第五十話 カリー
今回の劇は前の2つとは違い喜劇の要素が含まれていた。
前の2つの話がかなりシリアスチックだったからか少しの違和感を感じたが、俺としてはこちらのほうが好きだわ。
「今日の劇は随分と大衆向けでしたね」
「ああ、そうだろう。いつもの年なら全て淡々と進んでいくんだが、たまには趣向を変えた劇も面白いかと思ってな。実際客受けも良かったらしいわい」
観客の反応を見て大公がそう言うと、公爵様達も頷いた。
いつもの年は内容は同じでも笑い要素は殆どなく、子供などは大抵寝ていたらしい。
前の話は喜劇にすると雰囲気が台無しになりそうな話なので、俺はこれでいいのではないかと告げるとエルトウェリオン公爵と大公は大いに喜んだ。
「実際芝居をするほうにも評価が良かったしな」
「前の2つの話は建国の苦労と軌跡を題材にしたものだから、あまり喜劇にしすぎると一気に安っぽくなってしまう恐れがあった。だがシルヴィア姫の時代には国が平穏な時代だったからな。少しはおどけた感じも悪くないと考えたのだよ」
どうやら脚本や演出を考えたのはこの2人のようで、頑張って計画した甲斐があったと2人は笑いあっていた。
領主がそこまでするのかよと思ったのは内緒である。
「そういえば、ハルティスフリードは魔法を使えたんですよね。でもエルバルドは使えなかったんですか?」
「我がホーエンハイム家の文献を見る限りそうだな。必然的にハルティスフリードの母親が精霊人の血を継いでいた事になる。残念な事にハルティスフリードの母親の事は何も伝えられてはいない。これはハルティスフリードが幼い時に亡くなっているとされているからだ。父親のエルバルドの文献ならかなり残っているのだが、分かっている事をつなぎ合わせたのが今の劇と言う訳だ」
ホーエンハイム公爵が言うには、シルヴィア姫は本当に城を飛び出し放浪の旅に出たらしい。
彼女はエルトウェリオンに反発して14歳の時に国を出て、ハルトとの出会いは正確には分かってはいないが、各地に残る伝承や文献を照らし合わせると15歳の頃にはすでに一緒に旅をしていたようだ。
かなり各地で好き放題していたらしく伝承や文献がかなり残っていて、豚の件も伝承で伝わっており『馬を盗まれ途方に暮れ野豚に跨り振り落とされる』といった歌詞の歌が一部の地方に民謡として残っているらしい。
本人としては自分の恥が1万年以上経った世の中で語り続けられてるとは夢にも思うまい。
俺だったら山に篭るわ…
「エルバルドの文献には、娘のシルヴィアを想い部屋に篭って泣く初代に対して笑顔で蹴りを入れて執務室に縛り付けたと残っている。かなり良い性格をしていたようだ。まぁ、大領を下賜されたので信頼関係はあったようだがな。エルトウェリオン王国の時代には王家に娘を嫁がせたり、王家から婿を取ったりと繰り返し血の繋がりを強めていった。実際に我が家は当事貴族筆頭家で王家に次ぐ権力を持っていた」
「エルバルドとハルティスフリードが下賜された領地とは現在のホーエンハイム公爵様の領なんですか?」
「今現在の領地のほんの一部だ。2つの領を合わせても学園都市より少し大きいくらいだ。我が領の首都は現在でもオーエンハルトだがな。そもそも領都が変わるというのはかなり珍しい。聖帝国が建国されてから24家の中で大きく領地が転封されたのはアゼルシェード辺境伯家くらいだ。」
「サンティアスの創始者の家ですね」
「うむ。かの家は聖帝国建国時は今のサンティアスがある場所に領を構えていたが、建国より少し経った際に東の領地へ移ったのだ。サンティアスを利用しようとアゼルシェード辺境伯の取り巻きが騒いでいたらしい。それを阻止するために当時のアゼルシェード辺境伯が聖下におすがりしてサンティアスの経営と自身の領地を上納し、代わりの領地を下賜されたと言われているな」
「なんでも大きくなりすぎると問題も多くなってきますからね…」
