第25話「Confession」Part4
時間は年末に巻き戻る。
お盆以来の帰宅を果たした水木大介の口から、衝撃的なことを伝えられた。
単身赴任先の北海道で重要なポストに就く。
そのため妻の助けを欲した。
そのまま北の大地に腰を落ち着けたいとも思っていた。
亜優と優介の姉たち。優香と優奈は大学生で自立できる。
しかしまだ高校生の優介たちはそうもいかないから連れて行く。転校となった。
「まさかに理子に続いたのがぼくだったなんて……」
二学期に転校してきた澤谷理子は、私立無限塾への転校が決まり二学期一杯で学園を去った。
それに続いてしまった。
「あー。まりあや秀一さんともお別れか。ショックー」
(まりあと別れ!?)
それはそうだ。転校なのだ。
「腐れ縁が切れる」と爽快感があると思いきや、意外にもさみしさに見舞われた。
(な、なんで? ぼくはあいつに散々付きまとわれて辟易としていたんだぞ。転校ならあいつとの縁も切れてせいせいするはずじゃないか!?)
優介は自分の感情に混乱していた。
小学生時代のまりあが優介が好きと自覚したのは、彼が風邪で学校を休み逢えなかった寂しさでだった。
今度は逆。まりあといざ離れるとなって、大事な存在と思い知った。
(そういや修学旅行の時も理子にべったりなアイツに面白くなかった。あれは理子を取られるからじゃなくて、まりあが僕から離れたからなのか?)
ほかにも思い当たることが多い。そこから導き出された結論。
(まさか……僕はアイツのことが好きだったというのか?)
べたべたまとわりつく姉たちやまりあに比べさっぱりとした男子との関係に好感をもったことで、彼は自分が同姓愛者だと思い込んだほどだ。
「思い当たる事例」があれば自分で自分を納得させられる。しかし
(今更それがわかるなんて)
そう。すでに別れが確定している、
「まりあにも言わなきゃなぁ」
亜優の言葉に反応する。
「それはちょっと待ってくれ」
「え? なんで?」
「それは、その……」
自分てもわからないうちに止めていた。だから言い訳も考えてない。
優介は何とか思いついた。
「そんなに早く言わなくてもいいだろ。三学期いっぱいみんなに特別扱いされたいのか?」
「うーん。転校するからとやたらに気を遣われたりはいやだなぁ」
さすが双子ということか。同調した。
「だろ。だからしばらく黙っていよう」
これには亜優も同意した。
こうして「謎の奇行」となる。
時と所はまりあが実家で礼嗣相手に直訴している場面になる。
「駄目だ! 北海道に越したいなど、許せるわけがない」
「海外留学よりは近いわよ。お父様のわからずや!」
「そんな理屈が通るか!」
父と娘の喧々囂々の大ゲンカ。
この場には礼嗣の妻にして秀一。まりあの母・翡翠や秀一もいるのだが、まりあも礼嗣も相手しか眼中になかった。
「まったく、何を考えているのだ? お前は」
娘に甘々の礼嗣だが、さすがにこれは激昂する。
「そんなの、大好きな人のことに決まってんでしょ」
まりあの大失策。大失言だった。
優介のことで頭がいっぱいで、つい口に出てしまった。
男についていくなどと言って親が許すはずはないが、搦め手はさほど得意ではないまりあだった。
「ななな、なんだと!?」
血管が切れそうなほど顔に力の入る礼嗣。
「あら? あなた。気がつきませんでした?」
まりあの母・翡翠がおっとりという。
まりあに負けず劣らずの華美なドレス姿。
年齢を無視すれば、髪を下ろした状態のまりあがよく似ている。
よく見ると年相応の服装に見えて、結構少女趣味なデザインのドレスを着ている。
まりあの少女趣味は母譲りであった。
「何を気が付いていたというんだ?」
「まりあの顔ですよ。いつまでも小さな女の子じゃありませんよ」
「……ママ」
今しがた「小さな娘ではない」と言われたのに「ママ」呼びをするまりあ。
「まりあ。大きくなったわね。もう好きな男の子の話ができるようになったのね」
かつて同じ道を通ってきた母は感慨深げに言う。
「でもねまりあ。あなたはまだ学生よ。さすがに北海道じゃわたしたちの目も届かないし、そんな遠くにまだ若すぎるあなたを行かせることはできないわ」
援軍と思いきや、やんわりとまりあの要求を却下する母・翡翠。
「そんな……」
同性である母ならわかってくれると淡い期待を抱いていたまりあ。
それがもろくも崩れ去って愕然とする。
「その子が卒業するまでの我慢でしょ? 東京の大学に進学すればまた逢えるわ」
フォローなのか? はたまたこの場をおさめるためになだめただけか?
