第四十話 結界
師匠…いやウィルさんが来てからまるで嵐のようだった。
お互い自己紹介をした後愛称で呼ぶことを許してもらい、話をしていたのだが。
「なー、いいから遊ぼうぜ!」
「ウィル兄さん、あなたは18も下の年齢の子供と同レベルで遊ぶことができるなんて子供ですか?」
「そこが俺の良い所だろうが!誰とでもすぐ仲良くなれるんだからな!」
「かなり表現が湾曲してますね」
「なぁ、この兄ちゃんってやっぱり強いのか?」
「おお!よく聞いてくれた脳の内容量が軽そうな少年よ!俺はこれでも迷宮を単独で470階層までクリアしたんだぞ!」
「誰が頭が軽いだ!!って言うかさっき自己紹介したじゃん!」
迷宮の正式名称は『混沌の迷宮』と呼ばれまだ攻略されていない。
だから何階層あるかまだ分かってはおらず未だに底は見えないでいる。
今まで最高記録は、50年ほど前に純白の花と深紅の炎と言うトップクラスのパーティが合同で組み800階層までのクリアが最高となっている、その2つのパーティも満身創痍で帰還し暫く潜れるような状況では無く、後にその傷が原因で冒険者生命が絶たれパーティが解散になったという記録が残されている。
そんな中単独で470回は凄いのだろう。
俺達なんて試しの迷宮の5階層で燻っているのだからその凄さは全くといって良いほど想像できない。
「ウィルさんはどんな風に戦うんですか?剣を持ってるって事は剣士ですよね?」
「俺の戦法は魔法と剣だ」
「魔法で牽制して剣で止めを刺すって感じですか?」
「どれ、ちょっと見せてやるから表に出ろ」
「ウィルブライン様。庭を破壊しないでくださいね」
「考慮する!」
「壊しても構いませんが、旦那様とアライアス公爵様にはきっちり報告いたします」
「……あー!わーったよ。結界張ればいいんだろ?やりますよ!や・り・ま・す!!」
受け答えが完全に小学生なんですけど。
あらどうしましょ、マジでこの人精神年齢低いんですが。
「よし、いくぞぉ!皆俺について来い!!ココは俺の庭みたいなもんだからな」
「いや、それは違うから。ここはエルトウェリオン家の庭だから」
どんな結界を張るのかと思いながら一緒に庭へと出ると、そこには綺麗に手入れされた素晴らしい庭が広がっていた。
完全に人の手が入ったフレンチガーデンではなく、自然の力を取り入れるようなイングリッシュガーデンのような庭。
庭の置くには小さな池があり、鷺のような鳥が水面をつついていた。
「よし、じゃー張るぞ。『断絶陣自己修復結界』」
ヴォオン
ィィィィィィィィィィイイイイイン
ウィルさんが呪文を唱え終わると翳した手から魔法陣が浮き上がり、耳障りな音と共に周りの空気が少し変わったのが分かった。
「これでよし!じゃー早速やるぞ。『炎獄剣』!!」
剣を構え詠唱した瞬間にウィルさんの周りの魔力がうごめくのを感じた。
その瞬間に剣が赤く染まり刀身から炎が沸き起こって熱気が放たれた。
その炎はまるで躍り出るかのようにメラメラとうごめき、幻想的な光景を生んでいる。
「おい、よく見てろよ。そら!」
ウィルさんが剣を振りぬくと、炎が火炎放射器のように目標の木や石に向かっていき、障害物を包み込んだ。
轟音を鳴らし炎が治まるとそこにあった木は燃え消え石が溶け溶岩のように溶け、地面は沸々と沸きあがり土の中の珪石がガラスとなってひび割れていた。
「すげー!!」
「すごいな…」
「すごいね。うちの庭が焼け野原だよ。ウィル兄さんちゃんと弁償してね」
「弁償の必要はねーよ。見てみろ」
皆呆然と見ていた瞬間に、まるで巻き戻したかのように庭が修復されていった。
そして本の数秒で元の姿へと戻り先程と同じ風景が出来上がった。
凄いな。さっき最初に唱えていた呪文はこのためだったのか。
結界と言っていたが、おそらく魔法陣の構築式を見る分にはこの結界を張った空間を一回現実世界と剥離させてから同じ風景を作り出して置き換えているんだな。
それで魔力が続く限り何度でも再生修復するように設定されてるわけだ。
いや、理論的には分かるがこれメッチャ高等魔法じゃねーの?