「左様」
さて、公爵たちに挨拶を告げ劇場を後にした俺達は、本日もエルドラドの町を見て回っている。
そして俺は屋台でみんなが軽食を摘んでいる時、唐突だがヤンに前に計画していた事を打ち明けた。
そうカリーの件だ。
「なぁ、ヤン。相談があるんだが」
「ん?なんだ?」
「ヤンがたまに作ってる故郷のカリーあるじゃん。あれさ、学園都市で店としてやってみないか?」
「店か。だが私はアクセサリーや護符の製作があるからそんなには作れないぞ」
「人を雇えばいいじゃん。それにヴァン君もその店に噛ませればヴァン君のお小遣いにもなると思うし。もういっそのことカリー店を商会の部門化にして、ヴァン君もうちの商会に入れさせれば?大失敗することはないとは思うけど、それなりの資金は商会の経費から回せるぜ」
「ふむ」
ヤンが腕を組み考え始めた。
ヤンのカリーは毎日食べたいと言うわけではないが、たまに無性に食べたくなる。
そんな時に思い立ったらいつでも行けて食べられる店がほしい。
ヤンも悩んでるらしいしここはもう一押しだな。
「皆もヤンのカリー食べたくないか?」
「俺は食いたいぞ!ヤンのカリーは美味い上に食欲が増して食べ歩きの前に丁度いい!!特にあの肉の塊がドンって入ってるカリーが好きだ!!」
「ぼくも食べたい、うん。あのスパイスの調合は調薬に通じるところがあるから興味深いしし、うん」
「あれ美味しいわよね。あれを食べると体があったかくなるのよ。あたしは冷え性だから丁度良いのよねぇ。あ、あたしは断然お魚が入ってるカリーね」
「ああ、あれね。僕も好きだよヤンのカリー。辛いものが食べたいときは良いよね、いろんな種類もあるし。僕は野菜だけのカリーが好きだな」
「私はヤンさんのカリーと言うものは食べた事がないですが興味があります」
「む…」
褒められまくりヤンは満更でもないような顔をしている。
そこにシエルの援護射撃が。
「あ、そうだヤン。君のカリーをうちの料理人に教えてくれないかな?スパイスは用意できると思うし、この前お父様とおじい様も君の話を聞いて食べたがってたんだ。学園で出るカレーに似ているが違う物って言ったからね。新しいもの好きにはたまらないと思うよ」
「学園都市の人間って基本的に新しいもの好きだから食いつくと思うぞ。しかも美味ければリピーターになってくれるはずだしな」
「わかった。ではシエルの家の料理人に教えよう。店の事はヴァンと相談して決めるから考えさせてくれ」
よし!考えるとは言っているが、あの顔はもう店を出す気満々だろう。
うちの商会って店と言える店って護符を販売しているスペースと、ゴンドリアの『メゾンドリアード』しかなかったからな。
フェディは学園が仲介する形で薬や毒を販売しているし、シエルも直接的には個人に売ってはいない。
どうせ商会を興したのだから思いついた事はどんどんとやってみよう。
成人したら迷宮がメインになりそうだし、副業として伸ばそう。
その後、学園都市に戻ったヤンはヴァン君と相談して店を開店させることになる。
オーナーとアドバイザーはヤンで、ヴァン君が店の指揮を取る形となった。
その後予想通りチャンドランディアのカリーは学園都市でヒットし、ヤンとヴァン君と俺達の商会の懐がより暖かくなり、ヴァン君の懐が暖かくなるとヴァン君もヤンと同じく学費や生活費を自分で賄う事になり、浮いた学費や生活費を下の弟妹にまわしその弟妹も学園都市に来る事になった。
こうしてヤンの一族が学園都市のカリーの店舗を増やし、サンティアス学園都市におけるカリーはマハルトラジャに限ると言われるまでになる。
その後、ヤンは味を占め聖帝国の各地にマハルトラジャカリーの店舗を増やし、各地で根強いファンを獲得する。
その結果、チャンドランディア藩王国連邦の中でもマハルトラジャ家の明主ヤンソンスありと言われるまでになる事を記述しておく。