翡翠はどちらともとれる言葉を紡ぐ。
「むぅー」
幼子が拗ねたように頬を膨らますまりあ。
苦笑いの修一が「まりあ。今日はもうやめとこう」と、やんわりと撤退を告げる。
「……わかりましたわ。お兄様」
さすがに大地双葉ほどではないが、まりあも若干ブラザーコンプレックスなところはある。
それゆえか兄の言葉に素直にしたがい引き下がる。
分の悪い展開だったのも確か。
自分も父も頭を冷やしての仕切り直しが得策と思い、意外なほどおとなしく引き下がる。
運転してきた陽香がそのまま「本宅」で待機していた。
だから待たずに高嶺兄妹は帰りの車に乗り込んだ。
車の音が遠ざかるのを食堂で耳にして礼嗣は深いため息をつく。
「やけにおとなしく帰ったな?」
娘の態度をいぶかしむ父。
「言ったじゃないですか。あの子も大人になったと」
母はそうとらえる。だが
「ふん。『三つ子の魂百までも』のことわざもある。体は大きくなっても性根は昔のまま。あのわがまま姫がそう簡単に引き下がるものか」
そんな「わがまま姫」になったのは甘やかした父のせいでもある。
それゆえかここは手綱を引き締めにかかる。傍らの秘書に命令する。
「警護の伊庭を呼べ」」
大富豪の娘だけに身代金目当ての拉致は当然考える。
「友達が怖がる」とまりあが嫌がったため、隠れてではあるがまりあは警護。そして監視されていた。
優介がノーマークなのはまりあのアプローチをはねつけるだけではなく、男子に迫っていることで完全に「安全パイ」とみなされたのだ。
しかもクリスマスパーティーで礼嗣が出会ったときは理子と近い距離にいた。
だから優介は無視されていて、何もしてこなかった。だが
「お呼びですか?」
坊主頭の長身の男。伊庭孝之が礼嗣の前に。
荒事に慣れている雰囲気だ。
彼に対して礼嗣は
「まりあを見張れ。あいつは駆け落ちくらいやりかねん」とさらなる監視を命じた。
「はっ」
「それから相手の男も突き止めろ」
追加の命令を下す。
「あなた。それはさすがに深入りしすぎですよ。あの子に嫌われますよ」
娘に甘いのを絡めてやんわりと制止する翡翠。
「どこの馬の骨ともわからん輩に可愛い娘をやれるか」
バッサリと切り捨てる礼嗣。これが溺愛からきているというのも皮肉な話。
「あいつにはしかるべき家柄の相手を見つける。苦労しなくていいようにな」
この言葉をまりあが聞いたら間違いなく「政略結婚」と思うだろう。
その場で聞いていた伊庭ですらそう思ったのだ。当事者ではなおさらだ。
翌日。昼休みというのに重い空気の漂う2年D組。
言うまでもなく原因は優介とまりあである。
優介がまりあを遠ざけようとしている結果である。
だがその空気を吹き飛ばす少女が乱入してきた。
「水木くぅんっ!」
普段の偉そうな態度はみじんも見せず。
小犬のような甘えた声で瑠美奈が呼びかける。
「げっ。ミラーボールっ」
ひきつる優介の前に瑠美奈は,その光るおでこをくっつけんばかしに接近する。
「聞いたわよ聞いたわよ。北海道に行っちゃうんですって?」
否定されることを望んでの質問だが、返答はイエスだった。
「そ、そんな!?」
瑠美奈もまりあ同様に「欲しいものはすべて手に入れる」タイプである。
しかし優介への思いが届かないことを思い知らされた。
その「怒り」が的外れな方向に。八つ当たりでまりあに向けられる。
「そこのカマトト女っ。なんで引き留めないのよっ!? 顔だけはいいんだから涙の一つも浮かべて止めたらどうなのよっ」
「無茶苦茶だよ」
思わず突っ込むなぎさ。
「うるさいわね。女王様気取りで上からモノを言わないでよっ。あなたこそご自慢のおむねで悩殺したらどうなのよ」
育ちのいい二人だが互いに毒舌を向けるあたり、実は仲が良いのではないかとその場の全員が思った。
