第百九十八話 深夜の懺悔一
「…きんか!!これ!」
うるせぇな。もうちょっと寝かせてくれよ。
「早く起きんか!!」
「…ん~~?」
目覚めたすぐなのでまだ視界がぼやけているが、ここが何となくどこか分かった。
アルティア司教座大聖堂の奥深く、司教座のさらに奥の小さな部屋の床の上だ。
何故分かったかと言えば、まぁ何となく?としか答えることが出来ない。
聖堂には独特な空気や匂いがあるのだが、もう何回も来ているので何となく予想がついたのだ。
「まだ眠い。あと5時間後に起こしてくれ。じゃあおやすみなさい」
「おやすみなさいではないわ!!!」
「イテェ!!!」
思いっきり頭殴られたんだけど!!?
これって虐待だよな!!?訴えてやる!!!
「いつまで寝ておるのだ!!この馬鹿者が!!!」
「うるせー!!!今何時だと思ってんだ!!?まだ夜だろうが!!!大体な!意識ない人間を拉致してる時点でアウトなんだよ!!!それなのに床の上に置くな!!ベッドを用意しろよ!!というか勝手に部屋の中に入ること自体がアウトだぞ!!!ラングニール先生に言いたいことがたくさんある!!!」
「…私にはないのか?」
俺の目の前にいるのはオルブライト司教ことおっさんだった。
「ない」
「な!?何故だ!!?」
「なんか今日の時点で色々あって吹っ切れたから、どうせ俺は俺だしもうどうでもいいかなぁって。あんたの話聞くのも疲れそうで面倒くさくなってきたし。それに今こんな時間だから話聞くのも億劫。あ、話はそれで終わり?じゃあ俺帰るから。ご機嫌よぉ」
立ち上がって扉へ向かおうとすると、おっさんが行く手をふさいでくる。
「ま、待たんか!!!」
「あ~、パスパス。スキップで。そのうち話聞きに来るかもしれないから。じゃあそういうことで」
「私の知ってることを話す!!」
「あ、そういうの良いですぅ。いつもの感じだとどうせ大したこと教えてくれなかったし」
「きちんと話す!!」
おお!すごい!!
俺今おっさんに対してすごい上手をいってるんじゃね?
うわ!マジかよ!初めてじゃね!!?
「いや本当にもういいから。信じられないから。日ごろの行いだよね」
「話さなくてはならないことがあるのだ!!!」
「俺はないんだけど」
まぁぶっちゃけ気になるのは気になるんだよ、おっさんの話の内容。
明日あたりカチコミかけようかな~と思ってたしさ。
でも本当に今日の皆との話で吹っ切れたってのはあるんだよね。
「私はある!!茶を用意するから座りなさい!!」
「あ、本当に結構なんで、どうぞお構いなく」
「だから帰ろうとするな!!こんな時間に一人で出歩くのは危険だぞ!!!」
「ご心配なく。迷宮のほうがずっと危険ですから。それに俺もう成人になったし」
すっごい楽しいんだけど、経験上これ以上調子に乗ると酷い目にあうってことが分かってるから、そろそろちゃんと聞いてあげようかな?
それにおっさんの目がいつになく真剣な目だしな。
さて、鬼が出るか蛇が出るか…
「っ!!!」
話を聞こうと振り返った瞬間、おっさんの目から涙が流れているのが見えた。
「ええ!!?なんで泣いてるんだよ!!?しかもなぜこのタイミング!!?」
おい!やめろよおっさん!!まるで俺が悪者みてーじゃねーか!!!
「わかった!!わかったよ!!聞けばいいんだろ!?」
俺は気まずさ全開で用意された椅子に腰かけると、ゆっくりとテーブルに歩いてくるおっさんに少し違和感を覚えた。
あれ?なんであんなにゆっくり歩いてんだ?
いつも早歩きじゃんあのおっさん。
「どこか体が悪いのか?」
「…心配ない」
「心配あるから聞いてるんじゃねーか!!!体調悪いんだったら早く医者に診てもらって休めよ!!!」
「いらんと言っている。それよりも大事な話だ先だ」
おっさんはやはりゆっくりと席に腰を下ろした。
「…それで?なんでこんな時間に俺を拉致したわけ?まぁ何となく想像はついてるけど」
「もっと早い時間に呼ぶつもりだったが邪魔が入った」
「邪魔?」
「ああ。それに時間を取られていた。それに毎日の作務もあったのでな」
「じゃあ日を改めるって選択肢はなかったのかよ?」
「大事な話だ。できるだけ早く話しておかなければならない。いつ何があるか分からないからな」
「……本当に体は大丈夫なんだろうな?この話が終わった後に倒れて帰らぬ人になりましたって言うのだけはやめろよ?」
「それは確実にないから心配するな」
「その割にはヨロヨロじゃねーか」
「弱り目に祟り目だったのでな。命の別状はない」
「…そうなった原因を聞かせてくれる?」
「……魔力不足で弱っていた所に襲撃を受けた」
「ハァ!!?襲撃ぃい!!?誰にだよ!!?」
「ヴェルナスレイドだ」
「う゛ぇるなすれいどぉ?」
ん?なんか聞き覚えがあるような?
