第六十四話 馬鹿の証明
迷宮から帰ってきた次の日、護符を魔導陣に書き換える続きをしよう思ったが俺はあることを思い出し、まずはお菓子を買いに行こうと寮の入り口まで出ようとした途端、何故かルピシーが待ち構えていた。
「待ってたぞ!」
「急になんだよ。いつも顔合わせてるじゃん」
「お前何か食い物買いに行くつもりだな!?」
「なんで分かるんだよ!!」
「俺の勘だ!今日起きた時になんとなく直感が働いた!」
「訳の分からない直感は自重しろ!!」
マジでなんなのこいつ?もしかして俺の部屋に盗聴器か何か仕掛けて観察してるんじゃないだろうな?
俺だけの部屋じゃないんだからそういう事するのやめろよな。
まぁ、こいつの事だから本当に例の野生の感を働かせてのこの結果だろうが…
「で、何を買いに行くんだ?」
「お菓子だよ、聖育院に行くから弟妹達にお菓子をお土産に持っていくんだ。ルピシーも一緒に聖育院に寄るか?」
「いや、俺は行かない。でもお菓子屋には行くぞ!奢ってくれ」
「一昨日来やがれ」
「良いじゃん!今金欠なんだよ」
「はぁ?お前だって護符の分け前貰ってるだろうが」
「それは本を出版するために使った」
「へ?何それ?もしかして自費出版なの?」
「良く分からんがそんな事言ってたぞ」
「おいおい、どうなってるんだよサンティアス学園なんでも同好会は…」
ルピシーに詳しく話を聞いてみたところ、同好会のOB・OGの伝を使って出版するのは良いのだが、伝割引で出版すると言ってもかなりの金が掛かるらしく、同好会とロベルトそしてルピシーとの割り勘で費用を出す事になったのだと言う。
ルピシーの説明があまりにも大雑把で良く分からない所もあるが、俺が推測するにロベルトは同好会メンバーだがルピシーは同好会メンバーではないので、一種の保険を掛けられたのではないかと思う。
いくら自分の印刷工場を持たない同好会でも会費から印刷料を出すのが普通だ。
昔シエルからサンティアスなんでも同好会は年に20冊ほど本を出していると聞いたことがあるが、それだけ出版していてロベルトとルピシーの共同本がこんな出版方法なのはおかしい。
おそらくルピシーが俺達の商会で稼いでいることは知れ渡っていたので、もしサンティアスなんでも同好会が大損してもカバーできるような出版方法になったのではないかと推測できた。
後にロベルトから聞いてみた話だと「うん。おいらも初めての本だったから先輩達に失敗したときの逃げ道を作っておけっていわれてさ。リスクを3分割するためにルピシーと相談してこうゆう出版方法になったんだけど。っていうかルピシーにちゃんと説明したはずなんだけどな、もしかして理解して無かったとか?」だそうだ。
ロベルト、そのまさかですよ。
この馬鹿は面倒臭いという理由で流されるまま頷いていただけで、どうせ説明も右から左に流れるだけで脳の肥やしにもなっていない。
ついでに出資の割合はルピシーが5、同好会が4、ロベルトが1で、もし利益が出た場合その出資の割合で税を引かれた額が口座の中に入ってくる仕組みらしい。
逆に言うと売れなければその割合で損をするって事だよね?
っていうか普通出版元が一番出資額が高いんじゃないの?おかしくない?
考えなくても明らかにルピシーのリスクが高いぞこれ。
こいつ昔からギャンブラー気質の片鱗はあったがマジ注意が必要だわ。
今度からこの馬鹿が何か資金を出す時は俺か仲間に相談しろと言っておかなければ…
「お前もう少し慎重に物事を進めろ。もしお前が借金塗れになっても俺はジジと同じ方式を取るぞ」
「まぁ、良く分からんがなんでも良いから早くお菓子屋に行こうぜ!」
「良くないから今こうやって言ってるんだっつーの!!」
「そうなのか。でもセボリー達がいたら安心だろ」
駄目だこいつ、全然わかってない。早くどうにかしないとそこら辺の単細胞動物と同じになってしまう。
確かに商会立ち上げ初期から金のやり取りはこいつを抜かしていた俺達も悪いとは思うが、普通金は黙って口座に振り込まれるものじゃないんだぞ。
お坊ちゃん育ちのシエルとフェディにヤンはちゃんと金のありがたさを知っているのに、こいつときたら
一回OHANASHIをしてお金のありがたさを良く分からせないといけないな。
「とにかく次は相談しろ!良いな!!そうしないと怒るぞ!!」
「え!?相談すれば奢ってくれるのか!?」
話が噛み合っているようで全然噛み合っていない。
この話の内容で『おこる』を『おごる』に変換できる脳の持ち主と、まともな話し合いをしようとした俺が馬鹿だった。
うん。もう良いわ。こいつの事は諦めた…
