第7話「Time Passed Me By」Part3
成長してまりあも美しくなった。
元々白い肌だったが年頃になると輝く白さへとなって行った。
背は伸びたが横には広がらず華奢ではかなげ。
全体的に丸みを帯びているがあくまで女性的な印象であり、太ってはいない。
胸元だけはまだまだではあるものの、なだらかな曲線を描くボディラインが美しい。
髪も伸びツインテールが完全にトレードマークになっていた。
このころからアイドルとしての扱われ方を受けていた。
成長したのは容姿だけではない。「駆け引き」も考えるようになった。
とにかく追いかけているだけでは優介がなびいてこないと悟った。
だからあえて距離も置いた。多少は体面もあるのではあるが。
当然だが他の男子には目もくれないので女子の友人ができる。
ツインテールの印象が「洋風」なら、切り揃えた艶やかな黒髪が「和風」の印象。
まるで和風のお姫様である。
女子制服はスクールブラウスにチェックのプリーツスカート。そして海老茶のブレザーというのが彼女たちの中学のそれであった。
だが明らかにこの少女には和服の方が似合う。そんな物静かな印象だった。
「まりあさん。一緒にお昼にしませんか?」
「ええ。そうしましょ。姫子」
北条姫子。それが彼女の名前。
まりあともども大財閥の後継者であり、その似たような境遇ゆえに出会ってすぐに親友となった。
ただし決定的に違う話としては……
「十郎太様もいかがですか」
姫子が親しげに呼び掛けたのは学生服に身を包んだ鋭い目つきの少年。痩身だが只者とは思えない雰囲気を持つ。
それもそのはず。彼は現代に生き延びた風魔の末裔。
その名を風間十郎太。その役目は姫子の護衛である。
同じ歳ということもあり同じ学校へと進学した。
クラスが同じになったのは姫子の実家の差し金ではあるが。
「ご一緒させていただくでござる」
ふざけていない。これが素の喋り方なのである。
服装こそ現代社会に溶け込むべくそれなりだが、生活自体はかなり戦国のそれを踏襲している。
もちろん電気なども使うし、自動車も使ったりするが文化は当時に近いものがある。
言葉遣いもそう。そして男女の関係も。過度にべたべたしたりはしない。
それでも互いに気遣う様子が見て取れた。
「……はぁ……いいなぁ」
「何がですか?」
「あなたたちよ。姫子には風間君という相手がいていいなぁって」
その発言の直後に僅かだが頬に朱を散らせる鉄仮面。
「拙者、姫の護衛でござるからな。可能な限り御側についてなければならぬ」
「それにしたっていいなぁ。優介は振り向いてもくれないし」
最初はわがままから始まっていた。
それがいつの間にかいないと寂しい相手に。
そしてどうしても一緒にいたい相手にと変化していた。
まりあは自分でも気がつかないうちに優介に心を奪われていたのである。
だがそれまでの振る舞いがたたり、優介にはとにかく嫌われている。
それを後悔してからはわがままも少しではあるがなりを潜めるようになった。
皮肉な形で両親の願いがかなってしまったことになる。
「気を落とさないでください。まりあさん。信じ続ければきっといつかは」
「そうかしら?」
それまで自分がしてきたことを思うと、あまり自信がないまりあであった。
三人は黙々と昼食を続けていた。
家庭科室。軽く驚く少女たち。
「北条って、あの北条グループですか?」
きちんと新聞を読み社会のことを知っている詩穂理が目を丸くしていう。
「あのっていうほどか知らないけど、その北条グループよ」
あっけらかんと言い放つまりあ。
「……あんた本当にお嬢様なんだな」
住む世界が違うな。そう言いたげななぎさである。
「はたから見ればそうなるようね。でも生まれる家は選べないし。わたしは普通の女の子のつもりよ」
「……普通?」
意外にも美鈴が突っ込みを入れる。
「ちょ、ちょっと美鈴さんっ。それどういう意味っ?」
