最終話「Happiness×3 Loneliness×3」Part1
まりあたちが高校生になって三度目の四月が来た。
無事にみんな最上級生へと進級したその初日。
まだ桜の残る道を長身のカップルが歩いて登校してきた。
少年の左手と少女の右手は指を絡めてつながれている。
「……はは。ちょっと恥ずかしいな。キョウくん」
少女。綾瀬なぎさはほほを染めて、手をつないだ相手の少年。火野恭平を見上げる。
「恥ずかしがることない。可愛いよ。なぎさ」
優しく甘い声で囁く金髪の美少年。
「よく似合っているよ。特にそれ」
彼は空いている右手でなぎさの耳たぶに触れる。
なぎさの耳たぶがきらりと光る。
駅の改札口を抜け目を引く巨漢と小柄な少女が並んで歩く。
学校から徒歩圏内に家があるなぎさや恭兵に対し、駅からだと反対方向になる。
「うう。どきどきする。それにちょっと恥ずかしい」
小柄な少女。南野美鈴が赤い頬で言う。
「心配ない」
相変わらず無口な巨漢。大地大樹はいかつい顔ながらやさしく言う。
「ありがと。大ちゃん」
笑顔で返答する美鈴。しかし会話が続かない。
(うー。双葉ちゃんが遠慮して友達と一緒になったから間が持たない)
血のつながらない兄への思いを断ち切った双葉は、未練にならないようにと一緒の登校をしなくなった。
それで無口な大樹とで間が持たないのである。
それでも何とか会話を試みる。まずは進級初日ならではの話題だ。
「一緒のクラスだといいね」
赤く彩られた美鈴の唇が言葉を紡ぐ。
なぎさ達や美鈴達が校門に入った直後に、二台の自転車が相次いで校門を通過する。
そのまま自転車置き場へと向かう。たまたまなのか他に誰もいない。
「シホ。だいぶ自転車うまく乗れるようになったな」
裕生は自転車に鍵をかけつついう。
「自転車乗りよりきついことを春休みにしていたから」
自転車のスタンドをたてながら槇原詩穂理が答える。
「まさかお前に先を越されるとはなぁ」
幼いころから裕生が目指していた世界に、その気の無かった詩穂理の方が先に出てしまった。
「私は通りすがりみたいなものよ。本気のヒロ君とは違うわ」
「お前だって本気じゃん。その髪」
「こんな髪で学校に来るなんてそれこそまさか……くちゅん」
可愛らしいくしゃみが出た。
「暖かいから油断していたわ。マフラーしてくるんだった。首筋寒い」
そして校門近くに泊まった黒塗りの車から一人の「少年」が降り立つと、登校中の生徒からざわめきが起きる。
男子としては小柄。
後ろから見ると華奢な背中と大きめのヒップで女子丸出し。
しかし正面から見ると男子のイメージがある。
ぶしつけな視線が集まる。
「少年」はそれに不快感をあらわにする
「なんだよ? おれの顔に何かついてんのか?」
可愛らしい声を無理やり押し殺して、男子の声でいうとぎろりとにらむ。
やたらと交戦的。むしろ「手負いのケモノ」という印象。
そのやさぐれた雰囲気におののいた学生たちは「彼」から視線を逸らす。
「ふん」
「彼」は周囲にさほど興味を示さず一人で校門をくぐる。
校庭の掲示板に新しいクラスが掲示されている。
同じクラスになって喜ぶ者たちもいれば、嫌悪感を隠さない者たちもいる。
その逆にクラスが離れて残念がる者たちや、距離を置きたい相手と離れて安堵するものなど様々だ。
なぎさと恭兵の新三年生たちも、A組から順に自分の名前を探していた。
C組まできて二人ともない。
「やったな。なぎさ」
「うん。キョウ君。卒業まで一緒」
ふたりは残ったD組と分かり喜ぶ。
「火野」
野太い声で呼ばれ恭兵が振り返ると、頭一つ抜けている大樹がいた。
「お前たちもか?」
言外にD組なのかと確認している。
「大地ともまた同じか」
名前を「あ」から順ではなく、ダイレクトに「ひ」のあたりを見ていたので「た」のあたりを見ていたないから気が付かなかった。
「美鈴もだ」