ルーベンスの絵は何処ですか?僕もう疲れたよシエルラッシュ。
さて、とりあえず…
「あ!あんなところに特大ステーキを持ったティグレオ兄さんが!!」
「え!?どこだ!!?」
「あっちあっち!!早く行かないと逃げられるぞ!!!」
「ティグ兄ステーキくれぇぇぇぇえええ!!」
良し、今のうちにおさらばじゃ。
こいつは単純だからすぐにこういった悪戯に引っかかってくれて助かるわ。
……ああ、だから騙され易いのか。
俺はルピシーがいるはずもないティグレオ兄さんの影を追いかけているうちに町へと繰り出した。
町で適当にお菓子を物色し、無限収納鞄にしまって聖育院行きの移転陣で移動すると、まだ昼前なので弟妹が振り分けられた仕事をしていた。
「あ!あれ、確かセボリー兄ちゃんだよな」
「うん、そうだよ。いつも来るときお菓子持ってきてくれる人だ!」
「あと裁縫で可愛い花の作り方を教えてくれる人よね。最初に花飾りを教えてくれたのがセボリーさんだってドーラ姉さんが言ってたよ」
そうですか、俺の認識はお菓子を持ってくるか乙女な花を作る人ですか。
俺も昔帝佐さんの事をそんな感じと思ってたから何も言えないが、改めて聞いてみると酷いわ。
帝佐さん正直すまんかった。
「セボリー、久しぶりですね。休暇でもないのにどうしたのですか?」
「ちょっと副院長に用事がありまして、ついでに弟妹達にお菓子でも配ろうかと…」
「あまりあげすぎないでくださいね。お菓子でお腹いっぱいになったらご飯を食べれなくなりますから」
「はい」
「そうだ、この前グレンがあなたの事を愚痴ってましたよ。何をしたんですか?」
「ここでもラングニール先生は俺の事を愚痴ってるんかい!副院長ともども良い加減にして欲しいんですが」
弟妹と一緒に畑仕事をしていた先生が俺に話しかけてきた。
この先生は俺にアルゲア語の文字を教えてくれたピエトロ先生だ。
この人俺が初等部入学する時から姿が全然変わっていないんですが?
だがやっぱりイケメンである。
「で、今副院長はどこにいますか?」
「副院長なら今ご来客の対応をしている筈ですよ」
「副院長直々にお会いになるようなお客様がお見えで?」
「ええ、帝佐閣下がお越しです」
「Oh…」
なんと言うタイムリー、これは帝左さんに俺が直接謝罪しろと言う事か?
マジかよ。俺あの人と話するどころか目さえ合わせたこと無いんだけど…
あっちも俺の事なんて知らないだろうし…いや、待てよ。もしかしたら聖下から俺のことを聞いているかもしれない、って言うかもしかしたら俺のことを調べたのは帝佐さんかも知れ無いんですけど。
スッゲー気まずい。
大体いつも月初めに来るはずなのに今日は月の半ばだぞ、今日は帝左さんが来る日じゃないだろうが、なんで今日来てるの?
わざわざ帝左さんがお菓子を持って来る日にちと被らないように計画を立ててきたのに(嘘)
あー副院長に苦情を言うために来たけど面倒くさくなってきた、帰ろうかな。
「どうしたんですか?」
「いや…ちょっと自分の今までの人生について考えていました」
「あなたまだ12年ほどしか生きていませんよね?ああ、丁度おふたりの話し合いが終わったようですよ」
建物の扉から副院長と帝佐さんが出てくるのが見えた。
2人はこちらに気付き、俺達のほうへと歩み寄ってくる。
「何この謀ったかのようなタイミング。いじめか?いじめですか?」
「相変わらずですねセボリーは」
「そうですか。先生も相変わらずイケメンですね、コンチクショー」
「イケメン?」
「こっちの話です」
ああ!そうしているうちにも2人が来るし!
この状況じゃ逃げるに逃げれないんですけど!!
「セボリーか、久しぶりだな。丁度閣下とお前の話をしていたところだ」
「終わった…世界は闇に飲み込まれた…」
「何を訳のわからんことをいっているんだ。ああ、いつものことか」
「うっさいわ!大体副院長!俺の事をこの国の重鎮達に愚痴ってるって何を晒してくれてるんですか!!個人情報保護法違反で訴えますよ!!!」
「何だその法律は?まぁ、お前は突飛な行動をするからな。話をしていても聞くにしても面白い」
「こっちは全く面白くないです!エルドラド大公から副院長に俺の話を聞いたって言われたときはストレスで禿げるかと思ったわ!」
「ああそうだ、アベルからもお前の話を聞いた。聞いた瞬間に笑いこけて呼吸困難になってしまったぞ、責任を取れ」
「知らないですよそんなこと!!」
「ははは。前から顔は知っていましたが随分と面白い子ですね」
俺達の会話を横で聞いていた帝佐さんが腹を抱えて笑い出し、俺を見つめていた。