意外な攻撃にたじろぐまりあ。どうやら自身でも無理があるせりふだったらしい。
「だってねぇ」
背が低いのもあるが上目遣いで詩穂理やなぎさのほうに視線を送る。
「ねえ」
「ええ」
納得している二人の少女。
「普通の女の子はお米とぐのにお湯はつかわないと思うし」
家事の得意な美鈴から見れば宇宙人に見える。
「し、知らないから学ぶんじゃない」
確かに家庭科の授業中の話だった。
「学内選挙でコスプレでのアピールはしないと思います」
とは言いつつも自分がそのプロポーションのせいでやる羽目にならなくて良かったと思っている詩穂理。
「あれは里見さんにだまされたのよっ」
でも普通の女の子はだまされていることに気がつきそうなものである。
「なによりああまで堂々と校内で男を追いかけたりは出来ないと思うけど」
自分は「親衛隊」に阻まれてアプローチも出来ないなぎさ。
「優介がわたしになびけばそれで解決よっ」
「……」
この世は自分を中心に回っている。そんなまりあの内側を理解した気がする一同であった。
一方の優介。こちらも子供っぽさを残しつつ成長。
妖しげな美少年ぶりに拍車が掛かっていた。
思春期の少年少女にしてみたら刺激の強い存在だった。
中学生の少女たちともなればだいぶ『色気づく』のもあり、優介に付きまとう女子も少なからずいた。
しかし彼はこれを喜ぶどころか『鬱陶しい』と疎んでいた。
クールでたまらないというものもいるが、段々と彼は女子に相手をされなくなっていく。
それを見越していたのでまりあは平然としていた。
「ただいま」
帰宅した優介は体育で汗をかいたこともあり、いきなり風呂場に直行した。
脱衣所のバケットには女物の下着があるにもかかわらず、全裸になり中へと。
「あら。優介」
「優香ねえちゃん。ぼくも入るよ」
この当時高校生の長女・優香が既に入浴中だったが平然としている。優介も同性相手の感覚である。
「ちょうどよかった。背中流してよ」
優介は使われることに渋ったが、汗臭いのにガマンできず乱入したのが悪いかと諦め従うことにした。
「ねえちゃん。また胸大きくなった?」
背中どころかバストまで弟に洗わせる姉であった。
「ふっふーん。わかる? あんたはいつまでたってもまったいらだけど」
確かに胸がないのが…というより「男なのが」不思議な美貌の少年だった。
そのせいか姉たちは彼を男扱いしていない。
そしてそれもあり優介も女性に対してのときめきがなくなっていた。
いかに肉親とはいえど美少女と裸の付き合いまでしているのである。
そりゃ「飽きても」くる。
それで彼には少女たちのアプローチが無効だったのだ。
綺麗な顔。豊満な胸。白くきめ細かな肌。甘い香り。柔らかく可愛らしい声。
全てが家にある。飽きるほどに毎日。
反対に父親は単身赴任で盆暮れにしか帰ってこない。この家には男性的な要素が圧倒的に足りなかった。
優介を『男らしく』導くものがなく、彼に影響を与えるものは女性的なものばかり。
例えば母子家庭であれば息子が母を守らなきゃと自然に強くなっていく。
しかし父親不在といえどそれは死別でもなければ不仲による離別でもない。
むしろ家族を養うためにがんばっているのである。その安心感はある。
「男の僕ががんばらなきゃ」という気負いはない。どっぷりと女ばかりの家庭に浸っていられた。
優介にとって女は異性という存在ではなくなってきていた。
軽音部のスタジオ。くしくもまりあと同じような調子で話しを進めている優介。
「あー。ちょっとだけわかるかもな。オレの妹。一年にいるけど口やかましくてさ」
裕生が笑いながら言う。その目前に巨漢の大樹が立つ。そして深々と礼をする。
「双葉が世話になっている」
「あ、ああ。そういや千尋が言ってた友達って大地の妹さんか」
アンナの騒動のときはそれを認識する余裕がなかった。
「ああ」
短く肯定する。そして無口な彼に珍しく「雄弁に」語る。