本当に嫌いなら距離を取り、無視をするだろうとも。
「はっ。その可愛らしい胸じゃ既成事実に持ち込むための誘惑自体ができそうもないわねっ」
いつもより過激なやり取りになっている。
野次馬的にはにやにやだが、友人たちは止めにかかる。
「海老沢さん。もうそのくらいで」
「そうじやないとまりあちゃんが」
詩穂理と美鈴が慌てて止める。
「ふん。泣きだすっていうなら好きにすれば?」
しかしここでまりあの爆弾発言。
「既成事実? その手があったわっ。わたしが優介の赤ちゃん産めば、引き裂かれたりしないわっ」
「ほら見ろっ。こいつはそういう方向に頭が向くんだよっ」
なぎさが立て続けに言う。
それを受けてかのように優介か立ち上がる。
「ばーか。転校するっていうのに、そんなことするわけないだろ」
薄笑いを浮かべている。
まりあに対する嘲笑と思える。だがそれはどこか自虐的な物を感じさせた。
「『子供』と『子供』でさらに子供を作れるかよ」
未成年という意味だけではない。
優介もまりあも庇護のもとにあるのだ。
まりあにしても親の威光ゆえに好き勝手。わがままに振舞える。
彼女自身には何の力もないのである。
礼嗣が反対すればそれでおしまいなのだ。
優介にしても親の元でなければ、一人ですら暮らしていけない。
ましてやまりあまでなど到底無理だ。
支えあっていくにはあまりに無力。
このまま別れるしかない。
「そんな……どうしてわたしの恋だけうまくいかないのよっ」
まりあの悲痛な叫びで、再び重い空気になる教室。今度は瑠美奈も騒がなかった。
放課後のことである。まりあ達四人は一緒に帰ろうと出口へと向かっていた。
恭兵。裕生。大樹はいない。
今は傷ついたまりあを同性の友人である彼女たちに任せようと姿を現さない。
「あ。栗原先輩」
現在の家庭科部部長である美鈴が、先代の部長。栗原美百合が、親友の火野由美香とともに職員室から出てきたところを見つけて近寄る。
「あらー。美鈴ちゃん」
職員室にいたからかいつもの柔らかさがやや薄らいでいた表情の美百合が、糸目そのものもの笑顔を向ける。
「先輩たち。大学合格おめでとうございます」
美鈴ははきはきと笑顔で言う。祝福なら遠慮は一切要らず臆してないからだ。
「ありがとぉー」
喜んだ美百合は例によって美鈴を抱きしめてしまう。
「まったく、あんたは。大学でもそれやる気じゃないでしょうね」
苦笑する由美香。
「由美香さん。栗原先輩。おめでとうございます」
美鈴が部活の先輩後輩で美百合と縁があるように、なぎさにとっては幼馴染でもある由美香に祝福の言葉を向ける。
「ありがとう。なぎさちゃん」
こちらもにっこり笑って答える。
「先輩たち。今日は?」
祝福をした後で詩穂理が尋ねる。
「まだいろいろあるのさ。高校卒業も大学入学も決めたけどね」
由美香が答えると美百合が続く。
「高校生活はよかったけど、それでもやっぱりやり残したこと。悔いはあるわね」
いつもにこやかな美百合にしては珍しい独白だ。
ここでやっと美鈴を離す。
「……やり残し……後悔……」
終始無言のまりあが反応した。
体育会系で上下関係に厳しい由美香が無言のまりあをとがめなかった。
祝福を強要することはできないのもあるが、まりあがあまりに生気のない死んだ目をしていたので触れなかったのだ。
しかし文科系でありながらその性格ゆえか美百合は踏み込んて行った。
「まりあちゃん? 元気ないけどどうしたの?」
「バカ! 美百合」
あわてて由美香が「空気の読めない親友」を止める。
単純に女子ならではの理由もあるし、ずけずけと踏み込めない話もある。
だが美百合は優しくまりあを包み込むように抱きしめた。
