父さんのことが好きなんだね」

 双葉としては共感を抱かずにいられなかった。

「なるほど。強くなりすぎて今の鬼主将になったと」

 恭兵にしてみれば彼女もナンパの対象外になったらしい。クールに分析していた。


 夕方。帰宅してから他愛のない電話をしている双葉。相手は千尋。

『えーっ? あの芦谷先輩がメイド!?』

「そうなの。もうびっくりしちゃったぁ。あ。でもこれここだけの話ね」


 その夜。玄関先の井戸端会議。千尋と詩穂理。

「芦谷さんがそんなことを?」

「双葉から聞いてびっくりしちゃったよ。あ。シホちゃんこれは内緒ね」


 翌日の夕方。あすかは顔が引きつるのをこらえて無理やり営業スマイルを作っていた店の前。

 中に入れまいとブロックしてるようにも見える。

「いらっしゃいませ。お嬢様方。四名さまですね」

「ええ。お願いね」

 長いツインテールを揺らしてまりあが言う。

 傍らではなぎさが手を合わせて「ごめん」と言うポーズ。


 実はこの一同。この日はプールで遊んでいたのだ。

 あすかの秘密をもともと知っていたなぎさ。

 知ってしまった美鈴、聞かされた詩穂理。そして最後にまりあに伝わった。

 あの女主将が可愛くなっている。それでここまできたらしい。


「ごっめーん。まさか美鈴からばれるなんて思ってなくてさー」

 なぎさが謝って見せる。

「……まぁいい。貴様はそんな姑息なまねをする奴じゃない。どのみち口止めも忘れていたしな」

 現在はメイド姿で武人の口調だからギャップが激しい。

「それでなんだ? 空手部の主将がメイドと笑いにきたのか?」

「笑う? 違うわ。頼みにきたのよ」

「頼みだと?」

 まりあの口から「頼み」なんて言葉が出るとは。軽く驚いていたあすかである。

「ええ。空手部の鬼主将が男の子にちやほやされる。そんな技術があるならわたしも優介に対して使ってみたいわ」

「……お前の頭の中には水木のことしかないのか?」

「そうよ。わたしの人生。優介と愛し愛されるためだけにあるのよ」

 迷わず言い切った。

「でもなんか行き違いがあるらしくて。それを修正するためにその女の魅力を借りにきたの。わたしにもその仕事を手伝わせて」

 なんとお嬢様のバイト希望。これにはその場の少女たちも驚いた。


「……まったく、なめられたものだな」

 嫌がっている割にはこのウエイトレスという仕事に誇りを抱いていたあすか。

「いいだろう。そこの三人もやるならお父さ…父に頼んでやる」

 これで嫌がって帰ればよし。

 やればやったで同じ秘密を持てば軽々しく学校で吹聴出来まい。そういう狙いでもあった。

「ほんとですか? 美鈴、この服可愛いから着てみたいと思ったんです」

「まぁあたしとしちゃ秘密守れなかったからその罪滅ぼしで」

「ここなら…ここならAV女優のマニアの男の人はいませんよね?」

 まさか全員承諾とは。

 あすかにしてみたら完全に計算外だった。

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