なぎさに至っては「綾瀬」姓で最初のところしかみてない。
「美鈴って……あんたが? 化粧してデコ丸出しにして」
大樹のそばにいた「美鈴」を見て激しく驚くなぎさ。
「そういうなぎさちゃんこそどうしたの? 髪の毛二つに分けて。しかもイヤリングまで?」
恭兵と手をつないでいる「なぎさ」の姿に美鈴も大きく驚く。
そこに穏やかではあるが、どこか自慢げに恭兵が言う。
「南野。イヤリングじゃなくてピアスだよ。僕と一緒のね」
なぎさの両方の耳に、きらめく星のピアスが括り付けられていた。
そして髪の毛は耳より高い位置で左右にくくられていた。
髪型は恭兵の好みに合わせ可愛らしく変えた。
ピアスは恭兵とおそろいというより、伝説の女性スプリンターがつけていたのにあやかってという意味合いもある。
「まぁキョウくんがこういう可愛い感じ好きだし」
ツインテールにピアス。これではまるでまりあであるが、かぶってしまうことより愛しい少年の好みに合わせる方を取った。
「あんたこそなんだよ? その化粧」
矛先を変えるべくなぎさは美鈴に突っ込む。
「どこか変かな?」
上目遣いになるあたりは確かに美鈴だが。
「いや。よく似合っているけど……でもあんた顔が可愛いから」
暗に「幼顔」と言っているのは美鈴にも分かった。
「みす……じゃない。アタシね。大ちゃんにふさわしく大人っぽくなろうと思ったの。だからみ……アタシ春休みは毎日メイクの研究もしてたの」
「子供っぽさ」の払しょくということか、自分を自身の名で呼ぶのを治そうとしている美鈴。
「あんたの女子力はそっち方面でも発揮されるんだな。二週間かそこらで完璧マスターしているじゃん。でもちょっとリップは濃くない?」
美鈴の口紅は深紅だった。ギャル一歩手前の派手さだった。
ナチュラルメイクにしなかったのは意図的で、化粧をしたことのアピールだった。
「なるほど。それでリボンじゃなくてカチューシャで前髪を押さえてるのか」
「大人っぽく」ということで前髪をすべてあげてしまって額を出していた。
よく見ると手の爪にマニキュアもしていた。
「大地君がさせたの?」
なぎさの問いに大樹は短く「違う」とだけ答えた。
「美鈴……アタシが自分でやったんだよ。大ちゃんと釣り合うように」
傍らの巨漢を見上げる。
その表情だけは以前と変わらない。
「よう。お前ら。揃ってんな」
裕生の声が響く。
四人が裕生の方を見ると、見覚えのある体形と見覚えのない顔の少女が傍らにいた。
「風見君? 詩穂理にプロポーズまでしといて浮気?」
憤慨してなぎさが言う。美鈴も少し不快感を示している。
「浮気? 何言ってんだよ。これ、シホだぜ」
「槇原ぁ!?」
恭兵が驚いた声を出す。大樹も目を見開いている。
「しほちゃん? 髪の毛切ったの?」
「しかもその色と形は何なのさ? 詩穂理!?」
「や、やっぱり目立ちますよね」
うなじの見える長さまで髪を短くした詩穂理。
それだけならいい。
むしろ今までが大目に見られていたが、束ねないと校則違反の長さだった。
問題なのは髪の色。金髪なのだ。さらにソバージュがかかっている。
さらに言うと大きな胸。長い黒髪と並んでトレードマークのメガネがない。
もともと視力0.5で何とかはなる。
「髪は撮影のためで学校の許可はもらってます」
「役作りでこうしたって。シホの本気を感じたんでオレは味方するぜ」
実際の話としてはオファーのあった特撮ドラマの役柄。
洗脳されている設定と言え悪役だった。
その髪がこういうイメージであった。
ところが詩穂理の髪のボリュームがありすぎて、ウィッグでは収まらない。
そこで詩穂理自らが髪を切ることを提案した。
正直このロングヘアは手入れも大変だったし、高校に入るまでは短かったので切るのに抵抗もない。
裕生と恋人関係になったことから、なぎさや美鈴と同じように変わろうという思いもあり、ショートにするの自体はよかった。