「妹は、いいものだ」
「……うわ……」
シスコン振りに引いてしまう裕生と恭兵。残る優介はとことんまで主張を曲げない。
「悪いけどそれは賛成できないよ。大樹君。妹も姉も。赤の他人も女はみんな……」
中学生活にもだいぶ馴染んできたまりあたち。
「おーほっほっほ。新入生の皆さん。ごきげんよう」
無意味な高笑いをしている少女は二年生。まりあたちの先輩に当る。
長い髪がいわゆる縦ロール。年齢に不釣合いな豊満な胸元を思い切りそらして気持ちよさそうに笑う彼女の名は橘千鶴。
彼女もまたお嬢様であった。そして
「お姉さま。ステキです」
おべんちゃらではなく本心から言っているらしいのが、やはりこの学校に進学した海老沢瑠美奈。
血縁だけに似たような体躯。こちらも胸が育っている。
ちなみにまりあと姫子は平均的であった。
「ご無沙汰してますわぁ。千鶴さん」
にこやかに挨拶する姫子。
「ゲッ! 姫子。あんたもいたの」
「はい。ご挨拶が遅れまして」
橘千鶴はこの姫子が苦手だった。どうしてもこのおっとりしたペースが合わないのである。
一緒にいると調子が狂う。それで苦手だった。
「別にいいんじゃない。姫子。向こうから来てくれたんだし」
「ふん。家の規模はともかく、態度の大きさとわがままぶりは相変わらずね。高嶺まりあ」
「あら。態度の大きさでしたら先輩には負けますわぁ」
どちらも「世界は自分を中心に回っている」というタイプのまりあと千鶴。衝突必至である。
それも「女ならでは」の展開である。
先輩を先輩とも思ってないまりあ。後輩相手に大人気ない千鶴。二人が火花を散らし、周囲ははらはらしている。
それを醒めた目で見ている美少年。
(だから女はいやなんだ。自分勝手でわがままで。自分のいうことは何でも通ると思っている)
優介の周りにはたまたまそういう女ばかりだったのである。
そしてそろいもそろって美女ばかり。
彼はその歳にして既に女性に対して夢をもてなくなっていた。
家庭科室。
「選挙の時に海老沢の強烈なキャラクターは理解したつもりだったが」
「上には上がいたんですね」
何処か達観したかのようななぎさと詩穂理の口調。
「わたしは別よ。優介があんなになったのは他の女たちのせいよ」
何でこれでまりあに「顔は可愛いけど性格は最悪」という評判が立たないのか、本気で頭をひねる三人娘だった。
「でもいくら女に愛想を尽かしてもいきなりホモに走るはずがないわ。何かきっかけがあったはずよ。例えば他の男の子にアタックされたとか」
「まっさかぁ」
なぎさにしてみれば男を愛する男というのは物語の出来事だと言うイメージがある。
優介にしても誤解なのではないかと。
そしてそれは実は的中していた。
ある日の放課後のことである。
このころから既に追いかけっこのまりあと優介。
廊下を全力疾走の優介は曲がり角で出会い頭に対面の歩行者と衝突してしまう。
「うわっ」
もみ合うようにして転んでしまう両者。優介はちょうど組み敷かれた形だ。
「優介ぇーっ」
まりあが甲高い声で名を呼び走り去る。無視していたと思いきや振り返る。
「何してるんですか? 坂本先輩」
まりあはこのころからテニス部だが、この坂本俊彦は二年生のテニス部員である。
坂本との距離は10メートル。そしてまりあからは死角になって優介が見えない。
「ああ。ちょっと転んでね。高嶺君。君はクラブは?」
「ちょ……ちょっと今日は」
曖昧に笑うと逃げるようにその場を去る。本来なら女子も部活の日であるが、優介を追うことを優先していたので追求される前に逃げ出した。
「もう大丈夫だよ」
ずっと坂本に「押し倒されていた」形の優介。
いくら美形でも男である。それに押し倒されていれば心地よいはずがない。
ところが彼は頬を染めていた。目を大きく見開いて、まるで女の子の様な表情だ。
(なんで? 何でぼく男相手に胸がどきどきしてんの?)
