第七十五話 アルティア司教座大聖堂にて四
俺はオルブライト司教もとい副院長もといおっさんに連れられて、10人も入れば満杯になる程の小さな部屋へと通された。
部屋に入ると覚えのある感覚になる。
この感覚は一度経験した事があるぞ。
「この部屋の感じ…」
「どうした?」
「いえ、この部屋の空気の雰囲気がエルドラドのエルトウェリオン公爵邸に似ているなと思って…」
「ああ、この部屋には黄金宮や別邸と同じ素材を使っているからな」
「それは盗聴防止でしょうか?」
「そうだ」
どうやらこの部屋は内緒話をする部屋らしい。
内緒話をしなくて良いから早く帰りたいんですが…
「座りなさい」
俺はおっさんに促されるまま渋々と着席をした。
「で、用事とはなんですか?態々2人きりにしてまで話す内容なんですから重要な事なんでしょ?」
「ああ、まずは確認しておきたい事がある。セボリー、お前は精霊を見ることが出来て声を聞くことも出来るのだな?」
「ええ。まぁ、それなりには」
「どの位の強さで見聞きする事が出来るのだ?」
「どの位の強さ…とは?」
「例えば輪郭が掴めずぼんやりとしか見えず耳鳴りのように聞こえるや、はっきり形を認識する事が出来て明瞭に聞こえるなどだ」
一体どうしたんだ?
何でそんな質問をするのか分らんが、嘘をついたら後で怖い目にあうかもしれないので答えておくか…
「そうですね。体調が良くて尚且つ集中していればはっきりと形は見れますよ。声はふとした瞬間に聞こえる事が多いですけど、こちらもかなり集中していればいつでもと言うわけではないですが、大抵は聞こえます。まぁ、聞き取れても何を喋っているのかわからない事の方が多いですが」
「そうかそうか」
おっさんは満足した言うように頷いた。その顔は笑っている。
何が嬉しくて笑ってるんだよ………嫌な予感しかしないんだけど。
「良し、ではこの水晶玉に手を乗せてみなさい」
「何処から出したんですかその水晶玉は…それに、なにか罠の臭いがするので遠慮しておきます」
何かに納得した様子で、どこからともなく水晶玉を取り出してきた。
完全に罠だろこれ!絶対に罠だ!
おかしいだろ!大体なんでこんな唐突に水晶玉に触らないといけないんだっつーの!
「良いから触れ」
「いえ、お断りいたします」
「全く…我侭な」
「あんたが言うなし!」
「強情な奴だ」
「いい歳したおっさんが頬を膨らませても可愛くもないわ!じゃー、公星。お前が触れ」
「モ、モキュ!?」
どう見ても怪しいので公星に話を振ってみた。
公星は「え?俺?」と言うかのように自分自身を指差した後、首をブンブンと振っている。
「別に害は無いぞ。資質を判別する唯の魔道具だ。なんだその疑わしい目は」
「何の資質ですか?」
「………………良い子の資質だ」
「嘘付けぇえあーーーー!!!仮にも良い子の資質だとしても計って何の意味があるんだっつーの!?それにさっきの間は何だよ!!いくら俺が模範的な良い子でもキレるぞ!!!」
「ええい!良いから手を乗せなさい!」
「嫌だ!」
「乗せろ!」
「乗せない!」
「乗せろ」
「乗せねーっつってんだろうが!!」
「乗せんか!」
「乗せない!」
「乗せるな!」
「乗せる!!…あ」
「よし、乗せるといったな」
「あ!横暴だ!この生臭坊主!変態!痴漢!変質者ーーー!!!」
少しの抵抗も空しく終わりおっさんがを俺の手を掴み、強制的に水晶玉に触れさせた。
手を載せた瞬間周りの精霊たちが騒ぎ出すのがわかった。
そしてその瞬間。
『承認完了』
と、どこからともなく聞こえてきた。
「これで良しだな」
「…………………」
この声は昔、俺と公星が魂の使い魔契約を完了させた時に聞いたことがある。
おっさんの事だから、俺の体に害のあることはしないとは思うが一体何をしたんだ…
「どうしたセボリー」
「これで良し、じゃねぇぇぇええーーーーー!!!何が承認完了なんだよ!」
「アルゲア教の聖職者名簿にお前の名前を書き込んで、精霊たちに知らせただけだ」
「……………………は?」
「お前もこれで聖職者の仲間入りだな、立派に励むように」
「…………今なんて言いました?」
「立派に励むようにと言ったんだ」
「…………その前です」
「お前もこれで聖職者の仲間入りだな、だ。」
「…………………………」
「感動で言葉が出なくなるまで嬉しいか、そうか。じゃあもう帰って良いぞ」
「ざっけんなぁぁあああーーーーーーーーーー!!!」
この後俺とおっさんの間で殴り合いの喧嘩が勃発したが、結果はおっさんの圧勝に終わった。
「おい!おっさん!マジで説明しろ!」
顔中に痣をつけた状態で俺は説明を求めた。
コレって当然の権利だよね?
しかし12歳相手にこんなボコボコにするか?普通。
結局俺の攻撃は全て受け流されたんだけど、何このスーパー爺。
「最近お前のように精霊を感じることが出来る者が減っているのだ。だからだ」
「それで分るかボケェ!!」
それで分ったら天才を通り越してただの馬鹿だ!ルピシーなら納得する可能性はあるが俺はしねーぞ!!