ところがいざ短くすると、思ったよりAV女優の美愛くるみと似ている。
詩穂理はキスどまりだが、そっくりな顔のAV女優の存在故に「詩穂理のベッドシーン」を他者は想像しやすかった。
それを嫌がった詩穂理はイメージを遠ざけたかったが、既に髪は切ってしまってうなじが見える長さ。
今度は監督の提案でウィッグではなく、地毛を役作りで金髪ソバージュにした。
それにより美愛くるみとイメージを遠ざけると、そういういきさつだった。
ちなみにメガネはやはり変わりたい思いから外した。
ここまで髪を大胆に変えたのなら、メガネを外しても美愛くるみには似ないだろうという思いからである。
SNSで「抜いた」とか「おかずにした」などと書き込まれていた詩穂理。
中にはリアルに付きまとう男もいたのだが、金髪ソバージュにしたとたんにいなくなったのは思わぬ副産物。
ストーカーを退ける効果がものを言い、学校にも撮影期間限定でこの髪は認められていた。
「でも詩穂理。組んでいるカメラマンさんがよくOK出したね?」
なぎさが素朴な疑問を出す。
ほとんどあったことはないものの、詩穂理や裕生から安曇瞳美のことは聞いていた。
「安曇さん。腕を骨折したんです」
「ありゃま?」
「うう。痛そう」
驚くなぎさと痛みを思い顔をしかめる美鈴。
「全治三か月でその間はカメラ扱えないから」
「なるほど。どうせ自分が撮れないならというわけだ。その髪じゃグラビアでは使いにくいだろから、他のカメラマンや事務所に取られたりしないだろうという狙いも」
なぎさだけでなく全員納得した。
裕生と詩穂理はD組から確認し始めたら、ふたりともD組だった。
「これで六人は二年と同じか」
「あとは転校した水木君をのぞけば高嶺さんですね」
「そういや見てないな。まりあの名前」
まりあがD組にいるか六人とも探し出した背後に「やあ。みんな揃っているね」と「作られた少年声」が。
前年の夏、一週間ほど聞いた声だ。
嫌な予感しつつ声の方を見る。
「た、高嶺?」「まりあちゃんなの?」
美鈴はともかく、大樹がうろたえた声を出すほど驚いた。
「人違いだ。そんな名前じゃない」
その「少年」は涼しい顔と声で言う。
一方なぎさ達だけでなくその場の全員が凍り付いている。
「あんたはまた……そんな姿で」
ワイシャツにネクタイ。チェックのズボン。男子用のブレザー。左耳にのみメンズ向けデザインのシルバーのリング状ピアスがある。
二年のとき同様に胸はつぶれている。
「まったく、こんなカツラまで」
なぎさはその頭にふれて「カツラ」を取ろうとするが
「取れない? まさかそれ、本当に?」
「ああ。本当にだぜ」
激しく驚愕。その場の全員が動揺する。
新しい3年D組の担任は木上以久子だった。
彼女の言葉に従い、新クラスメイトの自己紹介が続いていた。現在は女子の番。
「芦谷あすかだ。女子空手部部長をしている」
別に威嚇などしてないのだが、雰囲気だけでプレッシャーがある。
ただでさえ切れ長の目で射貫くような視線。
長身と相まって「オーラ」か違う。
「生徒会長の海老沢瑠美奈よ。困ったことがあれば何でも相談して」
それだけ聞くと親身だが、マウントを取っているのが見え見えの瑠美奈。
ポーズもどこか高笑いをほうふつとさせるそれだ。
胸を強調するように突き出す。実はカップサイズが一つ上がってEカップに。
「はいはーい。里見恵子だにゃ。ただの生徒には興味ありません。この中にコスプレ。BLが好きな人がいたら名乗り出るようにだにゃ」
ぶれない恵子である。
視力1.2にもかからわずの伊達メガネ。ネコ耳と尻尾はもはやない方が違和感だ。
個性的なメンツがクラスメイトになった。
しかし注目はやはり一人。
「それじゃ次。高嶺さん」
呼ばれた「高嶺」は立ち上がる。
「おれの名は高嶺まり太。名前の通り男だぜ!」