遠い日に母に抱きしめられたあの感触を思い出すまりあ。
「まりあちゃん。後悔しないようにね」
空気が読めないどころか、核心をついていた。
それだけにまりあは一発で目覚めた。
「そう……ですよね。後悔したくないですもんね」
「死んだ目」に光が戻る。
「そうよ。わたしは欲しいものは絶対手に入れる。たとえ邪魔するのが優介自身だったとしても」
大概のものは望めば手に入るお嬢様の手が届かなかったのが「恋」だった。
それで一度ひっこめた手を再び伸ばした。
「元気出してね」
優しい先輩が柔らかく励まして腕を離した。
その夜。
「なんだよ。こんなところに呼び出して?」
不機嫌丸出しの優介は、近くの公園でまりあと向かい合っていた。
まだ夜寒い。優介もまりあも厚着である。
とはいえ優介は部屋着に厚手の上着というのに対し、まりあは比較的きちんとした街を歩ける姿だ。
「優介。本当に遠くに行っちゃうの?」
震える声でまりあは尋ねる。
「ああ。お前との腐れ縁もこれまでだ」
冷たいにもほどがある言い方はわざと。まりあに嫌われるようにふるまっていた。
今までもしてきたことだが、本当に別れが迫ると自分の心も痛む行為だった。
だが自分の未練も断ち切るために敢えて心を鬼にしていた。
しかし思いもよらぬ言葉が少女の口ら紡がれる。
「それならキスして。思い出に残るキスを」
考えてみれば「ホモ」の優介を諦めなかったまりあである。
このくらいはあり得ると優介は心で苦笑した。
まりあにしても目の前で美鈴が大樹にキスをしたのだ。
それに触発されてないといえない。
(だったら)
優介は無理難題を吹っ掛けることにした。
「キスなんかじゃ中途半端だな」
「え?」
戸惑うまりあ。
「僕はホモなんだぜ。男も女も行けるバイじゃなく、男だけがぼくの恋愛対象なんだ」
この点で優介の勘違いは続いていた。ただしまりあと離れることを寂しく感じたあたりからぐらついてきている。
すでに夏の同人誌即売会で自分の意志で買ったボーイズラブにときめかなかったことで違和感を感じてもいた。
「宗旨替えさせたかったらさ、お前が女の良さを教えてくれよ」
「そ、それって」
まりあが青ざめる。
そこに悪役に徹した優介の声が浴びせられる。
「カマトトぶんなよ。抱かせろって言ってるんだ」
「ええっ!?」
予測が当たり今度は赤くなるまりあ。
(ゆ、優介とそんなことを)
「どうしたよ。昼間はぼくと既成事実作るつもりだったんだろ。だったら『抱いてください』って言えよ」
とてもではないが『乙女』の口から出せる言葉ではない。
泣かせるかもしれないが、これて決定的に嫌われる。
あとくされなく切れると優介は考えた。
「そういえばいいのね?」
今度は優介が驚いた。最初からキスだけで済ますつもりはなかったと悟る。それなら夜にもかかわらずよそ行きの姿なのもわかる。
街に繰り出して「既成事実」を作るつもりだったのかと。
「ちょっと待て? 本気か? はったりはよせ」
駆け引きと優介は思った。しかし
「優介から言ってくれるなんて思いもしなかったわ」
この言葉で裏付けられた。
「優介。わたしを」
最後まで言わせてもらえなかった。低い声が遮る。
「そこまでです。お嬢様」
「!?」
二人は驚愕した。
いつのまにか中年サラリーマンと思しき見た目の男が二人の視覚にいた。
くたびれたスーツと白髪頭。だが眼光は鋭い。
それだけではない。
夜遊びの大学生という風情の青年たちも、まりあと優介を取り囲む。
「あなた達はっ!?」
「礼嗣様のご命令で見守っていました」
夜の闇と町の人々に溶け込む変装で、顔を見ているはずのまりあでさえ騙された。
彼らは礼嗣子飼いの私設シークレットサービスだったのだ。