もしかしてこの人精神年齢低いけど実は頭メッチャ良い?
「綺麗な魔法構築式だね。悔しいけど今の僕には到底真似出来ないよ」
「おう、ありがとさん。何度もやってればお前にだって効率の良い構築式が組み立てられるって。実際俺も教えられてから練習したからな」
「すげーな兄ちゃん!かっこいいぜ!俺は魔法が使えないけど違うかっこいいのがあったら教えてくれよ!」
「ははは、そうだろ!俺は格好良いだろ!もっと言え!」
わかったわ、この人只の頭が良くて精神年齢が低いおっさんだ。
わざとやってる部分もあるが概ね素だろうな。
俺の顔を見て何を考えているか分かったのかシエルは溜息を吐きながら愚痴ってくる。
「この人学園ではいつも主席級で進級卒業してたらしいんだ。わざとの部分もあるけど頭の中身が残念で周りから引かれてたんだよね。男子達には人気あったらしいんだけど、女子からはとことん嫌われてたらしいし」
「だからこの歳になっても独身なのねぇ。納得だわ」
「ちげーよ!!独身なのはまだ遊んでいたいからだ!こう見えても俺はモテるんだぞ!!」
「確かに男性にはモテそうですね。私は無理ですけど」
「確かに男に言い寄られることもあるが女にもちゃんとモテてるわ!!」
「商売女に言い寄られて金を巻き上げられてそうだな…」
「…………………………」
どうやら図星らしい
「俺だってその気になれば良い女の一人や二人は…!」
「どうせ釣れるのは実家の権威とお金に釣られた人だろうけどね」
聞いてみると普段はウィルブライン・ライオニールという名前で活動しているらしく、公爵家のネームバリューは使っていないらしいのだ。
誰か助けてあげて!こんなのでも一応この国の、いやこの世界有数の御曹司の一人よ!!
これでも優良株なの!!誰か拾ってあげて!!!
ごめん、本当に可哀想になってきた、ごめん師匠。
何も援護してあげられないのがつらいよ、だって事実だもの……
「ええい!!コンチクショー!暴れてやる!!」
そう言ってウィルさんは色々な魔法を連発しまくり、自然破壊という名のストレス発散をしている。
そんなウィルさんの暴れっぷりを眺めつつ俺はシエルと先程の魔法陣の構築式の理論について話し合った。
イイイイイイイイィィィィィィィィィ…………
パキィーーーーーン!!
暫くしてウィルさんが一通り暴れ終えたところでまた耳障りな音が聞こえたので周りを見渡すと。
「あ、結界が解けた。でも流石だね。普通だったらこんな高等魔法こんなに長時間は持たないよ」
「やっぱり魔法構築式をかなりいじくって改良してるのかな?」
「そうだろうな。かなりの教養と技術と経験、あと魔力がないと出来るようなことではないな。残念な人だけど」
「そうだね。色々残念な人だけどね、うん」
「おかえり。フェディも現実世界から戻ってきたようだね」
「うん、ただいま」
いつの間にかフェディもウィルさんの魔法を見ていたらしく、考察を聞いていた。
「なぁ、ところで腹が減ったんだが昼食まだか?こっちに来てからここに直行したから、まだ何も食ってねーんだよ。メシをくれ」
「昼食なんてさっきウィル兄さんが来る前に食べ終わりましたよ」
「なぁにぃぃぃいいいい?」
「なんだ兄ちゃん食ってないのかよ。ここの飯めちゃくちゃ美味かったぞ。そういえば俺も腹減った!」
「お前さっき食ったばっかじゃねーか!!」
あー駄目だ。ルピシーとキャラがかぶってるぞ!