二度目。厳密にはバレンタインでの半日で三度目ということもあり、新クラスの面々に生暖かい目で観られていた。
あれだけ追いかけていた優介と引き裂かれての「現実逃避」だろうと。
「あのね、高嶺君」
前年の経験があるのでいきなり男子扱いで君付けする木上。
「暫くはその格好も認めますけど」
何しろ化粧している美鈴に金髪の詩穂理がいるのである。
素行さえ問題なければ服装にはゆるい学校だった。
それでもさすがに一言いう。
「せめてそのカツラは取らない?」
みんなそう思っていた。
「よりによってなんでそなヘアスタイル?」とも。
「先生。これカツラじゃなかったですよ」
なぎさがローテンションで言う。
「えっ? それじゃ高嶺君。まさか髪の毛を全部……」
「ああ。剃り落としたぜ」
その言葉の通りに「まり太」は一本の頭髪もない「スキンヘッド」で登校していた。
父・礼嗣によって優介と引き裂かれた上に強制的に本宅に連れ戻されることになり、束縛に対する嫌悪感が増していった。
そして「政略結婚」させられると思ったまりあは、抵抗と抗議でまずは長い髪を切り落とした。
そして「反逆」を開始した。
本宅に戻された直後に「美容院に行く」と外出したまりあ。
乱暴にツインテールの房を栗落としたままだ。
それを整えるのだと思い油断した礼嗣の部下たち。
まさか行きつけの美容院のなじみの美容師に「髪を剃り落としてくれ」などと頼んでいるとは思わなかった。
礼嗣の部下たちは止めようとしたが、逆にそれを制止する指令が。
指令の主は礼嗣ではないが逆らえないのは同じ。
黙ってまりあの髪がなくなるのを見ているしかなかった。
美容師からして「女性の髪を剃り落とす」のは傷害罪に問われる危険性があり躊躇していたが、同時にその指令の主からお墨付きがあり、注文通りにまりあの髪を剃り落とした。
三人のメイドもまりあ付きで本宅に戻されたが、スキンヘッドになったまりあにみんな驚いた。
まりあは「優介がいないなら女でいても仕方ないから女を捨てた」
「言い寄ってくる男をよける」
「父に対しての抗議」
「出家」という意味合いでやったと説明した。
その表明のスキンヘッドだった。
そして本格的に「女を捨てた」のだ。
胸はシャツでつぶし、服はすべてメンズ。
言葉遣いも仕草も悪い意味で男らしく。
父に対する反発が後押ししていた。
そして優介に対する未練。
「わたしが男になれば優介は戻ってくるかもしれない」
ホモというのが優介の思い込みによる産物とは知らされないまま別れさせられた。
それで未だに優介はホモだと信じている。
だから自分が男になればと考えた。
何の根拠もないが縋り付いていた。
さらには肉体改造にも取り組む。
さすがに大樹は規格外でも男らしい体つきにしようと筋力トレーニングのためにジム通いを始める。
そして一学期初日。ついにお披露目となった。
「……ずいぶんと思い切ったのね」
おっとりとした性格の木上も、ややあきれ気味である。
「あのくそオヤジにはこれでも生ぬるいぜ」
世間知らずのお嬢様はどこに?
ここにいのはガラも風体も悪い「少年」だった。
「髪は女の命っていうほどよ」
諭すというより「女の命」を粗末にしたことに憤りを感じて、木上は責めていた。
「だから死んだんだよ。そのまりあって女は」
その言葉で大半の者が理解した。
これはまりあの「自殺」だと。
髪の毛が身代わりになって「高嶺まりあ」という少女は消え、まり太という存在になったと。
まりあは恋に破れ、死んだのだと。
「切ってしまったものは仕方ないわ。でももしウィッグを被るというのなら許可します」
許可も何もまりあは頻繁に男装などで被っている。
暗に木上は「女の姿に戻れ」と告げている。
「へん。おれに『女装趣味』はねーぜ」
二年の時にわずかな期間と言え男として振舞っていたからか?
それとも父親との確執がここまで少女を男へと変えてしまったのか?