「聖職者になりたいと言う者はたくさんいるのだが、聖職者として上を目指すのにはそれ相応の資質と教養が必要なのだ」
「精霊の祝福の仲介ですね」
「そうだ、なんだ知ってたのか」
「エルドラド大公達からお聞きしたんですよ」
「そうか、でだ。セボリー、お前は資質があり尚且つ聖下のお気に入りだ。どうせ遅かれ早かれ聖職者になっていたのだから今でも良いだろうと思ってやったわけだ」
は?何言ってるの?このおっさん。
なんで遅かれ早かれ俺が聖職者にならなければいけないんだ?
俺は若いうちに金を稼いで悠々自適な生活を送る予定なんだぞ?
大体強制的に入信させられたって、どこの新興宗教の勧誘だし!
「なんで俺が聖職者になることが決定してるんですか…」
「聖下のお達しだ」
「へ?」
「本来ならば中等部を卒業して成人してから洗礼の筈だったんだがな、聖下にもそう言われていたのだが時間を置くほど拒否されそうなのでこうなりました」
「最後の語尾がイラっとするわ!!それに聖下がまだだって言ってるのに何で強制的に引きずり込むんだよ!」
「私も通ってきた道だ!我慢しろ!私だって嫌だったわ!!」
おっさんが言うには、生来精霊との相性が良かったらしく、それに目をつけた聖育院の職員だった現大司教が色々世話を焼いていたらしいのだが、おっさんが中等部を卒業してもまだグレていた時に、現大司教が今の俺がされたようにしておっさんを聖職者の道に引き摺り込んだらしい。
その腹いせとは違うが、それを参考にしておっさんが俺を騙して強制的に引きずり込んだという訳であった。
負の連鎖じゃねーか!!!
名前しか知らないがクランベル大司教、あなたすっごく迷惑です…
って言うかおっさん、あんたは鬼か!
あんたはグレてたから現大司教が更生のためにアルゲア教にどっぷりつけたのだろうが、おい!俺はグレてなんていねーぞ!
こんな良い子でいたいけな子供を強制的に引きずり込むなんて何さらしとんねん!
「全ては精霊と聖下のお導きだ」
「精霊と聖下の名前を出してれば全て収まると思うなよ!便利な言葉だからっていつも使ってるとありがたみが無くなるぞ!それに『精霊と聖下』じゃなくて『あんたの』で『導き』じゃなくて『引き摺り』だろうが」
「お前は相変わらず口が達者だな。ははは」
「笑って誤魔化せば済むと思うなコラァ!!」
あ~!もう!!最近色々と考える事が多くて頭が痛いのに、ここに来て新たに爆弾が爆発しましたよ。
仕掛けられたのを通り越してもう爆発したし!
「指輪の件といい、このおっさんの件といい…」
「指輪?指輪がどうした?お前の指輪の件なら聖下に聞いているが」
「聖下に会ったんですか!?」
「ああ、お会いしたぞ。詳しい事は話せないようにされているから聞いても無駄だぞ」
「やっぱりか…」
おっさんも俺達がかけられた魔法と言う呪縛をかけられたらしい。
「まぁ、いいや。これ以上聞いても脳の情報処理が追いつかない…………実は3日前の朝方に精霊達が騒がしくなって指輪が光ったんですよ」
「………3日前の朝方と言うと私がこのアルティア司教座大聖堂に赴任してオルブライトの名前を受け継ぐ儀式をしていた時だな。確かにあの時はたくさんの精霊が祝福の声をかけてくれたが…」
「…………………」
「あの時は凄かった…」
「やっぱり諸悪の根源はあんただったのか!いい加減にしろやおっさん!!!」
「何だいきなり。ここは聖域だぞ。少しは静かにせんか」
「静かに出来ない状況を作り出している奴が言うな!!!」
あー!もう!嫌だ!早くおうちに帰ってベッドに潜り込みたい!
このおっさんと話してると精神的ダメージのほかに、叫んだ喉のダメージも蓄積されるわ!!
「もう疲れた…」
頭を抱えてテーブルに肘をつけながら呟く。
「モキュキュ?モキュ、モキュキュ?」
その時、俺が頭を抱えている最中に公星が俺の方にやってきて「おやつは?ねぇ、おやつは?」とねだる様に俺の足元にすがりついた。
「「………………」」
「モキュー?」
副院長と一緒に無言で公星を見下ろし、公星の行動を観察する。
「「………………」」
「モキュ~…」
公星は俺の足元から離れて、仰向けになってお腹を見せつつおねだりをする。
「「………………」」
「モキュ!モキュ!(ポフポフ)」
仰向けの状態からうつ伏せになり手で床を叩く、脳内でポフポフと副音声が聞こえる。
「「………………」」
「モキュ!」
うつ伏せの状態から今度は立ち上がり両手を前に突き出しておやつをねだっている。
「チッキショーーーーー!!!もうなるようになれーーーーー!!!」
「モ、モキューーーーーー!!?」
「ハハハ!ハーハハハハハ!!」
俺はストレスを忘れようと公星を強く抱きしめる。
横から聞こえてくるおっさんの笑い声にまたもイラっとしつつも抱きしめ続けた。
その夜、俺は夢の中でもおっさんの笑い声が聞こえ、怒りの叫び声を上げてルームメイト達に怒られるのであった。