あれ?どこで聞いたんだっけ?
「わかりやすく言えばデュセルバード侯爵だ」
「……」
あの時の予想通り、やはりデュセルバード侯爵はおっさんにカチコミを仕掛けていたらしい。
何となくそんな気はしてたんだよな。
ルピシーから聞いた話でも、おっさんの名前を恨めしそうに叫んでたって言ってたしさ。
「あれが帰ったのがつい4時間ほど前だ。そのあと丁度アルティア司教座大聖堂にいたラングニールに、お前を連れてくるように頼んだ」
時計を見ると時計の針は夜中の1時半をさしていた。
4時間前って夜の9時過ぎじゃん!!
ちょうど俺が、色々あったし疲れたから今日は早く寝よう、と支度をしてる時なんですけど!!?
しかもルピシーたちと話をしてたのって午前中だぞ!!?
もしかして午前中から数時間前まで、ずっとデュセルバード侯爵の相手をしてたの?しかも魔力枯渇状態で?
え?マジで?それはきついわ。
だからそんなフラフラヨロヨロなのか。
「いや。流石に休めよ。魔力足りないんだろうが」
「話すだけだ。魔力は使わん。それに何度も言ったが、大事な話だ」
まぁ、これだけ言うんだったらそんな大したことはないんだろう。
「ふ~ん。それでさっきまでデュセルバード侯爵と何を話してたんだ?」
「話などほぼしておらん」
「へ?じゃあ何をやってたんだよ?」
「だから言っただろう。襲撃を受けたと」
「マジの襲撃だったんかい!!!」
「一応話はしたし、すぐ終わったがな。だが納得はいっていない様子であった」
「え?もしかして殴り合いの喧嘩とかしてないよね?」
「殴り合いはしてはいない」
「そ、そうか。それは良かった」
「一方的に殴られていただけだ」
「全然良くねーーーーー!!!」
え!?何!!?一方的に殴られていた!!?サンドバッグじゃねーか!!!
あんた俺が殴ろうとしたら攻撃いなして逆に殴ってきたよな!!?
反撃しろよ!!!
俺が何回あんたにボッコボコにされたと思ってんだよ!!!
「心配するな。ヴェルナスレイドは元気だ。怪我もしていない」
「侯爵は一方的に殴ってたほうなんだから怪我なんてほぼないだろうが!!あんたはどうなんだよ!!サンドバッグだったんだろうが!!?」
「さんどばっぐ?」
「一方的に殴られてたんだろ!!?」
「命には別条ない。全身打撲に軽い内部損傷と骨が数本折れて数十か所罅が入っただけだ」
「アウトーーー!!!休め!!今すぐ休め!!!入院しろ!!!十分命の危険性に晒されてる重症じゃねーか!!!」
「回復魔法でそれなりには治っている」
「駄目なやつ!!それ絶対駄目なやつ!!あんたのそれなりって言葉が逆に怖いんだよ!!!ああ!!もう!!!『我起こすは奇跡の御業!聖なる力の源よ!かの者に癒しの祝福を!回復!!』」
俺は魔導陣版魔法の回復をおっさんに使った。
本来俺の回復魔法は2番目に得意な魔法属性の水を使ったものなのだが、それで治せるのは少し深い傷くらいで重症レベルの怪我を治せるほどの威力はなく、大聖堂にいるであろう一流の治療師に魔法をかけてもらってあの様なのだから、絶対に完治できないということはわかっていた。
だから属性もへったくれも関係なく、ただ日本語に訳した回復の呪文を唱えるだけで離れた手足がくっつくほどの威力がある魔導陣版を使ったのだ。
おっさんの前で魔導陣を使うのは嫌だったのだが、この状況では背に腹は代えられない。
しかもほぼ無意識でとっさに出てしまったのだから仕方がないと言えた。
「……その魔法はなんだ?そんな言葉初めて聞く。それにこの威力は」
「教えないし教えられない」
「っ!!まさか…そうか聖下の…」
ほぼ聖下は関係ないんだけど、勘違いしてくれてるほうが都合がいいから黙っておこう。
「それで?体の調子は?」
「……完治している…前から少し違和感があった腰も何ともない」
椅子から立ち上がり体を動かして調子をみていたおっさんは、少し畏怖の混じった眼で俺を見た。
少しおまけが過ぎたかもしれない。
まぁ良いだろ。流石の俺でもあのような状態のおっさんに説明させるなんて鬼畜なことはできない。
なんだかんだ言って今まで世話になってるからこれでチャラだ。
「良かったね。じゃあ早く座って─」
能面のような胡散臭い笑顔を作り、肘をテーブルに置いて顔の前で指を組む。
「じゃあ教えてもらおうか─」
そして睨み付ける様におっさんに視線を合わせた。
「知ってることすべてを」
おっさんの喉が鳴る音が聞こえた。