徹底して女であることを、そして「女だった」ことを否定している。
その徹底ぶりが強烈な形で示された。
「うー。便所便所」
これ見よがしにトイレに行く旨をアピールしてまり太は出ていく。
それか耳に入ったなぎさたち。
失念していたことに思い至る。
「そうだッ! トイレ!」
「ええ。綾瀬さん。こればかりは男子のようにいきません」
「そうだね。お手洗いのたびに女の子らしくなりそうだよね」
なぎさたちもトイレへと出向く。
実際にトイレに行くために裕生もついていく形に。
それすらもまり太の計算だった。
「彼」は臆することもなく男子トイレに入っていく。
「ええっ!? そんなぁ」
大人っぽくメイクした美鈴が子供のように甲高い声を上げ。
「あの馬鹿ッ。痴女かよっ!?」
少女趣味に染まったはずのなぎさから荒い言葉が出る。
「ヒロ君。お願い」
見た目は悪役だが本質の変わらない詩穂理は裕生に様子を見に行くように頼む。
「わかったぜ」
彼も男子トイレに入っていく。
数分後、裕生が先に出てきた。
それに安どする詩穂理たち。男女でトイレにかかる時間の差は大きい。女性の方が時間を要する。
やはりまりあは女だと。
「そりゃ女がズボンじゃスカートより時間かかるよなぁ」
少し前まで私服はパンツルックのみだったなぎさだけに説得力がある。
「いや。あいつ立ってションベンしてた……」
「ええ? いったいどうやってですか?」
「わかんねぇ。けど普通にやってたし」
無神経というのが定評の裕生だが、さすがに衝撃を受けた表情だ。
そこに当事者が現れた。
「驚いた? ま、これでおれが本当に男だってわかったろ」
得意げなまり太。気のせいか頭が光ったようにも見えた。
意気揚々と教室に戻るまり太についていく形で一同は戻る。
謎はすぐに解けた。
「あ。まりあちゃん」
にこやかに里見恵子が呼びかける。それをにらみつける「まり太」
「おっとごめん。高嶺君か。どうだった? アタッチメント」
「ああ。散々公衆便所や店の男子トイレに入ってならしていたからばっちりだったぜ」
「それは良かったにゃ。あたしこんな体形だから男装コスプレは似合わなくて。そのアタッチメントも面白そうだったけどそこまではできなくて。あとで詳しく教えてほしいにゃ」
嬉々として語る恵子に三人の少女が迫る。
「お・ま・え・の入れ知恵かぁー」
ツインテールに星をかたどったピアスと乙女らしい姿のなぎさが、男のような荒々しさで恵子に迫る。
詩穂理と美鈴も責めるようなまなざしだ。
「ああっ。アタッチメントはそうだけど、つるつる頭は違うんだにゃ。あたしだったらはげヅラ教えるにゃ」
「スキンヘッド」に扮するカツラというものもある。
「言われてみれば……それもそうか」
納得したなぎさは引き下がる。
「だとしても余計なことを言ったのは確かですよね」
いつもは恵子にいじられることの多い詩穂理が「ここぞとばかしに」というわけでもあるまいが睨みつける。
悪役に扮したための金髪ソバージュが迫力を増している。
「あたしはまりあちゃんに聞かれたら教えただけだにゃあ」
慣れてないらしくちゃん付けに戻っている。
「それじゃまりあちゃんは自分からそこまで」
「そうなんだってば」
女性として生まれてはいるか、心は男という人たちがいる。
「Female to Male(女性が男性へ)」の略称でFtMともいわれている人たちの一部が「男性的に」振舞うために立ったまま排尿ができるアタッチメントがある。
恵子はコスプレ仲間から聞いて知っていた。
そしてまり太に「男になれるアイテムを知らないか」と聞かれ、知識を披露するノリでその存在を教えたのだ。
「ごめんて。まさか髪の毛をみんな剃っちゃうなんて思わないじゃん」
「それは確かに」
元々まりあは行動が極端な傾向があった。
それでも女子が自分から頭髪を剃り落とすなど考えられない。
想定しなかったとしても責められたものではない。
その当人は涼しい顔で自分の席に着こうとしている。
それを阻むように芦谷あすかと海老沢瑠美奈が立つ。
「邪魔だ。どけよ」
すんなりと男言葉が出てくるまり太。