実を言うとまりあに見つかるのではないかと緊張していたのが理由なのだが、それを男相手にときめいたと勘違いした。
ある意味では「つり橋効果」である。
「悪かったね。注意力が足りなくて君とぶつかってしまって」
「い…いえ。ぼくが走っていたのが悪いんですし」
この反応には優介も戸惑った。誰が見ても。何しろ自分ですら非は自分にあると思っていたのだ。
ところがこの男の先輩は自分を責めるどころか、こちらに頭を下げていた。
今までのわがまま女たちとは明らかに違う。それが新鮮であった。
「立てるかい?」
「はい。だいじょう……!?」
立とうとしたら足首に激痛が走りよろめく。とっさに坂本がそれを支える。
見た目は優男なのだが意外に力があり、がっしりと優介の腕を掴む。
この「逞しさ」も新鮮だった。そして優介は女の子のように華奢だった。つまりこれは自分にない要素。それに惹かれた。
「いけない。捻挫したのかも。ちょっと足を見せて」
「え。いいです」
「ダメだよ。見せてごらん」
優しく、それでいて力強く言われて優介はなすがままになる。
とりあえず床に腰を下ろした状態で坂本の手が優介の脚に触れる。
「んぁっ」
思わず声のでる優介。痛みではない。触れられたことである。
しかしそれには構わず触診する坂本。
(どうして? どうして男の人相手に変な気持ちに?)
「うん。とりあえず捻挫とまでは行かないようだ。だが一応は保健室へ行こう」
そのままひょいと優介を抱えあげてしまう。いわゆる「お姫様抱っこ」
「い、いいです。ぼく、恥ずかしいです」
「そんなことをいってる場合じゃないだろう。捻挫ではないもののすぐに手当てをしないと」
優しく、しかし強引に優介を抱き上げて歩き出す。
そのまま人目につかないように、言い換えると二人だけの時間が流れる。
(ど…どうしよう。男の人相手にドキドキしてる? ぼくっておかしいの?)
保健室に着くまでにすっかり消耗していた優介であった。
実を言うと親切にされた感謝から来る憧れを「恋心」と混同していた。
自分でも理解していた「女嫌い」がそれをさらに増長させた。
この一件が大いなる誤解への伏線となる。
「それってさ…勘違いしてねーか?」
軽音部のスタジオ。そこに考えが至ったのは裕生だ。
「その先輩が親切だったのは本当として、それを変な勘違いしてたんじゃないのか?」
「違うよ。そんなんじゃないよ」
思いを否定されてむきになる優介。
裕生が続ける。
「スーツアクターってのはさ」
裕生の父は元俳優。正確に言うとスーツアクターであった。
現在は後進に道を譲り演技指導をしている。
「やっぱり男が多いんだよ。女だと色々まずいんだ。体力的にもだけど胸が邪魔で」
「槙原さんみたいに?」
「アイツは論外だ。例えペッタンコでもあの鈍さじゃ」
(鈍さじゃ君も相当なもんだと思うけどねぇ)
女の子に対してまめな恭兵でなくても詩穂理が裕生に気があるのはわかる。
何しろあのお堅い「委員長」が裕生相手にだけは無防備な笑顔をさらし「ヒロ君」と子供時代の呼び名で呼ぶのである。
わかってないのは当の裕生だけである。
「美鈴と双葉も鈍いからということにしといてくれ」
いきなりずいと迫る大樹。名前の上がった二人はそろいもそろってAカップ。そしてスポーツが苦手。
大樹なりにそれを気遣ったのである。
ちなみに二人は得意も一致していて家事全般。特に料理は絶品である。
「で、どこまで話したっけ? そうそう。スーツアクターは女役をやることもあってな。場合によっては男同士でラブシーンという展開もある。けどそこからそんな関係になったなんて聞いたことないぜ」
「そんなことない。あの時感じたときめきは本物だよ」
珍しく優介が男相手に強い口調になる。それだけ大事な思いでだったらしい。
「ぼくだって悩んだよ。けどね。決定的な出来事があったんだ。ぼくが男の子を愛せるって認識した出来事が。それで吹っ切れた」