「そしてユウスケ君と呼ばれていたね。表札には水木とあったからフルネームは水木ユウスケ君か」
中年サラリーマンに扮した彼の名は伊庭孝之。この一団を率いるものだ。
普段が坊主頭なのは変装に便利だからだ。
事実白髪頭にまりあは騙されていた。
「君がまりあお嬢様の思い人か」
伊庭は確かめるように尋ねる。
「そうみたいだね。ぼくの方はそんな気ないけど」
優介にとっては助け舟だ。悪役を続ける。
「それならいい。お嬢様にはいずれふさわしい家柄の婿を取らせると、わか主は考えておられる」
言外に「不釣り合い」と告げている。
「お父様がそんなことをっ!?」
まりあは憤慨する。まさかここまで束縛と干渉をするとは。
「さあ。もう夜も遅い。風邪をひいてもいけない。帰りましょう」
言葉は優しげだが有無を言わさぬプレッシャー。
とはいえ意外にもまりあはすんなりと引き下がった。
半分は礼嗣に対する怒り。
残りはこの監視を出し抜く考えに忙しかった。
しかしその後は露骨に監視に出た。
さすがに学校内には踏み込まないものの、教室を双眼鏡でのぞいているのが丸わかりである。
これはわざとだ。監視を知らせることで下手に動けないと思わせるため。
そして帰宅時は正門。裏門ともにシークレットサービスが配置されている。
優介どころかなぎさたち女子の友人すら近寄れなくなっていた。
こんな有様だ。
終業式の後に開かれた優介の送別会も行けず。
あげくの果てに優介たちが北海道に発つのも見送る事さえできなかった。
「水木優介がいなくなった今、この家にいる必要もないでしょう。本宅に戻ってくるよう礼嗣様がおっしゃってます」
優介との仲を引き裂いたばかりか、しばりつける気だとまりあは思った。
礼嗣自ら迎えるという意向。
それゆえスケジュールもあり、終業式から三日後がこの家から出る日と定められた。
その三日間でまりあは決意した。
覚悟を決めた。
迎えの日。
にこやかな笑顔で礼嗣がまりあの家にやってきた。
「さあさあ。まりあ。うちに帰ろう。寂しかったぞ」
「わたしは、優介と離されてさみしい……」
抑揚のない声でまりあは言う。
ノーメイクにも関わらす青白い顔だ。
まるで人形のような春らしいパステルカラーのドレスゆえに尚更顔の白さが目立つ。
髪型も違う。いつものように耳より上ではなく、うなじに近い位置で二つの房にしていた。
「なぁに。お前にふさわしい男はすぐに見つけてやる。さあ。帰ろう」
礼嗣が近寄ろうとしたら、まりあは隠し持っていた大きなハサミを見せた。
「な、なんだ。それは。父親を刺す気か?」
多少なりとも刺されるだけのことをしていた自覚はあった。
まりあが右手に持ったハサミは礼嗣にではなく、ツインテールの左側にあてられた。
「ま、待てッ!」
制止もむなしく、まりあはためらいなく左の房を束ねたまま切り落とした。
立て続けにハサミを左手に持ち替えて右の房も切り落とす。
下手に取り押さえようとすると、ケガさせかねないので手を出せなかった。
まりあのシンボルともいう二つの髪の毛の束は、無残に切り落とされた。
不揃いのショートカットになったまりあは、感情のこもらない声で告げる。
「この服はお父様の人形としての象徴。だけどわたしは人形じゃない。心のある人間。愛する相手は自分にしか決められない」
人形のように愛らしい少女は人間であることを示すために、反逆ののろしとして髪を切り落とした。
次回予告
優介と引き裂かれたまま三年に進級したまりあは変貌を遂げた。詩穂理。なぎさ。美鈴は恋の成就ゆえに変ったのとは正反対に。
まりあと優介。引き裂かれた二人の恋は果たしてどうなる?
次回。PLS。最終回。「Happiness×3 Lonlines×3」
恋した乙女 愛した少年