それを一瞥してあすかが「高嶺。お前も見下げ果てたやつだな」と本当に見下すように言う。
「なんだと?」
感情的になって出てくる言葉すら男性口調のまり太。
「見損なったと言ったのだ。何十年も生きる中、たった一人とうまくいかなかったからと言ってそこまでやさぐれるとはな」
「やけっぱちのマリアだにゃ」
「黙ってろぉっ」
「はいにゃあーっ」
横から茶々を入れた恵子が一括されて逃げる。
だが逆にあすかの背後を取るものがいた。大樹だ。
「やめとけ」
190センチ100キロの体格でも、そのいかつい顔にでもなく、醸し出す雰囲気に止められた。
だがまり太の方は収まらない。
「……お前に何がわかる?」
ゆらりと空手有段者のあすかに無造作に近寄る。
「何?」
問い返すあすかの両肩を激しくつかみまり太は怒鳴る。
「お前に何がわかるって言ったんだよッ! 本気で恋をしたことあるのか? 死ぬほど誰かを好きになったことあるのかっ?」
声を押し殺さずに張り上げたため本来の女の声が響く。
「ほんと。見苦しいこと」
選手交代というわけか、瑠美奈がやはり見下げた視線を送ってくる。
「こんなのと張り合ってたなんて恥ずかしくなってきたわ」
元々高飛車な態度はお家芸だ。
それが自暴自棄な存在相手には恐ろしくしっくりはまる。
「黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって。このでこっばち」
今までじゃれあいとは感じが違う。
あすかも瑠美奈も図星をついていた。だからここまでまり太は激高した。
「ああら。そんなことっていいのかしら? 今のあなたにはそのおでこをを隠す前髪すらないのに」
額どころの話ではない。
「そうでしょ? このハゲ」
場の空気が凍り付いた。
「て、てめぇぇぇぇぇ」
ぶるぶる震えるまり太。
「おい待て。身体的な物を口にするのは」
さすがのあすかもこれには待ったをかける。
「このハゲは自分で剃り落としたんだから自己責任よ」
限りなく暴言に近い正論。
「悔しかったら言い返してきたらどうなの。ハゲ」
おでこをからかわれ続けた報復にしても辛らつだった。
「まったく。髪の毛落として可哀そうアピール? 観ていてイライラするのよ。このハゲハケハーゲ」
張り合ってきた相手の「没落」にいらだっていたのだ。
だからここまできつい言葉が出る。
しかし言われた方はたまらない。
「ぶっ殺す」
とうとうそんな言葉まで吐くまり太を大樹は腕づくで止めた。
「海老沢。言いすぎだぞ」
遠巻きに見ていた恭兵が殴りかかろうとしたまり太を羽交い絞めにして止めた。
「離せ。どこ触ってんだ。このスケベ」
暴れまくるがいくらトレーニングしていても身体的には非力な女子。
恭兵もサッカー部で鍛えている男子。振りほどけない。
「スケベ? 君は男なんだろ。それなら『男に触られて気持ち悪い』はあっても『スケベ』なんていう言葉は出ないだろ?」
「ぐ……」
揚げ足を取られた。そのまま引き離される。
あすかたちも興をそがれたのかそれ以上の追及はしなかった。
その様子を見ていた美鈴が紅く彩られた唇でつぶやく。
「死ぬほど誰かを好きにか……『女を捨てた』なんて言ってるけど、水木君のことがやっぱり諦めきれないんだね」
金髪の詩穂理が続く。
「そもそも水木君がつけた『まり太』という名前を名乗っていることからして未練の証ですし」
ツインテールを揺らしてなぎさが締める。
「それならまだアイツを女に戻せるかもな。いや。一か月以内には絶対思い知るよな。自分が女だって」
女子の宿命。「女の子の日」には、いやでも自分の性別を思い知る。
ただしそれを止めるために、そして男に改造するため男性ホルモンにまで手を出したらもはや後戻りはできない。
同じころ。北海道のとある男子校。
転校初日の優介はまだ行動を共にする相手もいなかった。
(つまんないな)
当然の感想を心中でつぶやく。
(まりあがいないと……こんなにも味気なかったのか)
こちらは今まで一度も感じたことのない思いだ。
遠く離れたことで自分でも知らなかった、心の奥底にあった気持ちに気が付いた優介だった。