ウィルさんはまだ頭は良いらしいけど、ルピシーも大人になったらこんな風になるのか…
よし、俺は絶対に見捨てるぞ、面倒見きれん…
「アードフ、飯くれ」
「私の一存ではとてもとても…」
「お前家令だろうが!嘘つくんじゃねー!」
「いえ、違います。家令第二補佐です」
「どっちにしろ今この屋敷任されてるのお前だろ!?エリントやコップラーの姿見えねーぞ!!」
シエルに言うにはエリントさんは家令補佐でコップラーさんは執事補佐らしい。
彼らは家令と執事と一緒に本邸につめているらしく、本来ならこの屋敷は彼らが仕切る筈なのだが今年は祭りの準備が大掛かり過ぎて借り出されているらしい。
「ウィル師匠、これ足しにはならないかもしれませんが飴ちゃん食べますか?」
「おお!気が利くなセボリー」
「はい、どうぞ」
「モキュ(パク)」
飴を手のひらに出してウィルさんに差し出そうとした瞬間、公星が俺の手まで浮いてきて飴ちゃんを横取りしてきた。
そんな公星にウィルさんがご立腹だ。
心が狭いわぁ。
「あーーーー!!俺の飴を返せコノヤロォ!!つーか何なんだこのでっけーピケットは!!?」
「モッキュキュー♪」
「おい!降りて来い!コラァ!!」
ウィルさんは空中に逃げる公星を追いかけている。
「この光景見たことあるんだけど、うん」
「さすがは師弟ね」
「本日今の瞬間から破門させていただきます」
俺はこんな光景やった覚えは………うん、無いよな。
そうに決まっている!!
「こら!まてぇぇぇええ!!」
「モキュ!?」
余裕宅宅で飛んで逃げていた公星に、ウィルさんがなんと飛び上がりそのまま公星をキャッチして地上へ降りて来た。
軽く6メートルくらい飛んでたんだけど…
「目茶苦茶だな…」
「トップクラスの迷宮冒険者になるとあんな風に馬鹿になるのか」
「いや、ウィル兄さんは元々目茶苦茶だからね。迷宮冒険者をひとくくりにしたら彼らが可哀想だよ」
シエルお前、兄と慕ってる人にその言い草はあまりにも酷いと思うんですけど。
まぁ、確かに普通の迷宮冒険者と一緒にしたら可哀想かもしれないけどさ。
「おい!俺の飴返しやがれ!大体なぁ、人に物を勝手に取るんじゃありません!!」
「モ…モッキュゥゥウ……」
「俺だから良いものを、他の荒くれ者だったら剣で解体されてるぞ!!」
ウィルさんが公星の頬袋を引っ張りながら説教をしている。
何だかんだ言って優しいなと思ったが、争っている内容が飴ちゃんだと思い出し只の馬鹿だと改め直す。
「でも良い人だねあの人、うん」
「そうだな。シエルに見せるためだとは思うが私達にも魔法や体捌きを見せてくれたしな。これがどれだけの財産になるか戦い手なら分かっているだろうに」
「それだけシエルのことが心配だったのよね。多分壁に突き当たってるのも分かったんじゃないの?」
「昔から敵わないんだよね。魔法構築を始めたのもあの人の影響だしさ。全く…」
「多分可愛い弟分のために態々護衛の口実で来たんですね」
「良い人だけど残念な人でもあるな。わざとと素の境界線がわからん」
「なぁ、見るもん見たしお茶の続きしようぜ。腹減った」
「泥でも食っとけ!!」
この出会いが俺達とウィルさんとの初めての出会いであった。




